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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第六章:『箱庭』と『観測』の物語
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『朝までちぇりーぶろっさむ!』

 はぁい。

 今日も『朝までちぇりーぶろっさむ!』を聞いてくれてありがと♪

 あーあー、声、聞こえてる? うん、ご新規の方はコメントで返事をしてくれればいいよ。詳しくはコミュニティをチェックしてください。


 ……。


 ……。


 ……。


Yamada99:あれ、今日ってあの荒らしのヒトいないの?

Kankan$:そうね、いないといないでなんか寂しい。

Foxino:どこかの家で酔い潰れてるんじゃないじゃろか。

8shark:ラジオ続けてくださーい。


 あ、ああ。ごめん。あんまり珍しいものだから、わたしもびっくりしちゃいました。じゃあ、とりあえず進めちゃいましょう。


 今日も午後11時から二時間お付き合いいただきますので、よろしくおねがいします。お便りやコメントはコミュニティの掲示板まで。


 前回は相談に乗ってくれてありがとう。また、当人の様子はわからないけど、きっと力になったんじゃないかなあ。それにしても、今年の夏はおかしいね。めちゃくちゃ暑いと思ったら、雪まで降りだして。それでそのあと『他の何でもない季節』になっちゃうでしょー?


 まったく、四季姫さん、しっかりしてほしいよね!

 わたしの街の春の神様を見習ってほしいわ!


文福刑部卿:仰るとおりじゃ。


 ひ、ひぇ。


 なんかすごい立場のヒトが聞いているのね。あ、あのー。もしかして、マジであのたぬきのお爺ちゃんなら、ログインしなおしてもらっていいかしら。ほら、他の人達と同じような感じで、匿名化をしていただけると非常に助かり申す……。


文福刑部卿:む。若者の文化はよくわからんわい。

<文福刑部卿がログアウトしました>


 たしかに八百万ちゃんねるのラジオはどこでも聞けるからありえるんだけど、さすがにびっくりしたわね。迂闊なこと話せないな――、なんちゃって! 別にやましいことはしてないわ!


Foxino:それにしても随分リスナー増えたのー。

Yamada99:ロム専のヒトも結構いるんじゃない?

<ShiningVictoryがログインしました>

ShiningVictory:これでよし、と。


 センス。


<尾裂課長がログインしました>

ShiningVictory:おー、尾裂。文福刑部卿じゃが、本名でログインするとはまだまだ未熟ものじゃのー。

尾裂課長:シャイニングビクトリー……。

<尾裂課長がログアウトしました>

<SplitTaleがログインしました>

ShiningVictory:それでよいよい。


 あのー。尾裂さんってヒト、それだと『裂けた尾(Tail)』じゃなくて、『分かたれた物語(Tale)』になっちゃいますけど……。


SplitTale:これでいい。


 はい。

 随分賑やかになりましたね。それじゃあ、今週のお便りのコーナーにいきましょうか。さてさて、メールボックスを開いて、っと。


 お。

 えーっと、なになに。わたしはある商店街の本屋さんで『看板娘』をしているのですが、年下の子に告白されてしまいました? まー、自分で看板娘なんて自信満々ね!!!


 ※


 「んがっ」


 丑三つ時の魑魅魍寮の共同食堂で、ひさぎは眼を覚ました。日本酒の瓶を抱きかかえたまま、床で熟睡していたようだ。身体中がばきばきで痛いが、誰かが毛布をかけてくれていたようだ。


 「んぁー、よく寝た。担当季節にこんなゆるいことができるのは、秋ならではだよなー」


 とりあえず夏のど真ん中で大雪が降った事象に対しては、秋の力を持ってしてどうにか安定状態に持ち込めたけど、一度安定してしまえば楽なのが秋の良いところだった。特にこちらからエネルギーを供給してやらないでも、生き物は夏の間に蓄えたエネルギーで生命を輝かせる。


 「冬も俺が担当しているようなものだから、これくらい多めに見てもらわなくちゃ――、って今日、チェリーブロッサムか! しまった!」


 スマホを探すが、どこにも見当たらない。ポケットにもなければ、いつも提げているリュックにも入っていなかった。どたばたと深夜の魑魅魍寮の共同食堂で暴れまわるが、やがて、「あ!」と思い出した。


 「椿んちか」


 四季姫事件が終わり、ヒトーの身体に新たな紋章を紡いでやった俺は、そのまま気絶した。んで、言伝通り、ヒトーは俺を椿の家まで運んでおいてくれていたらしく、それからはなんだかんだで入り浸っている。


 今年は奇想天街の居酒屋を飲み歩く予定だったのだけど、それも一軒目から、居酒屋と名乗っておいて酒を出さないよくわからない店に当たったせいでトラブルになり、もう実行する気もなかった。働かない憂姫の神様よろしく、椿の家で、爛れた毎日を送っていた。


 もっとも『朝までチェリーブロッサム!』がある夜だけは、Autumn-Hisagiというコテハンが俺だということがばれないために、こうして魑魅魍寮で時間まで酒を飲んでいたというわけだ。


 「帰るか」


 ヒトーの歯軋りならぬ鎧軋りが聴こえてくる。管理人に挨拶でもしていこうと思ったけど、丑三つ時というのを忘れていた。音を立てないように支度を整えて、冷凍庫に入っていたウィスキーを拝借して、魑魅魍寮を後にする。


 満月が見下ろすいい夜だった。『なんでもない季節』なのが残念だが、自分が秋神である以上仕方がない。遠くで犬の鳴き声がして、奇妙な鳥がばさばさと飛んでいった。


 溶け込むような暗闇がぐわりと起き上がった。


 「いい夜だっつってんのにな」

 「ひさぎだな。お前、どこから出てきた?」

 「ひみつだ」


 街灯に照らされて漆黒の外套が浮かび上がった。妙に猫背のそいつは、すっぽりとフードをかぶっていて表情は伺えない。


 さて。

 どこから出てきたのか、とこいつは聞いた。天才である楸様は二日酔いの頭でも容易に、その背景を推察できる。こいつは出雲中央政府の遣い。ガルガンチュアの基幹システムにアクセスすれば信仰(報酬ポイント)の流れは追えるから、それで俺を探っていたのだろう。


 が、魑魅魍寮はガルガンチュアのシステムからはステルスになっているから、突如どこかに消えて、どこかから現れたように見えたのだろう。


 「文福刑部卿の暗殺に失敗したそうじゃないか」

 「あのたぬき、隙がなくてね。もっともそこの雑談でラジオ番組を勧めたら、こんなめんどくさいことになったわけだが」


 こいつ、何を知っている。どこまで知っている。


 憂姫の母親は出雲中央政府によって殺された。俺たち奇想天街の四季姫はそれをまだ許しちゃいない。あれからずっと従っているように見せかけて、俺は出雲中央政府に潜り込み、情報収集を行っていた。文福刑部卿に近づくところまではようやくいったのだが、どこをどう考えても、殺せる隙などはなかった。


 それは管理体制の問題ではなく、彼個人の八百万の神々としての純粋な力が原因だ。戦わずとも、刑部狸の神通力は伊達じゃないことがわかる。


 出雲中央政府に反旗を翻す――。『たまたま』魑魅魍寮には世界を覆すだけの逸材が揃っているから、この作戦は現実味を帯びてきたところだったが。


 「何者だ、お前」

 「『物語を終わらせるモノ』」

 「はぁ? って――」


 まばたきをすれば、その外套の少年は消えてしまっていた。いや、他の暗闇と区別がつかなくなってしまったというべきか。どこかから見られている、そんな気配は感じていた。


 「なんだってんだ」


 電灯の上で、烏が俺を見下ろしていた。


 ※


 「おーっす、ただいまー」

 「おかえり、楸。どこの女と遊んでいたの?」

 「まー、いろいろと?」


 椿桜姫のアパートに帰ると、彼女は『朝までチェリーブロッサム!』の放送を終えて、シャワーを上がったところらしい。下着同然の姿で髪を拭っていた。


 「ただいまのちゅー」

 「もう。って、お酒臭いしタバコ臭い!」

 「ちゅー」


 腰のあたりから胸へ手を上げていくと、桜姫はくすぐったそうにしながらも拒む様子はなかった。この逢瀬は、春神と秋神である以上、夏と冬と、今日のような特別な日にしか行えない。それは桜姫もよくわかっていた。


 「ん、ひさ、……、もぅ」

 「俺、シャワー浴びてきたほうがいい?」

 「んーん、このまま……」


 桜姫の方も興が乗ってきたのか、俺の『神様』Tシャツの上から手を押し当ててくる。内側の火照りを感じながら、くちづけをかわしたまま、桜姫をベッドに押し倒す。


 「濡れすぎ」

 「うるさい」


 桜姫が身体をくねらせて感じる耳たぶを咥えながら、小さな膨らみを揉みしだく。わざと液体音を立てながら。顔が真っ赤の桜姫をにやにや見つめながら。


 「いじわる」


 俺は桜姫の髪に顔を埋めて、耳元で囁いた。


 「出雲に気づかれた、気がする。動くなら早いほうがいい」

 「……ん、ぁ」

 「お前の『朝までチェリーブロッサム!』のおかげで、新しいガルガンチュアとも出逢えた。箱庭の外の2人の魔女――、それに鬼、神性存在、忌み子、狐狗里の狐遣い、四季裁、ヒトーに穢見ルの使い魔、ここまで揃っていれば」


 あのラジオ放送は八百万ちゃんねるから山田穢見ル(ガルガンチュア基幹システム)の手引で、外部に放送されている。いわば、ガルガンチュアのコミカルな口から、桜姫のラジオボイスが流れているのだ。


 ガルガンチュアは出逢いに飢えている。それはそうだ。内部の社会が崩壊しないように気を配りながら、誰もいない荒野をアテもなく彷徨っているのだから。音声で釣られたガルガンチュアとは交配(データ共有)が行われ、その間に、この箱庭に足りない戦力を転送する――。


 が、俺の必死さとは裏腹に、桜姫の瞳はとろけていた。


 「ごめん、いまは楸だけを感じさせて?」


 その春のように甘い言葉に俺は我慢できず、ひときわ強く、その胸を揉みしだいた。神々が交わる夜が更ける。


山田穢見ルが外側のネタばらしをしてくれたから、書きやすい書きやすい。

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