……はじめくんのパジャマ
前回までのあらすじ。冬の神様がだらしない。
平日の午前11時すぎ、これだけゆったりとできる管理人の生活に充実感を覚えながらも、とりあえずわたしは共同食堂から出てみた。この魑魅魍寮は木造のボロアパートであったが、外から見ただけで構造を全然把握していない。玄関とお風呂と共同食堂しか見ていないのだ。どこかにいってしまったひょん君を探しがてら、いろいろ歩きまわってみることにした。
共同食堂を出て最初に目についたのは、共同玄関とのあいだに横に広がる廊下で、一番近くにある部屋は103号室だった。それぞれの部屋の扉にはネームプレートが掲げられており、どうやらこの103号室は飛頭さんの部屋だったようだ。『飛頭』と書かれた古風なかまぼこの板めいた表札があり、その右には丸いアイコンに鎧のイラストが描かれている。
隣の102号室にはネームプレートはなく(最近剥がされたような形跡があるが)、101号室は『管理人室』と書かれていた。ここがわたしの部屋となるわけだ。一階というのが防犯上若干気になるところはあるが、慣れてから考えるとしよう。
さて、101号室の管理人室で行き止まりになっていた。そこには黄ばんだ日めくりカレンダーと電話台が置かれていた。しかもその上には黒電話。ダイヤル式のアレだ。完全に骨董品である、ドラマでしか見たことがなかった。この魑魅魍寮がいかに古い物件なのかが伺える。
きた道を戻り、103号室(飛頭さん)の部屋の隣は、はじめくんの部屋らしい。ネームプレートには『山田』と書かれており、アイコンには非常口の棒人間めいたイラストが描かれていた。特異生物ではなく、人間だということだろうか。
「あら」
興味本位でドアノブを捻ってみれば、いとも簡単に開いてしまった。ボロいとは思っていたが、この寮もしかして鍵はかかっていないだろうか。あわわわわわ。いくら従兄弟とはいえ、年頃の少年の部屋を覗く権利なんて――、あわわわわ、と心のなかでは思いつつも、身体のほうは正直で完全にドアを引いて、中に入っていた。
「この匂い、懐かしいな」
小さな頃に山田荘に遊びに来た時のことを思い出す。あのころははじめくんとよくテレビゲームをして遊んだっけ。わたしは家では基本的にゲームが禁止されていたので、猿のようにやったのだけど、いっつもはじめくんには負けてばかりだった。たしかタコを操作して色々な墨を吐き、フィールドを塗りたくるゲームだった。
『ねーちゃん、挑発に引っかかりすぎ。もっと冷静にならないと』
『ねーちゃん、正面から突っ込んで死ぬこと多すぎ』
『ねーちゃん、なんで墨に潜らないでてくてく敵陣を歩くのさ』
いま思い返すとむかむかしてきたが、やっぱり懐かしい。ゲームがド下手で友達の仲間に入れてもらえなかったわたしとしては、唯一わいわいゲームができた記憶がそれだ。
そのころの記憶の風景と、いま入ったこの部屋の風景は酷似していた。六畳の部屋は学習机とベッドでほぼほぼ埋まっている。学習机にはいまだにアニメのシートが貼られており、上の本棚の部分には中途半端に漫画が揃えられている。それと申し訳程度の辞書や参考書。
彼はいま、いわゆるお年ごろというやつだ。
さて、見られちゃいけないのは学習机の引き出し(それも一番下の大きな引き出しを引き出しぬいた奥の空間)か、ベッドの下か。舌なめずりをしながら、わたしは裸足の歩を進める。
おねショタなら大当たりだけど、あまり変な性癖は持ってほしくない……。いってもケモとかモンスター(この特異生物の多くいる世界でジャンルとして成立するのか?)とかでいてほしい。ロリとかだとさすがに引くけど、まあ、この年代ならいいのだろうか。畸形とか触手だったら、お姉さんどういう顔をしたらいいかわかりません。
ホモなら大歓迎だ、わたしが英才教育を施してやろう。ふっはっは。
と、頭の中で九十九会議をしているうちに、ベッドの上に脱ぎ散らかしてあるパジャマが気になった。男の子の一人暮らしだし、こういうところ適当なのだろう。「しょうがいないなあ」という言葉が自然に口から出て、青いしましまのズボンを畳み、上のパジャマを手にする。
「……はじめくんのパジャマ」
なんとなく頭がくらくらしていた。気がつけば従兄弟のパジャマの襟元に顔を埋めていたし、その少年特有の独特の匂いを脳の奥深くまで届くように吸い込んでいたし、脚元のひょん君からものすごい軽蔑の眼で見られていた。頬が引き攣る。
「貴様、いつの間に……」
「管理人室に戻ろうと思ったら、ここの扉が開いていたので不自然に思って……。まさかこんなことになっていたなんて」
「わたしは、従兄弟のパジャマを綺麗に畳もうとしただけ」
さささ、と上着を畳んでベッドに置く。
「なぜ、部屋に入っているのか……」
「……従兄弟のパジャマを綺麗に畳むため」
「どういう使命感なんですか」
満面の笑みでひょん君を掬い上げて、すたすたと部屋を出るわたし。有無は言わせない。
「いやあ、魑魅魍寮を探検しようと思って! どういえば食堂で憂姫さ――、柊さんに逢ったよ。面白い人だね。この世界にもスマホやまとめサイトがあるって知ってびっくりしちゃった。普段は何をやっている人なのかな? なんとか政府から給付金を貰ってるって話だったけど」
「後ろめたい人間は口数が多くなりますね」
自分の立場をわかろうとしていないひょん君を包む手の握力を多少強くする。
「や、やめて……。そうそう、憂姫さんは冬の八百万で、正確には我々と異なる存在です……。人々の信仰を糧とし、その存在そのものが存在理由の神々。だから出雲政府の方針として、我々のように自立した生活を支援するというよりは、その仕事に専念できるように税金から給付金を支払っているというわけです」
「じゃあ、柊さんは冬に仕事をするということ?」
「そう、この地方の四季や自然現象を司る八百万の神々がそこかしこに住んでいます。まあ、憂姫さんは例外中の例外ですが……」
「冷害だけに?」
「はい、そうですね」
感想ありがとうございました。
アクションシーンはプロットに織り込み済みでございます٩(ˊᗜˋ*)و
次回:山田九十九と『そこにいるはずのない者』