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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第五章:四季神の物語
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――殺してでも、冬神の居場所を吐かせる。

 『じゃからお主は阿呆なのだ、この馬鹿弟子が!』


 逃げるぼくの背中を、鋭い爪でガリガリと傷つけていく。管狐に頼ろうとするとすぐにそれは弾かれ――、狐達も親玉に攻撃するのは気がひけるのだろう、彼女の踏み込みは一気に距離を詰めて、ぼくなんかが逃げる隙なんてどこにもなかった。


 涙を拭って肉弾戦を仕掛けてみようにも、ある理由から全力で攻撃ができず、返って来るのは百戦錬磨の神性存在の打撃。逃げると見せかけて反転しても、いつも読みきられていた。不意打ちも成功したことがない。


 『嘘をつくのが苦手じゃな、お主は。フェイントができとらん』


 稲荷とうか師匠との特訓は文字通り血の滲むような日々であり、狐狗里こっくりの聖域から戻ってくると、彼女に治療を受ける日々だった。


 「……いてて」

 「あ、ごめんなさい。でもいつも生傷が絶えませんね」

 「ひまわりも疲れているだろう」

 「あなたほどじゃあありませんよ」


 『神降ろしの巫女』、飯綱いづなひまわり。『神性存在』として封印されている稲荷とうかをその身に堕ろして託宣を行う巫女。狐狗里の長の跡取りたるぼくが大きくなってからは、神託のついでに稽古をつけてくれるようになったけれど、その精神的負荷はたしかにひまわりを蝕んでいった。


 季節が巡って一年も経つ頃には、ひまわりは稲荷を堕ろしているとき以外は喋れなくなってしまった。稲荷の重みに、彼女の器が耐え切れていないのだ。部屋のベッドの上で、焦点の合っていない眼で壁の一点をただ見つめている彼女を見て、ぼくはこのまま里の掟に縛られてはいけないと思うようになっていた。


 「あ、おさきくんだ。おはよう」

 「ひまわり、もうおやすみ」


 『神降ろしの巫女』が代々使い捨ての役職だということを知ったのはそのころ。狐狗里はもともと出雲中央政府に従わない一族が作った隠れ里であり、神性存在の力をこのようなかたちでも借りなければ、反撃の糸口を見つけられなかったのだろう。


 神託とはつまり出雲中央政府で鬼斬りとして活躍した稲荷から、政府の事情を伺うことだった。一時期は、政府転覆のため、箱庭を食らう『鬼』の利用まで検討されていたほどだ。


 ※


 ――そんな私が出雲中央政府の出先とは皮肉なものだが。


 「ほほう、管狐の操作は腕を上げたようじゃな」

 「師匠が褒めるなんて気持ちが悪いですね」


 およそ十年ぶりの稲荷師匠との試合で、懐かしい記憶を思い出していた。狐狗里から逃げ出す算段を整えていたぼくは、そのころ、調査研究で里を訪れていた山田教授という女性と出逢う。


 『力を貸してあげましょうか』

 『……何が目的だ』

 『いえいえ。数年後、稲荷が必要になるそのときまで眠っていてもらいたいだけです。悪い話ではありませんよ、その神降ろしの巫女と普通の生活を送りたいでしょう』


 甘い悪魔の囁きだったが、そのときのぼくが縋る糸はそれしかなかった。皮肉にも稲荷師匠に鍛えられていたお陰で追手のほとんどを片付けることが出来、神降ろしの代償としてほとんどの記憶を喪ったひまわりとぼくとの、不器用な生活が始まった。

 ――それからあの里がどうなったのかは、知らない。


 そして。

 『わたし、貴方に逢えてよかったわ。ねえ、知ってる? ひまわりの花言葉は『私はあなただけを見つめている』。貴方はわたしにとっての太陽だった』

 『もういい、喋るな』

 『……ずっと見つめていたかったなぁ』


 それが尾裂ひまわりの最後の言葉だった。


 「師匠は少し腕がなまったのではありませんか」

 「減らず口を」


 小谷間ともえ。神性存在である稲荷は、いまは神降ろしの巫女ではなく、ふつうの女子高生に身を宿している。数えきれない巫女を使い捨ててきた稲荷が、『鬼』もいないいまになってこうして受肉までしているのは、何が目的なのだろう。


 ――一年も保たないだろうに。


 私の技術があのころに比べて向上しているのか、小谷間ともえという器が軋みを上げているのかはわからないが、いずれにせよ、稲荷師匠の攻撃はほとんどを無傷で捌けるようになっていた。


 「いくぞい」


 少女が半袖の右腕を掲げると、パキパキと空間が法則改変に軋みながら、狐神に相応しい金色の毛並みに包まれていく。爪が伸び、ぐっと強く握られる。


 「しつけが必要じゃな!」


 渾身の一撃。文字通り乾坤一擲のその拳を、まともに受けるほど私は愚かではない。バックステップを踏みながら、ベルトに提げてある管狐の竹筒を小突いていく。細長い狐の下級妖怪がふようふょと現れて、私と稲荷とのあいだの空間に九匹の配置を組んでいく。


 「尾裂流結界術『白面金毛』」


 親指を噛んで血を溢れさせると、術者の血液を媒介として管狐たちをつなぎ、九芒星ノナグラムが描かれる。三層に重ねられた三角形のレイヤー。数字の中でもっとも大きく完全を意味する九に、三位一体トリニティの防御構造。


 稲荷師匠の獣化形態の拳は、その九芒星の網に捉えられ、その衝撃に網がたわむ。九匹の管狐が必死に結界を維持しようとし、その代償として私の血液が流出していく。


 「ほう、使いこなせているようじゃな」

 「当然です。師匠こそそんなに飛ばして、保つのですか」

 「ヒトの心配をする前に、自分の心配をせよ」


 一撃でさえ全力で防御した獣化形態の拳、それを稲荷師匠は何度も何度も打ち付けてくる。その度に『白面金毛』の結界が歪み、私の血液を代償として修復が行われていく。


 願ったことすべてが叶う世界ではないが、物理法則を説き伏せることが出来るこの世界。圧倒的な破壊をもたらす稲荷師匠の意志と、私の血液を媒介として防護結界を貼っている私の意志のぶつかり合いといえる。どちらの『結果』に折れるかは、法則という途方なく大きな存在のジャッジであり、いまは無茶な法則改変の矛盾に悲鳴を上げている。


 稲荷師匠は笑っていた。

 「懐かしいのう」

 「そんな理由なら後にしてもらえませんか。いまちょっと急いでいるところなので」

 「四季神を殺しにいくのかぇ?」

 「ええ。仇を討つのです」


 狐狗里の象徴たる『九』尾の狐。それを『人』の身が操ることの行き着く先が『仇』とは出来過ぎた冗談だが、いまの私にはそれしか残されていない。


 「里を抜けて正解じゃったか?」

 「……わかりません」


 神降ろしの巫女たる飯綱ひまわりの身ならば、狐を操る術も使えていたのだが、いまはふつうの女子高生の身だ。『鬼斬り』もなければ、こうして獣化形態で物理に訴えるしかない。


 師匠の狙いはわかっている。この膠着状態を崩すための、私の意志を折りに来ているのだ。そうすれば法則改変の天秤は傾く。


 「わかりません――、が、ひまわりは幸せだと言ってくれました。それは真実だと私は思っているのです、師匠」

 「ほう」


 残された最後の一匹の管狐――、それがようやく戻ってきたのがわかった。稲荷師匠は気づいていない。その背後に巧妙に操作をして、致命的な一撃を狙う。


 「尾裂流結界術『殺生石』」


 石のように硬化した尾を携えて、その管狐は私の意志を体現するため、稲荷師匠の背後から吶喊をかます。法則に意志を示すために術名は宣言しなければならないが、もう防御は間に合わない。


 「嘘をつくのが苦手じゃな、やっぱりお主は。フェイントができとらん」


 昔も言われたその言葉。目線か、それとも最後の一匹を操作するのに手元が疎かになっていたのか。不敵に笑った稲荷師匠の、女子高生のスカートの下からは金色の尾が生えており、逆転の一手は無様に弾かれた。


 『殺生石』はその能力を進行方向に集めるが故に、横からの打撃には弱い、稲荷師匠なら百も承知のことだ。


 「くっ」

 「隙が出来たな」

 「しま――」


 獣化形態の拳が、『白面金毛』の三位一体の結界を砕き、私の顔を掠めた。


 「わらわの勝ちじゃな」


 嗤う。

 弾丸が通りすぎたかのように衝撃を頬に受け、血があふれだすのがわかった。心臓が止まりかけていた。私は私なりに全力で応戦をしたのに、稲荷師匠はまだ手加減をする余裕があったのだ。


 「……私は」

 「よい」


 そのまま抱きしめられた。ふわりとあの狐狗里の薫りが鼻孔をくすぐり、あのころに戻ったような気持ちになる。稲荷師匠が女子高生に受肉している関係で背丈は私のほうが高いのだが、抱きしめられたまま、背伸びをした彼女に後頭部を撫でられた。


 「とうか、ししょう?」

 「よいのじゃ。お主はよう頑張った」


 そんな言葉をかけられるのは初めてだった。


 「里を抜けたときはどうしようかと思ったが、ひまわりを幸せにしてくれて、そして最期まで一緒に居てくれて、感謝するのじゃ」

 「……ですが、私は」

 「そのために復讐をしようという気持ちはわかる。が、少し深呼吸をして周りを見回してみよ。刑部卿ぎょうぶきょうの通報から、お主は焦りすぎておるのじゃ」

 「ヒトと交わった四季神に罰を与えなければ――」

 「私怨に囚われるでない。よいか、ひまわりやお主たちの子を殺したあの大雪害。あれはたしかに冬神のせいじゃったかもしれん。が、ヒトと交わった四季神というのはまだ冬神と決まったわけではないじゃろう?」


 「しかし、あとは夏しか」

 「そう、夏、じゃな」


 稲荷師匠が何を言おうとしているのかわからなかったが、私は怒りを再確認していた。稲荷師匠の温もり、狐狗里の懐かしい薫り、それは飯綱ひまわりのことを想起させ、尾裂ひまわりを喪った哀しみを増幅させる。


 そうだ、冬神を殺さなければ。


 「稲荷師匠、夏神などどうでもいいのですよ」

 「違うのじゃ、尾裂。夏神は――」

 「山田流封印術、其九十九式」

 「なんじゃと!?」

 「私の勝ちです、『魑魅魍令ちみもうりょう』」


 アルバイトとして山田はじめと小谷間ともえを迎い入れた時に、山田はじめから極秘に聞かされていたこと。それが『山田流封印術』だった。くだらない児戯だと思っていた。まさか稲荷師匠の首元を狙える体制になるとは思っていなかったからだ。これが私の『最終兵器』。


 『ともえが暴走するかもしれません。そのときは山田流封印術と叫んでもらえれば、一瞬隙を作ることができます』

 『まさかあの稲荷師匠が? その山田流封印術とは』

 『中身が神性存在であろうとも、器は小谷間ともえのままです。ある事情から、彼女はヒトとしての身体が万全の状態ではありません。継ぎ接ぎの人形みたいなものだと思ってくれればいいですが、首根っこに強い衝撃が入れば、すぐに昏倒しますので』


 「所詮はヒトの身がボトルネックでしたね、師匠」


 気絶した彼女の身体からを受け止めながら、そう呟いた。獣化形態の腕や、スカートの下から生えている金色の尻尾は、パリパリと音を立てながら、法則改変の修復の余波で消え失せていく。もともとの世界のありように抗えなくなったのだ。


 「さて」


 春神のアパートはすぐそこにある。『天帝妖コーポ』。気を失っている彼女を、商店街の(一部粉砕された)噴水のベンチに横たえさせて、私は管狐を招集した。


 ――殺してでも、冬神の居場所を吐かせる。


【鎮守の森】

◎山田はじめ:四季裁『神憑』に憑依され夏姫を殺すため暴走中。

×姦姦蛇螺:ヒトーの命を受けてはじめと交戦するが、敗北。

×山田九十九:夏姫のもとを訪れていたが、はじめと遭遇。『観測の魔女』の力で真意を知り、山田穢見ルの力も借りて交戦するが、敗北。

×山田穢見ル&ぬらり&ひょん:山田九十九に力を貸すが、敗北。

◎楸紅葉:今回の事件の発端。山田はじめの前の立ちはだかる。

◯榎夏姫:尾裂と交わった四季神。祈祷中。「なんか外が騒がしいなー」


【五穀豊商店街】

◎尾裂課長:冬神の大災害に妻子を殺され、今回の『ヒトと交わっている神』は冬神だと信じ込んでいる。そうとは知らずに夏姫と交わっている。春神のアパートを特定、尋問に向かうが、いのに邪魔される。

×小谷間ともえ(稲荷いの):山田はじめから事情を聞き、嗅覚を活かして尾裂課長を止めに向かう。

◯ヒトー&小谷間まどか:柊憂姫から事情を聞き、尾裂課長を止めに向かう。

◯椿桜姫:今回の事件の発端2。アパートで休日を満喫中。「なんか外が騒がしいなー」


【魑魅魍寮】

◯柊憂姫:ヒトと交わった結果生まれた半神の忌み子。強力な力を有しており、母親が処断された時に暴走、甚大な被害をもたらした。出雲政府に対するシェルターである魑魅魍寮に引きこもっている。母を殺した四季裁を憎み、復讐を果たそうとしている。

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