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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第五章:四季神の物語
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どうやら俺のせいで、だいぶ困ったことになっているようだ。

 『神憑き』に支配された山田はじめの攻撃は、たしかに山田九十九を捉えていた。防御は不可能、回避ももう不可能なその大鎌が、彼女の細い首に触れ、そして――。


 空を、斬った。


 「なんだと」


 『神尽き』の2つの能力のうちのひとつ、盾たる『神つ樹』。それはあらゆる法則改変の影響を受けない、歴史の楔のようなもの。それが行う行為は『原理』であり、それを妨害する法則改変はキャンセルアウトされてしまう。


 「でも、あなたは対象に取れるのよね」


 わたしは、完全に鎌を振りぬいた無防備なはじめ君の背後に現れる。これが抜け道。魔女における法則改変は光子を通じて、法則に騙りかける。光子を自由自在に操れるのが前提条件であるからして、それをレンズのように操作して、陽炎を作ることも難しくはない。そしていまは孟夏。多少のゆらぎも目立たない。


 「くッ」


 絶対の前提条件が崩されたことへの同様と、大鎌を振りぬいたことへの反動で、彼は完全にいま反撃不可能な状態になっている。


 さて。

 殺さずに(そもそもわたしの身体能力で殺すことはできないから)、この『神憑』から彼を解放するためには。ああ、そうか。どれほど異常な動きをするからといって、ベースは山田はじめの人間の肉体のままだ。結局は、ヒトであることが防御能力のボトルネックとなっている。首だけに。


 手刀を作り、無防備な首元を狙う。


 「はじめ君、ちょっと痛いけどごめんね」

 『山田流封印術、其の九十九、なんてね』


 穢見えみルのこんな声音は初めて聞いた。いつもこちらをからかうような口調で、未来を知っているのか何なのか知らないけど、すべて見透かしたような言葉を吐くのに。こんな冗談を言うような子じゃない気がしたけど、まぁいいや、わたしはそのまま首筋に手刀を落とし込み――。


 「……かはッ!」


 呻いたのは山田はじめではなかった。当然、『神憑』というわけでもない。わたしだ。一瞬意味がわからずに、痛みよりも早くに身体が反応を起こしていた。


 鎌は振りぬいていた。人間の身体を負荷を無視して動かせるからといって、真後ろは対応のしようがないはずだった。


 大鎌『神尽き』の柄が、わたしの鳩尾みぞおち下にめり込んでいた。ぬかった。『神憑』の機転の利かせ方というか、対応の早さも気になった。もしかしたら、どこかで同じような戦法を使われたか、使って弱点を理解していたか。

 いずれにせよ、これは――。


 「げほっげほ」

 「唯一打倒できる機会を失いましたね、『観測の魔女』。法則改変の通用しない相手に対する奇策、そしていかに超人的な動きをしようが関係なく対処できる手法、評価に値しますが、それだけです」

 「な、つき――」

 「夏姫は排除します。それに、私がもう何年も使用されなかった経緯はわかりませんが、あの冬の災禍を起こした冬神にも罰を受けてもらわなければ。どうやら宿主の記憶領域に彼女の記録があるようなので」


 最悪だ。

 ここで倒れてしまっては、何もかもが終わってしまう。きっとこの『神尽き』は暴走したまま、夏姫を殺し、魑魅魍寮に向かい、憂姫を殺めるだろう。そしてその過程で『鬼』に出逢えば……。


 あれだけ饒舌だったのが嘘のように、こんなときに穢見ルは黙りこんで、わたしはお腹の鈍い痛みを抑えきれずに、地面に倒れ込む。猫の目のようなはじめ君が、無表情で見下ろしていた。


 掲げられた大鎌が太陽の光を鈍く反射して、葬送のように蝉の鳴き声が聴こえてくる。あれを防ぐ手段はもうどこにもない。一瞬だけ、はじめ君の正気を願ったのだけれど、それが効くならば、さっきの攻防の時になんらかの異常が現れていただろう。


 万事休すだ。

 「ごめんなさい……」


 薄れていく意識の中で、無意識に両手は腹の上に置かれてそれを庇うように丸くなった。


 本来立入禁止とされているこの鎮守の森で、わたしでも、はじめ君でも、『神憑』でもなく、ましてや夏姫ちゃんでもない、初めて聞くような声が聴こえて、それを合図にするかのようにわたしの意識はブラックアウトすることになった。


 ※


 「……っ、アアアアアァア!」

 「だ、大丈夫かい、穢見ル」


 鳥居が立ち並ぶ、階段の続く世界。あらゆる箱庭世界から阻害された、はざまの世界に、絶叫が轟いた。和装の少女がうずくまり、片時も離さなかった黒い表紙の古書『くだん』は、その手から滑り落ちて、二段三段と階段を転がり落ちていく。


 そんな彼女のもとに駆け寄ったのは、使い魔かぞくである2人の座敷童『ぬらり』と『ひょん』。穢見ルと呼ばれた少女は身体を起こすと、大量の吐血をした。鮮血が聖なる『宮』を穢して、階段を伝っていく。


 「……九十九が」

 「わたしたちが出ていこうか、穢見ル」

 「いいわ、ぬらり。ひょんも。相手が悪すぎる」


 『ぬらり』と『ひょん』。対の使い魔かぞくは非常に強大な力を有しているが、それもあくまで魔法の延長線上。法則改変で編みこんだ擬似生物なのだから、あの大鎌にはいともたやすく解かれてしまうことだろう。


 ――これで終わり?

 九十九の意識は昏倒しており、『神憑』は彼女に止めを刺そうとしている。それは魔法的に回避不可能で、物理的にももう間に合わない。ある程度ならわたしのほうからの魔法で治癒して誤魔化すこともできなくはないが、首が跳ねられればそれでおしまいだ。


 『件』と書かれた黒い表紙の古書はまだ、捲られ終わってはいない。わたしは階段の数段先に落ちてしまった古書を拾い上げ、胸に抱きしめた。


 「まだだ。まだ九十九は選んでいない」


 ※


 山田九十九へと振り下ろされるはずだった大鎌は何者かの手によって軌道を逸らされた。文字通り首の皮一枚で、地面へと突き刺さる。彼女はもう昏倒しているようで反応はないが、山田はじめを依代とした『神憑』は予期せぬ一撃にあたりを見回す。


 「お前は――」

 「よォ、いつから四季裁はこんなちびっ子になったんだ?」


 ジーンズに包まれた長い脚が高く掲げられている。この鋭い蹴りで『神尽き』が弾かれたのだと識る。突如現れたその存在は、ジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、こちらを不敵に見つめた。


 「たしか山田 四三よみとかいう女じゃなかったっけか。代替わりしたのか、もしかして」


 ポケットから煙草を取り出して、口に咥えてライターで火を点ける。紫煙を吐き出しながら、ため息を盛大についた。


 「どうやら俺のせいで、だいぶ困ったことになっているようだ。文福刑部卿ぶんぶくぎょうぶきょうのおっちゃんがまさかマジで『朝までちぇりーぶろっさむ!』聴くとは思わねえもん。なあ?」

 「……お前は何者だ」


 鮮やかな紅葉色の髪をかきあげて、その神は嗤う。


 「奇想天街きそうてんがいの四季姫が一人、ひさぎ紅葉くれは。あんたに親友の母親を殺されて、いまもうひとり親友を殺されそうになっている者だ。以後、お見知り置きを」


 ※


 『わかるか、ともえ』

 「ぃぁ! わたしの嗅覚を舐めないで」


 鎮守の森から五穀豊商店街へ走る女子高生の姿があった。犬のように鼻をくんくんとひくつかせ、尾裂課長を追っている。


 彼女の名は小谷間ともえ。肉塊として生まれ、小谷間まどかの手によって、『神性存在』稲荷いのと契約をして肉体を得た少女。肉塊だった頃に機能していたのは、その知能と聴覚、そして嗅覚のみ。そのときに異常に研ぎ澄まされた嗅覚で、彼女は商店街を歩く群衆の中から確実に対象の匂いを捕捉していた。


 『それにしてもすごいな、お主の鼻は』

 「ぃぁぃぁ、それほどでも。普通だったらかなぁり難しいけど、あの人、煙草を吸うからね。……それにしても」

 『なんじゃ?』

 「いのがこんなに協力的になってくれるなんて意外。てっきり四季姫なんて関係ないのじゃーなんて言うと思ったけど」


 神性存在、稲荷いの。彼女は山田穢見ルの箱庭に封印されていた、鬼斬りの狐。かつて魑魅魍寮を舞台として大騒動になった原因は、彼女の鬼に対する執着だった。


 なんだかんだあって、いまではその鬼と同じ家に暮らしていることになるのだけど、あのころよりはだいぶ落ち着いてきたと思う。はじめ君の封印術に懲りたのかも知れないけれど。


 わたしの中の稲荷いのが黙り込んでいた。


 「……どうしたの?」

 『尾裂のチビが苦しんでおるからの』


 聞いたことのないような声音だった。詳しいことは知らないが、たしか尾裂課長はもともと狐遣いの里の生まれらしく、稲荷いの(彼は稲荷とうかと呼んでいた)にみっちりしごかれたらしい。それが原因かわからないけど、彼は里を抜けだして、あの冬の事件を経て、この街で相談支援事業所を開いたという。


 『バカ弟子を一発殴りたいだけじゃ』

 「ぃぁ、心配なんだねえ」

 『ちゃうわい』


山田はじめ(神憑) vs 姦姦蛇螺:×

            山田九十九&山田穢見ル:×

            楸紅葉:?

尾裂課長 vs 小谷間ともえ(稲荷いの):?

榎夏姫「なんだか周りが騒々しい……(;´Д`)」


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