そのために神器に付与された機能はふたつ。ひとつは矛、ひとつは盾。
「お前、ただの人間じゃなかったのか!」
「ただの人間だよ。だからこそやらないといけないこともある」
蛇ならではの滑らかな動きと、六本の腕によって、姦姦蛇螺は変幻自在の挙動を見せる。大鎌『神尽き』を使ってはいるものの、四季裁としての経験の浅い山田はじめにとって、思うように攻撃が当たらない彼女に歯噛みをしていた。猛暑の中、汗が頬を伝う。
「くそっ」
「その大鎌、四季裁のやつか。夏の子を殺そうとしているのかい? だから、ヒトーから連絡があったんだな。ん、でも、はじめは魑魅魍寮で憂姫を見逃し続けているよね。どういうこと?」
「姦姦蛇螺は知らなくていい」
「つれないなあ」
姦姦蛇螺はぼくがあの寮に越してきた当初からいた。ヒトーさんとならぶ古株の一人だ。どこまで信じられるかわからないが、もともとは大昔に大蛇に捧げられた村娘だったという。同じく人外のヒトーさんにはシンパシーを感じるところがあったらしく、よく仲良さそうにしていた(たいてい姦姦蛇螺からの一方通行に見えていたけれど)。
そして暴力事件を起こしてこの聖域に勾留されることとなった。蛇の身体に、六本の腕。処女を食らった蛇神を身に宿しているだけに、少女の顔をしていたとしても、戦闘能力はえげつないほど高い。
――いま思えば、鎮守の森の鳥居から続いていた轍は、姦姦蛇螺のものだったか。ヒトーからの連絡で、このタイミングで進入するものに罠を張っていたのだろう。
「そんなやたらめったらに振り回しても、当たらないよ?」
「……うるさい」
体力も桁違いだ。運動部ですらないぼくは、大鎌の扱いには慣れていないし、そもそもこんなふうに戦ってくる相手には大鎌の特殊能力が発動しない。先端に重いモノのついた長い棒に過ぎないそれは、何十回目かの攻撃も、虚しく空を斬る。
するりと二本の腕で柄を捉えられて、残り四本の腕でぼくの肩をがっちりと掴まれる。人間とはちがうレベルの膂力に、これでは身動きできようもない。蛇の瞳の少女が顔を近づける。
「何を考えてるのか知らないけどさ、ヒトーには連絡させてもらう。わたしはね、そういう正義ぶった奴が大嫌いなんだ。そういうやつがいるから、余計な犠牲が増えていく」
ぼくの肩を掴んでいる腕の一本が離れ、スマートフォンを取り出した。『Kankan$』というコテハンで八百万ちゃんねるにコメントにしていたのは知っている。この聖域は、電磁波までも防ぐものではない。あくまで八百万の物理的暴力性に対する結界なのだ。
指がヌルヌルと動く、メールを打っているのだろう。
――ヒトーさんに連絡をされたら。
それこそ事態が収拾付かなくなってしまう。いまは尾裂課長と夏姫にだけ動向を注意していればいいが、さすがにヒトーさんと小谷間まどかまで絡んでくると、落とし所がなくなってくる。最悪のケースとして、ヒトーさんたちに釣られて憂姫まで出てくるともう収めようがない。
「……やめ」
「やめない。魑魅魍寮の面々に隠しごとをしていた罰だよ、これは。それになんでいまさら夏姫を殺そうとしてるの? あ、もしかして『朝までちぇりーぶろっさむ!』で言ってたのって夏姫の……」
「やめろ」
姦姦蛇螺を止めようとするが、ぼくの力では到底かなわない。大鎌『神尽き』が漆黒に揺れる。ぼくの脳裏に呪われた声が響く。
『殺しなさい。罪深い神々を殺しなさい』
「……やめろ」
『それを妨げるものは排除するのです』
罪を犯した八百万の神々を裁くのは、信仰の源泉たる人間たち。せっかくの信仰が裏切られたのだと、人間に裁く権利があるのだ。その代表が四季神。信仰の純度を気にする出雲中央政府の意図とも合致し、かつては『神尽き』と呼ばれる神器が支給された。
神を殺す。
しかし、それは容易ではない。特に憂姫のような忌み子は、自らの中に信仰を生み出す人間の部分があるために、普通の人間ではそもそも対処できるレベルでないことが多い。だから、当然、『神尽き』はそれに対するカウンターを持っている。
四季裁継承のときに、母は言っていた。
『出雲中央政府もズルくてさ、結果的にヒトに神々を殺させればそれでいいんだ。過程は問わない。どれほど異次元な武器で、どれだけチートなことをしてでも、その結果さえ果たせればいいのさ』
大鎌が地獄のようなうめきを上げる。
『そのために神器に付与された機能はふたつ。ひとつは矛、ひとつは盾。どっちも人の身に余るものさ。あんまり思い出したくはないよね』
姦姦蛇螺はいまだにぼくの身体を押さえつけたまま、スマホに指を走らせている。この行為が終われば、ヒトーさんや小谷間まどかといった厄介な者たちがやってくる。尾裂課長も来るだろう。そうすると、どうだ。四季社にたどり着くためには、そのすべてを打倒しなければならない。
『邪魔者は物理的に排除します』
ぼくではない誰かの意識がそう囁いて、目の前が赤く染まっていく。カタカタと笑うように大鎌が鳴り、ようやくその異変に気がついた姦姦蛇螺が不思議そうにぼくを見つめる。
「はじめ、あなた」
「やめろ。やめろ。姦姦蛇螺、逃げ――」
姦姦蛇螺の化け物的握力を押しのけて、ぼくの力ではない力でぼくの腕が持ち上がっていく。さきほどまでよりよっぽど輝きを増したその刃に、ぼくの顔が写り、その瞳孔が猫のように細まっていることが見て取れた。
『神憑』
物理的な力でも、異能力でも圧倒的に劣るヒトに与えられた、母のいうところの『神尽き』の矛の側面。ヒトが罪神を殺したという結果にたどり着くための、違法な過程。
ぼくは自らの内に宿った異質な力の断片を理解した。ああ、これならば、単純に『力が強い』という一点で特化している姦姦蛇螺は容易に打倒することができるだろう。この鎌が振り上げられ、下ろされるときに、姦姦蛇螺という生命は絶たれることになる。
「逃げろっつったって……」
見ればぼくの左手が彼女の腕の一本を鬼のような力で押さえ込んでいるのがわかった。ヒトとしてのリミッターを考慮しない力。ただただ、罪深い神を殺すために、最短距離を突き進もうとする神器の力。
「所詮、ヒトの身がボトルネックじゃな」
聞き馴染みのある声がして、姦姦蛇螺の身体から力が失われる。それとともに振り上げられた大鎌は、姦姦蛇螺はすでに邪魔者ではないと判断をしたのか、身体のコントロールをぼくへと返した。ふらつきながらも、ぼくは姦姦蛇螺から少し離れたところに鎌を突き刺す。
その向こうには、手刀を構えた稲荷いのが立っていた。
「はぁ、はぁ、ごめん。助かった」
「お主が四季裁じゃったのか。まぁよい。お主のところに行かないと契約を解除するからなんてことを、ともえが言っておっての。わらわとしてもそれは困る、と来た所、お主が姦姦蛇螺に襲われていたわけじゃ――、はじめ君、大丈夫だった!?」
「ああ、ありがと」
「それにしても、いまのは、ボトルネックと首を掛けていたのかしら……」
小谷間ともえの姿に戻った彼女は、とりあえず気絶している姦姦蛇螺を木陰まで引っ張っていき、パンパンと制服のスカートの泥を落とした。
「なんだか嫌な予感がしたから駆けつけたんだけど正解だったわ。――ストーキングしていただけじゃがな。うるさい! それでね、はじめ君のそれは、何?」
一人芝居をしているともえが視線を落とすと、地面に尻もちをついているぼくの腕が、手放したはずの大鎌を握っていた。『神憑』。
四季神からなにから説明するのは億劫だったけれど、小谷間ともえといのならば、きっとわかってくれるはず。特に稲荷いのは、もとはといえば、出雲中央政府側の神性存在だ。ともえの制御下にある程度あることも考えると、ここですべてを明かしておいて損はないと判断した。それに、少しでもぼくが邪魔者だと判断をするならば、『神憑』が起動しそうで恐ろしかった。
ぼくが親から受け継いだ四季裁という役割があること。四季神のシステムと、信仰を重んじる出雲中央政府の思惑。尾裂課長のところに来た通報に、彼の誤解。榎夏姫という存在。
「夏姫さんが、夏の神様……?」
「ああ、それは間違いない。ともえが越してきてからはあんまり来なかったけど、よく憂姫のところに遊びに来ていた」
「あの夏姫さん?」
「どうやら魑魅魍寮の面々以外には隠していたようなんだ。恋人関係にある尾裂課長にも。尾裂課長は尾裂課長で、憂姫の暴走事件で家族を喪ってる。だから、『ヒトと交わった四季神』という言葉から、憂姫と勘違いをして狙っているんだ」
「本当は、夏姫さんのことなのに……。――ともえ、お主、ひとつ忘れておるぞ。あ」
「?」
「夏姫さん、五穀豊商店街の『こっくり産婦人科』に入っていくのを見た。もしかして。わ、わたし、尾裂課長にこのことを伝えてくる!」
「ちょっと待っ……」
ぼくが声を上げる間もなく、稲荷いのの姿と化した彼女は疾風のように去っていってしまった。稲荷いのもいので、随分と小谷間ともえに入れ込んでいるように思うのは気のせいだろうか。
「辛いことを押し付けちゃったかな」
ぼくは尾裂課長が壊れるところが見たくはなくて、そしてそれは夏姫のためでもないような気がして、切り出すことができなかった。あくまで四季裁として『神尽き』まで持ちだして捜査をしていますよというアピールをしながら、方策を考えていた。
けれど、ぼくが想像するよりも遥かに深く、課長は憂姫のことを憎んでいた。
小谷間ともえのように駆け出していく強さは、ぼくにはなかった。
「ま、いずれにせよ、夏姫に話を聞かないと」
『神尽き』の刃を畳んで袋に戻し、肩に担いで奥へと進む。ヒトーさんからの連絡を受けた姦姦蛇螺の轍の罠のせいで、とんだ遠回りをしてしまったようだ。これが鎮守の森に一度でも入ったことがある者ならば、迷わなかっただろうに。
やがて、古びれた社、四季社が現れる。遠回りルートでいってしまったようで、裏口の林から出てくることとなった。肩に担いだ『神尽き』が震えているが、これをどこまで抑えられるかが、ぼくの命題となる。
四季社の表側に回ろうとすると、おそらくは門からの最短ルートでここに向かってきたであろう人影に気がついた。本当はここは立入禁止のはずだ。
それは尾裂課長でもなければ、ヒトーさんでもない。小谷間まどかでもともえでもないし、復帰した姦姦蛇螺でもない。おやつの入ったアラミタマートの袋を提げている、あの女性は――。
「ねーさん?」
次回:『観測の魔女』山田vs『神を殺すもの』山田
「この勝負、山田が勝つわ……」




