山田を刻まれるということは神殺しを意味すること
出雲中央政府という八百万の神々を中心とした統治形態について、そのはじまりは諸説ある。いずれにせよ、八百万信仰というものがこの国の人々の根幹を成している以上、盤石な政治基盤の上に成り立っている。
が、その信仰という曖昧なものの上に成り立っているということは、彼らは存分に承知しており、近代の信仰の移り変わりとあいまって、崩れるときは一気呵成に崩れ落ちるということを、彼らは十分に知っている。それが、信仰によって存在を形造られている神々の死活問題に直結するからだ。
だから、彼らは各地に監査官を置いた。神の権威の失墜を招くような八百万を裁くために。この小さな島国のあらゆる領域に目が届くよう、山(狩猟)と田(採集)を監視下に置くため、彼らに冠される名は『山田』という。
一般には識られていないものの、山田を刻まれるということは神殺しを意味することを、山田はじめは識っている。
「あれ、はじめ君? 帰るの?」
「尾裂課長からLINNEが入った」
「じゃあ、わたしも――」
「ボクだけ呼ばれてるみたいなんだよね、ごめん。ともえは、悪いんだけど、あとでノート写させてよ」
あの冬の大雪害、それは柊憂姫が起こしたものだと山田はじめは識っているが、その事件をきっかけに、この奇想天街の四季官は世代交代が行われた。
母さんから、ボクへと。
「そんなに大変な仕事じゃないからぱーっと請け負っちゃってよ」
「どうせボクに拒否権はないんでしょ」
「賢い子は母さん、好きよ」
四季裁とも呼ばれるこのお仕事をボクに継がせてから、滅多に逢わない母は黒一色の服装をするようになった。まるで色彩を喪ったかのように。代わりにボクに与えられたのは、一振りの大鎌。
「『神尽き』」
「噛みつき?」
「その八百万を形作る信仰を斬る神具、現存しているのはもう数個かしら。法律が代わって、八百万にもくだらない人権意識が叫ばれるようになったから、もう新しいものは造れない。大事に使いなさい」
この封印を開ける日がくるとは思っていなかった。いや、まだ開けてはいないのだけど、部屋から持ち出す日が来るとは。
『尾裂:君が四季裁だったとは』
『はじめ:むしろ課長が母さんと親交があったことのほうが意外ですよ。あの人、友達少なそうなのに』
『尾裂:むかし、狐里を抜け出すときに手伝ってもらった』
『はじめ:なるほど。稲荷いのを母さんが認識したのはそのタイミングなんですね。とりあえず学校は早退しました。一度家に寄りつつ、向かいます』
『尾裂:頼む』
封印の布で覆われている大鎌を肩に載せて、自転車を漕いでいく。出掛けにねーさんに逢うというハプニングがあったけれど、怪しまれてはいないようだった。
山田九十九。
彼女に刻まれた山田の意味をボクはまだ知らない。『鬼』や『忌み子』、『観測の魔女の遺物』をその腹の中に収める魑魅魍寮の管理人というだけで、重要な役割ではあるのだけど。
「こんなところで何しているんスか、ヒトーさんにまどかさん」
「はじめ君こそ、学校はどうしたの?」
ボクはねーさんにしたのとまったく同じ説明を、彼らに行った。天網恢恢相談支援事業所の一階に併設されている自転車置き場。そこで、デュラハンリーマンのヒトーさんと最近魑魅魍寮に越してきた、小谷間ともえの姉、小谷間まどかがひそひそ話し合いをしていた。
「ボク、邪魔っすかね。先に向かいますね」
自転車を止めてそういうと、小谷間まどかさんが顔を真赤にして否定して「ちがうの、そうじゃないの!」と言っていた。一方でヒトーさんは無表情のままだった。いや、彼の表情が変わったら恐ろしいけれども。
「おつかれさまでーす」
二階に上がり、天網恢恢相談支援事業所のオフィスの扉を開けると、尾裂課長と事務バイトの夏姫さんがキスをしていた。
おおう。
「失礼しましたー」と扉を閉めようと思うと、夏姫さんが流し目で「あらら、バレちゃったか、はじめ君」と、どこかのお姉さんとは違う大人な対応を見せていた。
「課長、学生を平日に呼んどいてそれはちょっと」
「す、すまん」
「尾裂さんは悪くないよ。うちが悪戯しただけ。それじゃ、忘れ物は届けたから、うちは商店街に寄りつつ、出稼ぎに行くのです」
それだけ言って、夏姫さんは朗らかに去っていった。残されたボクは課長と何を話せばいいのかわからず、しばらくの沈黙ののちに課長が咳払いをした。
それにしても、意外だった。事務バイトの夏姫さんは、小谷間まどかさんが正社員で登用されてからはほとんどシフトが入っていなかったからだ。設立当初からのメンバーだということだけ知っていたけれど。
頭のなかのねーさんが『どこもかしこもリア充か!』とぷりぷりしていた。
「出雲中央政府、文福刑部卿から連絡があった。まずはこれを見て欲しい」
「これ、ちぇりーぶろっさむの……」
「知っているのかね」
「いえ、タイトルにそう書いてありますよね。ちぇりーぶろっさむ」
課長の呈示した八百万動画のアマチュアラジオのページ、それは『朝までちぇりーぶろっさむ!』という椿桜姫という、憂姫の知り合いがやっているラジオだった。その回はボクも聞いていて、『yamada99』というねーさんの黒歴史コテハンでリアルタイムにチャットをしていた。
なるほど。一度だけ魑魅魍寮に遊びに来たことがある楸が出雲中央政府の高官と知り合いで、このラジオを薦めたのか。確かにボクが聴き始めたのも、楸に薦められたのがきっかけだったと憶えている。
『知り合いの春神がやってる』とでもいったのだろう。その春神がこんな相談をしてしまっては、夏神か冬神がヒトと交わりを持っている粛清対象だと宣伝しているようなものだ。
そしてこの奇想天街の冬神は、先代を母さんが処断し、その忌み子は行方不明ということになっている。実態は魑魅魍寮で引きこもっているのだけど、あそこは出雲中央政府の監視の目が行き届かない場所らしいから、ヒトと交わるのは彼女に違いないということになっているのだろう。
――誰よりもそれを禁忌しているのが憂姫だというのに、皮肉なものだね。でも、それ以上に皮肉なのは。
「ヒトと交わりを持った四季神が存在することは赦されない。それは出雲中央政府の最大の方針でもある。信仰を何よりも重く尊重するここと、それを穢す者は迅速に排除すること。君も識っているだろうが」
「それで、尾裂課長は、『ヒトと交わった四季神』を殺せと四季裁たるボクに命じるの?」
「そう――」
「慎重に答えてください。それを聞いたら、ボクは義務を果たさなくちゃいけなくなる」
榎夏姫、ボクのことを四季裁だと識らず、単に憂姫の友人だという立場で見ていたとして、『尾裂さんは悪くないよ』といった意味。憂姫を匿っているボクならば、通報はしないと思ったのだろうし、それは正しい。
ボクは尾裂課長が決定的なことを言う前に、状況を整理しなければならなかった。
ヒトと交わっている四季神はどう考えても夏姫しかありえない(というか、ボクの視点からでは憂姫では絶対にありえない)。しかし、夏姫は憂姫の事件を目の当たりにしてもなお、それを受け入れているようで、尾裂課長に素性を明かしていない。
だから、こんな勘違いが起こってしまう。しかし、その情報の齟齬を正す言葉を、ボクが言っていいものかどうか。懸念をしているのは、憂姫の存在。ボクの推理は憂姫が大前提ではあるけれど、よりによって四季裁の立場で、昔から憂姫を見逃してましたなんてことを正直に言えるはずもない。憂姫と友人であることも明かせないので、夏姫が夏神であることを知っているはずもない。
『神尽き』を握りしめる。
「私は、あの大雪害の日に、妻と子供を喪った――」
その後、聞いた尾裂課長の身の上話のあと、ボクは本当に何を言ったらいいのかわからなくなってしまった。四季神への憎悪。憂姫のあの事件の事情をすべて知っているわけではないが、尾裂課長にはその憎悪を抱く権利があり、そのどん底の日々の中で拾ってくれた夏姫を愛するだけの物語があり、文福刑部卿からの情報で四季裁を呼びつける必然がある。
「ちょ、ちょっと待って、課長。ボクは――」
「だから、復讐を果たさせて欲しい。奇想天街の四季裁へ、天網恢恢相談支援事業所が命じる」
ボクはそのあとに紡がれた言葉を、聞いてしまった。
※
「はじめ君ばっかりずるいよー」
『じゃからといって、学校をサボって良いのか?』
「いのも変なところで真面目だよねー。あ、夏姫さんだ。バイトに向かうのかな」
『いや、あれは』
「『こっくり産婦人科』?」
次回:山田ってすげえ。




