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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第五章:四季神の物語
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右によれ、左に倒れそうになりながら、細身のその影は奇想天街へと降りていく。

 「うー、うぁー」


 出雲中央政府直轄地――、鎮守の森と呼ばれる聖域は各地区に存在している。

 その地の役割は二つ。ひとつは姦姦蛇螺かんかんだらのように、公共の福祉に反するような言動を取る特異生物を自立支援法上の特別措置として隔離・封印する場所であること。もうひとつは、鎮守の森の中央に位置する古い社。もう何百年とそこにあったであろう、少々朽ち果てかけているその社から、うめき声を上げながら野に下っていく影があった。


 ふらつく足取りで一歩ずつ。右によれ、左に倒れそうになりながら、細身のその影は奇想天街きそうてんがいへと降りていく。


 ※


 山田九十九の管理人就任、稲荷いのの襲撃、そして新しい魑魅魍寮ちみもうりょうの住人と、騒々しいことが目白押しだった春が終わり、梅雨を迎えて、夏が巡ろうとしている。春に起きた様々な出来事に匹敵するようなことはほとんど起こらず(住人間の小さないざこざはあったものの)、おおむね平穏に日常が続いていた。


 「あー、気持ち悪ぃ」

 「つくも、ずっと体調悪そうだよね……、大丈夫?」

 「おろろろろろ」

 「あー」


 管理人である山田九十九の謎の症状は、多少の波を伴って良くなったり悪くなったりを繰り返していたけれど、『鬼』の生き残りであるおうまが絶えず看病を続けていた。彼女が動けないときは率先して管理人の業務を手伝い、簡単な家事の手伝いくらいならば、ひとりで出来るようになっていた。ただし、この寮から出ることは一歩足りともなかった。


 「はじめ、つくもがおろろろろ」

 「はいはい、世話が焼けるねーさんだ」


 山田はじめ、この魑魅魍寮においてただの人間である彼は、ほとんどの家事をこなしていた。買い出しに、炊事、洗濯、アイロンがけに至るまで、百鬼夜高ひゃっきやこうから帰ってきてからはずっと家事に追われる毎日だったが、本人は小さな頃からずっとその生活を続けているため、ここにきてサボるということはできないようだった。いまとなっては同じく百鬼夜高に通う、小谷間ともえが手伝っている。


 「鬼……こんな近くにおるのに……」

 「何か言ったかい、いの?」

 「なんでもないのじゃー」


 小谷間ともえは不完全な身体で生まれてきたので、それを埋め合わせるために『神性存在』である『鬼斬り』の稲荷いのをそのこころのうちに宿している。彼女は鬼を斬るために存在するようなものであるから、おうまが近づく度に殺意を向けるのだけど、毎回、ただの人間である山田はじめに邪魔をされているのだ。


 山田流封印術――。稲荷いのの意識を一瞬にして奪うその謎の術の、取っ掛かりさえも彼女はまだ掴めていない。『神性存在』ですら封印しかねないその業に、稲荷は怯える毎日を過ごしている。


 「勝手に出てこないで。そろそろ諦めたら?」

 『むー、わらわのあいでんてぃてぃが……』

 「おうま君、いい子じゃない」

 『鬼という存在の怖ろしさを知らんからそう言えるのじゃ』


 暴走しかねない『神性存在』と、それを封じる山田はじめ。恋する女子高生小谷間ともえにとって、想い人と常に一緒に居られる口実があるのは大変ありがたいのだけど、ふたつ悩みがあった。ひとつは再度暴走したときには取り返しのつかないことになるであろうこと。もうひとつは、あまりにも山田はじめがそばにいすぎて心臓が保たないであろうことだ。


 「……ぃぁぃぁ」


 ひとつ屋根の下である魑魅魍寮に引っ越してきただけでなく、いまは同じ部屋で一緒に眠っている。ベッドがわたしで、彼は床に。紳士的じゃない振る舞いをしないことは、それはそれでいいのだけど、自分に魅力がないのかと不安にも思ってしまう。5月に越して、もう二ヶ月が経とうとしている。が、いまだに慣れる気配はなさそうだ。


 携帯電話が鳴った。

 「ぃぁ、ともえだよ。緊急招集? わかった、はじめ君も一緒にいるから」

 『ありがと。ちょっとヒトーさんも手が離せなくてね』

 「まかしときー。はじめ君、行くよ!」


 この魑魅魍寮には、古参の活ける鎧デュラハンリーマン、ヒトーさんが暮らしている。そして、小谷間ともえの姉、小谷間まどかも二階で暮らしている。彼と彼女は、天網恢恢てんもうかいかい相談支援事業所に務めており、様々な魑魅魍魎間のトラブルを(ときには力でもって)解決をしている。そこにアルバイトとして雇われているのが、山田はじめと小谷間ともえのコンビだった。


 「今度はなに?」

 「鎮守の森のほうでなんか不審な人がいたんだって。見失ったから、正確な位置はわからないけど、とりあえず通報場所までってねーさんから」


 ふたりは皿洗いの片付けを簡単に終わらせてから、百鬼夜高の夏服のまま外へと駆け出していく。愛用の自転車にまたがって、スマホのアプリが点滅して知らせる位置まで全力で漕いでいく。小谷間ともえの淡い想いはいつまで経っても伝えられる気配はないのだけれど、こういうドタバタな日々も、これはこれでいいと思っているのだ。


 「……ようやく静かになったわね」


 魑魅魍寮の二階、女性フロアで外を見下ろしながら、そう呟いたのは、ひいらぎ憂姫ゆきという少女だった。年がら年中着ている芋ジャージに身を包んで、長い白髪をかきながら、外を見つめている。


 八百万の神。季節を司る四季神のひとり。


 「何か聞かれちゃいけないことでもあったのかい、憂姫」


 窓のさっしに腰掛けているのは、和装の小人。この魑魅魍寮の座敷童であり、山田九十九をこの世界へと転移させた張本人である、ひょん。悪戯げに憂姫を見上げるが、憂姫はその白い指で窓枠を掴んだままだった。


 「あの管理人のこと。あのままほっといていいの?」

 「気づいてる?」

 「わたしだって女性だからわかるわよ」

 「八百万の神様がそんなことを言うなんて、まるでヒトみたい――」


 さすがにその言葉は琴線に触れたのか、ひょんの頭にげんこつが落ちてくる。たんこぶになっていないか烏帽子を外して確かめるひょんに、憂姫は絶対零度の瞳で見下ろした。


 「そりゃ、承知しているさ」

 「ひょん。聞けば、あの管理人、元の世界で寝取られたそうじゃない」

 「あの血族だから仕方ないね」

 「面倒なことにならなけりゃいいけど」

 「それを知っていて、ボクがこの世界に送り込んだとか言ったら、憂姫は信じる?」


 ひょんの言動は、いまだに憂姫にも測りがたいところがあった。魑魅魍寮の座敷童であり、なんらかの目的に沿って行動していることだけはわかっているのだけど。ただ、この魑魅魍寮というある種の聖域は出雲政府の追跡を逃れる隠れ蓑として機能しているから、わたしはこの居場所を離れるわけにはいかず、あまりひょんを追求できないでいるのも事実だった。


 「……どうでもいいわ」

 「あまり首を突っ込まないほうがいいと思うよ、たとえ八百万の神様であっても」

 「何様のつもりよ」

 「座敷童界の皇帝、すなわち童帝――、って、あれは」


 くだらない口上を言いかけたひょんはハッと何か気がついて、窓の外を見つめた。ようやく梅雨が開けつつある快晴のもとに、影のような生気のないシルエットがゾンビのような足取りで魑魅魍寮に近づいてくるのがわかった。


 「うぁー、うぁー」


 その声を聞いたのは、山田九十九も同じだった。おろろろしてしまった気持ち悪さを拭うべく、台所で顔を洗って、スポーツドリンクを飲んでいたところだった。玄関から直結の共同食堂、謎のうめき声に振り返ると、魑魅魍寮の玄関ががらりと開けられて、ゾンビのようなそれが倒れこんできた。


 「うぼぁー」

 「うええぇ、なになに!?」

 「……くれー」

 「く、くれ、って。おろろろろ」


 この魑魅魍魎が跋扈する世界、住人やニュースやネットである程度慣れてはいるものの、まだ何が起こるかわからないというのが実感だった。ぼーっとしていたら殺されるかもしれない、そういった恐怖感は常に持ってはいたものの、いきなりこんな事態になるなんて想定していなかった。


 玄関先に倒れこんでいるのは、長い髪が伸びているからきっと女性なんだろうか。全身が煤のようなものに覆われていて、身体はがりがりにやせ細っている。節の浮かんだ手をこちらに伸ばして、ぷるぷると震えている。長い髪に遮られて、表情は伺えないが。


 「管理人、大丈夫?」


 どたどたと階段を降りてきたのは、柊憂姫だった。


 「大丈夫、吐いてますよ」

 「何馬鹿なことを言っているの」


 憂姫はこの状況に慣れているらしく、てきぱきと玄関先に降りて、躊躇することなくそのゾンビのようなものに触れた。生存を確かめるようにいくつかチェックをして、腕を肩に担いで魑魅魍寮に上がり込もうとする。


 「め、めし、くれー」

 「はいはい。お疲れさま」

 「はらがへって、しぬー。いまにも、しぬー」


 旧知の仲だろうか、いまだにその倒れてきた女性の存在はわからないが。山田九十九は口元についているおろろろろを拭いながら、憂姫に問う。


 「え、なに、魑魅魍寮の住人? でも、あと姦姦蛇螺で空き室全部埋まるんだよね。誰?」

 「春の神様」

 「これが?」

 「『これ』って……」

 「うぼぁー」


 ※


 「とりあえず、カップ麺でいい?」

 「くわせろー、くわせろー!」

 「三分待って。四季神は担当する季節には、鎮守の森の社に篭って三ヶ月間ずっと力を使っているの。春は特に起こすべき変化が大きいから、こういうことになるのね。毎年初夏の風物詩」

 「なるほど。それは初めて聞いた」

 「四季神はその地区の住人の信仰によってかたちづくられる。だから、この四季の仕事はきちんとやらなくちゃ、信仰を失って消え去ってしまう。その代わり、季節以外のときには、出雲政府から給付金が届けられるから生活には困らないというわけ」

 「えのき夏姫なつきちゃんはバイトとかしてるけど?」

 「あれは自由に使いたい金が必要だから。個人の趣味」

 「ふぅん」

 「くーわーせーろー!」


 ※


 「ふぅ。美味しゅうございました。憂姫、こちらの方は?」


 随分な変わりようである。山田九十九はそう思った。あの煤にまみれたような服、やせ細った身体、ゴミのような髪の毛、それらすべてが食事のエネルギーで見違えるほど変化していた。龍宮城の乙姫を思わせるような衣装に(憂姫の芋ジャージとは大違いだ!)、ピンク色の綺麗な髪の毛、それに出るところは出て引き締まったところは引き締まっているスタイル。


 わたしと同じ年齢くらいだとは思うのだが、それ以上に落ち着いて雰囲気が醸し出されている。なんとなく桜のいい香りがする。


 「こっちは魑魅魍寮の新しい管理人、山田九十九」

 「山田九十九さん、面白いお名前ですわね」

 「は、はぁ」


 わたしに向けられていた憂姫の手が、春の神様に向けられる。


 「別にここの住人じゃないけど、よく遊びに来るから、管理人にも紹介しておく。こちらが、春の八百万の神、椿ち――」

 「椿つばきですわ。椿と呼んでくださいな」


 呆れたような眼をしている憂姫の隣で、椿はそう明るく微笑んだ。


次回:ここから新章『四季神編』が始まります。

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