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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第一章:魑魅魍寮へようこそ!
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15歳かぁ、ふふふ~ん、15歳ねえ、ちょうど食べごろ~

 前回までのあらすじ。

 バケモノが集うこの『魑魅魍寮』。最初は座敷童、次にあったのは彷徨う鎧めいたデュラハンサラリーマンの飛頭さん。さて、今回共同食堂に現れた謎の気配の正体とは。ドラゴンだろうがグリフォンだろうが、何が来ても驚かない自信が、わたし、山田九十九にはあったのだ!


 「って、うえええぇ!?」

 「あれ、ねーちゃん、なんで帰って来てんの」


 そこにいたのはふつうの少年だった。しかも上半身裸の姿。朝風呂でも浴びてきたのか、濡れた長髪をバスタオルで拭っている。引き締まった上半身に見とれていると、なんとそのショタがわたしに近づいてくるではないか。きゅん死にさせるつもりだろうか。これだったら、ゴーゴンとかゾンビのほうがまだ心臓によかったわ!

 って、君は――。


 「はじめくん!?」

 「ちーっす」


 バケモノではなく、紛れもない人間。わたしの従兄弟の、山田一はじめくんだった。前の世界でも、山田荘から近くの高校に通っているところだったので、そういう意味では特に変更はない。ただ、どんなバケモノが来るのかと思っていたわたしにとって、最大級に予想外の存在が登場したと言える。


 「帰ってくるなりゲロ臭いんだけど」

 「それは止むに止まれぬ大人の事情が……」

 「シャワー浴びてく? 朝飯食うけどついでにつくろうか?」


 わたしはあまりのありがたさに正座をし、深く深く頭を垂れた。ああ、あの寝取られに始まり、隕石落下級のわけのわかんない事件が立て続けに起きてゲロまみれだったわたしに、彼の存在は非常にありがたいもので、どこかでやはり張り詰めていたものがふわっと和らぐのを感じた。胸からこみ上げるものがあったので、口を押さえて堪える。


 「はじめさんにも、九十九さんが異世界から来たということを伝えないでくださいね」


 頭を垂れたわたしに、ひょん君が肩に登ってきてそう囁いた。


 「どうして?」

 「あなたを世界間移動させたという事実は誰にも秘密にしておかなければならないのです」

 「禁則事項ってやつ?」

 「いいえ、はじめさんの身の安全のため」


 ゾクッと震え、わたしは静かにひょん君を肩からおろした。


 「ひ、久しぶりだねえ、はじめくん!」

 「ねーちゃん元気にしてた? 前見たときはこの世のすべてに絶望していたような顔だったけど」


 おい、この世界のわたしよ。気持ちはわかるけどさ。


 「え、えっと、そういえば、はじめくん、ちょっと縮んだ? というか可愛くなった?」

 「オトコを捕まえといて可愛くなったってどういうことだよ」


 上半身裸で濡髪のショタが唇を尖らせる。すごく可愛い。しかしわたしの知っている、山田荘の見学のときに再開したはじめくんとは何かが違うような気がするのだ。彼は可愛いというより、カッコいい系の子だったはず。わたしより背が高くて……。


 「これでも前あったときよりだいぶ伸びてるんですけど!」

 「ごめん、はじめくんっていま何歳だっけ」

 「じゅうご! 俺も遅刻するから、じゃあな。ねーちゃんと違ってニートじゃないんだよ。飯は作っておくから」


 そういって共同食堂から出て行くはじめくん。きっと部屋に戻ったのだろう。随分刺々しい言葉をいただいたが、優しさが垣間見え、わたしはきゅんきゅんしてしまった。そういえば最近ははじめくんにはあまり会っていなかった。大学に通っていた頃はなかなか実家に帰らず、親戚と顔を合わせる機会がなかったのだ。

 ――帰っとけよ~、わたし~!

 あんなクソ彼氏とクソみたいな半同棲してないでさぁ。


 「死ね!」

 「ひぃ……!」


 駆け寄って来たひょん君が鬼でも見たような顔で怯えていた。


 「うそうそ♪ それじゃ、わたしはちょっくらシャワーでも浴びて来ようかな」

 「その、この世界とあの世界とでは隣同士でして、オブジェクトについてもだいたい同じような配置なのですが、背の違い等一部ズレが生じてしまうのも自然の摂理上仕方のない事でして、説明が遅れてしまったのは大変申し訳ありませんが、どうか殺さないで……」


 ※


 「15歳かぁ、ふふふ~ん、15歳ねえ、ちょうど食べごろ~」

 「あの、姉ちゃん、飯なら出来たから、シャワー浴びながら不穏な歌を口ずさまないでくれ」

 「き、聞いてた!? はじめちゃんのエッチ!」

 「理不尽!」


 ※


 「ひゃー、いい風呂だったー!」


 シャワーから上がり、髪を拭きながら共同食堂に帰ってくると、はじめくんの言っていたとおり、朝食が置かれていた。ご飯に海苔の佃煮、それに目玉焼きだ。さすがわたしの従兄弟であるはじめくん、きちんと目玉焼きは塩コショウ派だった。冷蔵庫もキッチンも共用なのか小物が多く雑然としていたが、小綺麗なのはきっとはじめくんのおかげだろう。


 キッチンには誰が買ったのか知らないが大きなコーヒーメイカーがあり、コップにいっぱいのブレンドが湯気を立てていた。椅子に腰掛けて手を合わせ、ご飯を頬張る。


 「ひょん君は部屋に帰ったのかな」


 こんなにも異世界の寮に馴染んでいるのもどうかと思うが、わたしはもしゃりもしゃりと朝食を食べながら、テレビのリモコンに手を伸ばした。その気になれば六人くらいが座れる大きなテーブルの中央に、テレビとエアコンのリモコン、それに醤油にソース、マヨネーズ、つけてみそかけてみそが置かれていた。夕食ともなれば、ここでみんなで食卓を囲むことがあるんだろうか。


 ――みんな?


 そういえば、この寮にどれほどの人が住んでいるか把握をしていない。たしか山田荘のときは――、くそ、管理人になる予定なんてなかったからきちんと聞いていなかった。デュラハンの飛頭さん、従兄弟のはじめくん、座敷童のひょん君(部屋が一室必要なのかどうかわからないが)、あと空いている部屋には誰が住んでいるんだろう。というか、どんな想像の埒外の生き物がいるのだろうか。


 この世界でも地上デジタル化に成功したらしく、しばらくしてニュース画面らしきものが映った。どの世界にもいるズラっぽい司会者が、どの世界にもいる東大出っぽい女性コメンテーターに話題を振っている。


 『それではいまのVTRのポイントをまとめると――』


 フリップには大きな文字で『特異生物自立支援法』と書かれていた。施行三年の見直しの時期に入っているらしい。特異生物というのは、きっとあのデュラハンや座敷童のことだろう。フリップでは古代から世界各地で散見されていたが、人類社会が成熟するにつれて居場所をなくし、人の目のつかないところに隠れて生きてきた生き物たちらしい。最近になってようやく実在が確認され、社会に認知されたうえで保護が叫ばれ始めるようになった。保護の経緯にも血なまぐさい何かがあったようだが、このニュースでは詳しく触れられなかった。


 「どこの世界も同じかー」


 いい塩梅の半熟の目玉焼きを箸でわりつつ、わたしはそう独り言を言った。

 とにかくその『特異生物自立支援法』にもとづき、様々な施策が行われているようだった。特に就業の機会を与え、特異生物たちに人間社会の中で自立した生活を送らせることが一番の目的らしい(権利を認めるから稼いで納税しろということだろう)。そういう意味では、飛頭さんはかなりの成功例と言える。


 様々な特異性物たちが紹介された。彼らが『特異生物』という概念のもとに一括りにされているのは、非常に違和感があることだが、知性がそれなりにある、人間とは呼べない生き物をその言葉の中に放り込んでいるのだろう。それぞれの個体差が非常に大きく、キメラまで含めると数えきれないほどの種類の昇るのだという。メジャーなところでグリフォン、ドラゴン、ケルベロスに、マイナーなところでは、煙々えんえんら姦姦蛇螺かんかんだら、八尺様と続く。


 最後に紹介されたのは、『鬼』。古今、この国ではもっとも有名でもっとも力を持っていた特異性物の一族だったが、ある事件をきっかけに激減し、いまでは完全に絶滅してしまったようだ。そのことで昔話で見るような鬼の暴威は解消されたが、それ以上に人類の都合で知性のある種族を絶滅に追いやってしまったことが、ひとつのきっかけとなったそうだ。


 「どこも同じねー」


 食後の珈琲を飲み干して、食べ終えた食器類をすべて台所のたらいの中につけておく。きっとはじめくんが片付けてくれることでしょー。ダメ人間のわたしがやるよりもきっと皿たちにとっても幸せなことだろう。


 食べたら眠くなってくるのが、わたしの常である。昨日から飲み歩いたり、ゲロはいたり、ゲロはいたり、異世界に来てはゲロはいたりしていたから、疲労もピークに達しているのだ。それでなくても、大学の一限二限は『眠りの九十九』と言われていたのだ。


 「ふあああぁ」


 大きなアクビをひとつ。 

 ほんとう、ここは異世界だった。毎日ただ忙しなく、人間関係が煩わしいあの世界を思い出して、そう思う。ちょうど桜の季節。この共同食堂から見える裏庭には、大きな桜の木が(若干禍々しい色合いで)咲き誇っており、わたしは暖かくも涼しい春風に身を委ねるようにして、机の上に突っ伏した。鳥の音、風の感触、すべてが穏やかで、まるでわたしは死んでしまったんじゃないかというくらいの安心感を憶えていた。

次回 第六話『山田九十九と携帯電話、そして四人目の住人(予定)』

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