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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第三章:おうまがどき!
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小谷間ともえ、十五歳。一世一代のピンチである。


 「あ、そうだ。小谷間さん、今晩はどうするの?」

 「ええっと、アパートに帰る予定です。妹もそこに」

 「それでちょっと提案があるんだけどさ、今晩、魑魅魍寮に泊まっていかない?」

 「うぇえ、ヒトーさんのお家に!?」


 驚きすぎて咄嗟に欲望が前面に出た返事をしてしまった。真っ赤になりながら、眼鏡を直して九十九さんを見やる。彼女はカッコつけて吸っていたであろう煙草を忌々しそうに消していた。もしこの世界を文章で記述している者がいるなら文面の都合で省略するだろうが、後半ずっとむせっぱなしだった。


 「エロいこと禁止。ちょうど、二階の女性フロアが二部屋あいてるんだよね。この時間に女性二人で帰るのは危なっかし――くはないか、いのがいるから。問題は、いのの異能を止められるのがはじめ君しかいないこと」

 「そう、ですね。『鬼』の所在が割れている以上、いのが魑魅魍寮を襲撃するリスクは依然としてあります。そのときに山田流封印術継承者はじめさんがいなければ、また同じことになってしまう」

 「そういうこと」


 ゲロ臭いダメ人間とばかり思っていたが、やはり魑魅魍寮の管理人なのだ。きちんと住人のことを考えて行動している。と、思っていたところに、彼女はスマホを取り出して(わたしがこちらに転送されてからも、あの世界で同じようなデバイスは開発されていたようだ)、電卓を叩いた。


 「宿泊料」

 「……はい」

 「これ一人分だからね」

 「……うそでしょ」


 ※


 小谷間ともえ、十五歳。一世一代のピンチである。


 肉塊だったわたしが、のじゃロリ狐神に乗っ取られて暴走していたら、なんやかんやで好きな人の部屋に泊まることになった件、である。ちなみに姉は二階で泊まることになったらしいが、わたしは大事を取ってはじめ君と同じ部屋で寝ることになってしまった。


 「はぁ!? そりゃ嬉しいけど、心臓が保たないわ!」

 「仕方ないでしょう」

 「……いつまで?」

 「そりゃあ、いのが従順になるまで?」


 姉さんの提案したことの理屈はわかるのだ。わたしの中にまだ『鬼』を付け狙ういのが鬼斬りモードでいて、さらにわたしも彼女も、この魑魅魍寮に鬼の子がいることを知っている。そして、わたしはいのの肉体掌握に完全に抗う自身がない。となれば、山田流封印術継承者はじめくんが即座に封印術:魑魅魍令を発動できるように、近くにいなければならない。


 「っていってもさあ」


 長い一日も、夜の11時をまわり、魑魅魍寮の面々もそれぞれの部屋に帰っていったようだった。デュラハンの人も丸洗いして干されていたところを組み立てられて、隣の部屋に入っていった。冬の神様と姉さんは二階。わたしははじめ君の部屋で、はじめ君のぶかぶかのワイシャツを着ているところだった。


 「ズボンはそこから適当にとって」

 「くんかくんか」

 「聞いてる?」


 はじめ君の部屋は8畳ほどでほとんど荷物が置かれていない。小さなころから使っているであろう学習机に、クローゼット、それにベッドと本棚って感じ。ちなみにベッドの下は、彼がお風呂に入っているあいだに拝見させてもらったけど、特に何もなかった。スマホか、と思って触ってみようとしたが、さすがにそこは良心が咎めた。


 「ぼくはそのへんで寝るから、ともえがベッドを使って」

 「うぇ、そんな悪いし!」

 「気にしないで。別にぼくはどこでも寝れるから」

 「……ぃぁ」


 いつも彼が眠っているであろうベッドに横になり、掛け布団を顔まで被って悶える。すっげえいい匂いがして頭の中がぽわぽわする。彼のワイシャツに彼のスウェットのズボン。全身、はじめ君に包まれていると言っても過言ではない。ただでさえ嗅覚に鋭敏になっているところに、これはやばい。

 やばいのだ。


 はじめ君はタオルケットを敷いて、畳で寝そべるらしい。ラフな格好で、腕を枕にして、こっちを見つめていた。


 「な、なに……?」

 「ともえはさ――」


 わたしは反射的に身をすくめた。

 ひょんなことからはじめ君と一緒に眠ることになったが、そもそもわたしがしでかしたことはとても大きい。はじめ君が出てくるまで、わたしの身体を使ったいのが何をしでかしたのかは憶えていないのだけど、それでもこの魑魅魍寮の人達に大きな迷惑をかけてしまったのは間違いなかった。もっと早くにわたしが、このヒトとしての身体を諦めていれば――、と内なるわたしが嘆いていた。


 もしかしたら知らないうちに、はじめ君の友達を傷つけてしまったのかもしれない。嫌われてしまったかもしれない。はじめ君のまっすぐな瞳が怖くて、わたしは掛け布団の中に逃げ込む。


 「ともえは、あのクラスで最初に話しかけてくれたよな」

 「ぃぁ?」

 「結構嬉しかった。ほら、ぼくは家事とかあるからすぐ帰っちゃうもんで、あんまり友達とかいないんだ。帰り道も付き合ってくれて、ほんとう感謝してる」

 はじめ君の言葉は嬉しかったけれど、声音は震えていた。その理由はわからないけど、十中八九わたしのせいなのは、いくら愚かなわたしでもわかるよ。

 「……はじめ君、わたし憶えていないんだけど、何か、した?」

 「いいや。ぼくの秘儀にすぐやられるだけだった。『神性存在』といえど大したことないよね」


 それからしばらく学校の話や宿題の話なんかをして、12時を周るころ、はじめ君が部屋の電気を消した。朝食の準備も彼がやっているらしく、「五時くらいに起きるけど、ともえは気にしないで寝てていいから」なんて言ってくれた。そもそも彼の薫りが詰まったこの部屋で、一睡足りともできる自身はないのだけど、彼の優しさは十分すぎるほどに伝わった。


 ――いの。はじめ君やほかのみんなに何かしたら、わたしの何を賭けてでも殺す。

 意識の中で、丸くなって眠っている狐が片目を開ける。


 『ふん』

 返事はそれだけだった。わたしは布団の中で身体を丸めながら、胸をぎゅっと押さえる。どうか。どうか、再びこんな厄災を起こさないようにと。息を吸って、息を吐く。ようやく手に入れた、わたしの居場所にもう少しだけ長くいられるよう、神に――、いや、神にではなく、自分の覚悟に祈るのだった。


 「ともえ、何があってもぼくが止めるから安心して」


 と、暗闇の中から彼の声が聞こえた。よほど過呼吸になっていたのかもしれない。でも、その一言で胸のつっかえがふっと取れたような気がした。独りでは耐え切れぬちからでもきっと、ふたりなら大丈夫。わたしは信じたい。


 「うん、ありがとう」


 ※


 さて、丑三つアワーになるまで眠れなかったわたしである。


 時計の秒針のカチコチという音や、ちょっとしたはじめ君の寝息、寝返りなどが気になりすぎて、眼がぎんぎんに冴えてしまっている。それに加えて、心のなかのいのが妙に饒舌にわたしを囃し立ててくるものだから、困ったものだ。


 『これは寝たら襲われるのぅ。わらわは詳しいのじゃ』

 ――は、はじめ君がそんなことするわけないでしょ!

 『男は狼なのじゃ、気をつけなさい、という遥か昔の言い伝えもあるぞよ』

 ――もう!

 『逆にともえが襲うパターンも有るやも知れぬ』

 ――ばか!

 『いやじゃ、人の子など孕みとうない!』


 堪忍袋の緒が切れたわたしはぷんすこ怒りながら、トイレに立つことにした。はじめ君を起こさないようにベッドから慎重に降りて、手探りで扉を開ける。すると共同食堂の電気がまだ点いていることに気がついた。気づかれないように、そっと柱の影から除くと、あの管理人の女性がひとりでスマホをじっと見つめていた。操作もせずに、思いつめたような表情で見つめていた。


 とても声をかけられるような雰囲気ではなかったので、そのままトイレを済まし、いのを叱りつけてから、はじめ君の部屋へと戻る。小さな寝息を立てるはじめ君。かけてあるタオルケットがずれていたから、直そうとすると、その寝顔に眼が釘付けになる。


 「『鬼』を狩るのがどんな事情からかは知らないけれど、これ以上ともえの身体で好き勝手なことをするのなら、神様であろうと相手になるよ」


 そう言ってくれたのは、はじめ君だ。その言葉でようやくわたしは、いのの支配から多少クビだけは出すことができた。『鬼斬り』の太刀を構える半妖みたいな狐なんて、怖いだろうに。それでも、彼はわたしを信じていてくれた。


 起こさないように口の中だけで彼の名を呟いて、わたしは溢れる想いをとどめきれず、唇を重ねようとしたが――。


 「……ねーさん」


 わたしは唾を一度飲み込んで、瞬きをして、ずれているタオルケットを綺麗にかけてあげて、ベッドに登って布団に潜った。眠れそうになかったけれど、後悔だとか自責だとか、代わって押し寄せる想いを堰き止めるので精一杯だった。


 『おやおや』

 いのはもう余計なことを言わず、それだけ言って、丸まって眠った。


次回:「うわ、おうまくんのおちんちん、王魔くんだね!」

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