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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第一章:魑魅魍寮へようこそ!
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なんだ、ゲロ吐いてるだけのダメ人間かと思ったんですが、意外と察しがいいんですね。

 前回までのあらすじ

  異世界で 鎧に出逢い ゲロを吐き

     ――九十九、心の俳句


 「頑張れない……」

 「ぼくもだいたいわかってきた、ダメ人間なのだ、この人は」

 「失敬な! そんなわたしを選んだひょん君にも責任はあるだろうて!」

 「否定はしないんですよね……」


 近くで見れば見るほど『魑魅魍寮』はボロアパートだった。お化け屋敷と呼んだほうが適切かもしれない。一応共用の玄関に『魑魅魍寮』と書かれた木の看板はあるものの、随分と手入れをされていないのか、ぼろぼろに汚れてしまっていた。郵便受けには大量の手紙が入ったままになっているし、玄関の扉は立て付けが悪いのかかなり力を入れないと開いてくれなかった。


 「おばあちゃん家のにおいがする……」

 「あ、これです。これ。前管理人さんの置き手紙」


 玄関の下駄箱の上には『九十九ちゃんへ♡』と丸文字で書かれた便箋が残されていた。わたしはスニーカーを脱ぎがてら、玄関に腰掛けてそれを開く。そこには諸事情で遠くへ行かなければならなくなったこと、ちょうどよかったから九十九ちゃんに管理人を任せたいということ、住人の秘密は絶対に守ること、そんなに気負わなくてもよくて絶対楽だということ、住人の秘密は絶対に守ること、等が書かれていた。結果、『住人の秘密は守ること』が五回くらい書かれていた。具体性に欠ける記述だったけれど、明らかに嫌な予感がする。


 飛頭さんという鎧の人が出勤し、朝日が昇り、玄関の時計はいま八時を指している(ニギミタマートの例もあり、文字や数字はもといた世界と同じようだ。忘れていたが、ひょん君や飛頭さんと違和感なくコミュニケーションが取れていることも考えれば、文字や言葉で困ることはなさそうだった。)。七時半。さっきから気になっていることがあった。


 「ねえ、ひょん君、ここって平行世界的なものなのかな。公園やコンビニ、山田荘ってオブジェクトはそのまま、その世界の文化にあったものに置き換わってる」

 「ご明察。難しい話はいまの九十九さんにしてもしかたがないと思いますけど、次元的には隣人レベルで相似の世界です。なんだ、ゲロ吐いてるだけのダメ人間かと思ったんですが、意外と察しがいいんですね」

 「照れる」


 さて、八時。オブジェクトが概ね同じということはあの役所も同じ場所にあるはずだった。さて、入庁式の時間はたしか八時半にホールに集合だったと記憶している。いまから走っていけば間に合うけれども、いまのわたしの姿は完全にラフな格好にスニーカーにゾンビのような顔だ。割りと詰んでいるような気がした。それにひょん君のいうことが本当なら、あの役所にも彼が――。


 「あ。この世界のわたしってどうなったの?」

 「気づいちゃいましたかー」


 ひょん君は、あちゃーという表情で額に手をやっている。随分核心をついた質問だったようだ。たしかに世界観がほぼ共通な現代ファンタジーを考察する上では、それは欠かせない設定レベルの問題だった。ここでなろう小説を多く読んできたわたしの知識が活きるわけだ。


 「それで? どうなの?」

 「禁則事項です。前の九十九さんに相当する人間がとある事情でいなくなり、困ったぼくが隣の世界からあなたを連れてきた。それ以上は、ぼくからあなたに伝えることはできません」

 「ということはいずれわかるときが来るのね」

 「さあ――と言いたいところですが、来るでしょうね」


 含みがある。含みがありすぎて、この伏線、なんだかんだで放置されそうな予感がする。どう質問をすればこの牙城を崩せるだろうか。とはいえ、下手に質問をすると警戒をされる可能性がある。というか、遅刻だ――。やばい。前管理人の叔母さんの手紙があった以上、今日ここにわたしが越してくることは織り込み済みだったはずだから、旧世界と同じように荷物は届いているはず。着替えはそれにかけるとして、せめてシャワーを浴びたいところだ!


 「おっと、何を慌てているんですか、九十九さん」

 「遅刻しちゃう。今日から市役所で勤務でしょ? あれ、市役所って存在しない?」

 「しますよ。しますけど、九十九さんはそれほど慌てなくても……」


 ひょん君は随分ときょとんとしていた。これは――。何か嫌な予感がしたわたしは立ち上がったところで、すぐさましゃがみ込む。ひょん君に目線を合わせる。たしか前の世界の公園で彼は『明日から社会人とは思えない』旨の発言をしていた。つまり、あの世界でのわたしが今日から就職することはわかっていたはずだ。もしかして、この世界のわたしって――。


 「ニートでした」

 「がんばれよ、この世界のわたしよ」

 「だから、前管理人さんが身内のよしみで仕事を与えたんですよ」


 遅刻はすることはなくなったが、若干のがっかりがそこにはあった。このわたしが頑張っているとは言えないが(自他共に認めるダメ人間だが)、まさかその想像の斜め下を行くとは。わたし、ポテンシャルがまったく読めない。


 「ニートかぁ」

 「なんか彼氏に寝取られたとかで大学中盤から塞ぎ気味でした」

 「歴史は繰り返すのかぁ」


 まじで『異世界で寝取られまくられた件』が始まってしまったのかと思いつつも、肩の力が抜けたのは事実だ。はぁーっとため息をつきながら玄関で寝転ぶ。不労所得、良い響きだ。想像以上にボロいのを除けば、そんなに悪くないし……。悪く、ないし。いや。寝転んだわたしの顔の横を、そんなに脚生やさなくてもいいんじゃないかなって感じの虫が高速で横切っていたけども。


 ガタリ。


 逆さまになったわたしの視界に、何かが映っていた。玄関の反対側、のれんの掛かっている共用食堂めいた場所だ。魑魅魍寮の住人。最初に会ったのは座敷童のひょん君。そして、サラリーマンデュラハンの飛頭さん。さて、8時過ぎに起きだしてくる化け物はいったい――。ドラゴンか、それともデーモンか。もうどんなものが来ても驚かない自信のあったわたしは、食堂にあるその気配に集中した。

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