ヒトーさんの、その、鎧内(なか)に、ですね、挿入(い)れさせてもらいました……
小谷間さんの物語は、妹の話から始まった。
小谷間ともえという少女は、わたしたちの言うところの肉体を持って生まれてこず、肉塊として生まれてきてしまった。それを特異生物学専攻の山田教授とともに、『鳥居が無数に続く階段ばかりのところ』へ赴いて、『神性存在』稲荷いのと契約をしたらしい。曰く、小谷間ともえに肉体を与える代わりに、稲荷いのを裡に住まわせ、鬼が発生した際にはその使命に基いて活動できる。
『鬼』は出雲政府の手により、この世界から完全に駆逐された存在であるから、この契約は一方的に彼女たちに有利なものとなるはずだった。
わたしは、その階段ばかりのところに憶えがあった。あれは夢だとばかり思っていたが。黒い表紙の古書を携えた少女、山田穢見ル。件――運命を予言する妖怪の名を刻まれた本を持ち、まだ来るべきときじゃないと追い返された。そういえば、ひょん君も言っていた。彼女を頼れと。
小谷間さんの物語は、わたしの物語と意外な接点を持つ。
人間としての身体を得た妹さんを養うために、彼女は大学院を中退し、就職をする。そこではサラリーマンの鎧型の特異生物がいて、大変にお世話になったそうだ。そんなやつはひとりしか存じあげない。ああ、職場の女性とデートに行くと言っていたのは、彼女の事だったのか!
「それで、ヒトーさんと、デー……、いや、映画を見てきたんです。その帰りに、いのが『鬼』を見つけたと言っていました」
そのとき、小谷間ともえは休日の特別授業で学校に行っていたらしい。ここでも彼女とわたしの物語は交差する。百鬼夜高。しかもはじめ君と同じクラスだというのだ。ああ、最近よく話す友達が出来たと言っていたのは、彼女の事だったのか!
「え、ちょっと待って。わたしはその子に逢ったことがある」
今度は、わたしの物語だ。
わたしはこの魑魅魍寮で管理人をしているが、座敷童から『鬼』の子である、おうま君を決して外に出すなと言われていた。が、ずっと部屋に閉じ込められているおうま君が可哀想になり、『鬼』の禁忌されている意味もわからずに、わたしはフードを被せて散歩に出させた。五穀豊商店街まで行って、帰ってくる段で、河原ではじめ君とそのともえという少女に出逢った。
「そ、それで……、はじめ君にはいつも話し相手になってもらっていて、こうして帰るあいだも、――妙な匂いがするのじゃ」だとか、「えっと、その、これはちがくて、は、はじめ君? その――、懐かしい匂いじゃの。まさかまだこの『箱庭』で生きていようとは」と言っていたのは、そのときは深刻な厨二病だと思っていたのだけど、いま思えば、裡なる稲荷いのという存在が、鬼を認めて出てこようとしていたのだろう。
「でも、どうして。フードは深く被せていたのに」
「ともえは感覚器官がほとんど使えない状態が長かったので、嗅覚だけが異様に鋭くなっているんです。きっと肉体のベースがそのままだから、その特徴が生きていたのでしょう。そして鼻孔からの『鬼』の匂いの信号に、意識の中に眠る、いのが気づいてしまった」
この歯車の噛み合い方、背筋がゾッとする。
そして、稲荷いのを宿した少女はおかしなことを言いながら、おしっこが漏れると走っていった。わたしははじめ君とおうま君と魑魅魍寮に急いで帰り、玄関で待っていたひょん君に怒られることになる。そこで稲荷いのが登場し、ひょん君の口八丁も虚しく殺されてしまう。
そのあとの記憶は極めて断片的だ。なにか、そう、あの狐に対抗できそうなところまで到達したことだけは憶えているのだけど、こんなただの人間であるわたしに何が出来たのかというのは非常に疑問だ。そして殺されそうになったところで、小谷間さんが搭乗するヒトーさんが登場する。
「わたしは、『鬼』を見つけたといういのの言葉の後、走りだしたヒトーさんを追いかけてしました。『鬼』という言葉に心当たりがあり、寮まで戻ろうとしたのでしょう。が、稲荷いのをこの世界に解き放ってしまったのは、わたしの責任です。戦闘のフォローもできると思い、ヒトーさんの、その、鎧内に、ですね、挿入れさせてもらいました……」
「それでわたしはその隙に乗じて魑魅魍寮に逃げて、裏口から、はじめ君と一緒に逃げたというおうま君を追いかけた。すぐに見つかったけど、そのあとの状況はまったく知らない。あ、はじめ君だけ、忘れ物があるとかいって、戻っていったかも。気がついたら、寝てた」
小谷間まどかの物語は、わたしの知らない出来事を記述していた。
稲荷いのと対峙した、ヒトーさんは不思議な力である程度抗うことができた。『鬼斬り』の太刀も、その状態のヒトーさんにはまったく通用しなかったという。ただし、その起動条件として、ある特質を持っているらしい小谷間さんが、内部から力を供給しなければならなかった。稲荷いのはそれに気づき、鎧の中の小谷間さんだけを攻撃することで撃退されてしまう。
「能力に覚醒めたからといって、ドラゴンボールみたいにうまくいきませんね」
――そこで、二人の物語は途切れてしまう。
稲荷いのという天災がどうなったのか、知る人はいない。話が途切れ、二人して、憂姫さんのほうを見ると、「そこから先の物語は、わたしじゃないよ」と指をさされた。はじめ君の部屋の扉が開いて、「ねーさん、大丈夫だった?」と、彼が顔を出す。今日はゴールデンウィークの二日目、さすがに学ランではなく、部屋着にジーパンだった。
さらに、その後ろから出てきたのは、あの少女だった。小谷間ともえ。暴風雨のような天災をこの魑魅魍寮にもたらしていった存在、稲荷いのをうちに宿す高校生。わたしは、全身を冷たいものが走り、思わず椅子から立ち上がった。
「あの、すみませんでした」
少女はあの巫女服ではなく、百鬼夜高の制服に戻っていたが、手には、その背格好にはあまりに余りある太刀が握られていた。あれで、ひょん君は殺された。あれで、わたしも殺されそうになり、あれで、ヒトーさんは襲われた。『鬼』に対して自動的に発現する稲荷いののせいで。
「稲荷いのを止めたのは、ぼくだ」
と、はじめ君は自慢げに言う。が、わたしにはにわかに信じられない。彼はこの魑魅魍寮の原住民の中で唯一の、特異生物ではない人間だったはず。まどかさんが同級生だからといって、手心をくわえた? だとしたら、ヒトーさんの中のお姉さんを直に倒していることと矛盾する。
「……いったいどうやって」
「山田流封印術で」
「は?」
「やまだりゅうふういんじゅつで」
「いやいや、聞き取れなかったわけじゃなくて」
こんなギャグを言うような子だっただろうか。それともこちらの世界の山田はじめはそういう、人間の持つ対特異生物の技を持っているのだろうか。いやいや、そんなものがあるなら、まっさきに稲荷いのを止められたはずだ。嘘くさいにもほどがある。
「ぃぁ。この度は本当にご迷惑をおかけしました」
少女は申し訳なさそうに、お辞儀をする。
「本当なら自分が強い意志で抑えなければならなかったのですが、再び肉塊に戻される恐怖から竦んでしまって――。本当にすみません、太刀も封印して、お詫びと言ってはなんですが鬼の臭いがまだするのじゃ」
「……っ!?」
わたしに、小谷間さんが弾かれたように椅子から立ち上がる。恐怖が全身を駆け巡る。少女の黒髪が徐々に狐色に染まっていき、ざわつく。制服こそ変わらなかったものの、その『神性存在』たる威圧感に、共同食堂の中に一陣の風が沸き起こる。太刀を眼前に構え、その瞳孔は猫のように細まり――。
「山田流封印術、其九十九式――」
「や、やめよ、わらわが悪かった……。このわらわが正体不明の一撃で気を失うなど、あの苛烈な大戦でもあの鬼討伐でもありえなんだ。コワイのじゃ。頼むからやめてくりゃれ」
と、『神性存在』はその場に座り込んで、頭を抱えて震えている。ぽかんとするわたしにたちに、憂姫さんだけが落ち着いて麦茶を啜っている。
「人の子の封印術がよっぽど懲りたみたい」
「……はぁ」
信じられない光景だったが、実際に止められているのは事実である。ひょん君でもわたしのよくわからない力でも、ヒトーさんと小谷間さんでも、まるで逆暴れん坊将軍のようにばったばったと倒されていったあの稲荷が、これだけおとなしくなっているのだから。
「と、見せかけて」
「山田流――」
「ひぇっ」
何かよほどトラウマを刻まれたらしい。
※
「ヒトーさんは?」
「丸洗いして干してあります」
「一緒にお風呂に……」
「あ、はい。って何言わすんですかも~!」
「どいつもこいつもリア充ばかりか」
と、ふと思いつき、柊憂姫を見つめる。
「なに気持ち悪い眼で見てんのよ」
次回:山田九十九と三十数話ぶりの嘔吐。
※冬の神様に春は来ない。
※いの視点で考えたときに、得体のしれない謎の技でこの神性存在がいきなり気絶させられたとしか思えないことがポイント。




