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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第三章:おうまがどき!
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いつだってバケモノを封じ込めるのは、人間の仕事だ

 「随分、邪魔をされたのぉ」


 大きく息をつく。

 稲荷いなりいのと呼ばれたあの姿ではない。狐が直立歩行をして巫女服を纏ったようなその姿に、久々の争いの中でついつい興奮してなってしまった。神獣バルバトスと誰かは呼んでいたが、わらわはあまりその呼び名は好きではない。


 「ばかものが」


 すでに光子となってこの世界に散ってしまった古い知り合いを思い出す。思えばあの座敷童もどきに邪魔をされたのがケチのつけはじめだった。それからあの魔女の出来損ないである管理人に、この『箱庭の魔女』の精製物。さらには小谷間まどかまでもがわらわの邪魔に入った。


 これだけ魔女由来の人物が勢揃いすることにひょんの意図を感じなくもないが、随分と危険人物ばかり揃えたものである。ひょんが何を企んでいたのかはわからないが、あそこで『鬼』をわらわに見せたのが間違いじゃった。正確には、フードを被って角が確認できない鬼の子に、嗅覚が異常に発達した者に受肉したわらわが出逢わなければよかった。無数の運命の歯車がガチりと噛み合ってしまったのが故に、あのひょんは命を落とした。

 まさにひょんなことで。


 「じゃがもうこれで邪魔者はおるまいて」


 わらわは『鬼斬り』の太刀を鞘から抜き、デュラハンの抜け殻を踏みしめ、魑魅魍寮の玄関をくぐろうとしたその瞬間、さらなる邪魔者が現れて、思わずため息をついた。太刀を肩にかけて、現れた少年を見つめる。


 「今度はなんじゃ? ってお主は――」

 「山田はじめ。推して参るよ」


 百鬼夜高での、わらわの宿主小谷間ともえのクラスメイト。何を確認したのか、スマホの画面を一度見やり、学ランのポケットにしまい込んだ。小谷間ともえが生活している中でも、わらわの意識は接続している。彼女が肉塊だったころからいかに『恋』という物語に憧れて、どれほど高校で出逢ったこの男子との関係性を大切に思っているか。我がことのように、毎日感じていた。


 「お主もここに棲んでおったのか。『鬼』を匿うということがどういうことか――」

 「お前、ともえなんだろ?」

 「は……?」


 小谷間ともえがこの稲荷いのの姿に変身しなければならないときは、いつも「おしっこ漏れちゃいそうだから!」と叫んで逃げ出していたから、この子にはわからないはず。とはいえ、わらわがいまこの少年に見覚えがある素振りをしたり、ともえに『鬼』が近づいたときからこの騒動が起こっていることを考えれば、想像は容易いか。


 「そうじゃ。わらわはともえの身体を使ってこの世界に顕現しておる」

 「そっか。じゃあ、あんまり無理させてないでくれよ。あいつ、運動音痴なんだからさ」

 「……なにを」


 何をこの山田はじめは言っておるのか。学ランに手ぶらで、敵意すら感じられない。ひょんのことは知らないにしても、デュラハンを殺したようには見えるだろうに。この化物の姿が怖くはないのだろうか。この『鬼斬り』は怖くはないのだろうか。わらわがかつて山から降りてきたときは、あれほど畏れられたというのに。

 いままで感じたことのない距離感に、どうしていいのかわからなかった。


 「それで『鬼』を狙っているんだって? 悪いけど、辞めてもらえるかな。おうまはぼくの友達なんだ。そしてこの魑魅魍寮は大切な家。ぼくが望むものは、ここでの平穏な暮らしなんだ。それは、ともえにも話したよね?」


 ――うん。そうだよね。

 わらわの裡から、小谷間ともえが共鳴する。


 「『鬼』を狩るのがどんな事情からかは知らないけれど、これ以上ともえの身体で好き勝手なことをするのなら、神様であろうと相手になるよ」

 「お主は人間じゃろ。勝てるとでも思っておるのか」

 「何のために素手で出てきたと思う?」


 山田はじめは不敵に笑う。


 「あれだけ時間があったんだ、消火器なり包丁なり持ち出してきても可笑しくはないだろ。それなのに素手で出てきたことを、まず神様は疑うべきだ。それと、随分と激しい戦闘をしたみたいだけど、魑魅魍寮の住民はみんなどこかおかしかっただろ。それを人間であるからといって、魔女でもないからといって、ぼくに当てはめないのは舐めすぎじゃないかな」


 座敷童(ということで此処ではやっていたらしい)ひょん。魔女の片鱗を見せた、山田九十九。よりによって箱庭の魔女の構築物であるデュラハンに、その紋章を起動できる小谷間まどか。どいつもこいつも百年に一度出逢うかどうかの因果に絡まった者たちばかりだ。

 ふむ。


 「いつだってバケモノを封じ込めるのは、人間の仕事だ」


 手をぶらぶらさせ、独特の構えを取る。格闘術? いや、こんな構えは見たことがなかった。『鬼斬り』の一振りにすら対応できそうにない構え。だとしたら何が目的なのか。

 ちがう。そう考えることこそが、山田はじめの術中に嵌っているのだ。『鬼斬り』の一振りで対応できるなら、そうするだけでいい。わらわの目的は『鬼』を根絶すること。そのために目の前に立ちふさがる障害は、すべて排除する。それだけじゃ――。


 「逝ね!」


 太刀を上段に振り上げると、山田はじめがにやりと笑う。

 ――ダメだよ、いの。


 「ともえ!?」


 金縛りにあったように太刀は振り下ろされない。あと数センチも落ちれば、山田はじめの命を両断できるというところまで来ているのに。不自然に筋肉が硬直して、振り下ろされない。見れば、神獣化している身体の体毛が次々と抜け落ちていくのがわかる。肉体の支配権は契約上わらわのほうにあるから、稲荷いのの姿を失うことまではないが、明らかにともえの妨害を受けている。


 ――はじめ君のことをどれだけ想っているか、わかっているでしょう、いの。

 「お主、再び肉塊となってもいいのか」

 ――いいの、いの。

 「……ちィ。どうしてここまで皆が邪魔をするのじゃ。『鬼』じゃぞ。箱庭を食らう者じゃぞ! あらゆる種族と交配可能、子は必ず『鬼』となる。一匹でも侵入を許せば、その生態系はことごとく食いつくされるのじゃぞ!」


 太刀はダメじゃ。

 ともえの意識はあとで眠らせるとして、すべての不調を招いた元凶である山田はじめを片付けなければ。せいぜいともえの意識はこの右腕を止めるので精一杯じゃろう。ならば、左腕を部分的に神獣化させて。


 「……はじめ君、こればっかりは止められない。逃げて!」


 口の制御を奪われて、余計なことを口走ってしまう。じゃが、それがともえにできる精一杯。左腕まで考えを巡らせば、重力に従っていま必死に止めている『鬼斬り』が山田はじめの身体を両断する。が、それを止めるのに注力しているばかりでは、神獣化した左拳の一撃は止められまい。たかが、人間――。


 「たかが、人間。って、いま思ったでしょ」

 「……!?」


 左腕に金色の狐の毛が生えていく。爪が伸び、『神性存在』としての力を帯びる。デュラハンの鎧が例外だっただけで、この腕ならば人間の身体など容易に引き裂くことができる。それほどの威圧感を目の前の少年も感じているはず。下等種族と『神性存在』の埋めがたい溝を。


 それなのに、何を笑っておる。

 左拳を握りこみ、山田はじめの脇腹目掛けて打ち込もうとした、そのとき――。


 「山田流封印術、其九十九式『魂縛主令:魑魅魍令ちみもうりょう』!」

 「なっ!?」


 わらわの拳には眼を向けず、まっすぐわらわの眼を見て、奇妙な印を結ぶ。


 その記憶を最後にして、わらわの意識は真っ黒に塗りつぶされていくのじゃった――。


 ※


 「ぎりぎりってところだよ」

 「でも間に合ったでしょう」


 膝から崩れ落ちる稲荷いの――、の変態が解けていく小谷間ともえの向こうに、漆黒のスーツに身を包んだ女性が立っていた。片手は手刀のかたち。片手はスマホを弄っている。ぼくの送ったLINNEをチェックしているのだろう。


 「所詮、ヒトの身がボトルネックなのよね」


 いくら稲荷いのという『神性存在』であっても、小谷間ともえの肉体を使っている以上、神経系はあくまで人間だ。かつて『鬼』討伐をしていたころのテンションで彼女は戦っていたのかもしれないが、さんざん下に見ていた人間の身体で戦っていたことを最後まで忘れていた。だからこそ、こうして隙を付けば、延髄への手刀で意識を失う。


 「それにしても、山田流封印術だっけ? 必死に吹き出すのをこらえていたんですけど」

 「なんでもいから隙を創れって言っていたのはそっちだろ。こっちだって命がけなんだ」


 いまにして思えば、これしか方法がなかったとはいえ、かなり危ない橋をわたっている。最初から小谷間ともえの自意識を当てにしていたとはいえ、最初の太刀の斬撃で頭を割られていたのかもしれないし、稲荷いのの気絶がもう少し遅ければぼくの腹に大きな風穴が開いていたことだろう。正直なところ、少しちびった。


 「それで、これからどうするのさ」


 ぼくは問う。ほとんど十年ぶりくらいに逢ったその女性に。


 「魑魅魍寮のことは九十九たんに任してある。わたしは教授としての仕事がまだあるんでね」

 「相変わらず、無責任だよね。母さんは」

次回:後片付け

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