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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第三章:おうまがどき!
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……狐、貴女に恨みはないが、その程度で私は殺せない

 「……狐、貴女に恨みはないが、その程度で私は殺せない」


 小谷間まどかが私の中に入ると言い出したときはどうしたものかと思ったが、魔女の紋章が起動してからは、ずっと頭のなかにかかっていた霧が晴れたように気持ちがクリアになった。すべてを思い出した――わけではないが、私がこの鎧に定着されたあのドイツの森までは記憶が蘇る。


 「『箱庭フェッセンデンの魔女』を舐めるな」


 この狐がどれほどの存在なのかはわからないが、いまの私が敗北する未来は見えなかった。私を暗殺のために鎧に定着したあの魔女、そして森のなかで健気に旦那の帰りを待つあの魔女、二人分の呪いがここにはかかっているのだ。そもそもが死にたくても死ねない身体だというのに、ぽっと出の狐に殺されるわけがない。


 「フェッセンデン、これはまた思いがけぬ名を」


 太刀の攻撃は私には通用しない。鎧の全身隅々まで紋章の力が行き渡っているからだ。それもこれも、小谷間まどかがわたしの中で紋章の部分に手を当てて起動しているため。もしかしたら彼女もあの魔女の子孫なのかもしれないが、いまはそんなことに構っている余裕はない。


 あのころからずっと持ち歩いていた大剣は、魔女の子孫を追ってこの極東の島国にやってきたときに奪われてしまった。なんでもこの国では刀は持ち歩けないらしい。私の長い人生の中でも特に平和な数十年間だったが、ここでもやはり争いは起こる。


 君は、どれだけ物騒な世界なのよ!と怒るだろうか。


 「なるほど。よぉわかった」


 狐は諦めたのか太刀を鞘に戻して、全身の力を抜いた。あのとき電柱の上で見たような人間態の姿ではなく、両手や両脚には金色の毛が生えそろい、手には長い爪が、脚には足袋を突き破る鋭い爪が生えて地面を掴んでいる。顔も若干の変貌があり、ヒトというよりはもはや狐そのものといったほうが正しかった。『法則に語りかける者』の証明である猫のような瞳はそのままに、鋭い牙を生やした口からは歯軋りすら聴こえる。


 「なぜ『鬼』を狙う」

 「この世界を守るためじゃ」


 その答えに迷いはない。


 「さて、お主はなぜその邪魔をする」

 「この居場所を守るためだ」


 いつまでも防戦をしているわけにもいかない。そろそろおうまも九十九も遠くに逃げられただろう。ここからは攻勢に出なければならない。拳を打ち鳴らし、一歩ずつ近づいていく。こんな物騒な生き物がいては、この場を乗り切ったとしても安息は訪れない。やがては私が守らなければならない者にも危害を加える事になるだろう。


 殺すべし。


 「ま、まって。ヒトーさん……」


 小谷間まどかの弱々しい声がした。ずっと胸の紋章に力を注入していたせいで、かなり消耗しているように思える。短期決戦やむなしと歩を進めようとすると、「待って」ともう一度乞われた。


 「『神性存在』はもともと精神体アストラルでこの世界には干渉できない。それをある理由で、わたしの妹に受肉をさせたの。いのは止めないといけない。でも殺してしまえば、妹も一緒に……」

 「では、どうすれば」

 「わからないの。せめて拘束をするとか――」


 「隙ありじゃ」


 瞬間、踏み込んだ狐に私の防御反応が遅れてしまう。が、太刀は鞘から抜かれていないし、おそらくそれ以外に武器は所持していない。踏み込んだところで、有効打は打てないはず。あの太刀は鬼専用の神具だというが、物理的にアレ以上の衝撃をこの鎧に食らわせる手段はないはずだ。


 それなのに、なぜ。


 「……しまった!」


 狐の掌底が私の鎧の胸元にぴたりと音もなく接地し、「わらわの勝ちじゃ」の声とともに、狐の脚が地面をえぐる。発剄よろいどおし。狐の踏み込み、地面を蹴ることで得られたエネルギーは消耗されぬまま、私の鎧に伝わる。


 「いやあああああああぁ!」


 私の鎧自体はその衝撃を吸収してたわむだけで済むのだが、その内部では反射共鳴するエネルギーの小宇宙にまどかが生身で晒されていることとなる!

 発剄で脚を浮かされた私の中から、まどか以外にエネルギーの逃げ場はどこにもない。


 かつてあの魔女に与えられ、この島国で記憶喪失のように喪ったこの力。それはすべて小谷間まどかが紋章を経て与えていた力だ。私はついついかつてのように振る舞ってしまったが、明確な弱点は晒したまま。この狐は私を突破することなく、私に膝を付かせたのだ。


 「ぐ、ぅ」

 「所詮、ヒトの身がボトルネックじゃな」


 薄れゆく視界の中で、その狐が哀れみの眼で見下ろしていた。


 ※


 「随分、邪魔をされたのぉ」


 大きく息をつく。

 稲荷いなりいのと呼ばれたあの姿ではない。狐が直立歩行をして巫女服を纏ったようなその姿に、久々の争いの中でついつい興奮してなってしまった。神獣バルバトスと誰かは呼んでいたが、わらわはあまりその呼び名は好きではない。


 「ばかものが」


 すでに光子となってこの世界に散ってしまった古い知り合いを思い出す。思えばあの座敷童もどきに邪魔をされたのがケチのつけはじめだった。それからあの魔女の出来損ないである管理人に、この『箱庭の魔女』の精製物。さらには小谷間まどかまでもがわらわの邪魔に入った。


 これだけ魔女由来の人物が勢揃いすることにひょんの意図を感じなくもないが、随分と危険人物ばかり揃えたものである。ひょんが何を企んでいたのかはわからないが、あそこで『鬼』をわらわに見せたのが間違いじゃった。正確には、フードを被って角が確認できない鬼の子に、嗅覚が異常に発達した者に受肉したわらわが出逢わなければよかった。無数の運命の歯車がガチりと噛み合ってしまったのが故に、あのひょんは命を落とした。

 まさにひょんなことで。


 「じゃがもうこれで邪魔者はおるまいて」


 わらわは『鬼斬り』の太刀を鞘から抜き、デュラハンの抜け殻を踏みしめ、魑魅魍寮の玄関をくぐろうとしたその瞬間、さらなる邪魔者が現れて、思わずため息をついた。

 現れた少年を見つめる。


 「今度はなんじゃ? ってお主は――」

 「山田はじめ。推して参るよ」

次回:この数話勢いだけあるけど、数歩くらいしか動けていないいのさんのいら立ち。

×ひょん

×山田九十九(魔女覚醒)

×ヒトー

×小谷間まどか

→山田はじめ

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