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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第三章:おうまがどき!
33/99

ヒトーさん、ひとつになりましょう!

 「ヒトーさん、ひとつになりましょう!」

 「はぁ」

 「わたしも恥ずかしいですが――、よいしょ、やっぱりきつい、それに硬い……」

 「あの、まどかさん?」


 「『鬼』を見つけたのじゃ」と小谷間ともえの中に宿る『神性存在』稲荷いのが告げて、帯刀巫女の姿で東の方へと飛んでいった。わたしたちは呆然とそれを見つめるばかりだったが、不意にヒトーさんが同じ方向に向かって駆け出していった。夕焼けの時間は終わり、逢魔ヶ時と呼ばれる時間帯、わたしたちは河原の堤防を走っていく。


 「ヒ、ヒトーさん。どうしたっていうんですかぁ」

 「あの狐は『鬼』と言いました。非常に申し上げづらいですが、心当たりがあります」

 「まだ、居るというの?」


 ヒトーさんは肯定も否定もせずにそのまま走っていく。推測でしかないが、彼の住んでいるという寮なのだろう。いのが飛んでいった先もそちらであるし、きっとともえの嗅覚を利用して判明したに違いない。


 『鬼』

 『箱庭を侵す者』とは山田教授から聞いていたものの、詳しくは知らない。出雲中央政府までが乗り出して、あらゆる手段を講じて鏖殺されたのだと聞いていた。文献もまともなものが残っておらず、ただ恐ろしいものとしてぼんやりと知識にあるだけだ。


 しかし、実在するとなると話は違ってくる。いのは対『鬼』の契約を出雲政府と交わしているのだ。そしてともえの受肉の際の契約でも、


 「受肉の代償として、『神性存在』を裡に宿す。器の支配権は原則小谷間ともえが所持するが、『鬼』の発生が認められた場合のみ、無条件で支配権を明け渡すものとする」


 と謳っている。これは山田教授の発案だったが、もう『鬼』などこの世界には存在しないという前提で結ばれた契約だった。あり得るとすれば、再来襲。けれども、数年単位では発生しないものだから、まったく気にも止めていなかった。

 『鬼斬り』を携えたいのに対抗できる存在など、ほとんど存在しない。


 けど。

 必死に走るヒトーさんを見るに、その『鬼』は彼の知り合いであり、大切な人なのだろう。


 「ヒトーさぁん! ちょっと待って下さい。策があります」


 そのまま突っ込んで行ったら、いくらヒトーさんといえども殺されます、という言葉は裡に秘めておく。つまるところヒトーさんが『鬼』のところに向かっているのであれば、わたしは彼を止めるか、この策を取ることでしか、彼を殺さない方法はないのだ。


 「ヒトーさん、ひとつになりましょう!」

 「はぁ」


 野外で何を言っているんだとわたしは赤くなってしまい、ヒトーさんは怪訝に首を傾げる。ヒトーさんは中身が空の生ける鎧、デュラハンだ。身体はかなり大柄で、わたしならばその中に入れるということは既に妄想――いやいや、想定済みだった。


 「わたしならあの狐のことはよくわかります。けれども力が足りません。ヒトーさんはあの狐に立ち向かうのでしょう。オペーレーター役としてわたしを中に挿入れてください! 迷惑はかけませんから」


 はたしてその中に入るのは容易ではなかったけれど、入ってみれば窮屈ではなかった。かぽりと頭部が乗せられ、わたしは全身をヒトーさんで包まれているという素敵体験を思いがけずすることが出来た。


 「少し、動きますよ。痛くはないですか?」

 「は、はい。嬉しいです」

 「はぁ」


 がしょんがしょんとヒトーさんがかけていく。バイザーの格子越しにしか外が伺えないが、瞬間的な動作の決定はヒトーさんに任せるほかない。わたしはオペレーターとして指示を出していくのだ。それが少しでも遅れれば、『鬼斬り』にヒトーさんもろとも真っ二つにされるだろう。


 「あ、あの、何をしているんですか」

 「くんかくんか」


 ともえのことはわたしがきっちり落とし前をつけなければ。




 ――斯くして、魑魅魍寮の管理人の女性に振り下ろされる『鬼斬り』の一撃は防ぐことに成功したのだ。


 「間に合ったようでよかったです。早く寮のみんなに逃げるように伝えて下さい!」

 「……だれ?」

 「いいから早く!」


 腰を抜かしているらしい管理人は這いながらも、玄関から中に入っていく。状況を見るに、まだ『鬼』は殺されてはいないようだ。見つかってもいないだろう。ただ、『鬼斬り』が僅かに活性をしているということは、すでに何者かの血を吸っているに違いない。


 「ヒトーさん、気をつけてください」

 「この者はいったい……」

 「稲荷いの。『神性存在』のひとりで『鬼』を追っています。あの太刀は神具『鬼斬り』。あくまで『鬼』の魂絶こんぜつを目的としているため、それ以外には影響力は大きくありませんが、腐っても神の武器です」

 「まどかさん、あなたは」

 「話は後です。わたしの落ち度であの者をこの世界に解き放ってしまいました。責任は取ります。ヒトーさん、手伝ってください」


 バイザー越しに、いのの瞳と目があった。


 「まどかではないか。随分と面白いことをしているようじゃが」

 「いの、あなたはわたしが止めます」

 「あの山田教授の弟子なら『鬼』がまだ居ることの意味がわからないでもないじゃろうに。どうした、まどか。お主らしくないぞ」

 「……ええ、ほんとうに。わたしらしくない」


 ヒトーさんの中に入っているわたしは、全身全霊の力を込めて内側からヒトーさんの鎧に手を当てる。昼間のデートでその片鱗を見せた『拡散』の紋章。『∇(ナブラ)』。わたしが触れることでそれが起動するかどうかは賭けに近かったが、いまのいのに抗うとなれば、これくらいズルをしなければ太刀打ち出来ない。


 「目覚めて!」


 ドクン。

 ヒトーさんの身体が一度大きく鼓動し、内側が熱を帯びたように熱くなる。内側からでもわかる、逆さ綴りの∇の二乗とfの紋章。ヒトーさんの由来はひとまず置いておいて、それが魔女由来の忌むべき力であっても、いまは利用させてもらう。


 いのの振り下ろした太刀は、両腕をクロスさせて防いでいるヒトーさんの鎧に食い込んでいるかたちだ。その傷口を基点として、ひとつ、ふたつと、緑色の円環が紡がれていく。それらは意志によって法則を捻じ曲げることのできる、神への説得材料。


 それが爆ぜ、あまりの眩しさに眼をつむる。


 次に開いた時には、いのは少し距離を取って、太刀を肩に担いでいた。いのの姿が変貌しつつあることにわたしは気づく。いままでは人の少女に獣の耳と尻尾をつけたような風貌だったのが、腕や脚まで金色の毛が生え、手の爪が凶器のように伸び、白い足袋は破れて、鋭い脚爪が地面を掴んでいる。


 「あの『魔女』の精製物か。どれほどの因果をこのボロアパートに詰め込んでいたのじゃ、あのひょんは。まぁ、よい。わらわの目的は『鬼』の魂絶のみじゃ」

 「いの!」


 『神性存在』の鋭い視線を受けて、一瞬、竦んでしまう。


 「なんじゃ、まどか。何故、わらわの前に立ちふさがる」


 『鬼』の存在の脅威はたしかにわたしも理解はしている。この世界が食い荒らされるかもしれない。でも、到底科学者の意見ではないけれど、ヒトーさんがそれを守ろうとしているのならば、それは守らなければいけない存在なのだ。そうだ、どうせ大学院中退のできそこない研究者だ。それでいいと、自分に言い聞かす。


 「……こうしないと、わたしがわたしでなくなってしまうから」


 一瞬眼を丸くしたいのであったが、くつくつと笑う。


 「意志が物理を凌駕するこの世界ではそれが正しいのかも知れぬが、まどかよ、その安易な気の迷いの選択は必ず後悔するぞい。それでどうするのじゃ。わらわを退治すれば、ともえは再び肉塊となろう。お主らが進んで交わした契約じゃ」

 「それは――」

 「ともえの意識もぎゃーぎゃーうるさかったが、これを持ち出せば、この稲荷いなりの言いなりじゃ。いのの意のまま。百鬼夜高の想い人のこともあろう。ひとつ手にすれば10が欲しくなり、10を手にしたとき、誰も1すら棄てられぬ。いまさら手にした幸せは手放せない。それがヒトの意志というものじゃ」


 一歩踏み込み、再び振り下ろされる『鬼斬り』。円環魔法さえ展開できれば、(鬼以外であれば)原理的にその威力は減殺できる。「ヒトーさん!」とわたしが叫ぶのが早かったか、ヒトーさんの腕が防御するのが早かったか。今度はその輝きを増した鎧に食い込むことすらなく、その一閃を弾き返す。二度三度、閃光が走るが結果は同じことだった。


 「……狐、貴女に恨みはないが、その程度で私は殺せない」


 聞いたことのないようなヒトーさんの声が響いた。

次回:対いの戦はまだもうちょっとだけ続くんじゃ。

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