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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第三章:おうまがどき!
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『神性存在』の力をとくと見るが良い!

 逢魔時おうまがとき大禍時おおまがときは、夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻。黄昏どき。魔物に遭遇する、あるいは大きな災禍を蒙ると信じられたことから、このように表記される。

 逢う魔が時・逢う魔時ともいい、黄昏時たそがれどきのことで、古くは「暮れ六つ」や「酉の刻」ともいい、現在の18時頃のこと。黄昏時は黄が太陽を表し、昏が暗いを意味する言葉であるが、「おうこん」や「きこん」とは読まないのは、誰彼(「誰そ、彼」の意)時とも表記し、「そこにいる彼は誰だろう。良く分からない」といった薄暗い夕暮れの事象をそのまま言葉にしたものであるのと、漢字本来の夕暮れを表す文字を合わせたものだからである。


 逃げるわたしの影が長く長く伸びている。太陽が沈めば沈むほど、わたしを追いかけてくる影のようなものは活性化するらしく、さっきとは比べ物にならないほどのスピードで這いずり回ってくる。虚ろに穿たれた空洞のような白い眼がまっすぐにわたしにロックオンしているのがわかる。


 『侵入した異物を排除するために、白血球が働くのは自然なことじゃろ?』


 異物。

 たしかに『稲荷いの』はわたしの理解している特異生物とは大きく異なる。ねーさんと山田教授がどこから探してきたのかは知らないけれど、まず彼女は精神体だった。そして肉塊だったわたしに肉体を与え、それを器としてわたしの精神に間借りをした。多種多様な性質が報告されている特異生物というカテゴリであったが、さすがにそんなものは聞いたことがなかった。


 「はっ、はっ、なんなのよ、あいつら!」

 『さぁ。ただどの時代でもどの場所でもわしを自動的に攻撃する存在じゃ』

 「あんたは世界の敵なの?」

 『かもしれんのう』


 けらけらと心のなかのいのは笑う。こちらとらまだ完全に慣れきってはいない、ヒトらしい肉体で全力疾走しているものだから、息も絶え絶えだ。ずざざざと後ろから影が追いかけてくる。わたしの影は長く長く伸ばされて、太陽はいまにも沈むというところだ。


 「……もう、限界」


 わたしは胸を押さえつけながら、そのまま近くの電柱にもたれかかった。もう一歩も歩けない。抱えていた学生カバンをおろして、ずるずると電柱に持たれたまま座り込んでしまう。急に走りだしたものだから動悸が止まらず、視界もゆがんでいる。


 『よくがんばったのう。ここなら大丈夫じゃろ。あとはわしに任せよ』

 「ぃぁ?」


 その瞬間、わたしは糸が付けられたマリオネットのような動きで立ち上がった。明らかにどんな自然法則に反した動きである。「ちょ、なにこれ」と言う間もなく、わたしは二回三回とその場で跳ね(させられ)、影たちに相向かう。自分の姿がいまどうなっているのかはわからないが、長く伸びた影を見るに、頭には狐耳のようなものが生え、おしりにはふさふさの尻尾が生え、着ていた制服は巫女装束のようなものに変わっていた。脚元がかろうじて視界に入ったが、紺のソックスにローファーではなく、白い足袋に紅い鼻緒の草履になっていた。


 「なんぞこれ――、ふぅ、あまり外に出たくはなかったんじゃが、こいつらが相手では仕方がないのー。ちょっくら遊んでやるとするかのー」


 わたしの意志に反して口が動いているのがわかる。っていうか、この格好! 制服はどうした! はじめ君が追いかけてきたらどうすんだ! と思うわたしがいないではなかったが、それよりも影たちはもう間近に迫っていた。狐耳と尻尾が生えて、巫女装束になっただけで、わたしの肉体はわたしの肉体だ。この得体の知れない存在と戦えるとは思えなかった。


 「『鬼斬り』は――おっと封印されておったな。まあ、こやつらくらいならそれを使うのも勿体ないて」


 じりじりと距離を詰める影たちだったが、先程までの勢いはそこにはなかった。怯えている?


 「『神性存在』の力をとくと見るが良い!」


 ※


 筆舌に尽くしがたい展開で――、いや、わたしに自身に起こったことだから、筆舌に頑張って尽くしてみようと思う。


 まずは最初の影一体が、にじりにじりとにじり寄り、ばっとわたしに飛びかかろうとした。いのがデモンストレーションのつもりなのだろう、それに小石を投げると、すっと影の身体に溶け込み、向こう側から出てくることはなかった。すなわち、これに取り込まれれば、この影に一体化してしまうということを伝えたかったのだろう。


 次の瞬間には、その影はぼふっという鈍い音とともに弾け飛んでいた。残った空間には、いのが展開したであろう半径一メートルほどの円環が発生していた。色は黄緑に輝いており、このエネルギーが爆ぜて影を吹き飛ばしたということがわかった。


 そのまるで、『魔法』のような業。わたしは聞いたことがあった。そう、それはねーさんの大学院時代の話で、機密だからと誰にも話してはいけないとされたこと。意志量子力学ウィルクァンタムコンプレックスセレオムの目指す最終到達点、通称『円環魔法』と呼ばれるものだ。理論上知性体なら展開は可能とされており、その特性も理論的に予測はできるのだが、実現したものはほとんどいない。


 「やはりそんなものじゃな」


 異様に尖った爪の人差し指でくるりと円を描くと、それが成長して、また新たな円環が展開される。そこに蓄えられる意志のエネルギーは光となって蓄えられるという。光の波長とエネルギーの関係と同じで、そのエネルギーによって可視の色が変化する。赤外、赤色が弱く、黄色や緑色を経て、青色、紫外が強くなる。


 パチン。

 指を鳴らすと、それぞれの円環から光子の槍が放たれて、影は霧状となって消滅した。


 『もう終わり?』

 「終わりじゃー、歯ごたえもなんもないわ。じゃが、ヒトが取り込まれれば消滅してしまうぞい」


 簡単な処理に見えたが、きっとそれはレベルが違いすぎるのだろう。わたしが戦ったとなれば、学生鞄を振り回すしかない。きっとそんな物理的な打撃は通用しないだろうし、わたしもはじめくんも影に取り込まれていたことだろう。


 『いの、ありがと』

 「お安い御用じゃ。身体を返すぞい――、って、いったぁあああい!」

 『おっと、その肉体でも無理があったかのー』


 わたしは生まれたての鹿よりも不器用に立ち上がって、電柱に身体を預けた。


 「まじか……」

 『何回かこなせば身体は慣れると思うぞい』


 いのの無責任なセリフは置いておいて、ようやく15分もすれば辛うじて歩けるようになった。もう完全に陽は落ちていて、この人気のない通りは、ぺかぺか消える街灯しか光源がない。女子高生が生まれたての鹿のモノマネをしていたとしても不思議には思われないだろう。

 ん?

 女子高生?


 「制服戻ってる」

 『意志量子力学で精製したものじゃからな、わしの装束は』

 「よかったー」

 『そんなことを心配しておったのか、さっさと帰るぞい』


 ※


 途中のコンビニでおにぎりを買って、ぱくつきながら川沿いを歩いて行く。


 「これからこういうことってよくあるの?」

 『いままでなかったほうが不思議じゃったが、わしが馴染んできたということかな。いずれにせよ、あれを見かけたら――もとい、臭いを感じたら、すぐに逃げよ。そしてわしを起こせ。絶対に戦おうとするでないぞ』

 「……そっか」

 『わしと同居することを後悔したのか?』

 「ぃぁぃぁ。でも、肉塊よりはまし。あーあ、今度、はじめくんに逢ったらなんて言えばいいんだろー」

 『おしっこ無事に間に合ったといえばいいぞい』

 「もー」


 脳天気ないのが心のなかで笑い、わたしは頬をふくらませた。

作者はナガシマスパーランドに取材旅行のため、連載をお休みします。

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