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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第一章:魑魅魍寮へようこそ!
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どうですか、新たな世界で迎える朝は!

 前回のあらすじ。

 寝取られて 童に出逢い ゲロを吐き

               ――九十九、心の俳句


 「夢、か……」


 目が醒めると、そこはわたしが盛大にゲロを吐いた公園だった。若干頭がズキズキするが、昨日よりはマシだろう。極度にアルコールに弱いおかげで、あそこまでべろべろになったことはなかった。硬いベンチで眠りこけていたものだから、身体の節々が痛む――。


 「くしゅん」


 三月、いや、今日から四月か。まだ春というには寒すぎるこの季節、ずびびと鼻水をすする。こんな路上の公園で酔っ払ってゲロして一夜明かしたという事実に、わたしの中にまだかすかに残っている乙女心が瀕死の状態でぴくぴくしている。


 朝霞の中で、とりあえずコンビニにでも入ろうとベンチから立ち上がる。公園の時計を見ると、まだ六時前。新居の寮に荷物だけは届いているはずだから、とりあえず着替えるだけ着替えて出勤するとしよう。どんな顔をしてあそこに行けばいいのかわからないけれど、勤務初日から遅刻なんてもっての外だ。


 「……死にてえ」


 ゾンビのようなふらついた動きで、早朝の公園を彷徨い歩く。まったく昨日のあの座敷童はなんだったのだろう。期待させるだけさせておいて、ほんとに異世界転生が出来ると思ってしまったじゃないか。なろう小説の読み過ぎだ。公園の給水所で喉を潤して、公道に脚を踏み出す。


 「んぁ?」


 朝の、それもまだ陽が昇る前の街だ。基本的に誰もいないのはわかるし、車も自転車も走っていないのはまあ頷ける。が、たしかここにはコンビニエンスストアがあったはずなのだ。


 寮の下見に、叔母さんと従兄弟のはじめ君と来たときに、ここでファミティキを食べたのを憶えているから、間違いはない。ほんの一週間も経っていないのに、その建物は見覚えのないカラーリングをしていた。わたしの記憶の中にある緑と白のカラーリングではなく、紅白に彩られたいやにおめでたそうな店舗だった。


 「あのコンビニもう潰れたのか……、これは、『ニギミタマート』? 和御魂にぎみたま?」


 脳の隅っこのほうが違和感に刺さったように痛む。冷静にあたりを見回してみれば、道路標識もなんだかおかしな気がする。もともとペーパードライバーで詳しく憶えているわけではないが、さすがに『ツチノコ注意!』はおかしいだろう。妙なアイコンが併記されている、『上昇優先道路』もいったい何を想定したものだか。


 「まさかこれは……」


 『契約成立でございますね!』

 『そう、ですね。この世界に比べればだいぶファンタジックかと』


 あのショタショタしい座敷童の声が脳裏に響いた。いくらなんでも、と首を横に振る。異世界転生なんてなろう小説の読み過ぎだ。バカバカしい。そんなことより遅刻だ遅刻。とりあえず寮に電話して――とポケットのiphoneを取り出そうとすると、ぐにょっという生々しい感触が返って来た。


 「ひぎぃ!」

 「ん?」


 中に入っていた小さな生々しいものを握りしめて出すと、それはそれは可愛い和装ショタだった。昨日の座敷童である、たしか名前は『ひょん』。ひょんなことに巻き込まれてしまった。わたしのポケットの中で暖を取っていたのか、寝ぼけ眼の彼は、ようやくわたしを認識して手足をじたばたさせた。


 「九十九さん、おはようございます。どうですか、新たな世界で迎える朝は!」

 「マジだったのね……」

 「エイプリルフールじゃございません!」


 グッ、と親指を立てる座敷童である。わたしは彼を握っている手を少し緩めて、両手で大切に持つことにした。異世界。頭のなかではわかっているような、わかっていないような。少なくとも設定だけは多くの異世界小説を読んでいるわたしだから、わかっている。


 ここでのわたしの扱いがどうなっているかはわからないが、きっとそれはひょんが教えてくれるのだろう。いわゆる魔法少女のもののマスコット的立ち位置なのだ、どさくさに紛れて契約云々とか言ってたし……。


 座敷童はああは言っていたが、きっとわたしにも隠された能力があり、それはこの世界を救うために必要なものなのだろう。右眼も左腕も疼きはしないが、これから待ち受ける運命に胸の奥が熱くなってきた。というより気持ち悪くなってきた。おろろろろろ。


 ひとしきり、ほとんど胃酸の嘔吐をして、顔を上げた。

 ゲロ、色、トウメイ……。


 ――いままでの世界のわたしは。


 死にたいと願っていたあの世界は。途端に頭がクラクラしてくる。たしかに死にたいと願っていた、逃げ出すことを望んでいた。けれど、失ってはならないものもあったんじゃないのか。22年間、わたしが積み上げてきたようなものは――。


 『わりぃ、職場の子と飲み会終わりにもにょもにょしてさ……、デキちゃったみたいなんだよねえ』


 うん。ないな。ない。皆無。


 「死ね!」

 「ひぃ……!」

 「ん、ああ、いやいやごめん。独り言ですわ」

 「どういう文化に育てばそんな脈絡のない独り言が。というか、新世界へ案内出来たと思ったら、ゲロを吐かれて死ね!って言われた、ぼくの身にもなっていただけませんかね……」

 「ほんとにすまん」


 とりあえず。とりあえずだ、いままでなろう小説で読んだような知識を総動員して、これからの身のふるまい方を考えなければならない。元いた世界のことはひとまず忘れよう。じゃないとまた吐いてしまいそうだ。ひとつ大きく息を吸って、大きく吐く。


 「落ち着きましたか?」

 「殺意が消えない……」

 「そんな殺伐とした世界でしたっけ、あそこ」

 「……、気を取り直して。ひょん君でいいんだっけ、わたしはこれからどうすれば」

 「座敷童の皇帝、童帝と呼んでいただいても――」

 「ひょん君、わたしはどうすればいいのかな?」

 「と、とりあえずはですね――!」


 座敷童くんが指さした方角は、もともとわたしがいた世界で、今日から借りる予定の寮『山田寮』だった。

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