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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第二章:デュラハンリーマンと恋するOL
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わ、わたしと今度のお休みにですね、映画を見に行きませんか!?

何度も頭の中でシミュレートをした。『そんなに気負うと逆にダメなんじゃないの?』と妹にダメ出しをされたし、そのことはわかっているつもりではあるんだけど、やっぱり緊張してしまう。朝一番の会社のオフィス、わたしはいつも珈琲を入れているのだが、それすら手につかずに、深呼吸を繰り返していた。


 「やっぱりやめようかな……」


 小谷間まどか、24歳。新入りのぴちぴちOLと言っていられる期間も終わりつつある4月の下旬。ようやく仕事にも多少は慣れてきて、朝のお弁当作りも安定してきた頃、わたしは最初のゴールデンウィークに向けて少しずつ行動を始めていた。まずはいま手の中で握りしめている二枚の紙切れ。これが成功するかどうかで今後のスケジュールに大きな影響を与え――


 「おはようございます、まどかさん」

 「うええぇえ、ヒ、ヒトーさん、おはようございますん!」

 「どうしたんですか、そんなに驚いて。自分の鎧に何かついています?」

 「い、いえ、ピカピカです」


 首をかしげながら、生ける西洋鎧であるヒトーさんは彼のデスクに腰掛けた。いつもどおりの朝の風景だ。先輩としていろいろな仕事を教えてくれたし(やっぱりヒトーさんはわたしよりミスが多く、クビだけはご勘弁を!って謝っているが)、いつも夜遅くまで独りで頑張っている。その姿をわたしは後ろのデスクからずっと見ていた。

 ――見ていたんです。


 「ヒトーさん!」

 「はい、なんでしょう」


 その巨体では振り返るのが億劫なのか、くるりと鎧の頭部だけ回してこちらを見た。ああ、もう、この人は。わたしは後ろ手に隠し持った二枚の紙をバンと彼につきつける! 突きつけすぎてキョンシーみたいになってしまったので、少し離して見えるように掲げる。


 「わ、わたしと今度のお休みにですね、映画を見に行きませんか!?」

 「映画、ですか」

 「ダメ、ですか……? いつもお世話になっているので、その御礼にと思って」


 そもそもこの人は休みの日には何をしているのだろう。休みの日でも頻繁にオフィスで仕事をしている形跡はあるけれど、ううむ、謎だ。あと表情が読めないから、何を考えているのかがまったくわからない。チケットを突き出している腕はぷるぷるしている。デュラハンリーマン、ヒトーさんは兜をくるりと回して、今度は椅子ごとこちらを向いた。


 「まどかさん、残念ながら――」


 ※


 話は立案段階、3日ほど前に遡る。


 「ねえ、相談があるんですけど、いいですか?」

 「うぇ。あー、このあとコンビニのバイトに行かなきゃなんですが、珍しいっすね、何ですか」


 えのき夏姫。4月から事務処理の短期のバイトとして入ってもらっている、わたしと同い年くらいの女性だ。わたしとはちがい、スポーティで短めの髪を明るく染めている。いつも朗らかで大きな声で応対し、何よりラフな格好からでもわかる乳を羨ましく思っていた。


 「ちょっとここだとアレだから」


 夏姫さんを駐輪場の影に連れだして、耳元でもしょもしょと声を潜めようとしたら――。


 「恋愛の悩みです?」

 「えぇ!? なんでわかったんですか!」

 「声が大きいですよ、ウチはともかく小谷間さんはまだ業務中なんですから。ただ、小谷間さんがいつもヒトーさんを見つめているなって、感じていただけです。でも、その反応だと大当たりみたいですね」

 「……もう」


 できるだけ意識はしないようにしていたのだけど、そんなバイトの娘にも気づかれるほど、彼を見つめていたのだろうか。耳まで真っ赤になっているのがわかる。ため息をひとつついて、夏姫さんの耳元でささやく。


 「それで本当にそういう相談なんだけど、わたし、あんまり経験がなくって、その」

 「あの人特異生物ですしね。ところでなんでそんなことをウチに相談するんです?」

 「それは――、このオフィスにはあんまり同世代の女性っていないし。……それに、ごめんなさい。少し前にあの商店街のスーパーで、夏姫さんと男の人が食料品を買っているのを見たのよ。それで何か経験があればアドバイスも貰えると思って……」

 「ふぅん」


 夏姫さんはいつになく鋭い眼差しでわたしを見つめた。


 「ウチが『特異生物』だってことを知った上での発言ですよね、それって。『人間と特異生物の恋愛の悩み』をウチにしてくるってことは。履歴書?」

 「……ごめんなさい。給与計算のときに少し見てしまって。でも何ベースの特異生物なのかは知らないわ」

 「そこまで履歴書に書く法的義務はないですからね、特記事項もないですし」


 夏姫さんははたから見れば、普通の朗らかな女性である。というか、わたしより人間らしいだろう。最初に履歴書を見たときは何かのミスなのかと疑ったくらいだ。外見が人間態の特異生物は少なからず列挙することはできるが、それにしても意外だった。


 「二つだけ守って。ひとつはウチが特異生物であることは必要以上の人に教えないこと。デメリットと思っているわけじゃないけど、面倒は避けたいし、それに業務上知り得た秘密を言いふらすのはいけないことだよね?」

 「も、もちろん」

 「ふたつ目は、あの人は恋人とかなんかじゃなくて、ただの居候だから。勘違いをしないで。それを踏まえた上でのアドバイスならできるけど?」


 夏姫さんの提案は、オーソドックスといえばオーソドックスなものだった。

 チケットが余ったと嘘をついて、ラブストーリーの映画に誘うというもの。


 「あの、ヒトーさんってそういうの観るんですか?」

 「知らない」


 彼は休日であってもこのオフィスで仕事をしているイメージが合った。それか部屋で静かに読書でもしているのだろうか。いずれにせよ、あの巨体で無表情な彼が映画を見に行っている姿はイメージしづらかった。わたしは躊躇っていると、夏姫さんは大げさにため息をついた。


 「『いつも忙しそうにしているので息抜きにと思いまして』とか言えば大丈夫。あの人は、そういう何気ない優しさに弱いんだろうし。それにそういう感じのほうが、小谷間さんもやりやすいでしょう。断られたら、断られたで、次の手を考えればいいわけだし」

 「……はい」

 「それと――」

 「!?」


 何の前触れもなくわたしの右腕を抱きしめるようにぎゅっと夏姫さんが身体を寄せてきた。柑橘系の香りが鼻孔に広がり、やわらかな感触が右腕いっぱいに広がっていく。それに加えて上目遣いにこちらを見つめる夏姫さんの笑顔に同性であってもどきどきしてしまう。


 「あ、あの……」

 「こうやれば男の人はイチコロさ」


 ぎゅーっと強く胸を押し当ててくる。あわわわと慌てつつ、たしかにこれなら男の人はイチコロなのだろうと思った。ただ二つの問題点があって、ひとつはわたしが『小谷間』の姓を刻まれし者であるということと、ヒトーさんの材質が金属であるということだ。


 「頑張ってね、小谷間さん、応援してるよ」

 「は、はひ」


 そのとき、ガタリという音がしてわたしは飛び跳ねるほど驚いてしまった。夏姫さんはさらにぎゅっと抱きついているわたしの腕にしがみつく。ぎこちなく、音の鳴った方を見ると、デュラハンなあの人が明らかに狼狽えていた。


 「すみません。外回りに行こうと駐輪場に来たのですが、まさかお二人がそういうご関係だったとは」

 「ち、ちが――」

 「お邪魔しました」


 律儀にもぺこりと頭を下げて(落ちそうになった頭を腕で支えて)、何事もなかったようにがしょんがしょんとオフィスへ戻っていくヒトーさん。わたしは涙目になりながら、夏姫さんを睨みつけると、たはは……と苦笑していた。


 「お詫びにひとついいことを教えてあげるから、許してよ」

 「胸を使った技なら出来ませんから!」

 「もう、怒らないの」


 ※


 話は戻って、わたしの掲げた映画のペアチケットを、ヒトーさんが申し訳無さそうに見つめている場面である。ヒトーさんは無表情な金属の鎧と思っていたわたしだったが、彼の表情が最近わかるようになってきた。それは嬉しい事だが、わたしはこの後に続く言葉が怖くて、冷や汗が止まらなかった。


 「まどかさん、残念ながら――」

 「……はい」

 「自分が座れるようなシートが映画館にはなくてですね……。いままで何度か見てみようと思ったことはあるのですが、入り口で止められてしまって。お気持ちは大変嬉しいのですが――」

 「それなら大丈夫です!」


 わたしは掲げているペアチケットに刻まれたアイコンを指さした。


 「きちんと特異生物に配慮された映画館のチケットを用意しました。電車で少しかかるんですが、ヒトーさんの心配はご無用です!」

 「おお、それは!」


 ここでヒトーさんはほっこりとした表情を見せた。よほど映画館に行きたかったのだろうか。しかしそれにしても夏姫さんのお詫びのアイディアが完全に役に立ったかたちとなる。ほんとうにありがとうございます、と心のなかで手を合わせると、ヒトーさんが何か思い出したように呟いた。


 「しかし、小谷間さんはえのきさんと行った方がいいのでは?」

 「そういう関係じゃありませんから!」


 前言撤回だ。


次回:小谷間まどかの初デート

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