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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第二章:デュラハンリーマンと恋するOL
14/99

LINNEかFaithbookやってる? お友達になろうよ。

「おつかれさまっしたー!」


 オフィスを出るときに大声でそう言うと、各々挨拶をかけてくれる。何かと怒声や罵詈雑言が飛び交っているわりとブラックな会社だと思ってはいるけれど、バイトには比較的良くしてくれている。時間は午後四時。ここからコンビニバイトのハシゴをするのがいつもの予定なんだけど、この四月に最近新人が何人か入ったようでこれからは非番だった。


 「――遊びに行きますか」


 家に直行する道をくるりとターンして、川沿いに中心街の方へと向かっていく。四月もその寒気を完全に退け、暖かな空気がウチをすり抜けていく。あの冬の娘は怒るかもしれないが、寒いより暖かいほうがいい。生命力に満ちている。


 「あ、コンビニでおみやげ買っていかなきゃな」


 えのき夏姫なつき

 この地区の夏の神様をやらせてもらっている。特異生物に準ずる取り扱いを受ける、八百万のひとりだ。歳はひみつ。八百万の中ではまだ赤ちゃんレベルに若い部類に入る。あのボロアパートで暮らしている冬の娘とは同い年。だから、いろいろ知っている。楽しかったことも、辛かったことも、その秘密も――。


 ※


 「えーっと、屑鉄調律者を召喚して墓地からおもちゃBOXを特殊召喚。フィールド魔法天空の瞳孔を発動して効果でおもちゃBOXを破壊、デッキから忌眼カードを手札に加えます。おもちゃBOXが破壊されたので、デッキから効果を持たない特定のモンスターを特殊召喚します。ラブラブドラゴンとドライバーフレーム。同じレベルの調律者・非調律者の二体を墓地に送って、紅神運送龍を調律召喚します。効果発動、忌眼融合を伏せることで、妖精古竜を調律召喚、効果発動でモンスター1体破壊。屑鉄調律者と妖精古竜で、紅魔龍ベリアルを調律召喚。攻撃。ダメージが入ったのでデッキ墓地からラブラブドラゴンを二体特殊召喚し、二体のモンスターで重合召喚、聖龍アテム。効果でデッキから紅眼鋼龍。効果使ってから、同じレベルの紅魔龍ベリアルと紅眼鋼龍で重合召喚、重装機関車グスタフで効果ダメージまで入れまーす」

 「……ぅ」

 「泣いてる! おうま君、柊さんの大人げない猛攻に泣いてるから!」

 「強くなりなさい」


 ※


 「おーっす。なっちゃんだよー。お、平日の昼間っからカードゲームとは暇人どもが集まっているねーぃ。ほらほら、なっちゃんがお菓子を持ってきたよん。芋けんぴに芋けんぴに芋けんぴだー!」


 バイトでお世話になっているあのオフィスから徒歩で30分ほどでその寮に着く。誰が建てたかわからない、『魑魅魍寮』という特異性物のためのボロアパート。家賃は特異生物優遇で激安、けれど、生活レベルは金額通りという感じだ。出雲政府からの給付金で生きている冬の娘にとっては、暮らしていくのにちょうどいい家なのだろう、もう随分とここに住んでいる。


 「見慣れない顔がいるねえ、何の妖怪? 貧乏神?」

 「人間です! 管理人です!」

 「おや、珍しい。そんな君には芋けんぴだ」


 一ヶ月ぶりくらいに顔を出した魑魅魍寮の共同食堂には、鬼の子のおうまくんと冬の娘がカードゲームバトルをしていた。冬の娘のヲタク気質が災いしたのか、子供向けのカードゲームであってもかなり深いところまで極めたらしく、おうまくんをけちょんけちょんにしていた。それを心配そうに見守っている貧相な女性、それが新しい管理人だという。前の管理人に比べれば――、いや、あまり比べるのはよくないか。


 「はじめましてこんにちは。ウチは夏姫。そこの冬の娘の親友、よろしく」

 「山田九十九です、よ、よろしくお願いします」


 手を差し伸べると、山田九十九さんはおずおずと握ってきた。ラフなジーンズに、『えいえんの寝取られガール』と書かれた謎のTシャツを着ている。年の頃は二十歳過ぎといったところ。可もなく不可もなくって感じだ。


 「冬の娘が迷惑をかけているでしょう」

 「はい。そりゃもう」


 山田九十九は腕を組んで強く頷いた。


 「ちょっとフォローしなさいよ!」


 おうまくんと一緒にデッキを片付けている冬の娘が共同食堂のテーブルを叩いた。どうやら新しい管理人ともうまくやれているようで安心をした。彼女は冬のあの一件以降、人との交わりを極端に嫌っている節があるから、何か致命的な問題でも起こしてやいないかと心配になったのだが。


 「ゆきー、コンビニの袋お前の部屋に置いとくからなー?」

 「あー、待って。すぐにいくわ」

 「それじゃ、ニュー管理人さん、憂姫を借りていきますんで」


 『どうぞどうぞ』というジェスチャーをしながら、山田九十九は手を振った。しばらくの憂姫のひきこもり生活を支援するための物資を両手に抱えつつ、ウチはぎしぎし鳴る階段を上がっていく。しばらくすると、憂姫がカードケースを抱えて走ってきた。っておいおい、どれだけカード資産増やしてんだよ、っていうくらいの量だった。おおかた、おうまくんと戦っているあいだに熱くなってしまって、ネット通販で集めたのだろう。

 まったく大人げないなぁ。


 ※


 「随分久しぶりね、夏姫。お仕事忙しかった?」

 「コンビニと平行して新しい事務のバイト始めたんだけど、毎日のようにミスしまくる特異生物がいてさ。そいつが結構面白い。クビだけはご勘弁を!って一日に何回言ってると思う?」

 「よくそんな働けるわね」

 「人が好きなのさ」

 「ふぅん、わたしは嫌いだな」

 「そんなの、よく知ってるよ」


 ※

 

 ひいらぎ憂姫ゆき

 この地区の冬を司る八百万の神である彼女が、ひきこもりニートのような生活をし続けてはや何年になるだろう。彼女は働くことをしない。人と交わることは避けて生きていくようになってしまった。だから、この地区にはもう何年も冬というものが訪れていない――。


 「よっこいしょっと」

 「いつも食べ物飲み物ありがとーねー」

 「いいってことよ」


 二階のいつもの部屋は相変わらずの汚部屋である。部屋の前には通販サイトのダンボールが立ち並びバリケードのようになっていて、中に入ると、何に使うのか大きなデスクトップパソコンが暗い部屋で煌々と灯っている。ちゃぶ台の上には開けっ放したポテチの袋と、立ち並ぶペットボトルの数々。幸いにしてペットボトルに用を足すようなことはしていないようだけれど、これはまた一回大掃除をせねばなるまいなと思った。


 「ささ、座って座って」


 ぼふぼふとぺったんこの座布団を薦められる。埃が舞い上がって、苦笑してしまう。暗くてよく見えないが、この部屋はオタクグッズで溢れている。たしか憂姫は自分のことを――、なんだっけ、発酵女子みたいな専門用語で呼んでいた。男と男がくんずほぐれつしている薄い本がタワーを成している。が、その奥には小難しい学術書が並んでいることを、わたしだけが知っている。


 「それで、どういうことなの」

 「なにが?」

 「あの管理人」

 「ああ、あれね、びっくりしたよね」


 憂姫は買ってきたばかりの芋けんぴの袋をパーティ開けし、二本まとめて口の中に放り込んだ。この暗い部屋でパソコンの光を浴びる病的な白い肌。黒髪をわしわしと掻いて、内緒話でもするように顔を近づける。


 「むしろこっちが聞きたいくらい。なっちゃんはどう思う?」

 「本当に人間なの? 因果の絡まり方が尋常じゃないでしょ」

 「知らないよ。座敷童が勝手に連れてきたんだから!」

 「『鬼』もいるし、厄介なことにならなきゃいいけど」


 八百万の神々は正確には純粋な物質ではない。人々の信仰を糧に、畏れを血液に、まるで生き物のように振る舞う編み込まれた概念に過ぎない。だからこそ、人間にも、そこいらの特異性物にも見えないし、感じ取れないものが、わかるのだ。どうやら憂姫は気づきながらもずっと隠していたようだったけれど。


 「ま、とりあえずは静観でしょ。下手に動いて覚醒してもらっても困る」

 「そうだけど……。困ったことになったらすぐに相談してよね。憂姫は何でもかんでも抱え込んじゃうんだから」

 「うるさいなあ」


 体操座りをした憂姫は裸足の指をいじりながら、ぶつくさ言っている。


 「友人としてはいますぐにでもこの魑魅魍寮から出て行くことをオススメするけど。爆弾を抱えているようなものだし。いまは日常系のラノベかもしれないけど、これは第三章くらいからバトル物になっていく予感がするよ。なんならウチのアパートとかでも」

 「それはダメ!」

 「どうして?」

 「安いから!」


 憂姫は相変わらずだ。こういう子だから、そしてそれとは裏腹な面もあることを小さい頃からずっと見てきた。だから、夏と冬という相反する存在であっても、こうしてゆるく繋がっていられるのだろう。

 それにウチだって本気で言っているわけではない。鬼の子やあの『山田』を刻まれた者のことは確かに心配はしているのだが、それでもこの魑魅魍寮で生きている憂姫の姿がとても楽しそうで安心するのだ。あの日からは想像もできないほど明るくなったと、思う。

 芋けんぴを咥えた憂姫がちらちらとこちらを見つめてくる。


 「ん、なに?」

 「ねえ、なっちゃん。……しようよ」


 照れくさくて頭をかくが、そんな眼で見つめられては断ることも出来ない。


 「一ヶ月ぶりだもんねぇ」


 ※


 「えーっと、屑鉄調律者を召喚して墓地からおもちゃBOXを特殊召喚。フィールド魔法天空の瞳孔を発動して効果でおもちゃBOXを破壊、デッキから忌眼カードを手札に加えます。おもちゃBOXが破壊されたので、デッキから効果を持たないモンスターを特殊召喚します。ラブラブドラゴンとドライバーフレーム。同じレベルの調律者・非調律者の二体を墓地に送って、紅神運送龍を調律召喚します。効果発動、忌眼融合を伏せることで、妖精古竜を調律召喚、効果発動でモンスター1体破壊。屑鉄調律者と妖精古竜で、紅魔龍ベリアルを調律召喚。攻撃。ダメージが入ったのでデッキ墓地からラブラブドラゴンを二体特殊召喚し、二体のモンスターで重合召喚、聖龍アテム。効果でデッキから紅眼鋼龍。効果使ってから、同じレベルの紅魔龍ベリアルと紅眼鋼龍で重合召喚、重装機関車グスタフで効果ダメージまで入れまーす」

 「ウチのターン。手札の太陽卵龍ラーは相手フィールドのモンスター三体を生贄に捧げて召喚できる。憂姫の場の、重装機関車グスタフ・聖龍アテム・紅神運送龍を生贄にそちらの場に召喚されます」

 「何そのカード。わたしのフィールドが一瞬にして焼け野原に。でも神を渡していいのかな?」

 「召喚された太陽卵龍は攻守が0。いかなるリソースにもならず、次のターンにこちらの場に舞い戻ります。そして太陽神龍に進化しますが何か」

 「……っ」

 「まだまだね。強くなりなさい」


 ※


 「大人げないよ、なっちゃん。人がせっかく綺麗に決めたコンボを!」

 「憂姫のほうが大人げないでしょ、おうまくんにあんな糞な制圧して」

 「ぷー!」

 「むー!」


 ※


 「それじゃあ、気をつけて帰ってね、なっちゃん。ボロッボロに負かしたカードゲーマーに後ろから刺されてないようにね、夜道は気をつけるんだよ」

 「なんじゃそりゃ」


 白熱した戦いを演じていたら、時間はもう夜の九時半を回っていた。魑魅魍寮の共同食堂にはいつものメンバーが集まり、夕食を食べているところだった。今日はカレーらしい。学ランにエプロンを付けたはじめ君が鍋をかき混ぜていた。

 「はじめくんはいい旦那さんになるねえ」と茶化したら耳を真っ赤にして照れていた。


 「夏姫さんもいかがですか、カレー。ちょっと多めに作ったんで」

 「あー、いいよ、気を使わなくて。10時に閉まるスーパーがあるからそこに寄らなきゃいけないんだ。もっと早く帰るつもりだったんだけど、この憂姫が勝つまでカードゲーム諦めなくてさ」


 知恵を使いすぎて糖分不足の憂姫はもうカレーをパクついている。荷物を持って玄関でスニーカーをトントンしていると、例のニュー管理人がやってきた。


 「また来てください」

 「やっぱりここは居心地がいい。憂姫が住んでいるのもわかるよ」


 と迂闊な感想を言うと、山田九十九の眼が$マークに変わった。


 「なら住んでください。家賃負けま――せんが、なんか優遇しますんで!」

 「あはは、でも一緒に暮らしている人がいるから遠慮させてもらおうかな」

 「……ち、リア充か」


 ひょんなことから殺意の眼差しを向けられたのだけど、この娘、いったいどんな過去を経験すればこんな眼が向けられるのだろう。でもまあ、ウチが恐れているような直接的な被害はなさそうだ。憂姫の言うとおり、静観が一番なのかもしれない。


 「そういえば、あそこの部屋って誰か住んでるの? 一度もあったことないんだけど」

 「あ、お仕事が忙しいみたいで帰ってくるの遅いんです。だいたい日付変わるくらい」

 「そっかー、まじめに働く特異生物も大変だ。ね、山田九十九さん、LINNEかFaithbookやってる? お友達になろうよ」


 ※


 えのき夏姫なつき

 この地区の夏の神様をやらせてもらっている。特異生物に準ずる取り扱いを受ける、八百万のひとりだ。歳はひみつ。八百万の中ではまだ赤ちゃんレベルに若い部類に入る。あのボロアパートで暮らしている冬の娘とは同い年。だから、いろいろ知っている。楽しかったことも、辛かったことも、その秘密も――。

次回:『山田はじめとクラスメイトと山田九十九』

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