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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第二章:デュラハンリーマンと恋するOL
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今日もがんばりましょうね、せんぱい。

 まどろみの中で浮かんでは消えて逝く泡を数えていた。

 遠い昔の出来事を思い出していたような気もするけれど、起きてしまってはもう思い返せない。自分はデュラハン。特異生物と呼ばれる存在。かつては違うモノだったような気もするけれど、霞がかかったように思い出せずにいた。


 そんなデュラハン――、中身が空っぽな動く鎧は万年床で眠っている。ここの寮に来て仕事を始めたばかりのころは初任給でベッドを買ったものだけど、この巨体では収まりきらず(中身は空っぽなので潰すことはなかったが)、すぐに邪魔になってしまった。そこで布団に買い替えて、ずっとそこで手足をはみ出させて眠っている。


 このボロアパートの魑魅魍寮では目覚まし時計をかければたちどころに全員目覚めてしまうため、なり始めた瞬間にすぐに止める癖がついてしまった。一度そのまま居眠りをして憂姫が殴りかかってくるまで目覚まし時計が鳴りっぱなしのときがあった。半身を起こした自分は、枕元にある目覚まし時計――に被せるようにかけてある自分の頭部を首に嵌める。

 ネクタイをし、腕時計を装着し、鞄を手に取る。朝ごはんはいつも食べない。


 「……ありがたい」


 いまの管理人になってそろそろ半月が経過しようとしていたが、最近は出かける頃には共同食堂にお弁当を置いてくれるようになった。基本的には前の晩の残りだと彼女は言っていたが、このお弁当による恩恵は計り知れない。中身はいつも唐揚げメインで、まるで漢の料理みたいな感じになっているのだけど、まあ、文句は言えないだろう。


 「行ってきます」


 まだ誰も起きだしていない魑魅魍寮に一度礼をして、駐輪場に向かう。鶏が鳴き出す頃、自分は自転車を飛ばして街を貫く川沿いを走って行く。すり抜けていく風が気持ちよくて、頬が緩んでしまう。自分の頬は鋼鉄製であるがゆえに比喩表現なのだが。


 ※


 「……おはようございます」

 「おはようございます、ヒトーせんぱい」


 小谷間まどか。

 大学院を中退してこの会社に入ってきた新人OLだ。まだ仕事に慣れていないところもあるが、朝は誰よりも早く出勤して勉強をしている。彼女がやってくるまでは、いつもオフィスで独り、朝も夜も残務処理をしていた。


 「まどかさん、いつも早いですね」

 「新人ですから!」


 自分のデスクに鞄をおろしてそう言うと、パソコンの影からひょこっと明るい笑顔が見えた。紅いフレームの眼鏡をしゃきっと、ドヤ顔であった。


 日本の女子大生というものにあまり詳しくはないのだが、彼女はとても溌剌として前向きだった。髪は墨を流したような色で肩までかかっている。前髪はパッツンに揃えてあったが、それがどこか彼女にとても似合うような気がしていた。自分が隣に立ってしまうと小さく見えてしまうが、たぶん女性の中では背の高い方なんじゃないかと思う。ただ、小谷間という苗字の呪いなのか、プロポーションには乏しいようだった。


 「今日もがんばりましょうね、せんぱい」


 頷くと、頭が転がり落ちた。


 ※


 ――フェッセンデン。

 その言葉が頭をよぎることがある。何か重要な単語だったはずなのだが、思い出せずにいる。箱庭、魔女、フェッセンデン。胸に穿たれたよくわからない紋章がうずくのだが、理由はわからなかった。ただ、ここ数年は顕著に記憶の欠落が激しくなっていることはわかっていた。


 ――この紋章が自分を動かしているのならば。

 自分は特異生物のデュラハンであるのだから、この姿で生まれ、自分自身のエネルギーで生き、それが尽きたときに死ぬのだから、あくまで妄想でしかないが、たまにこう思うときがある。何者かが何の変哲もない鎧にこの紋章を与え、自分というものが形作られたのではないか、と。


 仮にその推論に乗っ取るのならば、自分の最近の不調は、何者かによって与えられた紋章の力が喪失しつつあるということなのだろうか。記憶力も注意力も低下して、仕事の能率も極端に悪くなってしまった。この魂にぽっかり空いた切なさのようなものは、何なのだろう。


 「ど、どうかクビだけはご勘弁を!」


 とはいえ、仕事をしていかなければ、生きていくことができない。特異生物自立支援法は我々にも勤労の義務があることが前提なのだ。それが税収を上げるための施策だとはいえ、受けられる支援は非常にありがたいもの。


 『仕事をしなければ、生きていくことが出来ない』


 自分はなにか『使命』というものを忘れいているような気がしたが、部長に怒られているのでそれどこではなかった。必死に謝りながらも、心のどこかで、『自分がここにいるのはそのためではない』と言う者がいた。例えば、誰かを守る、ような。

 厨二病じゃあるまいしと見なかったことにした。


 ※


 「おつかれさまです、せんぱい。コーヒーいかがです?」

 「ああ、まどかさん。ありがとう」

 「今度は何をやらかしたんです?」

 「……営業先のお得意さんが灰皿はないかというので、自分の頭部を逆さにして使ってくださいと差し出したら、失神されまして」

 「せんぱい、それ、漫画でも見たことないです」


 ※


 「じゃあ、せんぱい。無理しないでくださいね」

 「お疲れ様でした、気をつけて帰ってください」


 小谷間さんが帰るころには始末書もある程度出来上がっていた。あとは多少の修正をして、明日の朝に誤字脱字を確認すれば大丈夫なはずだ。もうオフィスには自分しかいない。彼女が入社するまでは他の社員たちは自分の仕事で手一杯で構ってはくれず、彼女のように心配をしてくれる人がいることの大切さが最近はよくわかってきた。


 「ありがとうございます」


 と自然に口から言葉が溢れた。

 会社を出る頃には深夜12時半を回っていた。愛用の自転車にまたがり、少しあたたかくなってきた四月中旬の風を感じながら、川沿いを走って行く。月の灯に川面が揺蕩っている。コンビニの前でたむろしている不良たちに、アラミタマートの店員の少女が怒っている。この街は昨日も今日も、同じように回っている――。


 魑魅魍寮に着く頃には、すぐにでも布団に潜りたいほど疲れている。もう何年もこういう生活を続けているが、いまからの六時間ほどが自分に許された休息の時間なのだ。自転車を止めて、引き戸を引いて、共同食堂の電気がまだ点いていることに気がついた。


 この時間にはもう晩御飯を食べ終わり、風呂を済ませ、各々の部屋に帰って行っている頃だ。おうまやはじめはもう眠っているだろう(憂姫はこれからがゴールデンタイムだろうが)。だから自分は帰ってきてもできるだけ物音を立てないように部屋にはいるのだが――。


 「あ、おかえんなさい」

 「た……、ただいま」


 管理人が机に突っ伏していたが、自分が帰ってきたのに気づいて眼をこすっている。生活リズムの関係でほとんど会うことのない管理人だったが、いつもお弁当は作ってくれていた。ありがとうの一言でも言わなければと、共同食堂に上がるといい匂いがした。


 「今日はすき焼きパーリィだったの」

 「すき焼きパーティー?」

 「パーリィ。パーリナイ」


 妙に流暢な発音で、ちっちっちと指をふる管理人。


 「明日のお弁当これになるけど、だいぶ余っちゃったからさ、せっかくだし、ヒトーさんも食べよ?」

 と言いながら、共同食堂の大きな鍋に火をかける。

 「あー、わたしもお腹すいちゃった。ちょっとだけ食べようず」


 ※


 「どうかな」

 「美味しいです。こんなちゃんとしたすき焼きは初めてかもしれません」

 「えっへへー、腕によりをかえて作ったからね! はじめくんが!」

 「……美味しいです」


 ※


 「ついでにヒトーさんの部屋の掃除もしておいたから!」

 「それはそれは。ありがとうございます」


 部屋に戻ると、布団の下に隠してあった美鎧の秘蔵カタログが机に上に整理して置かれていた。



次回:えのき夏姫と柊木憂姫

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