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魑魅魍寮へようこそ!  作者: 山田えみる
第二章:デュラハンリーマンと恋するOL
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ど、どうかクビだけはご勘弁を!

 「……おはようございます」

 「おはようございます、ヒトーせんぱい」


 誰もいないオフィスでパソコンと睨めっこしていたわたしは、がしょんがしょんと入ってきた巨体の人に顔をあげる。こんなに早く来るのは彼くらいだ。ちなみに昨日この部屋を最後に出たのも、彼なのだけど。


 「まどかさん、いつも早いですね」

 「新人ですから!」


 わたしの名前は小谷間まどか。24歳。

 ある古典的で先進的な分野を研究していた大学院を中退して、この会社に入ったぴちぴちのOL一年生だ。鶏が鳴くより早くに起きだして、妹の分のお弁当を作り、朝焼け眩しい河原を自転車でかっ飛ばしていく。お仕事は他のみんなほど大変なわけではないけど、覚えなければならないことが多すぎてパニクっている毎日。


 『姉さんは抜けているから、変な男に騙されないように』


 とまだ高校生の妹に言われるほどのわたしだ。まだ入って数週間しか経過していないけれど、犯したミスは数知れず。その度に落ち込んでいるのだけど、持ち前の忘れっぽさでどっこい頑張っている。


 「ど、どうかクビだけはご勘弁を!」


 始業から二時間もしないうちに、お決まりのセリフが狭いオフィスの中に響き渡る。ヒトー先輩だった。また何かミスをやらかしたらしい。パソコンを盾にひょっこり覗くと、その巨体がぺこぺこと頭を垂れていた。部長の怒鳴り声に肩をすくめる。謝りながらいっそう頭を下げたヒトー先輩の頭部がごろりと床に落ちて転がった。


 「ああぁ、すいません。すいません。でも、クビだけはご勘弁を!」


 ヒトー先輩。

 ファンタジー小説で読むようなモンスターや日本の付喪神に代表される、『物語から出てきたかのような不思議な生き物たち』、特異生物と呼ばれている存在のひとりだ。神として人間たちを見守るもの、自然現象そのものの存在であったり、あるいは人間社会を壊滅させるほどの力を秘めた者、いろいろな存在が報道されているが、このヒトーさんはあまりに人間っぽい。

 ――とはいえ、この『人間っぽい』という表現は、人類と特異生物の差別解消法において問題視されるような表現ではあるけれど。


 ヒトーさんは鎧だ。中身はからっぽで、頭部がよく外れる。入社直後の歓迎会で聞いたところによると、デュラハンと呼ばれる存在なのだそうで、その西洋の甲冑の外見のとおり、遠くヨーロッパの地から何かを追うようにやってきたのだという。


 『女性ですか?』

 『う……』


 と困っていたところを見ると、きっと図星なのだろう。

 二メートルを超える西洋の甲冑さんは、その甲冑の上からネクタイを巻いており、手首には銀色の時計をしている。オフィスではわたしたちの規格の椅子にちょこんと座り、猫背でパソコンのキーボードをぽちぽちと叩いている(ときたま猫背が高じて首が転がる)。最初見たときは、特異生物に普通の人よりは慣れているとはいえ、びっくりしたが、すぐに可愛く思えてしまった。


 口癖は『どうかクビだけはご勘弁を!』。おっちょこちょいな性格なのか、新人のわたしよりもミスが多く、『中身のない』言い訳をしながら、よく『頭を抱えている』。しかしヒトー先輩はどこか憎めないようなヒトなのだ。


 ※


 「おつかれさまです、せんぱい。コーヒーいかがです?」

 「ああ、まどかさん。ありがとう」

 「今度は何をやらかしたんです?」

 「メモの通り発注をかけることになっていたのですが、24個と書かれているのを、2千個だと読み間違えてしまって……」

 「せんぱい、それ、漫画でしか見たことないです」


 ※


 お昼になると、ヒトー先輩は自分のデスクで小さな弁当箱をぱかりと開ける。近くの飲食店に向かう同僚が多い中、彼はほとんど毎日といっていいほど手作りの弁当だった。誰が作っているのだろうと気になってはいるが、まだ聞けてはいない。

 わたしも毎日お弁当を持ってきているので、お昼休みの一時間は必然的にヒトー先輩とふたりきりとなる。それで一緒にお弁当を食べているあいだに、仲良くなって、仕事のことも多く教えてもらうようになったのだ。


 「わたしも自転車で通っているんですよ」

 「そうですか。自分も寮から通っているんです」

 「この会社に寮なんてありましたっけ?」

 「いえ、特異生物が多く暮らしている寮です。家賃は安いのですが、ボロいです」


 そう言いながら、不格好なおにぎりをヒトー先輩は食べていた。ちなみに鎧だけで中身のない生き物がどうやってモノを食べるのかはじめのころは非常に興味があったのだが、まさかあんな方法で食べるなんて夢にも思わなかった。が、いまとなってはそれが自然という他ないだろう。本当に筆舌に尽くしがたく、これを文章で表現しようとするならば、とても表現しきれないだろう。


 わたしもお弁当を進める。もとより食べるのが遅くて、小学校の頃はいつも給食を残していたので、いくら楽しいとはいえおしゃべりばかりしていられない。今日はそぼろご飯に、ポテトサラダ、妹が好きなカニクリームコロッケだ。


 「まどかさんはいつもお弁当、自分で作っているんですか?」

 「は、はい。むぐむぐ。妹が高校生で作らなきゃいけないのでむぐ」


 ヒトーさんのお弁当はその巨体に比べると、シルバニアファミリーの家具のようだが、いかにも男の料理って感じでつめ込まれている。ラップでくるんだおにぎりに、弁当箱の中には唐揚げに玉子焼き。エネルギーが必要なのかもしれないが、野菜も食べなくては体調を崩すだろう(鎧生物のデュラハンって風邪とか引くのかなと思いつつ)。


 「せんぱい、もしよかったら、せんぱいの分もお弁当作ってきましょうか。あ、ほら、妹の分も作るのでふたつもみっつも変わんないです。もっと野菜を食べたほうがいいですよ。ね、明日からきっちり作ってきますから!」


 ――なんて言えればいいものの、むぐむぐとお弁当を食べていたら、言い出すタイミングを逸してしまう。基本的には無言なヒトー先輩とは、一緒に御飯を食べていると、こうして無言になるときがよくある。が、けっして気まずいわけではなく、とても暖かな気持ちになるのだ。


 ※


 「じゃあ、せんぱい。無理しないでくださいね」

 「お疲れ様でした、気をつけて帰ってください」


 ヒトーさんがぽちぽちと慣れないパソコンのキーを打っている。時刻はもう夜の10時半。オフィスに残っているのはわたしとヒトーさんだけだった。お昼休みが終わってからも、彼は何度も怒られていた。もはや日常的な風景である。が、ひとつちがったのは、明らかにわたしのミスであるものも、ヒトーさんが進んで怒られていたのだ。


 「今日は、ありがとうございました」

 「まどかさんはまだ新人ですから、これから覚えてもらえばいいことです。って、他人のことを言える立場ではありませんが……」

 「いえ、わたしはせんぱいのこと尊敬しています」


 とっさに出た一言で、珍しく猫背のヒトーさんが顔を上げてこちらを見た。甲冑のバイザーのその奥には何もない空間があるだけのはずだったのだけど、ものすごい視線を感じて、わたしは急に恥ずかしくなってしまった。


 「そ、それじゃ、おつかれさまでした!」


 ドアをバタンと閉めて、外に出る。四月ももう終わる。少し暖かな夜の空気を鼻孔に感じて、わたしは入り口に止めてあるクロスバイクに跨った。『ありがとうございます』と扉の向こうから聴こえて、どきりと心臓が高鳴った。


 ※


 「姉さんおかえり。どうしたの、にやにやして」

 

 ※


 わたしの名前は小谷間まどか。24歳。

 ある古典的で先進的な分野を研究していた大学院を中退して、この会社に入ったぴちぴちのOL一年生だ。鶏が鳴くより早くに起きだして、妹の分のお弁当を作り、朝焼け眩しい河原を自転車でかっ飛ばしていく。お仕事は他のみんなほど大変なわけではないけど、覚えなければならないことが多すぎてパニクっている毎日――だけど、少しずつ楽しみなことは増えてきている。


とても不思議な出来事によって、デュラハンリーマンの口調が直ったでござるよ。

次回予告:第13話『デュラハンリーマンとすき焼きとエロ本と』

次回も、ヒトーと地獄に付き合ってもらう。


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