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桃色・恋はナントカ



よく言うじゃねーか。

『恋はナントカ』って。





俺は『ナントカ』




同じクラスの南 優衣は、音痴で有名。


それは声だけに留まらず、鼻歌まで音痴で有名。


そのせいで、(おそらく)音楽の成績はボロボロ。


でも実はリコーダーを吹くのが上手い。




………小学生か。







この間、南は、学校にナポリタンを丸ごとお弁当箱に詰め込んで持ってきていた。


見ていれば、フォークの使い方が下手。


幼児の方が上手いんじゃねーの?ってくらい破滅的に下手くそ。


まるで蕎麦かラーメンのようにパスタをすする。



見る人が見たら、汚いったらありゃしない。


口にも、頬にも、何故か額にも……とにかくありとあらゆるところに、スパゲティー本体から放たれた鮮やかな赤が、飛び散ってしまっている。


それでも不思議なことに、制服には飛んでいないのだから奇跡としか言いようがない。



南と一緒に弁当を食べていた友人達に、苦笑いでそれを指摘され、

南は、持っていたティッシュで拭う。



(……なんで口を拭かねーんだ。ケチャップまみれじゃねーか。)



顔自体は綺麗になったけど、口の周りが、「これでもかっ!」ってくらい真っ赤。


それはやっぱり、とれていないケチャップのせい。



小学生じゃねーんだ、ちゃんとしろよ。




何故、南の友人達はそれについて指摘しないのだろうか。


指摘するなら最後まで責任を持て。




(嗚呼、誰か……!俺にティッシュを……!!)



なんならトイレのアレでも良いから、誰か少し巻いて持って来い。


誰も、本人すら拭かないなら、俺にあれを拭かせる許可をくれ。



寧ろ、お願いだから拭かせて下さい。






今朝は雨が降っていた。



雨の日は学校に来ること……否、外に出ること自体が煩わしい。


けれどサボりたいのにサボれないのは、無駄に真面目に育った弟を持ってしまった宿命なのだろう。




足取りが重くなりながらも、漸く学校に辿り着けば、目についたのは一つだけ半開きの下駄箱。



それは言わずと知れた、南の下駄箱。



「……閉め忘れたのか?」



優しい俺は、南の下駄箱に近付き、それを閉めてやった。



「なんで閉まんねーんだよっ!?」



…………筈、だった。






悪いと思いつつ覗いてみれば、そこには入りきっていない長靴が、

所狭しと横になって存在していたわけで。




なんて言うか無駄に黄色。


そう、それは小学生を連想させる例のアレ。





でも普通、女子高生が学校に長靴なんて履いてくるものだろうか。


否、おしゃれなレインブーツなら分かるのだが、あいにくこれはおしゃれとは言い難い品だ。



だんだん南が近所のガキに見えてきて、軽く眩暈がした。



ちなみに長靴の後ろには南本人が書いたのであろう、でかでかとその存在を主張するピーターパンの文字。



おそらく油性。


否、確実に油性。



…………何故だ、何故なんだ。



(……南は、永遠の子供でいたいのか?)



似合い過ぎて笑えない。




けれどこの長靴。


ずっと見ていたせいか、愛着が沸いてきたのか可愛く見えてきた。



(……これ以上ここにいるのは危険だ。)



俺は足早に下駄箱を後にした。







タイミングが良いのか、悪いのか。


俺が教室に入れば、南が調度その長靴について話をしていた。



「昨日ね、なんか見てるとなつかしくなる不思議で可愛い長靴買ったんだー。9800円もしちゃったよー。」



(へえ、そうなのか……。……ってオイ!!アレが9800円って高くねぇか!?)



それとも俺が知らないだけで、一昔前の小学生みたいな長靴が今は流行っていて、それくらい値を張るのだろうか。



分からない。俺には解らない。






いつだって楽しそうに無邪気に笑う南。


ちょっと変わってるくせに実は何気に顔が広い南。


ガキみたいな南。


音痴なくせに歌うのが好きな南。



どうやら俺は、そんな南のことが、気になって仕方ないらしい。




気付けば南のことを目で追ってしまって、南の声に敏感になっていて。


やたら彼女を観察してしまっている。




多分アレだ。


『恋はナントカ』ってヤツ。





「……恋は盲目、だっけか。」




俺は南が好きなのかもしれない。







そんな俺は国語の時間、普段滅多に開かない辞典で、『盲目』について調べてみる。


調べた結果は『理性を失って夢中になること』らしい。




(理性を失う、ねぇ…?)



失っているつもりはない。



……ない筈なのだが、そう言えば最近の俺は南に関することにはやたら必死かもしれない。




「うっわ……。俺、ストーカーかよ。」



どうやら口に出ていたらしく、隣の席の森本に訝し気に見られ、

慌てて口をつぐんだ。





でも。


ケチャップまみれの唇にキスしたいと思うのも。


音痴な鼻歌をベットの中で独り占めしたいと思うのも。


無邪気に笑う、その顔を誰にも見せたくないのも。



俺が『ナントカ』を失って南に夢中になってる、ってことなのかもしれない。



うん。


“かもしれない”じゃなく。


きっと俺は南が好きなんだ。



俺は南に好き、なんだ。






この日、雨は降り止むことはなくて、ジメジメとして長かった本日の学校生活も漸く終わりを告げる。




帰ろうとしたら、昇降口に例のピーターパンと書かれた長靴を履いて、ドット柄の、女の子らしい無駄に可愛い傘をさして。


校庭にできた、大きな水溜まりで遊んでいるのは、明らかに南。




靴を履いて、傘を持って、俺はその様子を昇降口から見守る。



水溜まりを蹴って、走って、ジャンプして……水溜まりに出来た波紋は落ち着くことはなくて。


それを見守る俺は、いつ南が転ぶのかと気が気じゃない。



でもそんな俺の内情なんて知らない南は、呑気に鼻歌まで歌い出した。




聞こえてくるのは下手くそな鼻歌。


音程のズレた、調子外れな、鼻歌。




「―――♪―――――♪」



なんの曲か解らないそれは、どちらかと言えば雑音に近い。




唇を突き出して、小さな鼻腔から放たれる音痴な鼻歌。


でも本人は楽しそう。






「…ったく。無邪気に笑ってんじゃねーよ。」



頭をガシガシ掻いて南を見ている俺も、他人からみたら楽しそうに見えるのかな、なんて。





高校生にもなって、黄色い長靴を履いて水溜まりで遊ぶ女を、可愛いと思うなんて、どうかしているだろうか。




もういい、認めるよ。




俺は、盲目、だ。





だから、どうか未だ水溜まりで遊ぶ彼女の可愛さに気付くのが。





俺だけでありますように。





《終》


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