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My silly days  作者: 高空天麻
邂逅
9/18

第四章ー1

「ほい、行くぞ〜!」

 気抜けするような声と共に、幾つもの光弾が空を裂いて飛来する。百は下らないその攻撃を前に、ライカはバックステップしながら右手を振るう。その軌道をなぞって雷撃が弾丸を薙ぎ払う。

 二、三度それを繰り返すが、それでもまだ半分は残っている。速度もそれなりにあり、このままでは包囲されかねない。一度大きく息を吸って、全身に力を込めた。

 すると、わずかな光と共に身体を雷光のヴェールが包んでいく。暴走時の凶悪なモノではなく、拳銃の一撃さえ止められない程度のモノでしかないが、今必要なのはそちらではない。

 ヴェールが身体に完全に定着した瞬間、ピリッとした衝撃が伝わった。瞬間、ライカの動きが加速して、一気に光弾との距離を開く。片足でターンし、さっきまで彼女がいた場所に殺到していた光弾をまとめて電撃で消し飛ばす。

 超速度・高威力の電撃に目を奪われがちだが、彼女の能力〈獣因り〉の本質はむしろこちら。チートと言えるほどの肉体強化こそがこの能力の真骨頂。記録上だと、元の身体能力の約百三十倍まで引き上げた者もいるらしい。

 今のライカでは約二倍が限界だが、カリヤの言によると使い慣れるかライカ自身の成長に伴って使用時間や強化範囲も伸びていくらしい。その辺はこれからの訓練次第だろう。

 強化と雷電を上手く使い分けながら、光弾の全てをはじき落として、一気にコウイチの元へと駆け出す。新たに生み出された邪魔をしてくる弾丸を払いのけて、吐息と共に両手に力を集め、左手からこれまでの数倍大きい稲妻を放った。

 当然彼も左手を上げて迎撃するも、放電の影響で一瞬視界はふさがれてしまう。視力が回復したその時には、すでに彼女はコウイチの懐に潜り込んでいた。とっさに右手を突き出してこちらの動きを止めようとするが、それをすり抜けて彼の胸に掌底を叩き込む。

 インパクトと同時に、右手に込められた雷撃が彼の身体を襲い、膝を着かせた。

「痛ってて……。うし、今日はこれで終わりにしようか。……うう〜、何度食らっても慣れないぜ」

 相当の威力だったはずなのだが、少し顔をしかめる程度ですんでしまう彼は私以上の化け物だ。そんな事を考えながら苦笑して、思いっきり伸びをする。

「う〜ん……。そういえばコウイチさんと二人になるのは初めてですね。あの二人はどうしたんですか?」

「おれの事も呼び捨てで良いぞ〜。あの二人なら、この近くの任務を片付けに行ってんだとさ」

「そう、ですか……」

 少し残念そうに表情をかげらせる彼女に、コウイチは人の悪い笑みを浮かべて言った。

「惚れたか〜?」

「ブッ!?」

 顔を真っ赤にして噴き出していた。もの凄くわかりやすい。と言うかわかりやすいにもほどがあるだろうというリアクションだった。どうやらこの手の質問に耐性がないらしい。まあ、彼女の生い立ちを考えればおかしくはないのだが。何度か咳き込んでようやっと落ち着いたらしいライカが、恨めしげに睨んでくる。

「何でそんな事聞くんですか」

「人生の先輩として忠告だ。良いか〜……」

 そこで一瞬ためらうように言葉を止め、いつも以上に緩んだ瞳で続ける。

「アイツ、ホモだぞ?」

 ビキリ、と少女の時間が止まった。口を開けたまま十秒ちょっと固まってしまう。どうやらもの凄いショックだったらしい。どのくらいと聞かれれば、顔から全ての血の気が引くくらいに。予想以上の反応に、思わず腹を抱えて爆笑してしまった。

「というのは冗談でだな〜……」

「一度死んでください」

 亡者のような呻きが聞こえたと思った瞬間、雷を纏った拳が振るわれる。紙一重で躱すも、その一撃で彼の周囲の空気が震えていた。先ほどの攻撃とは桁違いのその威力に、暑くもないのに滝のように汗が背中から流れ落ちていくのがわかる。

「え、っとだな〜……」

「何ですか、何も言わずに死んでいただけませんか」

「いやなんでもないです、本当にすいませんでした!!」

 こちらに向けて全力で殺意を振りまいてくる少女に、全力で土下座を敢行する。もうそれくらいしないと許してくれないだろう事が容易にわかる、凍てつくようなオーラの前に百戦錬磨のはずのコウイチが完全に白旗を揚げていた。

 それを見て、少しは許す気になってくれたのかフンと鼻を鳴らして普通の口調で話を振ってくれた。

「それで? 忠告って一体なんですか?」

 その言葉に、土下座を崩して立ち上がろうとしたコウイチだったが

「誰が崩して良いと言いましたか?」

 一瞬で再び頭を地面にこすりつける事になった。訂正、まだまだ許してくれる気はないらしい。

(ヴェイン、もしかして尻に敷かれてたのか〜?)

「え、え〜と、話しても良いかな?」

「どうぞ」

「アイツに惚れたんだったら、気〜付けた方が良いぞ」

「ホモだから、ですか?」

「ごめんそれ忘れてください。そ〜ゆ〜んじゃないんだ。……むしろそれよりももっと質が悪いかもな」

「どういう事ですか?」

 声が怪訝そうな色を帯びる。顔を上げると、早く言えと全身で伝えてきているので、どう言えばいいか少し考えてから口を開く。

「アイツ、優し〜だろ?」

「? ええ、そうですね」

「アレがアイツの良いとこだよな。誰にでも優しく、分け隔て無く手をさしのべる。イヤ、ホントすげ〜よ。おれにゃ〜絶対真似できね〜」

 その言葉に、ライカは何故か自分が褒められたような気がして、思わず頬が緩む。あの時もそうだった。私はもうすでに彼に二回助けてもらったのだから。それは言われなくともよくわかっている。

「でもな〜。それが、アイツが知らないうちに人を傷付ける原因にもなってるんだ」

 しかし、少し舞い上がった心はすぐに墜落させられる事になった。

「アイツはホントに優し〜んだ。……でも、その一方でアイツは好意を受け取る事に慣れてね〜。人を助けるのはアイツにとっては日常で、そのことによって自分が誰かの特別にはならね〜と思ってるんだ」

 助けるのが、日常。

 特別にはならない。

 その二言が、ことさらに彼女の心を抉る。考えてみれば、確かにそうだ。助けてもらう側にとっては滅多にない事だ。ひょっとすると、命の危機から救ってもらうなんて一生に一回あるかないか、だろう。

 でも、彼のような助ける側から見れば全く違う。彼にとって、それは普段から行っている事にすぎない。命を救うのが普通だから、そもそもそこに特別性を感じる事もないのだろう。

 あの少年にとって、今の少女は特別たりえない。

 その結論に、ライカは自分の頭の中がぐちゃぐちゃになっていくのを感じた。もしかしたら、と思っていた事があり得ないと自分で納得してしまった分、余計にショックが大きかった。

「ま〜、アイツがその感情に鈍いのはそれだけが理由じゃないんだがな。自分がそもそも誰かにそ〜ゆ〜感情を向けられる位置にいちゃいけない、とか考えてるヤツだから」

 そういう感情、つまり「好き」や「一緒にいたい」という思いを向けられてはいけない、と言う事だろうか? 意味としてはわかるものの、全く理解できない。そもそも人というのは、少なからずそういったコミュニケーションを欲するモノではないだろうか。ライカがヴェインと一緒にいたいと思ったように。

「何で……?」

「アイツの能力は、虚空の力が関わるモノを操るって能力なんだ。それって究極的には人間の行動も、思考も操作できるって事になるらしいな〜。んで、完全ではなかったもののアイツも自然覚醒したクチでな。しかもその原因が目の前で両親が殺された事による精神的ダメージだったもんだから、アイツは知らぬ間に覚醒していた能力で、周りをマイナスの方向に引っ張りやすくなっちまったんだ」

 例えば彼と一緒にいるといつもよりもケガしやすくなる。例えば彼と遊んでいると物をよく落とすようになる。例えば、彼の友達でいようとすると、事件や事故に遭いやすくなる。

 言うなれば、人を不幸にしてしまう。

 そういった現象を、彼は知らない間に起こすようになっていたらしい。

「精神的ショックで目覚めた異能は、アイツの中にある死のイメージに強く結びついてしまって、結果周りの人を干渉するよ〜になった。そのせいで、アイツは人と接する事が出来なくなった。ほんの一年前までな。……だからアイツは人に好意を向ける事には出来ても、その逆は出来ないんだ」

 そもそも、人に触れていなかったから。人の好意を受け取って、その人を不幸にするわけにはいかないから。だから、彼は自分から人間に近付くのをやめたのだ。

 人を助ける位置に身を置いているのもそこに起因しているのだろうか、とライカはつたないながらも想像する。これまで人を傷付けてきたから、今度は助けたい。そんな風に思って、誰にでも手をさしのべる。

 もちろん、全て彼女の想像にすぎない。全く別の理由があるかもしれないし、そもそもそんな理由なんて関係なく人を助けているのかもしれない。

 でも、彼の行動を見ている限り、この想像が一番近いような気がする。

 「優しい、んですね。本当に、悲しいくらいに……」

 カリヤのあの性格なら、自分のせいで人が傷付くような事があれば精神的に一番傷付いているのは彼だろう。誰よりも深く傷付き、自分の事よりも何よりも他の人の事を思うが故に手に入れた、優しさ。それが、彼の強さなのだろう。

 でも、その優しさはどこか歪んでいる。その聖母の慈悲にも近い心は、彼自身にだけは向けられていないのだ。徹頭徹尾、他人の為。自分よりも、他の人の事を先に考えてしまうからなのだろう。

 ポツリと呟いた少女に、コウイチは緩んだ瞳のまま言葉を紡ぐ。

「だから、アイツに恋すると辛いぜ? 何せ、振り向かせる事自体がそもそも難し〜んだ。同じようにアイツを好きになって、敗れていった奴らをおれは何人も見たよ。……リスクは半端ね〜ぞ?」

 その言葉に、ライカは自分の心にもう一度問いかける。でも、考えるまでもなかった。答えはもうすでに彼女の中で定まっているのだから。

「それでも、私はカリヤと一緒にいたい」

 そう、それで充分。それ以上でも、それ以下でもない。声に出して言う事で、ハッキリと固まった。

 彼と一緒にいたい。自分と二つしか違わないのにとても強い、なのにどこか危なっかしい、そんな彼を支えたい。そばにいたい。好きになってもらえるか、なんて二の次だ。

 我ながら大胆な発言と思考だと思う。その証拠に、顔は火が出るように熱くなっているし、心臓はもの凄い速度で脈打っていた。

 でも、その苦しさが何故か心地よかった。

(あ、もしかして……)


 これが、恋なんだろうか……?


 瞬間、鼓動が跳ね上がるように強く脈打った。運動もしていないのに息切れしそうなほどに苦しい。なのに、それは痛みでもあり、悦びでもあった。

 そんなどこか矛盾した状況に悶えている後輩の少女を見て、コウイチは苦笑しながら言った。

「そこまで自分で決めてんなら、も〜おれから言う事はね〜よ。がんばれ、恋愛少女」

「……はい!」

 顔を赤らめながらも、力強く答えるライカ。うん、と頷いてコウイチはポツリと言った。

「ところで、そろそろ正座崩しても……」

「もちろんダメですよ?」

「うぅ〜……」


 二人で村に戻ると、ばったりヴェインに会った。

 目深にフードを被って、村の人々に一目で私だと気付かれないようにはしていたのだが、彼の前にはそんなもの役に立たなかったらしい。

「あ……えっと」

「うん、久しぶりだね……」

 暴走する前にあった時には、相当酷い事を言ってしまった事もあって、顔を合わせづらい。ヴェインの方も少しぎこちない表情をしていた。それを見て取ったコウイチが間に入る。

「よ〜、ヴェイン。元気か?」

「あ、はい。とりあえずは元気です。……ライカはどう?」

「私も元気だよ。この頃ようやっと力の方も安定してきたから」

「そっかぁ。良かった……」

 しみじみとそういって、安堵したように息を吐く。酷く拒絶したのに、それでも彼は心配してくれていたようだ。それだけで、無性に嬉しくなってくる。

 その後も、コウイチが上手く間に入ってくれたので数分話をするだけで昔のように二人で話せるようになっていた。冗談を入れられる程度にはぎこちなさも取れた。

「そっか……。じゃあ、やっぱりライカは村を出るんだね」

「うん。私にとっても、他の人たちにとっても、もうここにいない方が良いと思うの」

「そうだね。……さびしくなるなぁ」

「また会いに来るよ。今度は、『スクール』の一員として、ね」

「それよりも、お客さんとして頼むよ」

 二人でクスリと笑い合う。コウイチは少し前から二人でも大丈夫だろうと一歩後ろに下がって、壁により掛かりながら船を漕いでいた。

 十分ほど話しただろうか。ヴェインが時計を見て、残念そうに言った。

「ごめん、そろそろ仕込みの方に行かなきゃいけないんだ」

「うん、またねヴェイン」

「またね、ライカ」

 握手をして、ヴェインは走っていった。その足は思ったよりも早く、彼の背がみるみるうちに小さくなっていく。ポン、と肩を軽く叩かれた。見れば、コウイチがいつの間にか目を覚まして隣に立っていた。

「楽しそうだったじゃね〜か。よかったな」

「……うん」

 行こう、と言ってコウイチが歩き出す。その後ろについて行きながら、さっきの会話を思い出して小さく微笑む。足取りは訓練に出る前よりも軽かった。



 時は少し遡る。

「ぶふぇえっくしょい!」

 カリヤは盛大なくしゃみをぶっ放していた。体調管理は完璧にしているので、少し冷えたのだろうか。心なしか、肌寒いような気もする。

「カリヤ、大丈夫?」

「ああ、問題ない」

 震える彼を見て心配そうに聞いてくるアトリに、ヒラヒラと軽く手を振って答える。上着の前を閉めたが、暑すぎて一瞬で再び開いてしまった。夏の日差しに黒の上着は無謀だったかもしれない。

 その一部始終を見ていたアトリが隣でクスクスと笑うのに、小さく唇をとがらせる。

「何だよぉ」

「ううん、おかしくってつい」

「イジワルだよなぁ、相変わらず」

 むくれたまま少し足を速める。ちょっと待ってよと言いながら小走りでアトリが追いかけてくる。

「ただの冗談よ。……そういえば、洞穴で何か見つけたみたいだけど」

「ああ、コレか?」

 ポケットから蒼色のクリスタルを取り出す。陽光を受けて七色に輝いているソレに、アトリは目を細めた。ソレは、鉱石の中でもこの辺りでしか手に入らないものだったはずだ。軽くて加工しやすいのでほしがる人は多い。売却でもするのだろうか。

「コレ、確か雷の力を宿してるだろ。アクセサリにでもしてやれば、ライカの異能を強化できるかな、と」

「ああ、なるほど……」

 納得して頷くと、彼はソレを再びポケットに戻した。二、三歩進んでから隣のパートナーが機嫌悪そうにふくれているのに気付いて足を止める。

「え、とアトリさん? 何でそんなに怒っていらっしゃるんですか?」

「……たことない」

「へ?」

「私、もらった事ない」

「……アクセサリの事か? あれでもアトリってそういうのが嫌いだったんじゃ、ってグボァ!?」

「……ふん。バカ、女たらし」

 脇腹に強烈な一撃を受けて悶絶している彼を放って、アトリは一人でさっさと行ってしまった。

(俺、なんか悪い事したっけ……?)

 実はアトリも欲しかったのだろうか。しかし、この鉱石は滅多に取れないおまけに取れるところがかなり限られている。そうすると、他の物を見繕って贈らないと、後で壮絶な死亡フラグに繋がりそうな気がする。でもそんな理由で女の子にプレゼントってやだなぁ、なんて考えていたら、ちょうど良く口実が見つかった。

「なあ、アトリ」

「……何」

「この任務に出る前にアトリに励ましてもらったじゃんか。それに、これまで何度も助けてもらったけど何一つとしてお礼できてないじゃん? だからなんかお礼したいな〜って思ったんだけど、何か欲しい物とかある?」

 かなり苦しい理由だというのはわかっている。殴られてもおかしくはないという事も理解している。なので、怒っているような素振りが見えたら速攻で逃げられるようにしながら尋ねる。

「……何でも良いの?」

「俺が出来る、もしくは買える範囲でな。その中でなら、まあ何でもアリ」

「そうね……」

 腕組みをしながら考え始める。いくつか思いつきはするものの、どれか決めかねているようだ。後で言ってくれても良いぞ、と言おうとした時、アトリがこちらを向いて言った。

「髪留め。丈夫なのでお願い」

「良いけど……今のと同じのか?」

「これはもう売ってない。作ってた所が潰れちゃったから」

「そっか……。俺が選んで良いの? それとも良いのを教えてもらって……」

「カリヤが選んで」

「買ってくるって、話してる途中で言うなよなぁ……。まあオッケー。良いの探してみるよ」

「うん、楽しみにしてる」

 そんな話をしている間に、村の端に到着した。コウイチ達も、もう訓練を切り上げて戻っているだろう。そう思いながら宿の方に足を向けた時、ちょうどそこを人に呼び止められた。

「あ、カリヤさん! お疲れ様です」

「おお、ヴェインじゃん。仕事か?」

「今終わったところですよ。カリヤさんもですか?」

「ああ、北にある街の依頼を片してきたんだ。今からあの二人と合流するけど一緒に来るか?」

「いえ、さっき話できたんで良いです。元気そうだったんで安心しました」

「そうか……。わかった、また会いたくなったらいつでも言えよ?」

「はい、ありがとうございます。……あの、カリヤさん」

 そこで少し声のトーンを落として、近付いてきた。

「あとどのくらいで出るんですか……?」

 どこを、なんて聞く必要はなかった。少し間を開けて、同じくらいのトーンで答える。

「もう大体能力を制御できるようになってきているから、三日か四日ってところか。一週間はないと思って良い」

 この三日間、ライカは必死に努力して自分の異能をある程度コントロールできるようになっている。出力はまだ安定していないものの、暴走する可能性はもうほとんど無いとカリヤ達は踏んでいた。そうすれば、ここに長居させる理由は一つを除いて無いと言っていい。

「そう、ですか……」

「……なんだ、何ならお前も一緒に来るか?」

「いえ、僕は僕で動きます。ご心配ありがとうございます」

「ああ……。何かあれば言えよ」

 ポン、と少年の肩を叩いて歩き出す。ヴェインは少しの間考えるように立ちつくしていたが、やがて小さく呟いた。

「……行くか」


 カリヤ達が宿の前に戻ると、ライカとコウイチがちょうど中に入ろうとしていたところだった。

「おーう、二人とも!」

 呼びかけると、コウイチはふにゃけた笑顔を浮かべ、ライカは少し恥ずかしそうにはにかんでいる。何か良い事でもあったのかな、なんて考えてると、急に背中に強烈な寒気が走った。アトリを見ると、何故かまた機嫌悪そうな目付きになっている。

「あ、アトリさん……?」

「……何」

 超怖い。

 本気で逃げたくなるような視線に、ナンデモナイデスと言って二人の元まで歩いていく。

「どうした、なんか良い事でもあったのか?」

 多分ヴェインと和解できた事だろうな、と思っていたらライカは花開くような笑顔でこう言った。

「はい! 二つも良い事があったんですよ!」

「へ? 二つ?」

 一つはあの少年の事だとわかるのだが……だとすればあと一つは何だろう。

「ふうん……、何があったんだ?」

「後で話します。それより、私も聞きたい事があるんです!」

 グイ、とこちらに身を乗り出してくるライカに、思わず一歩後ずさってしまう。彼女の後ろで二人が、「おお、女の子強いな〜」「……私も女の子」なんて会話をしていたが、それをきちんと聞く余裕はカリヤにはなかった。

「お、う……なんだよ?」

 引きこもりとして対人スキルが低いだけでなく、女子との付き合いが皆無に等しい彼にとってこんなシチュエーションは未知の領域である。それを見て取ってか、ライカはさらにたたみかける。

「あの、カリヤさんって……!」

 しかし、言葉は途中で切れ、ライカの表情が驚愕で染まっていく。カリヤ達が何かをした訳でもなく、また突然の事だったので彼らも対応が遅れてしまった。


 ライカの全身が、蒼い光に包まれたのだ。


(暴走……!? このタイミングでか……ッ!)

「ライカッ!?」

 とっさに異能を発動させて、左手を彼女に伸ばす。今ならまだ間に合う。触れれば、それだけで引き戻せる。

 しかし、彼の左手はライカに、正確には彼女の全身から放たれた蒼い光に弾かれた。雷光のヴェールはまだそれほど厚い訳でもなく、この程度ならば干渉して打ち消す事が出来るはずなのに。

 そして、カリヤはそれに触れた瞬間に妙な気配を感じていた。

(ライカのだけじゃねぇ、もう一つ別の異能がコイツに干渉してやがる……!)

 彼の思考に答えるように、背後から良く通る声が響いた。

「ダメですよ、カリヤさん。その程度じゃ、僕の異能は壊せません」

 振り向くと、そこに立っていたのは一人の少年。歪な笑みを口元に宿し、左手に蒼い力を迸らせた異能者。

「ヴェイン、お前もだったのか……?」

「と言うよりも、僕が始まりなんですよ。僕がこの異能--〈人形使い(マニピュレーター)〉に目覚めてから全てが始まった」

 そうして話している間にも、背後から感じる力は濃密且つ強大なものに変化していく。すでに初接触の時よりも凶悪で、救いようのない領域まで踏み込む一歩手前というところまで。

「テメェ、今すぐその力を解除しろ! 友達なんだろ、大切な人なんだろう! 何でこんなことするんだよ!?」

「大切だから、ですよ。こうでもしないと、彼女を救う事は出来ないんです。……まあ、アナタにはわからないでしょうけど」

 それよりも、と少年はその表情をさらに歪ませる。その顔は彼らが知っていた、大事な少女を心配していたそれとは似ても似つかない。

「僕の方ばかり見ていていいんですか? 周りも見ないとケガしますよ?」

 彼の左腕が一層強く輝く。すると、それと同時に幾つもの足音が聞こえてきた。数十、いや数百だろうか? 見回せば、身体のどこかしら一カ所に蒼い紋様を刻み込まれた村人達が、虚ろな目とゾンビのような足取りで三人を取り囲もうとしているところだった。

「そうか、さっき言ってた仕込みってのは!」

「ええ、このためです。まあ、僕一人で全てに触れて操る訳にもいかないから、うちの店の売り物に力を忍び込ませたり、人から人へと感染させたり、いろいろやりましたよ。全員身体強化もかかっていますから、それなりに強いです。それに、優しい易しいアナタに、彼らを殺して僕の所まで来る事が出来ますかね?」

「……テメェ」

「そんなに睨まなくとも、僕は村長の家の前にいますよ。少なくとも、ライカの拘束は僕自身を倒さないと解けませんからそのつもりで。では、健闘を」

 言うだけ言って、ヴェインは人の波の中にその身を消した。

「待て!」

 叫んで追おうとするも、行く先を操られた村人達が塞いでしまう。避けて先に進もうとしたが、多方向から別の人間が襲いかかってくる。右手刀を敵の首に、左拳を鳩尾に叩き付けて吹っ飛ばし、目の前の男の足を折ろうとして、

「……ああああああああ、くそがッ!」

 折れずに足払いをかけて近くの人に向かって投げる。殺せないし、下手に傷付ける事も出来ない。彼らは元々単なる一般人でしかないのだ。操作されているだけの人間を、どうしても敵として処理できない。

 そして、そんな彼にさらなる暴虐が襲いかかる。

 爆音と共に、雷を宿した拳が振るわれた。左手を上げて受け止めるも、その衝撃で動きが止まった一瞬を狙って他の人たちが殺到する。ライカの腹に蹴りを入れて牽制し、飛び込んできた人々を殴り、蹴り、投げ飛ばす。

 そこまでしても、さっきの場所から五メートルも動いてない。一般人に対して限界まで手加減をすればライカの猛攻に耐えきれず、かといって彼女の強さに合わせて力を振るえば人死にが出るかもしれない。

 おまけにライカは前回よりも遙かに力を増しており、村人達はこちらを傷付ける事に一片の躊躇も持っていない。

 まさに絶体絶命だった。このままだったら、村長の家にたどり着く事すら危ういだろう。


 そう、このままなら。

 だが、彼は決して一人ではない。

 カリヤの背中に向かって飛びかかろうとしたライカに、紅の渦が襲いかかり少女を包んで吹き飛ばす。一瞬遅れて彼の背後に立つのは金と紅の入り交じった炎を纏うコウイチ。

 さらに、こちらに近付いてきていた人々が、凶悪な勢いで振るわれたテーブルに叩きのめされた。一撃で原形を留めないほどに砕けたテーブルの脚を放り捨てるアトリ。

 その、二人の頼もしい乱入者を横目で見て、カリヤは小さく呟く。

「考える事は一緒、かな?」

「ったりめ〜だろ。つ〜か、いつもこんな感じだろ〜が」

「コウイチが派手な陽動、私が雑魚散らし兼遊撃、カリヤが指示して弱点攻撃、でしょ?」

「だな」

 一瞬だけ視線を合わせて、唇の端を吊り上げる。

「んじゃ、コウイチはライカを、アトリは村の人達を頼む。俺はあのクソガキをとっちめてくるわ。……気を付けろよ」

「オッケ〜。……ったく、骨が折れそうだぜ」

「了解。カリヤも気を付けて」

 一気に目前の包囲を突破すべく、体勢を低くしていきながら、カリヤはリーダーとして命令する。

「命令は二つ。死ぬな! そして、殺すな!」

「了解!」

「りょ〜か〜い!」

 こちらに飛び込もうとしていたライカの元へ、コウイチが一息で肉薄して火球を投げ付ける。回避しきれずに再び炎に包まれる彼女をさらに村の端へと弾き飛ばして、彼自身もそちらへ飛んでいく。アトリが進路を確保する為に、彼の前に立ちはだかる敵をまるで紙のように蹴散らしていった。

「行くぞ!」

 叫ぶと同時、アトリが作ってくれた通路を一気に駆け抜ける。すれ違いざまにアトリが挙げた手にタッチし、そのまま加速して村の中心へと走っていく。村のほぼ全員があそこに集まっていたらしく、数人を倒しただけで彼は長老の家の前にたどり着いた。

 振り向けば、ここまで小さな破砕音が聞こえ、爆炎と豪雷が躍るのが見える。

「あれ、思ったよりも早かったですね」

 家の影から、ヴェインが姿を現す。口元にはさっきと同じような余裕の笑みが変わらずに宿されていた。

「一つ聞くぞ。お前、俺に勝てると思ってるのか?」

「勝つ気はありませんよ。僕に出来るのは時間稼ぎが精一杯。そうでなければここまできちんと計画を立てる事もなかったし、こんな魔法を使う事もなかったでしょう、ね!」

 吐息と共に彼の右手が輝き、カリヤの体内でビキリという音が響いた。特にダメージはなかったものの、彼が身体に刻んでいた最後の切り札である肉体強化魔法が全て封じられた。

(……!?)

 虎の子を潰された事に驚いて、カリヤの身体が一瞬固まった。その隙を逃さずに、ヴェインが動く。

「しっ!」

 思った以上に滑らかな挙動で接近し、腰のショートソードを抜いて相手の腰辺りを狙って横薙ぎに振り抜く。

 ギィン! と音が鳴り、火花が散った。ヴェインの抜きざまの一撃にもカリヤは反応し、腰の鞘から十センチほど剣を抜くだけでそれを受け止めてしまったのだ。渾身の一打を止められた反動で動けない少年に蹴りを入れて下がらせながら、カリヤも自らのロングソードを抜刀する。

 腹の痛みに顔をしかめながらも油断無く構える彼に、カリヤは心からの賞賛を贈った。

「いやいや、本当にすごいなお前。今の剣技もそうだけど、まさかこんな魔法を仕込まれてるとは思わなかった。アレだろ、初対面の時の握手の時にやったんだろ?」

 彼と握手した時に走った電流のようなものは、おそらくこの時の為だったのだろう。全く気付く事が出来なかった自分に苦笑していると、ヴェインも苦々しく笑いながら言った。

「ええ、まさにその時ですよ。出来ればこんなもの使いたくなかったんですけどね。あなたの身体に流し込む魔力の量が多ければあなたに気付かれるし、逆に少なければこれは発動してくれませんから。あのさじ加減は自分でも良くできたなと思いますよ」

 まあそれでも、と少年は再びその端正な顔を歪ませる。

「こうまでしないとあなたとの実力差は埋められなかった。こっちはあの二人を倒せるだけの戦力がなければ話にもならないおまけに、一対一で負けても作戦は頓挫してしまう。最低でも、アトリさんかコウイチさんが倒れるまでは粘れるようにする必要がありましたからね。……それより、喋っていていいんですか? 時間が経てば経つほど、あなた達は不利になっていきますよ」

「ん? いや、そっちは別に心配してないよ。あの二人なら自分でどうにでも出来るだろ」

 仲間達と別れ、最後の切り札までも封じられたとは思えないほどに軽い口調でそう言い放ち、彼は改めて剣を構え直す。

「ま、無駄話はこの辺でやめて、仕切り直しにしようか」

「ええ、やり直しましょうか。……殺し合いを」

 ショートソードを握り直しながらそういうヴェインに、カリヤは笑いながら答える。

「いや、殺し合いなんてしないさ。今からするのは……」

 その柔らかな笑みには全く不釣り合いな、濃密な殺気を放ちながら、

「自分の好きな子もろくに守れないクソガキへのお仕置きタイムだ」

 彼は、高らかに宣言した。


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