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My silly days  作者: 高空天麻
邂逅
3/18

第二章ー1

長いので、二つに分割します。

 『スクール』。

 世界でも第二位の勢力を誇る、その名の通り世界中に学園を設立しそこを拠点として活動している組織である。

 人間の体に眠る異能の開発・研究を特色としており、『スクール』関連の学園に在籍している学生は強弱の差はあれ、皆何かしらの異能に目覚めている。

 完全実力主義を掲げており、若くても実力があれば要職に就く事が出来ることもあってか、多種多様な人材が世界中から集まっていた。

 カリヤが所属・在籍しているのもそんな『スクール』の学園の一つである。



 アラームが静寂を引き裂いて鳴り響く。うめきながらも手を伸ばして時計のボタンを叩き、彼--カリヤジュンは体を起こした。

 少し頭がぼーっとしているものの、二日ぶりに自室のベッドで寝たからか、疲労は全て抜けている。

 軽いストレッチと洗顔で意識を覚醒させた。鏡を見ると、目つきの鋭い悪人面がこちらを見ている。寝癖だらけの黒髪を無理矢理直してから、パジャマ代わりのTシャツ短パンから『スクール』指定の学生服に着替えた。

 学生服、とは呼ばれているもののある程度までの戦闘までなら耐えられるようにされている辺り、普通の学生服とは素材が違う。

 色に指定はないものの、カリヤはいつも全身黒で統一していた。チームメイトのアトリに「いつも同じカッコ」とつっこまれそうだが、特に気にしていない。

 最後にもう一度戻らない寝癖を直そうとするも、結局諦めて部屋の外に出た。

 カリヤが住んでいるのは『スクール』の学生寮の一室。間取りは普通のワンルームマンションに似ているが、台所だけは食堂が部屋を出て数分とかからない場所にあるため存在しない。いわゆる自炊派は常時開放されている調理室で料理をするようになっている。

 財布と携帯がポケットに入っているのを確認してから部屋に鍵を掛けると、それと同時に向かいの部屋から眠たげな少年が出てきた。

「よう、コウイチ。おはようさん」

 彼はクバライコウイチ。カリヤと同じ時期に『スクール』に入り、何度か話をしているうちに意気投合していった数少ない友人であると同時にチームメイト。役割としては、後方からの射撃と魔法による援護と大規模攻撃を担っている。

 カリヤと同じ黒髪黒目だが、明らかに放置されている、寝起きのカリヤより酷い寝癖だらけの頭に、やる気なさそうな半眼の瞳は眠気で濁っている。猫背気味の体からはやる気というものが全く感じられず、変わりに周囲に充分影響を及ぼしそうな眠気と怠惰を垂れ流していた。

 コウイチは半眼--というか、九割閉じている目をほんの少しだけ開いて、こちらを見る。

「ん〜、あ〜カリヤか。おはよ、そしておれは眠いからちょっと寝るわ、おやすみ〜」

「いやちょっと待て!」

 扉を開いて再び部屋に消えようとする彼を必死に止める。彼は目を離すと、比喩抜きで一日中寝続けるような万年寝不足男である。

 『スクール』はいろいろとぶっ飛んではいるものの一応学園として機能しているので単位を取らなければならない。しかし彼は基本全ての教科をさぼりまくっていたので、絶望的に出席日数が足りていない。

 これまではカリヤが叩き起こして必須科目の単位は取っていたものの、これ以上休み続けると必要科目の単位も落としかねない。本人は授業に参加させられる事に迷惑そうな顔をしているものの、同じチームに所属している以上彼が補習を受けるとこっちもとばっちりを食いかねないのだ。

「なんだよ、カリヤ。おれには昼寝という素晴らしい仕事があってだな……」

「それを仕事とは言わない。さあ、今日も健全な一日を送ろうか」

「イ〜ヤ〜だ〜!!!」

 本気で抵抗するコウイチの首襟をつかんで無理矢理引きずっていく。

 食堂はすでに多くの学生が集まっていた。全国各地から多種多様な人材が集まっているためか、机の上の料理も様々なものが揃っている。

 カリヤもコウイチも各々で好きなものを頼んで、空いている席に適当に座る。すると、後ろから見知った少女が声を掛けてきた。

「おはよう、二人とも。合い席、良いかしら?」

「お〜、アトリ。おはよーさん」

「おはよう。良いに決まってるだろ、いちいち聞かなくても良いぞ」

 律儀に聞いてくる相手に苦笑気味に返しながら、広げ気味だった料理を自分の方にまとめる。

 ありがと、とお礼を言って静かに腰を下ろしたのはアトリ・レインフォール。一点の混じりもない白髪に澄んだ紅を宿した鋭い瞳。すらりとして女性らしい丸みを帯びた身体は、しかしそこに弱さという言葉は存在しない。

 年齢こそカリヤ達と一緒の十七だが、『スクール』に所属してまだ一年もたっていない彼らと違って彼女は幼い頃からいくつもの戦功を上げているエリートの一人である。

「今日の任務(じゅぎょうは?」

「まだ何も届いてないよ。そのうち来るんじゃないかしら、昨日のは軽かったし」

「ん〜……昨日のアレを軽いと言える辺りがやっぱこのメンツの異常性を表してるよな〜」

 コウイチが眠たげな顔に苦笑を浮かべながら呟く。しかし、それにアトリは当然のように答える。

「そもそも昨日の傭兵はどこの組織にも所属していない雇われものよ? そんな奴らに『スクール』のメンバーが負ける方がおかしいわ」

「ま〜ね〜。『アイテム』は実質同盟してるけど、『グループ』の奴らとかだったらまた違ってただろ〜な」

 この世界には国家と等しい、もしくはそれを上回るほどの力を持った組織がいくつか存在する。全世界第一位の『グループ』を始め、『スクール』・『アイテム』・『サイエンス』・『オカルト』・『モンスター』・『アルケミー』等々……。そういった組織が各々の得意とする分野の技術を究め、双方が負けまいと互いの技術を解析・転用することでこの世界は今の発展を手に入れた。

 ゆえに、どこにも所属していないフリーの傭兵といずれかの組織のメンバーでは、その時点で組織側が何かしら有利にあるという構図が出来上がる、という訳だ。

(ま、軽いと言っても俺ら一人あたり、二十人分は首の骨折ってるけどな……)

 一年前には全く想像していなかった超展開に、心中で小さくため息をついたその時、三人の携帯が同時に鳴った。それぞれに画面を見て、内容を確認する。目を合わせると、それで全てが伝わった。

「噂をすれば……だな」

「ほら、コウイチ。あなたのお望みの面白い任務が来たかもしれないわよ?」

「いや〜、望んでないんだけど、な〜……」

 一度息を吐き、グラスの水を一気に飲み干す。二人も同じように一息つくのを待ってから切り出す。

「どうする、俺はもう出るけど」

「ん、待ってよ、私も行く」

「オイオイ、おれだけ置いていくなよ〜」

 結局、三人とも同じタイミングで食堂を出たのだった。



 作戦指揮三十七号室、そこがメールで指定された集合場所だった。……少なくとも、そのはずなのだが。

「いやもう慣れたけどさぁ、あの先生いつものことながら全然来ないんだけど?」

 集合時間から三十分ほど経っていた。三人とも指定時間の十分前には着いていたので少なくとも四十分は待たされている。

「この遅刻癖はどうにかならないのか……?」

「無理じゃない? 何度も言い続けてるけど、いっこうに治る気配がないし。コウイチみたいにのんびり構えてた方が良いと思うよ?」

「へ……? コウイチは、って……」

「zzz……」

「ああ……通常運行なのね……」

 妙に脱力してからアトリとコウイチの間の席に座ると、バンッと音を立てて部屋の扉が開いた。コウイチが顔をしかめながら目を開く。

「すまんな、待たせた。いろいろと忙しくてな」

 入ってきたのは二十代後半くらいの教官服を着崩した女性。名はセルティ・ローズ。カリヤ達三人の担当教師である。

 カリヤ達がただの生徒ではないように、彼女もただの若い教師ではない。彼女もアトリと同じように小さい頃から『スクール』の一員として前線に立ち続け、その能力を買われて教官に抜擢されたのだ。

 その実力は折り紙付きで、付いた異名は数知れず。カリヤとコウイチが同時に挑んでも全くダメージを与えられないような化け物である。

「それで、今日遅れたのは何かあったんですか?」

「なあにそう大したことじゃないさ。生徒数名がちょっと調子に乗っていたからな、半殺しにしてきた」

「相変わらず発言が教師とは思えねぇ!」

「そもそも私の生徒の中ではお前達が一番強いんだ。そのお前達でさえ私に勝てないのに、それ以下のヤツらが私に勝てる訳無いだろう」

「……あ〜、それはそうかもしれないですけど」

 彼女の言うとおり、セルティの生徒の中ではこの三人が圧倒的にトップなので話としてはわからなくもないのだが……

「ま、あの程度で死ぬような軟弱者は私の元には送られてこないからな。とりあえずは大丈夫だろ、多分」

 何故だろうか? 彼女の元にいると寿命が縮んでしまうような気がするのは気のせいだろうか?

 少しげんなりしているカリヤを置いて、セルティはホッチキスで留められた書類を三人に渡してきた。

「今回の任務だ、五分で読め。その後、準備が整ったら出撃だ」

 室内を三人の呼吸と、紙を捲る音だけが包む。一度読み終わったカリヤは頭の中で内容を反芻する。依頼の内容は、覚醒した能力者の鎮圧・確保。

 まれではあるが、様々な要因が重なる事で『スクール』が扱う方式と同じ効果が現れて自然に異能が発現する事がある。ただそれだけなら良いのだが、そもそも『スクール』が扱う方式は外部から薬品や暗示、異能による干渉を使って普通の世界ではあり得ない刺激を身体に与え、脳を異常活性させて異能を発現させるというもの。

 『スクール』で異能を発現したならば、万が一異能が暴走したとしても他のメンバーが対応できるが、自然覚醒の場合ストッパーが存在しない。

 また異能の覚醒は異常事態に対する身体の防衛機構が起動した事を示す。物理的に異常が発生しない普通の村や町で自然覚醒の異能者が現れたという事は、その人物は精神的に通常では考えられないほどの厳しい状況に置かれている事を表す。それも下手をすれば即廃人になるレベルの。

 静かに、強くカリヤは奥歯を噛み締める。思い出されるのは、かつて彼らが受けた課題のこと。今回と同じように自然覚醒した少年を助けるための任務。だが、最終的にその任務は彼の力不足で失敗に終わった。

 彼の脳裏に浮かぶのは、降り注ぐ大雨の中でだんだんと失せていく腕の中のぬくもり。べったりと血で染まった両手。人と呼ぶには崩れすぎたソレの肉体。

 そして。

 全てを知りながらそれでも彼に微笑んだソレの……。

「聞こえてるか〜、カリヤ。お〜い……?」

 唐突に記憶の再生が途切れ、意識が現実に浮上する。目の前にはコウイチの心配そうな顔があった。いきなりの事で驚いて、少し引き気味になりながら答える。

「ああ……。悪い、少し考え事してて聞こえてなかった。何か聞き逃したか?」

 その言葉に、コウイチとアトリは顔を見合わせ、少し呆れた表情で言ってくる。

「これから任務だって言うのにそこまでボーッと出来るなんて、たいした度胸ねカリヤ」

「お前な〜、居眠りはおれの専売特許だぞ〜? パクってんじゃね〜ぞ!」

「ほ〜う? それはつまり私の説明をスルーする気満々という事かな、コウイチくん?」

「あ……いえ、そういう訳ではないです〜、いや〜セルティ先生の美声が聞けるなんてぼくは幸せ者だな〜」

「ふむ、やはりそうかそうだよな。コウイチ、やはりお前は見る目があるぞ」

「えっと〜、ありがとう、ございます?」

 何か納得できないものを感じながらコウイチが頷く。

「さて、コウイチのせいで話がずれたが本題に入るぞ?」

「え!? 今のカリヤが原因であって、おれは違うよね?」

「そうだぞコウイチ、もっとちゃんと話を聞けよ?」

「ええ!? ちょ、お前がソレ言うか!?」

「まったく、コウイチはうちのチーム一番の問題児よね。目を離したら昼寝するし、人の話は聞かないし」

「アトリも!?」

「さ、お前ら。問題児はほっといて本題に入るぞ〜」

『は〜い』

「……おれ、行かなくても良いよね?」

 少しへこんだらしいコウイチを本当にほったらかして、セルティは話を始めた。これまで少しふざけムードだった空気が消えて、まじめな雰囲気になる。

「まあ見たとおりだ。戦力は未知数だな。情報を聞くに、銃器で完全武装した民間兵程度なら無傷で蹴散らすらしい」

「異能についての情報もないってことですか」

「無いな。ただ、身体能力増加は確実だろうな。何せ、魔法や装備での強化なしで、消えたと思うほどの速度で襲ってくるらしい」

「……となると、おれとカリヤじゃ〜対応できないぞ? いくら何でも補強なしだったら追いつけないし、魔法とか装備で補強も限界があるぞ〜?」

「じゃあ、私が前に出る。それなら大丈夫でしょう。コウイチは私の支援、カリヤは遊撃をお願い」

「おう」

「りょ〜か〜い」

 役割は決まった。ある程度役割を決めておけば、あとはこのメンバーならある程度臨機応変に対応できる。一度顔を合わせて頷き、セルティの方を見る。セルティもそれを見て、表情を少しゆるませた。

「まあ、お前らならこの程度は大丈夫だろ。一応言うが、準備は怠るなよ」

「わかりました」

「了解」

「あいよ〜」

 それぞれの返事をして、部屋から出る。この学園は、食堂や購買等がある補給棟を中心として北に教室や職員室がある教育棟、南にさっき彼らがいた作戦指揮室や様々な情報を現場と送受する情報室がある作戦棟、東に男子寮がある男子棟、西に女子寮がある女子棟、という構造になっている。

 棟同士を繋ぐ空中通路があるが、補給棟と他の四棟を結ぶ通路にだけはいわゆる動く歩道が採用されているので、まっすぐに隣の棟に向かうよりもそちらを利用する方が速い。

 その為、補給棟は様々な目的を持った人でにぎわっている。

「うわ……ここだけは苦手だわ、俺」

「さすが元引きこもり……、いい加減慣れろよ」

「自分から惰眠ライフに閉じこもろうとするお前よりまだマシだ」

 昼の時間が近いせいもあってか食堂には先ほどよりもたくさんの人がいる。静かで少し暗いところにいるのがデフォルトなカリヤの全身は、その光景を見ただけで全身が警告を発していた。

「それじゃ、私一度部屋に戻るから。どのくらいで集合する?」

「そうだな、一時間で大丈夫か?」

「充分よ。じゃあ、一時間でターミナル31に」

「オッケ〜。また後で〜」

 軽く手を振ってアトリが足早に離れていく。一時間もあるなら準備なんて楽勝だと思うが、まじめなアトリの事だ。フルに使ってきちんとしたいのだろう。

「んじゃ、俺らも行くぞ」

「お〜」



 オートロックを外して部屋に入る。学生服を脱いで洗濯機に放り込み、手早くシャワーを浴びる。一通り身体を拭きながら、調子の悪い部分がないかを調べる。戦闘中に異常が一つでも即刻死に繋がりかねないので、力を込めたり伸ばしたりしながら丁寧に確かめていく。

 昨日の戦闘ではほとんどダメージを受けていないので、予想通り体調は良好だった。

 壁に付いているキーにいくつか数字を打ち込み認証機に指を触れさせると、壁の一部が開いて武器棟を収納するための隠しスペースが展開される。

 中からさっきまで着ていた学生服に似た、しかしそれよりもさらに戦闘用に強化・軽量化された『スクール』支給の戦闘服を着込む。腰のベルトの右側に拳銃をしまったホルスターを、左側に大振りのサバイバルナイフを取り付けて、太ももの部分に予備のマガジンをねじ込む。

 一通り動いてみて、動きを阻害しないのを確認してから、スペースの奥の方からロングソードを取り出す。鞘にしまったまま右手だけで二、三度振り、頷いて近くの壁に立てかける。

(対人戦、か……。スタングレネードも一応持っていこう……)

 ポーチにいくつかの道具を入れ、ロングソードを背負って留め、首に無線仕込みのチョーカーを仕込み、腕に軍用のごつい時計を巻けば準備完了。

 携帯食料も一応ポーチに入れてあるしマガジンのストックも入れてある。ナイフも長剣も昨日手入れをしてあるので問題ない。

 時計を見れば、あと十分で時間というところだった。

「ん、行ってくる」

 壁を戻し、玄関でいつも戻ってくる部屋に向かって呟く。答えがある訳もないが、自分の中で何となく納得して、部屋を出る。

 廊下では、珍しい事にコウイチがすでに待っていた。

「ん、よ〜やっと終わったか。全く女じゃ〜あるまいし支度にいつまでかかってんだ?」

 言いながらにやりと笑う彼も、カリヤと同じ支給戦闘服を着ているが細かいデザインが違う。これはカリヤが前衛、コウイチが後衛に入ることが多いからだ。立ち位置によって求められているものは当然変わってくるので、それに合わせた支給服を着ているのだ。

 前衛用は総合的な防御力や関節などの保護に重点を置いているのに対し、後衛用はマガジンや薬品を出し入れしやすいようにポケットを追加されていたり、気配を消して隠れやすいように多少のステルス技術が加えられている。

 遠近両方を想定したカリヤの装備と違い、コウイチの出で立ちは明らかに銃撃をメインにしており、背中にはショットガン、両腰にはハンドガンがホルスターに納められている。

 近接用の武器はカリヤと同じ戦闘用ナイフのみ。これは本当にどうしようもない場合にしか使用されない。コウイチが本気になると、ナイフなど必要なくなってしまうからだ。

「そういうお前はずいぶんと早いな。ちゃんと準備してるんだろうな?」

「当たり前だろ、おれはそ〜いうトコはきちんとやる男ですよ〜?」

「本当かよ……」

「本当だって」

「そういえばこの前同じセリフ聞いたけど、その時はマガジンを忘れてたような……」

「さ、さ〜て行こうぜ。今回も楽だと良いな!」

 あからさまに話を逸らした彼をジト目で見つめると、コウイチは何故か大量の冷や汗をかき始め、きちんとしまわれていた道具を一瞬にして取り出し、一つ一つ確認して大きく頷くと、再び一瞬で片付ける。

「今度は問題な〜い。……問題ないっつってんだろ、そんな目で見るな〜!!」

 さすがに耐えかねたのかそう叫ぶコウイチに一度ため息をついて、カリヤは小さく笑みを浮かべた。

「ならいい。今回もよろしく頼むぜ」

「お〜。当たり前だが、また帰ってこよ〜ぜ」

「当然だ」

 互いにニヤッと笑い合う。

(頼もしい相棒だよな、本当に……)

 口には出さずにそう思った彼に、コウイチはまじめな表情で切り出す。

「そいでさカリヤ、ターミナル31ってどこだっけ?」

「は?」

 その質問に思わずそんな声を漏らしてしまう。確かにターミナル自体は百近く存在するが、そんな迷うような場所ではないしそれに何回か使っている、はずだが……。

 無言の意味がわからないのか、首をかしげながらコウイチが更に告げる。

「というか、ターミナルってどこだっけ」

「……はぁ」

 盛大にため息を吐き出す。ちなみにターミナルというのは車・ヘリ・バイクなどの貸し出し兼発着場で、徒歩で行ける範囲でない限りはここを訪れて足代わりになるものを確保する事になっている。

 が、彼の記憶からはそういった『スクール』の常識とも言える情報が抜け落ちているらしい。昨日もターミナルから出て、ターミナルに戻ってきているにもかかわらず、だ。

 カリヤは手招きでコウイチを呼ぶ。

「ん? 何だよ」

 首を更に深く傾げながら近寄ってくるコウイチにカリヤは満面の笑みを浮かべ、とりあえず一発思いっきりぶん殴った。



 ターミナルは購買や食堂の次に人が多い。

 左側には大量の車やヘリを同じようにたくさんの整備士達がメンテしており、右側では外に出るための受付をすませようとしている『スクール』のメンバーがごった返している。

「今日二度目な気もするが、本当に人多いのダメなのな」

「元引きこもりにそこまで求められても困る……」

 任務前とは思えない軽口を叩きながら、ターミナル31に到着する。受付と本人確認の為の指紋・静脈認証を済ませて奥に進む。奥では、アトリとヘリのパイロットが待っていた。

 アトリはレディースの戦闘服の上に膝や肘、急所を覆う防具を着けていた。長めの白髪は、邪魔にならないように纏められている。右手には黒革の手袋だけだが、左手には鈍く光る銀色の籠手が装着されていた。そのほかに、武器になるようなものは見受けられない。

「これで全員到着ね。じゃあよろしくお願いします」

「あいよ。じゃあ離陸準備始めるんで皆さん乗っていてください」

 そういってパイロットが乗り込んでエンジンを起動する。羽の回転数が上がり始める。回転数が上がりきる前に乗ってしまおうと考えたカリヤをアトリが腕を引っ張って止める。

「何だ、ってうわ!?」

 振り返ると、そこにあったのはアトリの(ドアップバージョン)。思わず後ずさるカリヤに音もなく追従し、距離をキープする。

「えと、アトリさん何でしょう?」

 若干、というかかなり心も体も引いた感じのカリヤが聞くと、アトリが薄い微笑みを浮かべながら聞いてくる。

「カリヤ、さっきの会議でボーッとしてた時、何を考えてたの?」

 その質問に彼は一瞬大きく目を見開いた。意識的に表情を保とうとしながらも、内心で舌を巻く。いつもコウイチとは違う少しボンヤリとした表情なので勘違いされやすいが、彼女の目は人の心理を鋭く見抜く。戦場や他の組織との外交で鍛えたのであろうその目は、日常であろうと任務中であろうと的確に心の動きを手に取るように理解する。

「どういう事を考えてるふうに見えた?」

「エッチいこと」

「あなたの中で俺はどういうキャラ付けなんですか!?」

「それは嘘」

「デスヨネ……」

「あれじゃないの? 前に受けた異能者救出戦。失敗してしまった課題」

 少しギャグ混じりで言ってきたものの、そもそもこちらの考えている事は全てお見通しだったようだ。こいつに何を隠しても無駄か、と観念してまじめな表情に戻る。

「……ああ、そうだよ。あの時の失敗した理由をもう一回考え直してた」

「答えは見つかった?」

「見つかったもなにも、俺の実力が足りてなかったのが一番だろ。もっと早くアイツを止めてやれれば、アイツはきっと助かってたんだ」

 その本心からの言葉に、アトリは笑みを深くする。人を安心させる、力と自信が込められたその笑顔にカリヤは少しの安堵とわずかな嫉妬を感じた。

「やっぱりそこで止まってるんだ。あのさ、君一人で何でも出来ると思ってるの?」

「そういう訳じゃ……」

「たとえばさ、あのタイミングで私が何かミスをしていたかもしれないよ。コウイチの援護が外れた事もあったしね。でも、みんなが最善を尽くしていた。あなたもそうでしょ? それとも一人だけ手を抜いてた?」

 首を振る。そんな訳はない。あの時、カリヤは全力を振り絞っていた。これ以上ないほど全ての力を使い切っていた。にもかかわらず、失敗してしまった。ならばあのミスの原因は彼にあるはずだ。

「ほらまたそこに迷い込む。でも言っておくよ? 私たちはチームなの。アナタがあの任務でダメだったところを改善していこうとするところは認めるけれど、それも度が過ぎると私たちの努力を笑っているようなものだよ」

「あ……」

 その言葉に、彼は小さな声を漏らした。忘れていた訳ではない。しかし、三人で任務に当たっていた事を考察から外してしまっていた。そして、それは二人にとってどれだけの侮辱に映っただろうか。チームメイトである二人に相談もしないで、一人で全ての責任を背負い込んだ気になって、一人であがいて。

「ごめん、俺……」

「謝るな」

 思わず口に出してしまった謝罪の言葉を、アトリは軽いパンチを腹に入れる事で止める。その顔には微笑みが浮かんでいるが、パンチは彼女が元々超近距離タイプでもあるせいかかなり痛い。

「アナタがきちんとこの前の任務で失敗した事をバネにしている事は良いよ。私たちがいる事をいつも忘れんなってこと」

「そ〜だぞ〜。ったく、勝手に一人で悩みやがって。おれもアトリも、あの時とはちげーんだ。今回の為に努力したのはお前だけじゃないんだぞ?」

 二人とも、微笑みながら言ってくる。それに、カリヤの頬も緩んだ。アトリはカリヤの腕を放し、胸をポンと軽く叩いて、ヘリの入り口へ向かっていった。カリヤは少しの間その背中を見つめていると、小さく呟いた。

「ああもう、頼りになる先輩だなぁ」

 一度目を閉じる。実を言うとかなり心配ではあったのだ。失敗してしまった任務をもう一度受ける事になって、自分でその異能者を救う事が出来るのか。

 しかし、目を開いた彼の顔にはさっきまでとは比べものにならない強さが宿っていた。

「ま、同い年なんだけどな」

 後ろからコウイチが言ってくる。そういう事言うなよ、と笑いながら返す。ヘリに乗り込むと、アトリがこちらに拳を突き出してくる。それに二人も応え、軽く拳同士で触れ合う。

「行くぞ、今度こそ絶対に助け出してやる」

 それ以上の言葉は必要ない。あとは、実行あるのみ。



 ヘリで到着した村は、惨い光景が広がっていた。

「うわ……」

「ひで〜な、こりゃ〜」

 まるで砲弾が直撃したような大きな穴を開けて崩れている民家。教会の屋根に架けられていたのであろう十字架は根本からへし折られ、畑だったのであろう場所に突き立っている。

 被害を受けていない家は皆無に等しく、元々綺麗な花や立派な果実を実らせていた巨木は無惨に倒れている。

「あの……『スクール』の方々ですか……?」

 恐る恐る近付いてきた男が尋ねてくる。足取りはふらついていて、目の下にはクマができている。その問いにカリヤが一歩前に出て答える。

「ええ。『スクール』所属のジュン・カリヤです。こちらは部下のアトリ・レインフォールとコウイチ・クバライ。こちらの村に覚醒した異能者が現れたと伺い、鎮圧・捕縛に参りました」

 軽く頭を下げて男の顔を見ると、喜びと落胆の入り交じった表情になっていた。

「あの、本当にあなた方があの化け物を倒してくれるんですか?」

「ええ、そうですが?」

「あとで増援が来るとか……ですか?」

「いいえ。あまりにも異能者が強すぎる、もしくは他の組織の介入があったりしたら話は別ですが、基本的にはこの三人で対処していきます」

「はあ、そうですか……」

 表情の中の落胆が大きくなるのが注視しなくてもわかった。それも仕方ないと言えば仕方ない。何せ一般人から見れば、彼らはそれっぽい装備をしただけの若者にしか見えないのだから。

「では、村長の下へ案内します。詳しい話はそちらでお願いします」

「わかりました。お願いします」

 男の先導で三人は歩き出す。様々な方向からの視線を感じながらもそれを気にせず辺りを見回す。

「派手にやられていますね。そいつは毎日襲ってくるんですか?」

「かなり不定期ですが、二、三日に一回と言うところでしょうか。最初は街の自警団や国の軍隊が迎撃していたのですが、被害は増える一方で……。死人も何十人も出ていますし……」

「被害甚大に加えて、国は打つ手なし、か……。まあ、下位組織は別としても『スクール』や『グループ』と張り合える国って“聖皇”が率いる『帝国』くらいでしょうしね。それで、村長がうちの組織に依頼してきた、と」

 その通りです、と男が頷くのを見ながら、カリヤは考える。

 ここまでの規模で被害が出ているとなると、危険度はかなり高い。『スクール』に劣るといえど、国家も最低限の軍備は整えている。それをあっさりと蹴散らす事が出来るというなら、元々の異能がそれほど強力だったかもしくはもう戻れなくなる寸前まで力が暴走しているかのどちらかだろう。

 そこまで考えたところで、辺りより一回り大きい家の前に着いた。男が扉を叩くと、中から中年の男性が顔を出した。男が二言三言話すと男性は少し意外そうな顔でカリヤ達を見てから頷いた。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」

 深々とお辞儀してから、男性が家の中へ招く。礼を返して、中に入ると外から見た感じよりも中は広く、いくつかの部屋を通り過ぎて一番奥の部屋についた。男性がノックをすると、中から老人の声が聞こえる。

「誰だ」

「『スクール』の皆様をお連れしました」

「お通ししろ」

 男性にどうぞ、と言われて中にはいる。瞬間、彼ら三人を真っ白な霧が覆った。同時に部屋の中にいくつかのわずかな殺気が現れる。

「へぇ」

 カリヤは一瞬笑みを浮かべ、指をなにもない空間に高速で踊らせる。すると、指の動きに合わせて空中に光で表された文字が、数式が、グラフが描き込まれ、一つの魔法陣があっという間に生み出される。

「覆え:>暗霧くろむ

 ぽつりと呟いた呪文が世界に響くと同時、目の前に作り出した魔法陣が一瞬暗く輝き、中心から漆黒の霧が放たれる。フワフワと浮かびながら飛んで、白い霧に触れる。

 すると、黒の霧が白の霧を一気に浸食し、周りの全ての霧を真っ黒に染めて消え去る。そこは少し広めの執務室のようだった。そして、カリヤの目の前には三人の兵士が姿を現している。

 その動きはなかなかに速く、それなりに鍛えられた兵である事がわかる。後ろの二人は何かの魔法を作り始め、一番近くの兵はナイフを突き出してきている。カリヤは迫り来るナイフを見ただけで動かなかった。

 いや、動く必要がなかった。彼の役目は敵の魔法を索敵・解除した時点ですでに終わっている。カリヤの背後に立っていたコウイチが前に出て、兵の腕をつかんで首に手刀を叩き込むとそのまま兵士は崩れ落ちた。

 それを見た二人の兵は急いで魔法を完成させようとしたが、

「遅いよ」

 兵士の何倍もの速度でアトリが飛び出し、左側の兵士の鳩尾に拳を入れて壁まで吹き飛ばし、右側の兵士をつかんで床に叩き付ける。床に倒された兵は呻きながら気を失い、壁まで飛んだ兵はそのままずるずると崩れ落ちて動かなくなった。

「……んで? 何で俺らに兵を向けたんですかね」

 言ってカリヤは半眼で、部屋の隅からこちらを見ていた白髪交じりの男を見る。男は何度か拍手をしながら、笑みを浮かべてこちらへ歩み寄ってくる。

「いや、失礼。昨日の時点で『スクール』の方から若者が派遣されているのはわかっていたのですが、こうでもしないと村の者達を説得できないのです。どうかご無礼をお許しください」

 そう言いながら、頭を下げてくる。小さく息をついて答える。

「構いません、俺たちが頼りない若者に見えるのも事実ですし。それでは、あなたが村長さんですか?」

「申し遅れました、私この村の長を務めているエゼルと申します。今回はよろしくお願いします」

「こちらこそ。では、早速ですが異能覚醒者の居場所なり情報なり何でも良いので教えていただけますか?」

「わかりました」

 エゼルは奥の本棚から地図を取り出して、机に広げた。おかけください、と声を掛けられたので礼を言って遠慮無く座る。周辺の地理が事細かく書かれていて、『スクール』からは伝えられていない情報も少なくない。

「まず、ここが我々の村。そして、ヤツがすみかにしていると思われるのがここから東に十キロほど離れたガルムの森。危険な魔獣も何体かいたはずなのですが、おそらく完全にヤツのテリトリーになっているのではないかと……」

「ふ〜ん、そんなに強いんか」

「我々や国軍では歯が立ちません。なにぶん、早すぎて攻撃も防御も間に合わずに一瞬で壊滅するほどですから……」

「てことは、カリヤとコウイチは追いつけないわね」

「だな〜。最初はアトリに頑張ってもらうしかないか」

「あともう一つ、ヤツは電気を操るそうです。それもかなり強力なものを」

「電気、か。それはあとで補強かけよう。……それで終わりですか?」

「あ、はいそれで全部です」

「協力ありがとうございます。……行くぞ」

「ええ」

「お〜う」

 三人は立ち上がって出口へ向かう。少し買い物に行ってくるような、そんな気軽な感じでた立った三人に、エゼルは驚いたように聞いてくる。

「え? あ、あの休んだりはしないんですか? 到着してすぐにヤツと戦うなんて……」

 それにカリヤは振り返る。その顔を見て、エゼルは思わず後ずさった。その射貫くような視線に、身体が少し震えるのを感じる。

「すいません、時間がないんです。目標が覚醒・暴走してから約一週間。その間に暴走した力は保持者の肉体と精神を著しく侵蝕していきます。人に戻る事が出来なくなってしまうほどに」

 彼は自分が右手を強く握りしめているのに気付いていなかった、その目は目の前の老人を見てこそいるものの、意識はそこにない。彼が見ているのは、救えなかった存在。もう少し彼が早く駆けつけていたら壊れる事はなかった命。

 リトライなんてこの世界にはないし、リセットも同じだ。

 一度は失敗した。だからこそ、今度は遅れる訳にはいかない。

「お話はあとで聞かせてもらいます。今は、あの異能者を早く止める事が先ですので」

 深く頭を下げて外に出る。外では二人がすでに待っていた。無言のまま頷いてくる二人にカリヤも頷き返して、太陽の位置から向かうべき方向を割り出して走り出す。

 ガルムの森まで、この速度なら十分ほどだろうか。

「ここまでやってんだ。助けられませんでした、じゃ絶対に終わらせないからな」


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