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My silly days  作者: 高空天麻
邂逅
2/18

幕間ーーとある少年の独白ーー

 僕の記憶の大半はある一つの色で埋め尽くされていた。

 赤、朱、紅、あか、アカ……。それらは全て、元は人だった物から溢れ出した液体の色。

 そして、それは僕が心を動かすことによってこの世界に現出する。

 “不幸”。僕はどうやらそれを招き寄せる体質らしい。ただし、その不幸が取り憑くのは僕じゃない。取り憑くのが自分だったなら、本当にどれだけよかっただろうか。


 この世に生を受けて一番初めの記憶は、僕を助けるために連続殺人犯の前に立った両親が、全身を引き裂かれて血溜まりの中に沈んでいるシーン。

 それだけなら、いやそれでも十分に悲劇かもしれないが、それだけならまだよかった。

 出会う確率の低い悲劇に、不運にも出会ってしまった少年として、普通からは少し外れていたかもしれないが、それでもそれなりに幸せな人生を送れていたはずだった。

 だが、僕が好かれた“不幸”は、その程度で満足してくれるようなヤワな物ではなかったようだ。

 僕に話しかけると、その人に嫌な事が起こる。

 僕と遊んでいると、事故や事件に巻き込まれる。

 僕とずっと一緒にいようとすると、最悪死ぬ。

 その法則にたった一つの例外なんて都合の良い物はなく、当然ただ一人の特例なんて素晴らしい者もいなかった。

 近付いただけで傷付き、心を寄せれば壊れる。不幸が僕に提示した人間関係はそれ以外の何一つとして存在しなかった。

 最初は訳がわからなかった。

 だってそうだろう? 子供っていうのは人に愛されて、人を愛して、その関わりから少しずつ人間になっていくモノだ。なのに、自分に対して好意を向けてくれる人に好意を返そうとする事を、誰が悪と言えるだろう?

 もし本気でそんな事を言える人がいるとしたら、それは本当の意味で悪意や敵意の中心で生きてきた人なのだろう。

 なのに、僕が好意を向けた相手は僕を気味悪がって離れていくか、もしくは死んでしまう。親戚といえども、それは変わらなかった。

 老若男女も、例外も、特例も関係なく。平等に、真っ赤に染まって消えてしまう。

 そんな事を何度も、本当に何度も繰り返して、ようやく僕は幼心に理解した。

 どうなっているのかはわからないし、全く納得もいかないけれど、自分が好きになった人は死んでしまうらしい。

 ……なら、どうすればいいのだろう?

 その時点で相談できる人などいる訳が無く、唯一人で何度も目の前に現れるあかの地獄から抜け出すために、少年はひたすら思考を巡らせてある一つの結論に至る。

 好意を向けると死んでしまうのならば、悪意を持っていればいいのではないか?

 しかし、理性はすぐにその解答を否定する。そもそも、愛されたいがために悪意を向けるなんて本末転倒だし、発する感情をプラスからマイナスにしたところで自分の中にある相手への感情は変わらない。

 それではまだ足りない。ではどうしよう。

 次の答えはすぐに出てきた。

 ならば、感情を生み出さなければいいのではないか? たとえ誰かが好意を向けてきても、悪意を向けてきても、プラスにもマイナスにも傾かないような、そんな心を手に入れてしまえばいい。

 逃げ場のない闇の中で出口を欲していた幼心は、そこからもがき出るために自ら手に入れた答えを手に全力で走り始めてしまった。

 実際、その方法の効果はてきめんだった。

 目の前の事全てに興味を持たずに、何もかもに一歩引いた態度で接し始めた。全ての人間に壁を作り、それを越えようとするものを拒絶し、誰の声も聞こえないふりをした。

 すると、僕に関わろうとする人間は少しずつ減り始めた。投げたボールを投げ返してくれない相手に、誰もボールを投げないのと同じ。どんなに話しかけても誰とも仲良くなろうとしない僕に、他のみんなは次第に愛想を尽かして離れていった。

 それに加え、僕の“不幸”の噂が同じタイミングで流れたのが、その勢いを加速させた。

 軽いいじめのようなものはあったが、僕の無反応とその“不幸”がどこまで適応されるのかわからないのが重なってすぐになりを潜めた。

 そうして、僕の周りで不自然に人が死ぬ事はなくなった。

 そして、それで良いと思ったんだ。

 たとえ輪の中に入れなくても構わない。周りの人たちが普通に笑っているのを見るだけで良い。

 だって自分が輪の中に入る事は出来ないから。もの凄く近くに見える幸福な風景は、触れようとするだけで壊れてしまうような、儚いものだから。

 ただ、たまにどうしても泣きそうなほどに、いや実際に涙がこぼれてしまうほどに寂しくなる事があった。みんなが周りにいる時は、俺は一人で良いからほっといてくれ、なんて平然と言えるくせに一人になると押しつぶされそうで泣いていた。

 でも、涙を見せると周りの人が心配してしまうから、涙は流さなくなった。

 それでも一人でいる時の静けさが酷く怖くて、僕はたびたび街の雑踏の中に埋もれていた。その中なら、自分も何となく輪の中にいるような気がしたから。

 結局は弱いんだ。どうしようもなく脆くて、弱い。

 ダメだとわかっていても、僕を見てよと叫びそうになってそれを必死に押し殺す、そんな日々。

 神様とやらを恨んだ事もあった。でも、僕の住んでいる国では神様というものの定義が曖昧で、どういうものなのかがいまいちきちんとわからなかった。それに、どれほどすごいのか知らないが全知全能なんて素晴らしい言葉が使われるくらいなんだから、本当に素晴らしい力を持っているに違いない。

 そんなにすごいのなら、何故僕のような人間を作ったのか?

 人に災いと死をまき散らし、しかもそれを知って尚寂しいと思ってしまうような、明らかな欠陥品をどうして?

 次に対象になったのは両親だった。

 僕をこんなふうに生みやがって、そう思おうとしたが出来なかった。出来る訳がない。

 お前が最初に殺したのは誰だ? そんな誰かの嘲りと血に沈んだ二人の光景が目の前に現れる。

 そう言われて、何か言い返せるだろうか? ……出来る訳がない。どちらが被害者で、どちらが加害者かなんて一目瞭然だ。それに、彼らだってこんな子供が欲しくて生んだ訳ではないはずだ。

 そんな人たちに、自分が苦しいからって、死んでからも重荷を負わせる事は出来ない。


 結局誰かと触れ合ったり、本当の意味で楽しんだりする事は出来ず、

 何かを解決して精神的に前を向く事も出来ず、自分なりに未来を見る事も出来ず、

 何かに興味を持つ事も出来ずにただただボンヤリと一人で暮らしていた。

 何となく「このままじゃダメだよなぁ」と思いながらも、ずっと膜に覆われて世界から隔離されているような感覚を覚えたまま生きていた。


 そう、生きていた。

 アイツらに出会うまでは。


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