第四章
翌日。
カリヤ、コウイチ、アトリ、ライカの四人は、セルティから呼び出されて作戦会議室へと集まることになった。
「何だろうね?」
「さ〜てな〜。……昨日、ずっと話してたから罰ゲーム、とか?」
「……それはない、と思いたいなぁ」
「ていうか、二人は訓練中にお話ししてた訳?」
ライカがコウイチと話していると、アトリが呆れたような半眼で言ってくる。
勘違いされると後々面倒なので、ライカは手を振って否定した。
「いや、違うよ? セルティも交えて、いろいろ相談させてもらってたの」
「相談って?」
「異能のこととか、さ。あとは……まあ、いろいろよ」
そこで、ちらりと視線を先に行っているカリヤへと向ける。こちらに背を向けているため、さすがに彼にはわからないだろうと思いたい。
それを見て、アトリが「ああ」と納得したように頷いた。
「まあ……それは確かに気になることよね」
「でしょ?」
とりあえず納得はしてくれたらしく、アトリの疑念が表情から消えた。
「どうかしたか?」なんて先行していたカリヤがこちらを向いて問いかけてくるが、「ううん、何でもない」と小さな笑みを浮かべて答える。
さすがに、「カリヤのことが心配で、セルティ達と相談していたんだ♪」なんて、言う訳にはいかないだろう。それに、込み入った話をするにしても、こんなところですることはできない。
下手なことは、言わないに越したことはない。
「カリヤ、今日の呼び出しは何か話を聞いてる?」
「ん? まあ、少しはな」
「どんな話なの?」
「行けばすぐにわかるさ。もうちょっとだ」
話をそらすべくそんな質問をしてみる。すると、彼は唇の端を吊り上げながら手短に応えた。その顔は、あまり嬉しそうじゃない。そのくらいは、付き合いが短いライカでもさすがにわかる。
(……どうしたんだろ?)
珍しくわかりやすく感情が顔に出ているカリヤに、呼び出された理由以上に首をかしげるライカ。アトリの方をちらりと見やるも、アトリの方も両手をあげて「さあ?」と返事をする。
一体、何が起きたんだろうか?
「着いたぞ」
そんなことを考えている間に、彼らは会議室の前まで辿り着いていた。
カリヤは三人がちゃんと着いてきていることをちらりと確認した後、会議室の扉をノックする。
中から「いいぞ、入れ」という声が聞こえてくるのを確かめてから、彼は扉を開いた。
「失礼します」
「おう、来たな」
「あれ〜、先に到着してるなんて、めずらし〜ですね」
「今日はふざけたクソガキもいなかったしな。最近しつけの効果が出て来たようで、先生としては嬉しい限りだ」
「先生というか、鬼教官よね」
「どちらでも構わんだろう。そんなに変わらん」
「……そうかなぁ」
アトリのツッコミに対してもさしてテンションを変えないまま、セルティはあらかじめ用意していたのであろう書類を全員へと手渡してくる。
「まあ、まずはこれを読め。話はそれからだ」
手渡された書類は、カリヤが昨日渡された物とその他にもう一つ増えていた。
その中身を目にした途端、カリヤも含めその場にいた全員の雰囲気があっという間に変化する。
「ライカの実戦投入、か……」
「初陣だね」
「ま〜、そろそろ来るとは思ってたけど、ついに来たか〜、って感じだな〜」
手渡された情報は二つあった。
一つは、カリヤの昇格。
もう一つは、ライカの初陣に関しての情報だった。
(…………ついに、来た)
ライカが“スクール”に加入してから、早一ヶ月。
いつかこの日が来るとは思っていた。戦いに参加する日が。
化物としてではなく、人間の戦士として、戦場へ向かう日が。
思ってはいたし、それなりに覚悟もしてきたつもりだけれど、いざそれが目の前に現れると想像しているよりもずっときついものだと改めて実感する。
「内容としては、村の近くに大型の魔獣が住み着いてしまったから、それを退治してほしい、というものだな。まあ、このメンツなら特に問題になるような要素もなさそうだが……何か質問はあるか?」
「とゆ〜か……意外と楽な任務かね〜。魔獣一体なら、おれとアトリでもどうにかなりそ〜だし」
「王国に向けた宣伝の一つでもあるんでしょ。人手不足と言いつつも、この程度の任務に一チーム送りこめるだけの人材は揃えているんだぞ、っていう」
(その他に、初陣のメンツ交じりだからって配慮もあるんだろうがな)
さすがにセルティも“スクール”も、初陣の少女をそこまでギリギリの戦場に放り込むような外道ではない。……と、思いたい。実際、カリヤとコウイチが初実戦に出た時は、うろたえこそしたもののそこそこまともに戦える戦場が用意された。人手不足な現状、もしかしたら化けるかもしれない原石を自分から砕きに行くのは、組織としても本意ではないのだ。
場は整えられている。あとは、本人の実力と心意気次第だ。
(その、肝心の本人は……)
横目で話題の中心たる少女を見やる。
そこまでわかりやすくうろたえてはいないものの、表情の中に小さく動揺しているらしき痕跡が出ている。
「ライカ、大丈夫か」
「……うん、覚悟はしてきたから」
声はほんの少し震えていたが、少女は気丈に振る舞ってみせた。
そのいじらしい姿に、カリヤはわずかに微笑む。
「まあ、全員読んだということで話を進めるぞ。カリヤは今日からCランク所属だ。おめでとう」
「……ありがとうございます」
「おめでとう。追いつかれるとは思ってたけど、意外に時間がかかったわね」
「まあ、別にランク上げたくて戦ってきたわけじゃないからな。昇格試験も受けてないし」
「あれ、じゃあテスト受けずに昇格になったの!?」
「理由の所に書いてるぞ。実績と実力だけだな。これって、けっこ〜すげ〜ことじゃね〜の?」
「そうだな。他の教官に、何度昇格試験受けさせろと小突かれたことか」
「……すみません」
「ま〜、しゃ〜ね〜よな。とにかく、おめでとさん」
「ああ、ありがとう」
「うん、カリヤ。昇格おめでとう。それと……初陣、宜しくお願いします」
「ああ。まあ、あまり重たく考えるな。俺達がついてる」
そう言って、カリヤはもう一度微笑んだ。ライカの表情もそれを見てようやっと少し緩む。
それを静かに見守る、他の面々。……まあ、約一名頰を膨らませながら見ている者もいたが。
「話を戻すぞ。さっきから話題に出ているが、ライカは次の出撃からチームとして参加。チーム内の役割に関しては、お前らに任せる。……まあ、異能の内容から言って、邀撃役になるだろうが」
「は、はいっ!」
「おれとアトリが一番前で敵を抑えて、その後ろからカリヤとライカが異能と魔導で攻撃。弱った所を、全員でぶっ叩く。このメンツだと、そんな風に動くのが妥当じゃね〜の?」
「そうだな、俺もその内容で考えていた。ライカが慣れてきたら別の形も作れるようになるかもしれないが、今はそれで行こう」
「私も、それで異議ないわ」
「改めて、みなさん宜しくお願いします!」
そう言って、ライカはぺこりと頭を下げる。
その改まった姿に、その場にいた全員が顔を見合わせた。一瞬して、大笑いが生まれる。
ライカが顔を上げると、カリヤもアトリもコウイチも、普段滅多に笑わないセルティまでもが大笑いしていた。
「な、なんで!?」
「ふ、普段そこまで丁寧なこと言わない奴がそんなこと言うと、くっ、くははっ!」
「つ〜か、お前からそんな風に言われるとは思わなかったっつ〜の!」
「ひ、ひどい!?」
ゲラゲラと笑いこける一同に、顔を真っ赤にしながら抗議するライカ。
その雰囲気は、作戦へ向かう前の戦士達とは思えないほどに柔らかい空気だった。
「くくくっ……あー、笑った笑った。ま、そういうことだ。作戦開始までは自由行動、報告は欠かすなよ」
『了解』
「話は以上だ。一同、解散」
「……では、また後ほど」
カリヤの言葉を最後に、その場にいたメンバー全員が部屋を出た。
「作戦に使うのはヘリで、ターミナルは三十八か。ヘリの予定時間まではあと四時間……。時間も良いし、先に昼ごはんにするか?」
「私は問題ないよ。ライカは? お腹空いてる?」
「ううん……。食べれるだけ、食べておこうかな」
「それじゃ、行こうか」
カリヤの提案で、補給棟へと向かう。
その間に話していることは、内容こそ違えど雰囲気そのものは普通の若者達とほとんど変わらない。そこで生まれる笑顔も、屈託のないものだった。
けれど。
ふと、ライカはカリヤの方へと視線を向ける。
その時、カリヤは三人から視線を外して、別の動く歩道の方へ目を向けていた。
(何を見てるんだろう?)
そんなことを思いながら、さらに数秒観察する。しかし、彼の目線は全く変わらない。表情こそ他のみんなと話している時と変わらないものの、その目はほんのわずかに細められていた。
(何を考えてるんだろう?)
じっと見つめていても、彼の心は伝わってこない。
カリヤの目はどこかを見つめているようで、その実どこも見ていないのではないかとさえ思うほどボンヤリとしたものだった。
(ねえ、カリヤ? あなたは今、何を考えているの?)
想像を膨らませてみても、まるで思いつかない。
今のカリヤが何に悩んでいるのか、何を考えているのか。思い当たる節はない。というより、思い当たらない。
彼のことを、ほとんど知らないから。
(だから、知りたいよ。聞きたいよ。もっともっと、あなたのことを……)
もっと、いろいろなことを聞きたい。
もっと、たくさんのことを知りたい。
みんながいる前なのに、そんな感情がどんどんどんどん膨らんで、叫び出しそうになる。
けれど、彼がそれに応えてくれるとは、思えない。
カリヤはきっと、自分の悩みを人に共有するよりは、一人で抱え込んでいることを望むタイプだろうから。
まだ、ライカは彼の中に踏み込めるほどの位置にいないから。
そこまで一人で思考を巡らせて、つい溜め息をついてしまう。
気付いた時には、遅かった。
その場にいた全員の視線が、こちらを向いている。
「……ライカ、何か悩み事があるなら、相談に乗るぞ?」
何秒かしてライカ以外の三人が顔を見合わせたあと、おずおずと言った感じでカリヤが聞いてくる。
ああ、なんてことだろうか。さっきまで、私がそれをあなたに言いたいと思っていたのに。
「ど〜した、ライカ。そんなに今日の任務、心配か?」
「さっきも言ったけど、そこまで思い悩むことないぞ。俺も、コウイチもアトリもいるんだからな。何か心配なことがあるなら、今の内に言ってくれよ?」
「え、えっと……」
コウイチとカリヤが、続けてそう言ってくる。
アトリは、自分の頰がひくつくのを感じていた。この状況、どう看過すればいいのだろうか。
視線を少しずらすと、アトリが「あ〜あ」という表情でこちらを見つめている。
(た、助けて!?)
そんなかすかな思いを込めて、アトリに視線を送り続ける。
アトリは「ふむ」とでも言うように腕を組んだ。
そのまま数秒、考え込んでいるのか目を閉じたかと思うと、
ニッコリ笑顔で、肩をすくめた。
まるで、「ごめん、無理♪」とでも応えるかのように。
(は、薄情者ぉおおおおおおおおお!?)
結局、食堂に着くまで二人の心配そうな視線と言葉を外すことはできず、ライカは別の意味で胃が痛くなる思いをしたという。