第一章
二つ目の長編です。よろしくお願いします。
見上げると、満天の星が空を飾っていた。少し肌寒く、洋服の前を閉めて身体を縮める。ここに来てかれこれ二時間は経つだろうか。明日は早いし、特に何かある訳でもないからすぐに戻って寝た方が良い。
そう理屈ではわかっているのに、私は何故か家に戻る気にならなかった。
私はここで待っている。そんな感覚だけが心の隅っこにあった。
何を?
そう問われれば、答えに窮する。明確な答えは彼女の中にもない。誰かと約束している訳ではないし、流星群のような何か特別なものが見れる訳でもない。
なのに、どうしてか帰ろうと思えないまま二時間が過ぎていた。星の位置も、ここに来た時よりもずいぶん変わってしまっている。
(……もう帰ろう)
もう数時間もしたら起きて、朝の仕事をしなければならない。これ以上粘って睡眠時間が削られるとそちらに支障が出てしまう。解雇でもされたなら、一気に生活が苦しくなってしまうのでそれだけは避けたい。
立ち上がってお尻についた土を落としていると、土を踏んで誰かがこちらに来る音が耳に届いた。見れば、知った顔がそこに立っている。
「いたいた、ようやっと見つけたよ……」
「どうしてここに?」
「君がここにいると思ったから、かな。なんとなくだけどね。隣、良い?」
そう言ってくる彼に頷くと、彼は私の隣に腰掛けた。何となく帰るタイミングを失ってしまって、私ももう一度今まで座っていた場所に腰を下ろす。しばらく、私も彼も何も言わなかった。ただ、星が手の届きそうなところで輝いていた。
「ねえ……」
口が知らない間に動いていた。なに、といってこちらを向いた彼に、すこし考えてから呟く。
「明日、良い日になるかな」
言ってから、何を言ってるんだろうと自分で赤面しそうになった。少年は、少しの間ぽかんと口を開けていたが、くすっと微笑んで囁く。
「良い日になるよ。……ううん、良い日にする。どうしたの?」
「……わかんない。でも、良い日になるのかな……」
俯いてしまう。
良い想像は出来なかった。どうせ昨日と同じような日々が続くだけだ。暗くて辛くて、光明も見えないような日々。少年が少しうらやましい。そんなふうに言い切れるような自信が、私の中にはないから。
「しんどいの?」
彼が聞いてくる。
どうなんだろう。きついといえばきつい。でも、これが普通だ。朝早くから母の代わりに働いて、特に必要とも思えない学校に縛られて、そうして過ごしていく日々だけが私の中にある日常の風景だった。
「……しんどい、のかなぁ。もうわかんないや、ずうっとこんなんだから」
もう一度星を見上げる。そこには変わらず光り続ける星々。手を上げてみても届く訳もなく、しかし届かない距離にも見えない。二・三度試してみてから諦める。息を吐きながら再び俯いて、ぎゅうっと自分の身体を強く抱きしめた。
再び沈黙が場を包んだ。真っ暗な視界の中で沈んでいると、隣で動く気配を感じる。
と思った次の瞬間、何か暖かいものが私を包んだ。顔を上げると、彼が私を抱きしめていた。強く、離れぬように。
「しんどいよね。……ごめん、ずっと近くにいたのに助けられなくて」
優しい顔の彼が、右手で私の目を閉じさせる。と同時、彼の手が瞼越しでもわかるほどの蒼い光を放った。
「でも大丈夫。僕が絶対に助けるから。もう、誰にも君を傷つけさせないから。だから君は……」
彼の声が途中で聞こえなくなった。瞼越しだというのに、それでも目が潰れそうなほどの閃光が私の頭の中を蹂躙し尽くしていくのを感じて、
全てが、暗黒に消えた。
誤字脱字等を修正いたしました。(8/12)