退魔士は自暴自棄になることにした
荒れ気味の主人公です。
昨夜は眠れなかった。
確かに、開かずの第3書庫に俺の捜し求める文献はあった。
だが、その内容に問題があった。
封印の仕方は書いてあった。
これであの死神女を封印したこともその後捜した書物の中に書いてあった。
かなり意外なことだったのだが、今はどうでもいい。
問題なのはその封印の仕方そのものだった。
「どうしたんですぅか? 昨日は夜遅くまで勉強してたんですぅか?」
「うるせー、大体お前のせいでなぁ……」
“こいつが言った”ことは、思い返してみると正しかった。
何が正しかったかというと、
「見つけたんですぅよね?」
「あ? んなもん知るか!!」
「またまた~、隠したって無駄ですぅよ!」
このやり取りがそんなに面白いのか、死神女め!!
もうじれったく言うまい。
死神の封印の仕方その1、その死神の性別と相対していなければならない。
つまるところ、死神が女ならば、封印する者は“男”でなければならないってことだ。
これについてはクリアしている。
だが問題はその2、お互い信頼関係を超える間柄でなくてはならない。
ようは……
「いやですぅねぇ~、広貴さんて意外にウブなんですぅねぇ~」
ニヤニヤしている死神女。
俺は17年間生きてきて、こんなにも殺意が芽生えたのは初めてだ。
今ここで解体してやろうか? ヒヒヒ……
な~に、心配はいらない。相手は『死神』なのだ。そもそもこの世の生物でもない。
殺したところで罪に問われないのがこの世の摂理!!
こんなこともあろうかと、携帯式のナイフを持ってきて、今現在、制服のポケットの中に忍びこませてある。
直死の●眼とやらは持っていないが、これに俺の『退魔士』としての力を注いでやることで一発で殺せなくとも、ダメージを確実に与えることができるのだ。
ふふふ、最初からこうしておけばよかったんだ。
こんなメンドーな女、さっさと殺ってしまえばよかったのだ。
退屈とはいえ、貴重な高校生活を無駄にすることなんかない。
さぁ、どこから傷めつけてやろうかぁ……
「ど、どうしたんですぅか? 目がなんか怖いですぅ~」
ちらちらと死神女の体を見ていたから当然の反応。
しかも、これでは俺はどこぞの変態猟奇殺人魔ではないか!? 俺ってこんなMっ気があったのか……
ともあれ、どうしたものか。
「さっきから何を誤魔化しているんですぅか?」
「う、うるせぇ!!」
やはり、こいつはここで始末したほうがよさげである。
「やっほー、元気か?」
「……まぁそこそこだ」
実はそんなに元気ではないぞとアピールをしつつ、席に着く。
東とは席が前後なのでこのまま人気の少ない場所に移るべきなのだろうが……いかん、なんかものすごく眠い。
「なんかお疲れだな~」
「……寝かせろ」
東はへいへいと答えて教室を出て行った。
別に出て行く必要はなかったのだが……目的は“奴”か?
……恋せよ、少年。
時間は刻々と過ぎていく。
まぁ俺の人生、短かったな。
別にやりたかったことなんてそんなになかった。
普通に高校生活を過ごし、そこそこなレベルの大学に進学して、そこそこ給料が貰える所に就職して、定年まで安泰に過ごし、定年後は庭の盆栽をいじりまわして、静かに死ぬ。
これが俺の人生の目標だったのに……高校すら卒業できんとはなぁ。
はぁ~、なんか視界が霞んできやがったぜ。
泣いてるな俺? でもいいじゃないか。死ぬ気がないやつが死を宣告されれば泣きもするさ。
はぁ~、なんだってこんなことになっちまったんだろうなぁ……
「大丈夫ですぅか?」
大体、こいつのせいだもんなぁ~。
……封印解いたの俺だっけ? まぁ故意じゃないし~。
「投げやりになってますですぅね?」
ぶっ飛ばしてやりたい。
メラメラと敵意をむき出しにして睨めつけてやった。
死神女はひっと後ずさり、その拍子に後ろにこけて机に頭をぶつけた。
そして、悲鳴を上げてのたうち回る。
いい気味だ、今畜生が!!
にしても……あー、今日入れて3日か。ほんと短かったなぁ~。
窓の外を眺め、感慨とか感傷とかいうものにふけっていると、
「後悔、最大の敵。満足、最善策と考察」
無機質な声がした。
振り返ると、珍しいこともあるもんだと思った。
いつも学校に顔を出すことすら少ない山渕灯がそこにいたからだ。
「なんだ、山渕? 珍しいな?」
すると、問答無用というやつだろう。
どこからともなく、小さなナイフを突きつけてきやがる。
こいつまで俺の命を狙うつもりか?
感情のないその瞳からは何かを訴えているようにも見える。
死期が近い俺ならではの幻影かもしれないが。
「命と誇り、比べるまでもない。十三河が人間なら……」
おい、言ってることは理解できたが、
「いつからそんな達者な口調で喋れるようになったんだ!?」
「…………」
ゆっくりと彼女の右人差し指が教室の出口付近を指す。
見ると、東が頭をかきながら照れている。
わかった、どうやら第一段階は上手くいったようだ。
おめでとう、東。この時に限り“戦友”より祝福を送ってやろう。
……で、まず状況を考えよう。
相手に刃物を突きつけられるのはやはり宜しくない。
いくら殺す意志がなくても、やはり寿命が2、3年くらいは縮む。
まるで爺みたいだが、普通の高校生ならそう思って正常だ。
俺は普通ではないが、性格上はそこらの一男子高校生と変わらないでいるつもりだ。
だからこうして自分の命がどうとかを考えているわけでして……
あ、俺もうすぐ死ぬんだった。寿命なんてくそもねぇ。
「はぁ~、そろそろそれをしまってくれないか? お前の言いたいことはよ~くわかったからさ」
「そう」
山渕はそのナイフをひゅんと回して何処かに消した。
俺はこのとき思った。“萌え”という言葉がある。
つまるところ、可愛いとか、思わず見とれてしまうとか、恋するという感じに近い言葉だ。
東はきっと“寡黙萌え”というやつなのだろう。
よ~くわかった、俺だってアニメくらいは見る。
SFチックなもので、よくこういうのがいる。
普段はあまり喋らないくせに、キャラ人気投票で上位にくいつくやつだ。
こいつといると命がいくつあっても足りんと思うぞ、戦友。
「命は大切。誇りを捨ててでも大切なもの……それが私の守りたいもの、かけがいのないもの」
「あ~、いや、俺がいいたかったのはそういうことではなくてだな」
前に屋上で話した会話を思い出した。
あのとき言いたかったことは好きな人を大切にしろという意味で、そのためには自分の命も大切にしろっつー意味だ。
ま、こいつはただ単に不器用なだけだろう。このまま放置していても問題なかろう。
すくなとも、俺には、だが……
「ふっ、今日も無駄に終わっちまったな」
「なら今からでも遊びにいきませんですぅか?」
放課後のことだ。
家に住み着いている死神女と下校時の道も同じになるわけで、なぜか一緒に帰るハメになってしまっている。
いや、こいつが飛びついてきたんだ。
きっともうすぐ俺の命が手に入るとかなんとかで、いろいろウキウキな気分なのだろう。
「遊び? ふん、平安っ子のお前の遊びって蹴鞠のことか?」
「あ~、なんですぅかその固定概念は~!!」
だって、あれは平安貴族の遊びだろ?
平安時代って、やたら貴族たちにスポットあてて勉強するしよ。
「だったら、どんな遊びだよ? まぁどっちみち俺の命を狙ってるような奴と遊ぶわけにもいかんがな!!」
「そ、そんなこと……私だって」
「うるさい、黙れ、もう一生喋るな、というか俺の隣に立つな、後ろを歩け、つーか、別ルートで帰れ、家に着いても俺の部屋に入ってくるな!!」
「……そうですぅよねぇ、言われてみれば私は広貴さんにとって“天敵”になりますよねぇ」
「ん? なんだ、今頃気づいたのか!? はぁ~……ばっ」
言いかけたところで死神女は走り出していた。
そして俺を通り越して夕日で染まる街に姿を消していった。
「ねぇ、ファディちゃん知らない?」
「知りませんよ、お袋様! 大方、どこかで迷子にでもなっているのでしょう」
夕飯の時間。
奴は帰ってこなかった。
俺としては気分的に快適だが、お袋さまはそわそわして落ち着かない様子だった。
そういえば、死神女と妙に仲よかったっけ?
息子の命を狙う死神とは知らずに……
「ちょっと見てき」
「却下です」
即答する。
当然だ、心配なら自分でいけばいい。もしくは親父にでも行かせろってんだ。
喧嘩したわけじゃない。
ただ、俺の力のなさと、むかつくほど能天気なあの女に腹立たしいだけだ。
自分の命がもうすぐなくなると嘆いていたのは単に“死にたくない”という感情だけではなかった。
自分の力を認めてもらえなかった。
まず、親父に認めてもらって、お袋に認めてもらって、近所の怪しげな呪術師やら、滅却士やら、宇宙人、未来人、超能力者うんぬん、エトセトラエトセトラ……
十三河の名を世界にしらしめるとか、人々の平和を守るヒーローになるとかそんなものに興味はない!
ただ、俺という人間を認めてもらいたかった。そう、それだけなんだよ!!
十三河広貴という人間の生きた証を刻みたかっただけだんだよ!!
だが、あいつは今それを壊そうとしている。
人間には誰もが平等に生きる権利をもっている。
他人がそれを干渉していいわけないんだ!
だから俺は死神を、ファーディアス=ブロウクラウを憎む。
東と山渕のやり取りはいずれ書きたいです。
残り2話。




