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scene_7 「怪しすぎて逆に怪しい」


 羽島万太は、パソコンをチェックしていた。

 野中ヒロシと話しているうちに、万太のヒーローマニアぶりもしっかりとばれて、二人は意気投合──とういうより、どうやらヒロシがある程度万太を認めたようだ。そうして、二人の意見は悪将軍を成敗しようという方向でまとまった。万太は花ノ宮高校の平和のため、ヒロシは妹ナノカの身の安全のため。最終的な目的は違えど、悪将軍をどうにかしなければならないというのは同じだ。

 今日一日の学校でのできごとを聞き、協力すると宣言したヒロシの行動は、実に早く、鮮やかだった。目にもとまらぬ早さでキーボードを叩き、「花ノ宮高校・城対策HP」を開設。城や悪将軍に関して現在わかっている情報を、ナノカのノートと万太の話を元にまとめあげ、さらに掲示板を設置し、URLとパスワードを2─A全員にメール送信した。ほかのクラスについては今後どうするか考えていくらしいが、「オレさ、住所とメアドと誕生日押さえてるの、ナノカのクラスメイトだけなんだよね」という理由で、2─Aだけにとどまっている。なぜそれだけの情報を押さえているのか、それって犯罪なんじゃないだろうかと万太は思ったが、黙っておいた。平和優先だ。

「なんか情報、出てるか?」

 フリルエプロンをはためかせ、ヒロシがディスプレイをのぞきこんでくる。どうやら夕飯の準備中らしく、良い香りが漂ってきていた。万太は身を引きながら、うなずく。

「出てますね、掲示板に何件か。やはり家族に話しても信じてもらえなかった、等のものと……あと、興味深いのは、これです」

「どれどれ」

 万太がマウスのカーソルで示すと、ヒロシはそれを読み上げた。

「『オレ幽霊見たマジで見た』?」

 津田真一の書き込みだった。お調子者ではあるが、嘘をつくようなタイプではない。

「幽霊を見たというのは、今日水無月さんもいっていましたし、こっちにも……」

 津田真一への返信という形で、投稿があった。画面をスクロールさせる。今度はクラスでも比較的おとなしい、八代友人の書き込みだ。

「『ぼくも見た。形のないお化けみたいな。気持ち悪い。時間はたぶん四時ぐらい。そっちは何時?』 ……で、返信が、『二時ぐらいに学校で』、か」

 ヒロシがうなる。万太はその続きを読みながら、幽霊について考えていた。水無月景子が見たといっていたのは、十時ぐらいだっただろうか。これらすべてが嘘ということは、まずないだろう。

「こっちは、家でひとりでいるときにとありますね。ぜんぶで三人です。まだ増える可能性もあるでしょうから……幽霊目撃情報で、新しくスレッドをたてたほうがいいでしょうか」

「いや、それするとガセが増えそうだな。本当に見たヤツは掲示板舐めるように見て食いついてくるだろ、そのまんまでいいよ」

 いやに頼もしい。そうですか、と万太は素直にうなずく。パソコンを使うようなことは、万太はあまり慣れていないのだ。せいぜい学校で使う程度といったところで、寮の自室にももちろんパソコンなどない。

「それにしても、幽霊ねえ。よし、ちょっといじってみるか」

 ヒロシがキーボードに手をのばす。万太はイスから立ち上がり、パソコンの前を譲った。

「『髪の長い女の幽霊なら、オレも昔見たことある』」

 野中ヒロシとずばりそのままの名で、書き込む。

「本当ですか?」

「本当のこと書く必要ないだろ、ここで」

 聞くと、あっさりと返された。まったくそのとおりだ。

 ちょうど掲示板を見ていたのだろう、ほどなくしてレスがつく。

『そういうのじゃなくて、どんな見た目かはわかんないんだけど、幽霊だってことはわかる感じ。背筋がぞっとした』

 これは八代友人。

『女の霊とかじゃなくて、もっとよくわかんないやつ』

 ほとんど同時に、すぐに続いたのは津田真一だ。水無月景子は、いまのところ姿を現す様子がない。

「……要領を得ませんね」

 万太はつぶやいた。どんなものかもよくわからないが、幽霊だということはわかるというのは、いったいどういうことなのだろう。

「まあ、無関係じゃないよなあ。城と同じ日に悪将軍、操られた教師と男子生徒。それから、幽霊かあ。やべえ楽しい」

 ヒロシは興奮を押さえきれないらしく、浮わついた声でいう。全力でおもしろがっているようだ。

 妹は妹でやっかいだと思ったものだが、この兄もまったく違うベクトルでやっかいだった。そういう意味では三ッ山小亜羅も扱いにくい。彼女の周辺には、ちょうど良い、適度な人種はいないのだろうか。

「お、新しい書き込み。タイトル『要チェック生徒手帳』……あ、ナベがやばい! 万太くんバトンタッチ!」

 ヒロシは慌ただしく立ち上がり、キッチンへと戻っていく。

 ナノカと二人暮らしで、ナノカの担当は洗濯のみ、その他の家事はすべてヒロシが行っているのだという。ナノカが料理をするところというのはどうも想像ができないが、兄ヒロシが主夫のように働く姿にはそれほど違和感がない。料理の腕もあるのだろう。あの兄ならば妹のために努力を惜しまなそうだし、裏付けるかのように空腹を刺激する香りはどんどん強くなっていく。

 万太は腹を押さえた。己の欲望を振り払うかのように首を振り、パソコンの前にすわり直すと、ヒロシのいった書き込みをチェックする。

「……え?」

 そして、眉をひそめた。

 二度、じっくりと読む。すぐに胸ポケットから、生徒手帳を取り出した。ぱらぱらと開いて、気づく。

 挟み込まれた、小さな白い紙。自分で入れた覚えはない。

 紙には、印字された文字で、こう書かれていた。

『どんな敵にも打ち勝つと信じている──この合図で、クラスの女子に襲いかかること』

 まるで、指示書のようだった。

 万太はパソコンを見る。そこにある文面とまったく同じだ。書き込んだのは吉本猛。生徒手帳から出てきた、とある。

 すぐに何人かの男子生徒が、自分の生徒手帳にも同じものが、と書き込んでいった。万太も一応、右にならっておく。

 まだ数人ではあったが、予感があった。おそらく、2─Aの男子生徒、全員だろう。

 二人の女子が、自分の生徒手帳にはなにも挟まっていない、と書き込んでいる。女子はあのとき操られている様子はなかったので、当然といえば当然だ。

「つまり、この指示書によって、操られた……」

 そう考えるのが自然だった。

 しかし、だとすると──いったいだれが、いつの間に。

 ほとんど、悩むことはなかった。

 すぐに、思いつく人物がいた。

 掲示板にも次々と、その可能性を指摘する書き込みが続いていく。

「生徒手帳、なんだって?」

 料理が落ち着いたのか、ヒロシが顔を出す。万太は白い紙を差し出した。

「これが、生徒手帳に挟まっていました。おそらく、2─Aの男子全員に。書き込みによると、今日欠席した男子生徒の生徒手帳にも、同じものがあったようです」

「ほーう」

 ヒロシはミトンをはずし、紙を受け取る。

「ということは、悪将軍は紙切れによって人を操ることができる、か。やべえ強え」

 敵が人を操ることができるというのは、わかっていることだった。事実万太は、操られたのだ。

「ですが、目に見えない不思議な力ではないということがわかったのは、大きいでしょう。少なくとも何者かに接触され、これを忍ばされなければ、操られることはないということです。たとえば同じ空間にいるだけでいつの間にか操られてしまうというのであれば、お手上げですが」

「おお、そうだよな。賢いな万太くん。そして前向きだな万太くん。だが、諦めるんだ。妹はやらん!」

 この兄は、二言目にはすぐこれだ。万太はすでに反応するのも億劫で、黙ってスルーする。

「それで、それを忍ばせた犯人に、心当たりは……」

 ヒロシはディスプレイに目をやり、興味深そうに鼻を鳴らした。それから、万太を見る。彼がなにをいいたいのか、万太にはわかった。

 万太は、うなずく。

「先日……先週の木曜日、生徒手帳が集められたのはたしかです。生徒手帳の大幅な仕様変更を検討していて、現在どの程度活用されているか調べたいからと。プライベートなことが書かれている場合には応じなくて良いとのことでしたが、数名の女子生徒をのぞいて、ほとんど全員が提出していました。返却されたのは、その翌日です」

 木曜日のことを思い出す。なんとも思わず、まったく深く考えず、生徒手帳を差し出したものだ。たとえばそれが今日だったのなら、不審に思ったのかもしれないが。

「木曜日ですから、もちろん、まだ空に浮かぶ城は存在していません。ナノカさんは、そのときは?」

「引っ越しは金曜だ。つまり、ナノカがこの町に来る前から、悪将軍は下準備をしてたってことか……」

 ヒロシのいうとおりだった。ヒーローと悪将軍の関係は、思ったより複雑なのかもしれない。

「で、生徒手帳を集めたってのは?」

「担任の竹ノ内先生です。生徒手帳改訂の担当になってしまったのだと、雑談混じりにいっていました」

「怪しいなあ。怪しすぎて逆に怪しい。オレも高校生だったらなあ」

 ヒロシがうきうきとした様子でいう。当事者として参加したくてたまらないらしい。

 しかし万太にいわせれば、ヒロシは十分に当事者だった。実際に城を目撃し、こうしてHPを開設して積極的に事態を解決せんとしている。そして、おそらくは一連の出来事の中心に近いところにいるであろう、野中ナノカの兄なのだ。

「そしたらナノカちゃんのクラスメイトになれちゃってこれはもうたまらんな!」

 そっちか。万太は首を振った。

「花高の寮ならパソコンもないだろ。もうちょっと残って、ついでに夕飯も食べていけばいいさ。ナノカもそろそろ帰ってくるしな」

 さらりとそういって、ヒロシが食器棚から皿を出し始める。さすがに甘えるわけにはいかないと、万太は遠慮の言葉を口にしようとしたが、漂う香りが決意を鈍らせた。

「ええと、それでは……掲示板も、気になることですし」

 いやそうなんだけどそうではなくて──しかしどうも、素直に礼が出てこない。口の中で理屈をこねる。

 それでもここはしっかり礼を伝えなければ──そう思った瞬間に、ドアが開いた。

「ただいま! 帰ったよー!」

 明るい声の、ナノカだ。ヒロシが電話した際、もうだいじょうぶみたいだとはいっていたものの、やっと万太はほっとした。幼なじみであるという二人がケンカしていたのでは、あまり良い気分がしない。

「お帰り、ナノカ──! 小亜羅ちゃんは、帰ったのか? お、なんだそれ、『ゴーストやっつけちゃーズ』DVDボックスじゃないか! どうしたんだそれ!」

「別れ際にね、こあらちゃんが貸してくれたの。これ見て元気出してねって。限定版なんだってさ」

「すごいじゃないか! お兄ちゃんも見たいぞ! 今夜は徹夜だな、ナノカ!」

「ゴーストとは」

「拳で」

「「語り合え!」」

 ナノカとヒロシが、拳をあわせて叫ぶ。

 放映されたのは十年以上前だったが、数年ほど前にDVDボックスが発売されていた。期間限定通信販売のみの登場で、声優陣のコメントを収録したブックレットやヒロインのフィギュアまで同梱された豪華仕様、やたらめったら高かったのを覚えている。万太も欲しかったが手が出るはずもない。

「ぼ、僕も……」

 見たいですという雰囲気では、なんとなくなかった。万太は咳払いをする。

「あれ、万太くんだ。まだいたの?」

 純粋に不思議そうに、ナノカが聞いてくる。そういわれてしまえばかすかに傷ついた。というより直球で失礼だ。

「いてはいけませんか。調べていたんですよ、いろいろ。お兄さんにも協力してもらってね。収穫もありましたよ」

「あ、こっちもすごいよ! ナゾ仮面に会っちゃったよ! えっとね、悪将軍っていうのはあたしみたいに、だれかが願いを叶えてもらってなったみたいだよ」

 まるで、帰りにお魚が安くなってたから買ってきちゃった、とでもいうかのようなテンションで、ナノカが重要な情報を口にした。

 とっさには反応できず、万太は黙る。

 いま、なんと、いったのだろう。

「ナゾ仮面……に、会った? どうやって、ですか?」

「呼んだんだよ、大声で」

「呼んだ?」

 ますます混乱する。万太はメガネをはずした。深呼吸をして、かけ直す。

「……詳しく、教えていただけませんか?」

 ナノカは腕を組んだ。顎を上げて、見下ろす。

「ふふん。知りたかったら、そっちの情報も教えることね」

「なんで悪役みたいなんですか。いいですよ、もちろん」

「じゃ、食べながらだな」

 いつの間にか、食卓には三人分の料理が並んでいた。鶏肉のソテーマスタードソースがけと、サラダにスープ。多めに用意していたのか、しっかり人数分の肉がある。

「いやあ、ナノカが友達連れてくるかもって思ったから、五人分ぐらい食材買っちゃってさ」

 五人。万太は呆れつつも感心し、頭を下げる。

「では、お言葉に甘えます。すみません、ごちそうになってしまって」

「いいってことよ。ヒーロー好きに悪いやつはいないからな! 妹はやらんけどな!」

 悪い人間ではないのだろう。ただ変態なだけだ。

 ナノカはとっくに手を洗ってきたようだった。イスにすわり、待ちきれないというように足をぶらぶらさせている。見事になにもする様子がない。対照的に、ヒロシはいそいそと麦茶をコップに注いだり、取り皿を出したりと、大忙しだ。

「では食事をいただきながら……話しましょう。お互いに。あと、ナノカさんの、心についても」

 ちょっとかっこよくいったが、二人はあまり聞いていないようだった。マヨネーズ出して、あ万太くんはドレッシングかな、などとナノカは指示を出すのに忙しい。

「それでは、いただきます!」

「いっただきまーす!」

「……いただきます」

 この二人は、本当に事態をどうにかする気があるのだろうか──漠然とした不安を抱きながらも、万太もとりあえず、食事に専念することにした。







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