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scene_12 「だから、助けに来たの」


 三ッ山小亜羅には、すぐにわかった。

 扉の開く音、走っていく音。遠くでは、激しい物音。ごく静かだった城に、音が生まれていた。

 城にいる人間のうち一部が、動き出したのだ。悪将軍の指示に従って。

「ナノカちゃん、来てくれたのね……!」

 胸が高鳴った。とうとう、ナノカが来たのだ。大勢がこの城に連れ去られたのが今朝、いまはまだ夕方にもなっていない。本当はもっとすぐにという期待もあったが、それでも充分だった。

 小亜羅がいるのは、この城にならぶ部屋のなかでも一際大きく、絢爛な部屋だった。教師が指示を出して割り振るようならばどこでもいいと思っていたが、そういうわけでもなさそうだったので、使わせてもらうことにした。天蓋付きのベッドは自宅のものよりは小さいが、品があり気に入っている。

 だが、ここで一夜を過ごすことはなさそうだった。

 ナノカが城へ来たのだから。もう、この部屋にいることもない。

「わたし、待ってるわ」

 うっとりと、つぶやく。

 その部屋の扉が、突然開いた。

 ノックをするつもりなど最初からなかったというように、勢いよく。フリルエプロンの見知った男性と、目が合ってしまう。

「お兄さま!」

 小亜羅は目を輝かせた。ちょうど、会いに行こうと思っていたところだったのだ。

「お兄さまも、連れてこられてしまったんですね。おケガはありませんか?」

 とりあえずの礼儀だ。ごく心配そうに問いかけたのだが、もちろんケガなどしていないことはわかっていた。城に連れてこられることでケガをした人物は、ひとりもいない。

「やー、やっと見つけた、小亜羅ちゃん。それっぽいとこぜんぶ開けてさ、広いからもう見つけらんないんじゃないかとあきらめるところだったよ」

 なぜか手には、エコバッグを持っている。小亜羅は首をかしげた。

「わたしを、探していたのですか?」

「おう、ちょっと話があってね。あ、これ、コレッキヨのまんじゅう。食べる?」

 エコバッグからまんじゅうの包みを取り出し、差し出してくる。ナノカの好物だ。小亜羅はありがたく受け取りはしたものの、そのままサイドボードに置いた。

「あとで、いただきます。いまはなんだか、喉をとおる気がしなくて」

「緊張? 興奮? ……もしかして、ワクワクしてる?」

 小亜羅は、ほんの少し目を細めた。

「なんのことでしょう?」

 ヒロシはにやりと笑う。フリルエプロンの下に手を入れて、ズボンのポケットから携帯電話を取りだした。カチカチと慣れた手つきで操作して、小亜羅に画面を見せてくる。

 小亜羅はちらりと見て、そしてすぐに理解した。

 幽霊目撃情報が、一覧になってまとめられていた。


 水無月景子

 津田真

 八代友人

 真下ゆな

 近藤卓

 浅井光輝

 楽谷彩華 


 ぜんぶで、七人だ。

 小亜羅は知っている。これ以上増えることは、決してない。

 これで、完成なのだから。

「まあ、最初の四人か……三人ぐらいまででわかりそうなもんだったけどなあ。単純すぎて、逆にわかんなかった。さすがにもう、ナノカも気づいてると思うけどな。万太くんもいるし」

「気づいてもらわなきゃ、おもしろくないわ」

 本心から、小亜羅はいう。わざわざ『ゴーストやっつけちゃーズ』まで渡したのだ。隠された名に気づいたとき、ナノカはどんな顔をするだろう、いったいなにを思うのだろう……想像するだけで、胸が高鳴った。

「別に実際に見てなくても、そういう指示書を貼り付けておけば、貼られたやつはそう証言するわけだ。やるなあ、小亜羅ちゃん」

 茶化しているというわけではなく、本気で感心しているようだ。そういう素直な反応ならば、悪い気はしない。小亜羅はにっこりと微笑んだ。

「わたし、いっぱい考えたんです。できそうでできないことだと思いませんか? もちろん、できるということに気づいたから、やろうと思ったのだけど」

「たしかになー。『ら』の楽谷とか珍しい名字だもんな」

 ヒロシがしきりにうなずく。小亜羅は嬉しくてたまらなくなった。いたずらが成功した気分だ。

「さすがお兄さま! そうなんです、だから思いついたぐらいなんです。それで、そのことを伝えるために、ここへ?」

 問うと、ヒロシは首を左右に振った。

「ま、それもあるけど……見に来たんだよ、オレは。オレはあいつのお兄ちゃんだからな。最初は、悪将軍なんて見つけたら、ぶったおしてやろうと思ってたんだ。オレのこの拳で! ガツンと!」

 拳に息を吹きかける。強そう弱そうという以前に、新妻仕様のエプロンが根本を台無しにしている。

 しかしそれが、ヒロシらしいという気もした。小亜羅は穏やかに笑って、小首をかしげる。

「ガツンと、しないんですか?」

「しないよ。小亜羅ちゃんは、ナノカの大事な友だちだ」

 小亜羅は眉をひそめた。

 あたりまえだ。そんなことはあたりまえだ。小亜羅はだれよりもナノカのことを愛している。その愛は、たとえ家族が相手でも負けないという自信がある。一方通行などではなく、ナノカもまた自分を大切にしてくれているということも、よくわかっている。

 しかし、どういうわけか、得体の知れない苛立ちが生まれていた。ヒロシがさらりと流したことが、なぜか気に入らなかった。

「お兄さまは、きっと、ナノカちゃんをそれほど愛していないんだわ」

 そうでなくては、おかしいという気がした。

 なにかが、まちがっている。

 まちがっているのは、決して、自分ではない。小亜羅は正しいのだ。すべては愛ゆえの行動なのだから。

「愛してるさ。世界で一番大事な、妹だ」

 城が、揺れた。

 内部から揺さぶられたような衝撃。ヒロシが派手によろめく。

 ナノカが暴れているであろうことは、明白だ。きっと想像以上に派手に。

 ならばすぐに、移動しなければならない。 

 小亜羅は平然と立ち上がると、扉に向かった。

「よろしければ、一緒にご覧になりませんか。ナノカちゃんの大活躍を」

「喜んで」

 うなずくヒロシに手をさしのべるようなことは、もちろんしない。

 小亜羅は部屋を出ると、颯爽と廊下を進んだ。時折城そのものが揺れたが、足を取られるようなことはなかった。

 ナノカが戦っているのだ。

 高揚していく。たまらない。ヒーローとして、悪将軍を倒しに来たのだ。立ちふさがるのは同じ学校に通う高校生たちや、教師たち。彼女はいったい、どんな顔をして戦っているのだろう。

 悩み、苦しんでいるのだろうか。

 ぞくぞくした。

「待っていてね、ナノカちゃん」

 自然と、足取りが早まる。廊下をぐるりと回って、階段を上がる。石の扉を開けると、巨大なドームが待っていた。装飾の一切ない、石造りのだだっ広い空間。まさに、コロセウムだ。

 そうなるように、設計した。ホールや居住空間は城のほんの一部、その上階は丸ごと、ナノカのための場所だった。

 中央に、生徒や教師たちが転がっている。眠っているのだ。合図を出せば、いつでも動き出す。

 いまナノカに襲いかかっているのは、城にいるうちの三分の一程度だった。足止めというほどでもない。あえていうならば、揺さぶりだ。

「おわ、徹底してるなー。さすが、三ッ山財閥」

「あら、家は関係ないです。設備のために多少のお金は使いましたが、それだけです。なかなかでしょう?」

 ヒロシは口を開けて、見とれている。小亜羅はその表情に、多少の満足感を得ていた。

 本当は自慢したかった。だれよりもナノカに。すごいでしょうよくできているでしょうと、城のすべてを見せてまわりたかった。

 やっと今日、それが叶うのだ。ナノカはなんというだろう。

「さあ、お兄さま。特等席が用意してあります」

 小亜羅がいうと、ヒロシがきょろきょろとあたりを見回す。見当たらないのだろう。見事なほどになにもないのだ。

 その反応を存分に楽しんでから、小亜羅はそっと、人差し指を上に向けた。

「あそこです」

 吹き抜けになった高い高い天井までの中間地点に、出っ張った床があった。まるで水泳の飛び込み台のように、そこにだけ足場がある。

 ちがうのは、階段もはしごも一切ないことだった。それこそ空を飛ばない限り、たどり着くことはできない。

「高っ!」

 首をいっぱいに上に向けたヒロシが、叫ぶ。続けてなにかをいおうとしたようだったが、巻き起こった風がそれを悲鳴に変えた。

「う、うわっ」

 二人の身体が、宙に浮いていた。ヒロシがしがみつこうと手を伸ばして来るが、小亜羅は最小限の動きでそれを避ける。

「だいじょうぶです、安心して」

 そうはいっても安心できないだろうとことはわかっていたが、とりあえずはそういうほかにない。

 風は二人の足もとで渦を巻き、まるでエレベーターのように勢いよく上昇した。ほんの一呼吸の間に、特等席に到着する。

 といっても、イスなどない。

 代わりに、打ち込まれた鉄杭と、そこに繋がれた鎖、そして手錠。

「あれ?」

 ヒロシが声をあげる。

「これ、もしかして……あれオレ……あ、そういうこと?」

「気づいちゃいましたね、お兄さま」

 小亜羅は天使のように微笑んで、ヒロシの腕をつかんだ。素早く右腕に手錠をはめる。

「人質というやつです」

「……ですよねー」

 しかしどうやら、抵抗する気はないようだ。抵抗しても無駄だとわかったのだろう。いっそ特等席からの眺めを堪能することにしたのかもしれない。

 小亜羅は念のため、ヒロシから距離を取る。特等席の端により、柵に両腕をかけた。顎を乗せ、見下ろす。

 そろそろ来るはずだ。

 たまらない緊張感だった。

 きっと、あの石の扉から。扉を開けてくるだろうか。それとも力任せに、蹴破ってくるだろうか。

「早く来て、ナノカちゃん」

 期待に胸が膨らんでいく。

 しかし、現実は、小亜羅の想像をはるかに超えていた。

 浮遊する城にはあるまじき、地鳴りのような細かい揺れ。地の底からわき上がるような、不穏な音が響く。

「下?」

 小亜羅は身を乗り出した。中央には、依然として眠っている生徒たち。彼らの身体が、揺れている。

「こ──こ──か──!」

 巨大な叫び声と同時に、轟音。

 まるで火山の噴火のように、拳を突き上げたナノカが、床を破壊して飛び出してきた。

 足に、羽島万太がくっついている。床と一緒に持ち上げられた全員が、眠ったまま花火のように散り、ぼとぼとと落ちていく。

「っあ────……」

 切ない声をあげ、万太も落ちた。

 ナノカは、颯爽と着地した。あたりを見回し、気を失っている生徒たちに気づく。口元に手を当て、悲痛な声をあげた。

「なんて、ひどいことを……!」

 どうやら、自分でやったという事実に気づいていないらしい。小亜羅は目を見開いて、しばらくは声も出せない。

 しかしやがて、楽しくて仕方がなくなってきた。肩を揺らして、堪えきれなくなって、笑い出す。

「ナノカちゃん、素敵! そうでなくっちゃ!」

 声を聞いてやっと、ナノカが顔を上げる。

 視線が絡み合った。

 ナノカの表情が、笑顔になる。

「こあらちゃん!」

「遅かったじゃない。わたし、ナノカちゃんが来てくれるの、ずっとずっと、待ってたのに」

 そういうと、ナノカはすぐに、泣きそうな顔をした。たったそれだけで、小亜羅はたまらない高揚感を味わう。

 待ちに待った瞬間だった。

 十二年間、ナノカと離れている間、ずっと考えていたのだ。

 ヒーローであるナノカにとって、最高の舞台とはなにか。

 どうすれば、ナノカが喜んでくれるのか。

 小亜羅は、ナノカのすべてを愛していた。

 笑顔も、泣き顔も、苦痛に歪む顔も。

 なにもかも、すべて。

 もっと見たい。

 もっともっと、見たい。

「ナノカ! お兄ちゃんは、無事だぞ──!」

 小亜羅のうしろで、ヒロシが声を張り上げる。

「あっ」

 ナノカはヒロシを見た。

「うん、そうそう。良かった、お兄ちゃん!」

「ナーノカ──!」

 ヒロシの声が、涙声になる。

 小亜羅は、試してみたい気持ちになった。

 ヒロシのいうように、本当に、気づいているのだろうか。

 気づいていて、こうしてここに来たのだろうか。

「ナノカちゃん、わたしを、助けに来てくれたのよね?」

 精一杯、ヒロインのような顔をして、問う。

 ナノカは、うなずいた。力一杯、そこになんの迷いもないことが、遠目にもわかる。

「そう。助けに来たんだよ、こあらちゃん」

「嬉しい、ナノカちゃん!」

 言葉にならない。嬉しくてたまらない。同時に、なんて愚かなんだろうと、愛しさがこみ上げる。

「ねえねえ、気づいていない? まだわかっていない? わたし、囚われのお姫様なんかじゃないのよ、わからない?」

 どんな顔をするだろう。

 驚くだろうか。

 悲しむだろうか、泣くだろうか。

 ぜんぶを見たかった。

 小亜羅のためだけに、小亜羅のせいで、表情を変えるナノカを。

 小亜羅は息を吸い込む。

 満面の笑みで、告げる。

「わたしよ! 悪将軍って、わたしのことよ!」

 しかし、ナノカは表情を変えなかった。

 力強く光を宿した瞳で、じっと、小亜羅を見ていた。

「知ってる」

 はっきりと、うなずく。

「だから、助けに来たの」

「ああ……!」

 小亜羅は歓喜に打ち震える。

 柵に手をかけ、ひらりと飛び越えた。

 しかし、落ちることはない。風が、小亜羅を取り巻いている。ナノカのすぐ近くまで下降し、愛しい友人を、見下ろす。

「じゃあ、戦いましょう、ナノカちゃん」

 恍惚とした笑顔でそういって、両手を振り上げた。







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