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scene_9 「絶対に、来てくれる」


 三ッ山小亜羅は、両手を握りしめていた。汗が滲む。

 小亜羅たちは、空に浮かぶ城の内部にいた。花ノ宮高校の生徒たち──全員ではないようだが、それでも半数はいるだろう──と、数人の教師たちが、あっというまに連れてこられたのだ。風に攫われた、としかいいようがない。

 だだっ広い、ダンスホールのような部屋だった。いかにも高級そうな赤絨毯が敷き詰められ、高い天井からはシャンデリアがぶら下がっている。灯りはついていなかったが、無数にある窓から、充分な光が差し込んできていた。一番大きな窓の前ではいまでも風が渦を巻いているが、城のなかへ入ってくる様子はない。

 反対の壁には、壁かけランプのようなものがいくつか引っかけられている。アンティークを思わせるレトロな風合いは、こんな状況でなければ見とれてしまいそうなほどに美しい。

「落ち着くんだ。怪我をしているやつはいるか?」

 一番最後に飛び込んできた竹ノ内が、率先して声をかけている。ほかに教師はぜんぶで五人程度だろうか。

 小亜羅は竹ノ内に駆け寄った。どうしても、ナノカのことが気になっていた。

「竹ノ内先生。あの……ナノカちゃんは、来ていましたか」

 竹ノ内の表情が、かすかに曇った。

「ああ……無事だといいがな。情けない話だが、操られた先生たちが彼女に襲いかかっていてね。自分もそうなるところだったが、なにかの拍子に面がはずれて、我に返ったんだ。ここにいる先生たちも、そうだろうな」

 だから、一緒にここに連れてこられたのだろうと、ため息をつく。

 小亜羅は胸を撫で下ろした。

「よかった。ナノカちゃんさえ無事なら、助けに来てくれるもの」

「三ッ山」

 竹ノ内の声は厳しく、硬い。小亜羅は眉根を寄せた。

「なんでしょう、先生」

「野中に背負わせるな。あいつだって、普通の高校二年生で、おまえの友だちなんだろう」

「ナノカちゃんは普通じゃないわ。特別です。だから絶対に、来てくれる」

 きっぱりといいきる。不快だった。なにをいっているのかわからない。

 ナノカはいつだって特別だ。小亜羅にとってのナノカは、いつだってヒーローだった。今回だって必ず、どんな状況だろうと、来てくれる。

 小亜羅は自分が、囚われの姫になったなどとは思っていなかった。だが、彼女が助けに来てくれるのを待つというのは、とても素晴らしいことだった。夢のような状況だ。

 だがナノカは、きっといまごろ、心配している。

「かわいそうな、ナノカちゃん」

「おまえ……」

 竹ノ内が、なにかをいいかける。しかしそれを聞かずに、小亜羅は彼に背を向けた。

「みんな、この部屋を出てみましょう。危険かもしれないけど、ここでこれだけ騒いでいても平気なんだもの、きっとだいじょうぶよ。お水や食料が、あるかもしれないわ」

 顔なじみを中心に、声をかけていく。彼らは突然の状況にただ戸惑っていたようだったが、小亜羅の提案に顔を見合わせた。

「そうだね……じゃあ、男子、探検に行きなよ」

「いや、ここは先生たちでいこう」

「オレたちも行くって!」

 我こそはと、手が上がり始める。

 小亜羅は微笑んだ。

 だいじょうぶ、ここはだいじょうぶだ。

 ナノカは来てくれる。信じて、待っていればいい。それだけのことだ。

「ねえ……あたしたち、帰れるのかな」

 だれかがぽつりと、つぶやいた。

 ナノカちゃんが来てくれるわ──小亜羅は真っ先に、口にしようとする。しかし、ほかの2─Aの生徒たちが、声をあげた。

「うちのクラスの転入生、ヒーローなんだぜ。昨日校門持ち上げたの、見ただろ」

「来てくれるよ、だいじょうぶ」

「昨日だって、助けてくれたんだよ」

 口々に、ナノカの名を出す。ほかのクラスの面々も、もちろんナノカのことは知っているのだろう。不安は少しずつ、希望に変わっていった。

 暗く重くのしかかるものが、なくなるわけではない。それでも。

 この町には、ヒーローがいる。

「ケータイつながるよ! HPにこっちの情報書き込んどこう」

「親にも電話しといたほうがいいかな。ちょっと遅くなる心配するなマルみたいな」

「なにそれカッケー」

「いや意味わからん」

 口ぶりが、だんだんと明るくなっていくのがわかった。小亜羅は心底からほっとする。だいじょうぶ、絶対だいじょうぶ──もういちど、心にいいきかせる。

 小亜羅は知っている。ナノカが助けに来てくれるのだと。だからだいじょうぶなのだと。

 それをどう伝えたものか、どうすればわかってもらえるのか──それが問題だった。しかし、杞憂だったようだ。

 彼らはちゃんと、わかっていた。

 小亜羅には、それが嬉しくてたまらない。

「トイレとシャワーと食料発見! 敵なし!」

「大量のベッドも発見! 敵なし!」

「とりあえず水だ。ふつうにコンビニで見るやつで、未開封。オレも飲んだが問題ないだろう」

 体育教師と、男子生徒数人が、早くも戻ってくる。その大声はホール中に響き渡り、生徒たちは歓声をあげた。

 これといって喉が渇いていたわけでもないだろうが、運ばれた水のまわりにあっというまに人垣ができる。小亜羅は遠慮するように、その場から離れた。

 壁にもたれかかって、息をつく。

 そっと、携帯電話を取り出した。野中ナノカの名前を押そうとして、その前にHPへ繋げる。ヒロシの立ち上げた、2─Aの生徒が情報を自由に書き込める掲示板を開いた。

 たったいま書かれたらしい、城の内部に関するものが数件。さかのぼっていくと、幽霊についての情報が、新しく書き込まれていた。 

 真下ゆな──幽霊を見たような気がする。

 近藤卓──オレも見た、超怖い。

 小亜羅はブラウザを閉じた。カチカチと、文字を打つ。

『こっちはだいじょうぶ。待ってるわ、ナノカちゃん』

 ナノカの携帯電話に、そうメッセージを送信した。







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