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魔法では叶わない夢だから(仮)(5)

 多聞ともあきちゃんとも連絡がつかないことがわかると、俺はすぐにジイさんに助けを求めた。俺には何も言わなくても、ジイさんになら相談している可能性が高い。悲しいが。

 スカイプで捕まえたジイさんは案の定、何か知っているそぶりで俺を家まで呼びつける。車で向かう途中、念のため多聞の店も訪ねてみたが、店の扉には「しばらく休業します」という張り紙がきっちりと貼ってあった。いつも開店休業のくせに、こんなときだけ律儀なもんだ。

 ジイさんの家の玄関扉を叩くと里中さんが迎えてくれた。

「で、多聞はなんて? あきちゃんは?」

 単刀直入な質問に、ちゃぶ台を挟んで向かい合わせに座ったジイさんは、里中さんの淹れてくれた茶をのんびりとすすってから答えた。

「とりあえずは大丈夫じゃ。多聞は『今は何も手出ししないでほしい』と言っておったわ」

「なんで? 青柳紀元のことは放っておけってことかよ」

「そうじゃ。自分たちでなんとかするから、と」

「は!?」

 思わず声が大きくなる。今さら何言ってんだ、あの狐野郎は。

「三島さんはあいつと連絡とれないって言ってたぞ。一人でどうやって――」

 しゃべっている途中で、はたと気づいてしまう。多聞は一人ではない。そういう可能性をまったく考えていないわけではなかった。でも、

「あきちゃんが、多聞と一緒に青柳紀元のところにおるようじゃ」

 一気に、頭に血がのぼっていく。怒る権利なんて俺にはないはずなのに。

「吏一、これはあの子の意思じゃ」

 息を吐いて、気持ちを落ち着かせてから、俺はジイさんを見る。

「意味がわかんねえ。それでいいのか? なんで多聞はのこのこと父親んところに戻ってんだ? 魔法使うのが嫌じゃなかったのか? あきちゃんまで巻きこんでどうしたいんだ?」

「さあのう。あきちゃんを連れていく代わりに、何か青柳紀元と取り引きしたのかもしれん」

 ジイさんは疲れたように目を伏せて、湯のみを口元へ近づける。

「のんびり茶ぁすすってる場合かよ!」

 ちゃぶ台をたたいた音にびっくりした里中さんが台所からこっちを振り返った。すみません、と手を引っ込める。ジイさんは半月眼鏡の奥からじろりと俺をにらんだ。べつにびびったわけではないが、妙な迫力がある。

「わしが、お前に連絡する間も惜しんでただ茶を飲んでいただけだと思っとるんか?」

 ジイさんの皴だらけの顔にいつもより疲労の色が濃いことを、俺は今になってようやく気づく。堂本家に絶縁されてまで助けた多聞を、ジイさんが放っておくはずがない。孫みたいに可愛がっていたあきちゃんを、ジイさんが心配していないはずがない。

「……悪かった」

 自分の浅慮さが嫌になる。

「少し昔話を聞いてくれるかのお?」

 俺が促す前に、ジイさんは勝手にしゃべりはじめた。

「昔というても、わしはもうそのころにはジジイじゃった。堂本の分家には秋月という家があった。知子という娘がおってな。賢い子じゃったが、少々勝ち気で両親にはよく反発しておった。彼女は十三のときに魔法使いになった。彼女の道具はカメラじゃ。彼女がファインダーを覗いてシャッターを押すと、写真の被写体の心の中がわかってしまうんじゃよ」

 どこかで聞いたことがあるような魔法だ。ジイさんの昔話に、心がざわつく。俺の動揺を見透かしたんだろう。ジイさんはひとつ頷いた。

「そう、多聞の魔法とよく似ておる。秋月知子は多聞の母親じゃ。魔法は遺伝するものではない、とわしには言い切れん。青柳家や堂本家に魔法使いが多いことからも、魔法使いと血筋は無関係ではあるまいよ」

 ジイさんが眼鏡の奥から、じっとこちらを伺うように見ている。

 それだと俺の見たものはどうなる? 以前、青柳紀元の力で俺の魔法が増幅されたときに見た、月並町にあふれていた魔法の光は。誰もが魔法使いになる可能性があるからこそ、たくさんの光が見えたんじゃないのか。自覚していないだけで、本当は誰もが魔法を持っているんじゃないのか。そう疑問をぶつけてもよかったが、今それを議論しても仕方がない。ジイさんの昔話はまだ続いている。

「話が逸れてしもうたが――青柳紀元と秋月知子は愛しあっとった。多聞は愛の結晶じゃな」

 俺は笑ったほうがいいのかと迷って結局、苦いものを飲み込んだような顔をしていた。 

「俺には、あいつが可愛がられて育ったようには思えねぇんだけど」

 愛されて育っていたらもう少し素直で可愛げのある人間になっていた、かどうかはわからないが、少なくともあの状況で父親から愛されていたとは到底思えない。

「そうじゃな。わしは知子をよう知っておった。いい子じゃった。少し、あきちゃんと似ておるかのう。自分の思いに素直で、人に寄り添える。じゃから青柳紀元とも親しくなれたのかもしれん。しかし、青柳家の嫡男と堂本家の分家の娘じゃ。現代のロミオとジュリエットじゃな」

 ジイさんの言い回しはいちいち恥ずかしい。

「そんなに大昔の話じゃねぇだろ? いくらなんでも時代錯誤すぎねぇか」

「紀元の父にあたる青柳家の先代と、わしの弟が犬猿の仲でのう。あのころは最悪じゃった。わしはひそかに期待しておったんじゃ。紀元と知子がうまくいけば、長年いがみあってきた両家の和解のきっかけになるかもしれん、と。二人の仲をわしは早くから知っておったが、見て見ぬフリをしとった。ほとんど駆け落ち同然で結婚して、先代が病で亡くなるまで知子は青柳家には認めてもらえんかったが、それでも多聞が産まれて、あの子は幸せそうじゃったよ」

 昔をなつかしむように、ジイさんは目を細める。俺の知らない月並町の話。多聞の母親のことを、ジイさんはきっと孫のように、あきちゃんのように、可愛がっていたんだろう。目に入れても痛くないほどに。結婚相手が誰であろうと、彼女が幸せならそれでいい、と。ジイさんらしい。

 だけど、そのジイさんの目から不意に光が消える。

「……わしは、楽観的じゃった。本当のところは何も知らんかった。大丈夫じゃと思っておった。なんの確証もなく。……青柳紀元が知子の魔法を、私利私欲のために利用しておることに、わしは気づかんかった」

 ようやく、俺にも話の筋が飲み込めてくる。多聞の母親は、以前の多聞と同じように、青柳紀元の仕事に利用されていたということか。人の心の中が手に取るようにわかってしまう魔法で、青柳紀元は成功をつかんだ。

「知子は疲れて病んでしまったんじゃ。あの魔法は心に負荷がかかる。気づいたときにはもう手遅れじゃった。あの子は逝ってしもうた。多聞を置いて」

 そうして今度は、多聞が母親の代わりに魔法を使うことになったのか。事態はそう単純には運ばなかったのかもしれないが、結果的に、そうなった。

「わしは知子には何もしてやれんかった。じゃからな、多聞にはできるかぎりのことをしてやりたいんじゃよ」

 少し、意外な気がした。ジイさんが多聞に対してそれほど過保護に世話を焼いているところを見たことがなかったからだ。あきちゃんにはゲロ甘だが、多聞とは少し距離をとっているような印象もある。その辺のことを尋ねると、ジイさんは愉快そうに笑った。

「多聞は可愛くないからのう。それに、もうとっくに大人じゃ。本人が自分でなんとかすると言うておるんじゃから、わしは余計なことはせん。ただし、あきちゃんのことは別じゃ。多聞のことは放っておいてやってもいいが、あきちゃんを放っておくのは無理じゃな。多聞の頼みでもわしは知らん。好きに手を出すつもりじゃよ。わしは、もう後悔したくない。あんな思いはこりごりじゃ」

 どうするつもりか、と問う前に、ジイさんの背後、続きの間にある古いデスクトップパソコンが小さな電子音を発した。

「終わったようじゃ」

「なにが?」

 ジイさんは俺の質問は無視して「よっこらせ」と立ちあがる。パソコンの前に座り、キーボードをカタカタと叩いた。

「わしにウィルスを送り込んだ者の正体を調べておったんじゃ。やられっぱなしは悔しいからのう」

 ふぉっふぉっふぉ、と高らかに笑うジイさんはどうやら見事その正体を突き止めたらしい。

「誰だかわかったのか?」

「おお、吏一……これはお前にとって、吉と出るか凶と出るか……」

 俺?

 どういう意味かとジイさんの後ろからパソコン画面を覗きこむ。いったいどこでどうやって手に入れたのか、一人の人物のプロフィールが履歴書のように写真付きででかでかと表示されていた。

 顔を見た瞬間に、すぐに誰だかわかった。よく知りすぎていて、疑いようもない。

「なんで川岸が!?」

 ディスプレイに大きく映し出された写真の中に、年の割に童顔な顔がある。

 名前は川岸幸助。俺のバイト先「カフェ・ムーン&リバー」の雇われ店長。

「偶然か、必然か、どちらにしてもこの者がウィルス付きのメールを送ってきたことは間違いがない。あきちゃんの写真を撮ったのも、堂本の当主を襲ったのもこやつじゃ」

「じゃあ、あきちゃんの言ってたコウくんってのが……」

 あきちゃんの口から語られた夏の思い出に、そいつの名前は出てきていた。あきちゃんを口説いた男の名前だ。そういえば俺が川岸を文化祭に連れていったとき、あきちゃんの様子は少し変だった。あのときにはもう、あきちゃんは知っていたんだ。川岸が青柳紀元とつながっていることを。ジイさんにウィルス付きメールを送った犯人だということも。

 その上で、俺にもジイさんにも黙っていた。なんでだ?

「ジイさん、こいつとは俺がケリつけてくる」

 ジイさんの俺を見る目がすうっと細くなる。見さだめられているようなその視線を、俺はまっすぐに返した。ジイさんが出ていくほうが話ははるかに簡単なのかもしれない。何よりジイさんは被害者だ。それでも、俺が行かなければいけない。

「正体をつきとめるのにだいぶ魔法を使ったからのう。わしは疲れた。ちいと寝る。好きにせい」

 ジイさんはぷいっと拗ねたように顔をそむけて、畳のうえにごろんと横になってしまう。そういうジイさんに感謝して俺は立ちあがった。

「行ってくる」

 行き先は決まっていた。どうせ今日もバイトのシフトが入っていたのだ。



 開店準備中の店の扉を開けると、すでに川岸は出勤していた。

「はよーっす」

「おはよう。橘が体調不良で休みになって、悪いけど今日は俺とお前の二人で回すよ」

 何くわぬ顔をして聞いてくる川岸に怒りがふつふつと込み上げてくる。ほかにバイトがいないのはこっちにとっては好都合だった。

「先に、ちょっと話がある」

「なんだよ? 怖い顔して……愛の告白なら間に合ってるよ」

 カップを拭いていた手をとめて、カウンター越しの川岸がへらっと笑う。

「青柳紀元とどういう関係だ?」

 単調直入、俺の言葉が一瞬、川岸の笑みを強張らせた。だが、すぐに首を傾げて、

「あおやぎ? 青柳グループの代表? 関係もなにも、ここの店を経営してんのも元を辿れば青柳グループだけど――」

「とぼけても無駄だ。もう全部分かってんだよ。お前が堂本治一郎にウィルスを送りつけたことも、堂本の当主を狙ったことも、あきちゃんに付きまとってたことも、ジイさんになりすまして映画館で騒ぎを起こして俺の魔法を確かめたのも、全部お前が青柳紀元の指示でやったんだろ!?」

 少しずつ声が大きくなっていくのが自分でもわかる。川岸はほとんど毎日のように顔を合わせながら、素知らぬフリをして、俺を観察していたんだ。腹が立つ。まったく気付かなかった自分自身にも。

「あーらら、バレちゃったのか」

 川岸は最初は驚いた顔をしていたものの、すぐに開き直ったように認めた。

「あきちゃんが喋った? わけないか。堂本家の力かな。まぁどっちでもいいや」

「おいっ! 青柳紀元は自分のために魔法を利用してるんだぞ!? なんでそんな奴に協力してんだよ!」

 詰め寄る俺を、川岸はまぁまぁと両手で制する。イスに座れ、とカウンター席をすすめられたが無視。

「落ち着けよ、吏一。先に誤解をといておこう。俺は青柳さんに利用されているわけじゃない。なぜなら俺は魔法使いではないから。魔法が大好きで絶対な青柳さんにとって、俺はまったく価値のない人間なんだよ」

「魔法使いじゃない?」

 俺は当然、川岸も魔法使いで、魔法を使って青柳紀元に協力しているものだと思っていた。予想が外れて拍子抜けする。

「残念ながら」

 害がないことをアピールするように川岸は両手を広げてみせる。

「なんだったら眼鏡をかけて確かめてみればいい」

 言われるのとほとんど同時に眼鏡をとりだしていた。レンズ越しに覗く川岸の顔はいつもどおり、さわやかな少年を装っていて、その周りに不穏な影も光も見てとることはできない。

 川岸は魔法使いではない。それは事実のようだった。

「だったらなんで!」

「なんで青柳紀元に協力したか? 俺もあの人と一緒で魔法が好きなんだ。できれば俺も魔法使いになりたいけど、なれそうもない。堂本家とも青柳家とも無縁だし、月並町の生まれですらない。そういう俺に、あの人は、一番近くで俺に魔法を見せてくれると約束した」

「……は? それだけ?」

 思わず言っていた。川岸は脅されているわけでも雇われているわけでもない。ただ魔法を見たいだけ、と子供のような無邪気な理由を告げたのだ。納得できるわけがない。

「それだけだよ、本当に。堂本治一郎氏にも堂本景一氏にも恨みはない。俺は確かにやりすぎたし、その点については申し訳ないと思っている」

 しおらしく頭を垂れる仕草は嘘をついているようには見えなかった。だけど、あきちゃんのことは?

「あきちゃんに近づいたのも」

「あれはほとんど偶然。堂本家を脅す材料は探してたけど、話しかけた子がお前の好きな子だったなんて名前を聞くまで知らなかったんだよ。ついでに言うと、お前がうちの店でバイトしてんのも偶然だからな。青柳さんから堂本治一郎の周りの魔法使いを探るように言われたときに吏一の名前がリストにあがってんの見て驚いたよ。こんなに近くに魔法使いがいたなんて」

 川岸はほとんど羨望のまなざしで俺を見ていた。居心地が悪すぎて、俺は眼鏡を外した。度は入っていないので、それで川岸の視線を回避できるわけではなかったけど。

 俺にとって川岸はほとんど異邦人だ。言っていることの半分も理解できない。青柳紀元も川岸も、なぜそんなに魔法をほしがる? 俺が単に魔法の魅力に気づいていないだけなんだろうか。

 魔法で苦しんでいる多聞やそのせいで亡くなってしまった彼の母親を、川岸とて知らないはずはないだろう。

「わけわかんねぇ」

 ほかに言葉が見つからなかった俺を、川岸は哀れむように嘆息した。

「秋月知子さんの写真を見たことあるか? 彼女の撮った写真を見ればわかる。あれはたぶん彼女が魔法使いじゃなければ撮れなかったよ。魔法使いは辛いことも多いのかもしれない。だけどそれ以上に素晴らしいことができるんじゃないか?」

 熱く語る川岸から俺は今度こそ目をそらした。熱っぽい視線に耐えられない。いったい何に夢を見ているんだろう。秋月知子は死んだのだ。彼女の魔法については俺はついさっきジイさんに聞いただけで、実際どれほどのものだったのか知らない。俺は多聞を見ているから、心の中がわかってしまう魔法はきっと大変だろうという想像しかできない。

「俺にはわかんねぇ。魔法なんかなければもっと幸せになれただろうってやつを知ってるから」

 川岸がグッと厳しい顔つきになる。

「青柳多聞のことだな。彼は自分の魔法を受け入れないからああなったんじゃないか? 秋月知子は望んで夫の手伝いをしていたんだぞ?」

「まさか!」

「青柳さんが魔法を使うことを強要したことなんて一度もなかった。知子さんは進んで魔法を使ってたんだ。家族の幸せのために。多聞だって魔法を使いながら幸せになれる道があるんじゃないのか?」

 ジイさんから聞いた話と違う。ジイさんは、青柳紀元が私利私欲のために多聞の母親の魔法を利用していたと言ったのだ。その後を引き継がせる形で、青柳紀元は多聞も利用するようになった。違うのか?

「なぁ、吏一。お前だって、あきちゃんのためになら喜んで魔法を使うだろ? そのとき、魔法があってよかったって思わないか? 魔法は素晴らしい。魔法使いはすごい! そんな全能感で満たされることがあるんじゃないか?」

 川岸の声が悪魔のささやきとなって俺の心をざわつかせる。確かにあきちゃんのためなら喜んで俺は魔法を使う。ジイさんの依頼だってそうだ。俺は望んで魔法を使っている。

 だからといって何でもできると思いあがれるほどの力は俺にはない。そう言うと、川岸は笑った。

「使い方次第だ。青柳さんはそいつをよくわかってる。あの人の魔法は人の魔法を増幅させるから、組めば何が起こるか、お前はもう体験してるだろう?」

 青柳紀元の魔法の力。左手の薬指に光る指輪。体験したのはそれほど前のことではない。容易に思いだせる。眼鏡越しに見た月並町の光景。まばゆいほどの魔法の光にただ困惑した。誰もが皆、魔法使いなら、川岸はいったい何を羨む必要があるんだろう。

 月並町の光を思い出して、一瞬ひらめくものがあった。

 川岸の弁舌にあやうく乗せられてしまうところだった。俺が優先させるべきことは川岸の意見を変えることじゃない。こいつはたぶん嘘は言っていない。本気で魔法を素晴らしいと信じているんだ。それを俺みたいに決して口のうまくない奴が論破しようとしても無駄だ。

「川岸、お前は青柳紀元と組んでるけど、あいつに命令されてるわけじゃないんだよな? だったら、俺のちょっとした頼みをきいてもらう分には何の問題もないはずだ。そうだろ?」

 俺が急に話を変えたので、軽かった川岸の口が途端に重たくなる。警戒するように聞き返した。

「頼み?」

「そう。あきちゃんに会わせてほしいっていう、友達からのただのお願い。簡単だろ?」

「ははっ! なるほど」

 川岸は少し考えるようなそぶりを見せた。

「でもな、あの子も多聞もべつに拉致監禁されてるわけじゃない。会おうと思えば会えるさ」

「二人とも連絡とれないし、多聞の店は閉まっていたぞ」

「それはお前が避けられてるだけだろう。多聞はともかく、あきちゃんのほうは家にも帰ってるし学校にもちゃんと行ってる。ただ、放課後の何時間かを多聞と一緒に過ごしてるってだけだ。青柳さんのところでな。多聞は、あきちゃんと一緒にいることを条件にして青柳さんのところに戻ったってわけ。しかも青柳家にとって邪魔な堂本治一郎を黙らせておくという約束もした。青柳さんだって鬼じゃない。女子高生が一人くらい多聞の側にいることをうるさくは言わないさ。あきちゃんには学校から多聞の住む部屋まで送迎付きで至れり尽くせり。彼女の魔法の利用価値を考えれば、多聞のボディガードくらいはやってくれるんじゃないか?」

 川岸の言っていることに嘘くささはない。ただ、それだとますますあきちゃんに会うのは難しくないか? 学校に押しかけていくわけにはいかない。あきちゃんが女の子なら俺も問題なくそうしただろうけど、あそこにいるのは男の子のあきちゃんで、俺はそれを知らないことになっている。てことは、俺が行ってもあきちゃんは全力で逃げるだろう。

 家の場所はジイさんに聞けばわかるだろうけれど、押しかけるには勇気が足らない。里中さんあたりに呼びだしてもらうか、あきちゃんが帰ってきたところをタイミングよく声をかけるか。できないことはないだろう。でも多聞はどうする?

「多聞はどこにいる?」

「快適なマンションの一室」

「どうやったら会える?」

「ほとんど外出もしていないみたいだから、尋ねていくか呼びだすか」

「住所は?」

「俺が教えるとでも?」

 川岸はまた余裕の笑みを見せる。肩をすくめて、そろそろ開店の時間だ、と壁の時計に目を向ける。タイムリミットが近づいていた。

「頼む! 教えてくれ!」

 こうなったらこれしかない。俺は勢いよく頭を下げる。その上に、ため息がふってきた。

「お前のことは嫌いじゃないけど、無駄だよ。教えてやるメリットがない。青柳さんに睨まれるリスクを冒して俺にどんな得が?」

「魔法使いになれるかどうか教えてやる!」

 頭をあげ、俺は川岸の顔を真っ直ぐに見て答えた。

「なれるか、どうか? なんでそんなことが分かるんだよ」

「俺の魔法は魔法使いかどうかが分かるだけじゃない。将来いつか魔法使いになれるか、その素質があるかどうか、教えてやれる」

 半分はもちろんハッタリだ。俺の魔法はそんなに便利なものではない。だけど、嘘はついていない。月並町に魔法使いたちの光があふれていたあの光景が本当なら、川岸だって魔法使いになれる可能性はゼロじゃない。

 俺の提案を、川岸は疑っているようだった。目を見開いて、俺の顔をしばらく見つめたあと、不意に堪え切れないというように笑いだす。

「ははっ! 悪くない。絶対に魔法使いになれないってお墨付きがもらえれば、俺もきっちり諦めがつくかもな。いいぜ。二人のところに連れて行ってやるよ。ただし……」

 川岸がさらに条件をあげる気配を見せる。俺は一瞬身がまえた。カウンターの向こう側から出てきた川岸が俺の肩を叩いて、

「開店時間はとっくに過ぎてる。早く準備してこい」とバックヤードへと押しやる。

 川岸は扉の向こう側にある準備中の看板を営業中にかけかえに行った。着替えのために奥へ引っ込むと、ほっと肩の力が抜ける。思った以上に気追っていたらしい。

 もしかすると、あきちゃんもこんな思いだったのかな。

 俺が青柳紀元に魔法を使って働かないかと持ちかけられたとき、あきちゃんには心配しなくていいから、とだけ言い置いて俺は一人で動いた。結果的にものすごく心配させて、あきちゃんは一人で青柳紀元のマンションに乗り込んできたわけだけだ。セーラー服を翻して駆け込んできた勇ましい姿を思い出すと、つい頬が緩む。

 今度は逆の立場だ。颯爽と駆けつけることはできないかもしれないけど、大人しく蚊帳の外にいる気はない。たとえあきちゃんが自分で多聞の側にいることを選んだのだとしても、あきちゃんの口からそうだと聞くまでは。みっともなくとも、俺にできることを探して、足掻くだけだ。

 あとのことはあきちゃんと多聞に会って話をしてから考えればいい。

 久しぶりに迷いのなくなった頭の中は、今ならなんでもできそうなくらい冴えていた。

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