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魔法では叶わない夢だから(仮)(3)

 あきちゃんが俺の部屋のベッドに腰掛けて、手招きする。内緒話みたいに耳に唇をよせて、その吐息がくすぐったくて、笑う。やがて、決意したように立ちあがると、おもむろにセーラー服の裾に手をかけた。ああ、なんだか前にもこんなことがあったな。うれしいはずなのに、俺の頭のなかはひどく冷えていた。

 なんのためらいもなくセーラー服を脱ぎ捨てたあきちゃんの上半身は、俺なんかよりよっぽどムキムキのマッチョで。

「吏一くん……私……俺、男なんだ」

 あきちゃんの顔が、かわいい顔が、眼前にせまっても俺は動くことができない。そのままあきちゃんに圧し掛かられるままにベッドのうえに倒れ込んだ。

 俗に言う押し倒されるってやつだ。

 意外と悪くないな、なんて思いながら、俺はあきちゃんの顔から目を離せなかった。とても悲しそうで、泣きだしそうで、押しのけることなんて、できなかった。

 そんな顔して言わなくても、俺はとっくに知っていたんだよ。君が男の子だってこと。信じられないけど、まだ、信じたくないけど、それが真実だってことを知っている。だからそんな顔をしないでほしい。あきちゃんには笑っていてほしい。

「無理だよ。お前には無理だ」

 いつのまに部屋にあがりこんだのか、きつねのような顔をした男が横やりをいれてくる。

「お前が好きなのは、女の子のあきちゃん、だろう?」

 多聞は笑ってあきちゃんを引き離すと、そのまま俺の部屋から消えた。

 ゆっくりと瞼をあける。俺はベッドに仰向けになって天井を見上げていた。ちっとも眠った気がしない。

 途中からは夢だとわかっていたけれど、目覚めることができなかった。最近の葛藤が全部詰め込まれているあたり夢まで正直者だ。

 徹夜でレポートを仕上げて朝方にメールで提出して、バイトのある夕方まで眠るかとベッドにもぐりこんだのが朝7時頃だった。スマートフォンで時計を確認しようと手をのばすと、メールの通知が先に目に入る。

 あまりにも珍しい差出人の名前に、ゆううつな夢の名残がふっとんだ。

「三島……」

 彰子先生じゃない。三島兄のほうだ。青柳紀元の部下で、多聞の友人。糸電話を使う魔法使い。青柳紀元との一件では彼が協力してくれたから、俺は今こうしてぬくぬくと平穏な日々を過ごしていられる。多聞もそうだ。

 あれ以来、三島から連絡がくることは一度もなかった。今日までは。

 嫌な予感がする。このメールを見たらすぐに連絡を、という文面に、予感はますます強くなる。電話をかけると相手は1コールで出た。

『新沼吏一か?』

「ああ、何かあったのか?」

 三島の声はかたい。何もないわけがない。

『まずいことになった。青柳紀元が思い出した』

 それしかないだろうな、とは思っていたから、驚きは最小限ですむ。

「魔法使いのことを?」

『全部だ。魔法のことも多聞のことも、お前のことも。やられたよ。俺が魔法をかけ直す前に手を打たれた。俺はもうあの人には近づけない』

 これまでは青柳紀元が多聞のことを思い出したとき、三島はその都度、魔法をかけ直していた。詳しい経緯はわからないが、三島が青柳紀元に近づけないということは、彼の魔法や裏切りがバレてしまった可能性が高い。

「クビになった、ってことか」

 返事がない。それが答えだ。

「大丈夫か?」

『人の心配してる場合か』

 三島の声には呆れが混じっている。そうだけど、まだ青柳紀元が再び俺に接触をはかってきたわけではない。いまいち実感がわかないのだ。働き盛りの男が仕事をクビになったことの重大さのほうがまだ想像できる。

『多聞にもお前くらいの素直さがあればな』

 どういう意味だか、三島がぼやく。こんどは諦めが混じっていた。

「あいつにはもう知らせた、んだよな?」

『いや、それが……連絡がとれない』

「えっ? もう青柳紀元に捕まったのか!?」

『わからん。ひとりで勝手にさっさと逃げたのかもしれん』

 三島の声には苛立ちが混じる。

 無事に逃げられたならいいが、三島にも連絡せずにそんなことをするだろうか。今まで多聞が父親から逃げることができていたのは、三島のおかげだろう。そう言うと、三島はこんどこそはっきりとため息をついてみせた。

『多聞が言ってた以上におめでたいヤツだな。わかってんのか? 多聞が逃げたってことは、青柳紀元は多聞の魔法の代わりを探すぞ。つまりお前だ。そうなることは簡単に予想できる。あいつはお前を身代わりに差し出したも同然だぜ? 心配なんかしてやる必要はない。自分の身を案じてろ』

「ンなことはわかってんだよ!」

 三島のあけすけな言い方に、俺だってそれくらい気づいてたさ、と言い返したくもなる。そこまで考えてなかったというかそれとこれとは別というか、確かにあまり自分のことまでは引きつけて考えていなかったけど。

「でも、あんたは昔から多聞のことよく知ってんだろ? 友達だろ? 心配じゃねぇのかよ」

『ああ、よく知ってるさ。だからこそ俺はあいつを信用してない。そういう意味じゃあ、心配かもな』

 吐き捨てるように言った最後の言葉が三島の本音なのかもしれない。嘘つきで、信用のない男だが、本気で助けてくれる友人はいた。だけど今の多聞は彼を頼ることもやめている。

 俺だって多聞を信用しきってるわけじゃないけど、どこかで共同戦線を張っている気分でいた。青柳紀元に狙われている者同士、という意味で。本当は全然違ったのかもな。実際に父親のもとで人生の大半を奪われてきた多聞と、なんの実感も伴わない俺とでは。

 だから、多聞が人生をかけてあきちゃんを手に入れようとしているのを、俺は止められなかった。多聞を救うことができるのはあきちゃんだけだから。

 そうだ。あきちゃんだ。多聞はあきちゃんにも何も告げていないのだろうか。

『多聞のことはともかく、お前はどうする? 逃げるか? 堂本家の長老なら準備してくれるだろう。すでにこの件は伝えてある』

「うーん、そうだなぁ……」

 逃げるといっても学校はどうする。休学だろうか。いったいいつまで? 親にはなんて話したらいい? バイト先には? 現実的な問題が次々と浮かんでは消える。

「とりあえずその前にやんなきゃいけないことがある。ヤバイと思ったらすぐに逃げるけど」

『ヤバイと思ったときにはもう遅い。今回、俺は失敗した。部下が自分を見張ってることに気づかなかった。俺のミスなんだ。すまなかった』

 青柳紀元へとかけた魔法がとけたことを言っているのだった。三島がそんな風に責任を感じているとは思ってなくて、妙に焦った。

「いや、俺なんかに謝ってもらわなくていいって。三島さんのせいじゃないだろ。連絡してくれてありがとな」

『俺にはもう何もできないからな』

 思いのほか暗く響いた言葉が、錘のようにずしりと胸に沈む。

 もう、助けることはできない。長い間、多聞のために青柳紀元の側にいた彼でさえ何もできないこの状況で、俺にできることはあるんだろうか。

 多聞。

 あきちゃん。

 順番に、二人に電話をかける。鳴り響くコールはどちらも途切れることがなかった。

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