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魔法では叶わない夢だから(仮)(2)

 吏一君と一緒におジイの指令をこなした――木崎が魔法使いではないとわかった――翌朝。私が席につくなり、前に座る流がくるりと振り返って告げた。

「放課後、ちょっとつき合って」

「あ……うん」

 昨日のことだ。

 セーラー服姿をまた流に見られてしまった。しかも今度は完全に女として振る舞っていることを知られてしまった。

 すぐさま前へと向き直った流の表情はうまく読みとれなかったけれど、決して面白がっている風ではなかった、と思う。

 あのときバッタリ出会っていたのが流じゃなかったら、間違いなく変に思われたはずだ。なんでそんな格好をしているのか、と問われれば、吏一君にもバレてしまっただろう。

 私が、本当は男の子だってこと。

 そういえば、昨日の吏一君は少し、変だったな。

 どこがどう変だったとはっきりとはわからない。なんとなく、よそよそしい感じがした。

 ――いや、変だったのはたぶん、私も。

 多聞お兄ちゃんに告白されたことがずっと頭のなかを回っていて、浮かんでくるのはそのことばかりで。

 先生のことは諦めても、ほかの人のことを好きになるとか付き合うとか考えてもみなかった。

 その日も結局、放課後になるまでそのことばかり考えていたから、流に何を言われるんだろう、とか、どう説明しよう、とか、今度こそ嫌われるかも、とか、余計なことはあんまり考えずにすんだ。


「学校じゃあ誰に聞かれるかわかんないし、外だと変に見られると面倒くさいから、カラオケ行こ」

 流のそんな提案で、女の子とふたりっきりで初めての密室。前に物置に閉じこめられた時も密室だったけれど、あれは事故だから。でもこのドキドキの種類は、あのときと同じ。不安からで。

 部屋に入ってももちろん歌うわけではないので、注文した飲み物を手に、わずかな沈黙が落ちた。

「あきちゃん、ってさぁー……」

 流が、おもむろに私の――宮司彰彦ではない私の名前を、呼ぶ。ドキリと心臓がはねる。

 昨日も、流はうまく話を合わせて、そう呼んでくれた。

 彼女がその先に何か言おうとするのを遮って、

「待って。全部話すよ。聞いてくれる?」

 覚悟を決めた。

 全部。

 魔法使いのことを除いた、全部。

 時々、お姉ちゃんのセーラー服を着て女の子のフリをしていること、一緒にいた吏一君は私のことを完全に女の子だと思っていること、男の人が好きなこと、多聞お兄ちゃんに告白されたこと。

 最後のほうは勢いというか流れというか。

「……色々びっくりなんだけど」

 流は笑わなかったし、からかいもしなかった。ただ、カルピスの入ったコップに差したストローをガジガジと困ったようにかじっている。

 言ってしまった。力の抜けた肩が、固いソファに当たった。そのままもたれかかる。

「その、多聞って人は宮司が男子だってコト知ってて好きなんだよね」

 あらためて問われると、肯定するのには少し勇気がいる。まだ半信半疑なのだ。多聞兄は私をからかっているだけかもしれない。ただ、多聞兄は私が男だと知っていることは確かだから、流にそう言うと、

「だったら、試しにつき合ってみるって手もあるんじゃない?」

「は?」

 何を言われたのかよくわからなくて、となりの流の顔を思わず見る。

「ちょっとでも好きになる可能性があるなら、だけど。すぐに断らなかったってことは、宮司も迷ってんでしょ? 相手も社会人ならそんながっついてこないだろうし」

「ちょ、ちょっと待って。なんでそんな話……」

「えー? だって女装が趣味とか男が好きとかは私がどうこう言えるような話じゃないし。でも恋バナならできるかなーって」

「こい、ばな……」

「男子はあんましない? 誰がかっこいーとか好きーとかつきあいたいーとか」

 しない、というか、できるはずもない。木崎や三目に「佐々倉先生のことが好きなんだ」とか言うの?

 ないない!

 ぶんぶんと首を横にふって否定すると、流はそっかー、とどうでもよさそうにつぶやいて、話を戻そうとする。

「あたし、木崎と一週間だけお試しでつき合ってたんだよ」

「えっ……!?」

 さらっと爆弾発言。知らなかった。

「ほんと男子ってそういう話しないんだねー」

 私の反応に、流が手を叩いて笑う。

「あ、でも、宮司にはおすすめしないほうがいいのかも。向き不向きみたいなの、あると思うし」

「そう、か」

 よくわからないまま、頷く。

「たとえばさ、あたしと試しに付き合うとか考えてみて?」

「え、あ、無理」

 突然提示された課題にはすぐにギブアップした。木崎と流が付き合っているところすら想像がつかないのに、自分と流が、なんてますます無理だ。

「なんかその言い方ムカツク」

「えっ? や、そうじゃなくて、考えることすら、無理っていうか」

「何それマジ失礼すぎ」

「え、あ、ごめん……」

 何をどう答えれば失礼じゃないのかがわからなくて、謝るしかない。流はちょっと眉根をよせて、腕を組んで考えるそぶりを見せる。

「それって私が女子だから?」

「……わかんない。そうかもしれない。でも、誰とも、付き合うとか考えたことないから……」

 女子だろうと男子だろうと流だろうと多聞兄だろうと、「付き合うこと」がうまく想像できない。

「うーん、私もわかってるかっつったら怪しいけどさぁー。でも、好きだったら、一緒にいて浮かれたり、手つないでドキドキしたり、チュウして気持ちよくなったり、その先もしたいなぁって、なるもんじゃないの? それって付き合わないとできなくない?」

「え、えっ!?」

 顔が熱い。

「耳まで真っ赤なんだけどー」

「うるさいっ」

 そんなん言われなくてもわかってる。顔を手で隠しながら収まるのを待つ。心臓までもがバクバクとうるさくて、先ほど浮かんだ想像を思い出すと、また耳が熱くなった。

 流のあけっぴろげな言い方のせいじゃない。勘の良い彼女はなにかにピンときたみたいで、

「もしかして、誰かとそういう想像しちゃったのかなー? あきちゃん」

 向けられるいたずらっぽい目を、テーブルの影にかくれて回避。もう勘弁してほしい。そんなんじゃない。そんなんじゃない、はずなんだ。

「誰とイチャイチャするの想像したのか知らないけどさー、それがあの告白してくれたお兄さんじゃないんだったら、さっさとフっちゃったほうがいいよ。引きのばすと相手もかわいそう」

 そんな風にアドバイスをくれる流の顔はなんだか大人びていて、素直にひとつ頷いた。

 多聞兄には悪いけど、私はもう、無邪気に多聞兄に好き好きって言ってた小さいあきちゃんじゃない。きちんと断ろう。

だけど、このときの私は本当は全然わかってなかった。多聞兄の本当の気持ちも、自分の気持ちも。

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