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君には言えない(8)

 あきちゃんとのメールが途切れて、2週間が経った。最後のメールがこっちから出したものである手前、再度メールするには少し勇気が要る。もしもあきちゃんが迷惑がっているとしたら、ますます鬱陶しく思われるだけだ。考えれば考えるほど臆病になるし、時間が経てば経つほど送りにくくなる。このままだと顔を合わせる機会もないので、関係が自然消滅してしまってもおかしくはない。

 明日提出のレポートを作りながらも、スマホを握る左手は気がつけば勝手に電話帳を開いている。登録名『あきちゃん』。指をスライドさせて選択する。メールを作成する、件名、本文。幾度も繰り返した操作。そのくせ文面はまだ真っ白だ。

 躊躇ってしまう理由は、ほかにもある。

「姉妹、なんだよなぁ……」

 思わずぼやいた、揺るぎない事実。

 綾とあきちゃんが姉妹だったことが、思いのほか気持ちにストッパーをかけている。綾にはもうバレているからいいとしても、一体どういう顔をして付き合えばいいんだろう。気持ちを伝える前から、上手くいった時のことを考えて尻ごみするなんて変な話だ。

 それでも、このまま何もせず諦めきれるかといったら、それも無理な話で。

 もやもやとしたまま終わらせることなんてできない。大体、あきちゃんに佐々倉先生に告白するよう助言しておきながら、自分が何もしないなんてかっこ悪すぎるだろう。

 気を取り直してメール画面へと向き直ったところで、いつのまにか受信メールがあることに気づいた。ほんの少しの期待は、再び打ち砕かれることになる。また、あいつだ。

「多聞かよ」

 しかも、CDを早く返せという催促メールだった。

 明日はバイトないから夕方までに行く、と返信しながら、ちょうどいい機会だと思った。

 多聞の考えをもう少し探る必要がある。前回会った時は綾がいたので深くは追求しなかったが、多聞があきちゃんの魔法について妙な関心を持っているのは間違いない。俺やジイさんに内緒で何か企んでいる気がしてならないのだ。

 問題は、あの狐野郎の口をどうやって割るか。いつもなんだかんだと多聞のペースに持ち込まれ、煙にまかれてしまうのだ。どうしたもんか。

 そんなことを考えていたら、あきちゃんに送る文面を考える暇もなく朝がきた。というのはただの言い訳。結局、思いつかなかっただけだ。多聞のやつをやっつけてから、なんて後回しにして。



 まだ午後4時を回ったばかりだというのにすでにCLOSEDを掲げている店に、俺は遠慮なく足を踏み入れる。扉の開閉する音を聞きつけて、姿を現した店主に

「これ、CDありがと」

 借りていたアルバムを手渡し、そのまま勝手に奥の部屋へと進んだ。出てくるコーヒーを期待して。

 もう秋だというのにアイスコーヒーを入れてきた多聞に「なんでホットじゃねぇの」と文句を言う前よりも先に、多聞が口を開いた。

「吏一にもバイトがない日があるんだな」

「人を働いてばっかみたいに言うなよ。学校始まったし減らしてもらってんだ」

「ああそうか。大学は10月からだっけ」

 いいなぁ、とぼやく多聞に俺は呆れた眼差しを向ける。毎日が定休日みたいな店の主が何を言ってるんだか。

「あれからあきちゃんに会った?」

 彼女の話題を振ってきたのは、多聞のほうが先だった。

「会ってない」

「昔付き合ってた子が実はあきちゃんのお姉さんだったって知った後じゃあ会いにくいか」

「そういうわけじゃねぇけど……」

 弱々しい否定は肯定したも同然。いきなり痛いところを突いてきやがる。

「わかりやすい好みだな」

「放っとけ」

「もっと色んな子を好きになってみてもいいんじゃないか? 好みに忠実すぎるんだよ」

 そうアドバイスする口調は軽い。軽すぎる。こちらを見る糸目は完全に面白がっている風だ。このままだとまた多聞のペースに引きずり込まれる。

「んなことよりお前、なんか変なこと企んでんじゃねぇの?」

 反撃、とばかりに口を突いて出た言葉は我ながら直球すぎてため息をつきたくなるレベルだ。いくら回りくどいのが苦手だといっても、さすがにこれは自分でもないと思う。

 多聞は一瞬きょとんとした後、すぐにまた笑みを作った。

「この間の続きかい? 俺が、あきちゃんに何かするって?」

「だって、一番自分の魔法を嫌ってるのはお前だろ? 魔法がなくなっちまえば、もし青柳紀元が魔法のこと思い出したとしてももう、追いかけられることもねぇだろうし」

 JYMの集まりの時、多聞は「あきちゃんを見守る」と言った。その約束を信用しきれないのに、これといった根拠があるわけじゃない。ただ、なんとなく、こいつの自分の魔法に対する疎ましさみたいなものは、結構根深いんじゃないかっていう想像だ。

「まぁ、そうだなぁ」

 顔に笑みを張り付けたまま、多聞はのんびりと応える。

「例えば、仮に俺があきちゃんに何かをしようと企んでいたとして、それを聞いてどうするんだい?」

「そりゃまずいと思ったら止める、だろ」

 当たり前。だから答えたのに、多聞はいきなり噴き出すと、声を立てて笑いだす。

「なんだよ、聞いといて」

「ほんっとうに駆け引きには向かないタイプだな。止められるとわかってて俺がわざわざ教えてやるわけがないだろ」

 あ。

 言われて気付く辺り俺は間抜けだ。

「俺はお前のそういうところ案外嫌いじゃないけどね。あんまり真っ向勝負ばかりしてるとあきちゃんは怖がって逃げてくよ」

「だから、話をそらすなよ」

 気を取り直して、作戦変更。つっても、ほかに手があるわけではない。ここまでオープンにしてしまったら、あとは包み隠さずすべてをさらけ出すしかない。話す前に、ため息が出た。

「べつに俺だって疑いたいわけじゃねぇーんだよ。でもさぁ、お前なんか隠してるコトあんだろ?」

「誤解だよ」

 多聞の返答には迷いがない。嘘か真実か、俺の判断は迷いっぱなしだ。

「……だといいけど。じゃあ、俺になんかできることがあるなら――助けられることがあるなら言えよ。一応、前ン時、三島さんに俺のこと頼んでくれてたみてぇだし」

 わりと真面目に言ってみた言葉に、多聞がクスリと笑う。ふざけんな、と文句を言ってやろうと顔を上げた俺が正面から受け止めた糸目は全然笑っちゃいなかった。

「だったら一生、俺の代わりに青柳紀元の手足になるかい?」

 ゾクリとするような声音で、多聞は問うた。

 俺は、すぐに答えられない。

 そんなこと、できるわけがない。今の俺には魔法が使えないからとか、そういう問題じゃない。一生、青柳家に縛りつけられて生きていく覚悟なんて、多聞のためとはいえ、そんな簡単にできることじゃない。

 だけど、ここで俺が突き離したらこいつは……ああ、そうか。最初から、青柳多聞っていう男は、俺のことを信用していないんだ。俺だけじゃない。たぶん、ジイさんのことも。誰かがなんとかしてくれるだろう、なんてこれっぽっちも期待していない。

 だから、何も答えられない俺に落胆することもなく――最初から期待なんてしていないから。

「冗談だよ」

 悲しいくらい嘘くさい作り笑いを浮かべるから、

「嘘つけ!」

 思わず、怒鳴りつけるように言った。

「怒るなよ。みんなが幸せになる方法があるなら、俺だってそうしたいんだ」

 多聞がさらりと舌にのせるその言葉も嘘ではないのだろう。だけど実現が難しいことも知っている。それでも、

「だったら、諦めんなよ」

 無責任な言葉だと思う。言ったあとですぐに、言わなければよかったと後悔した。なのに、今日初めて、多聞の頬がふっと柔らかく緩んだ。

「吏一は本当に、良い人だなぁ」

 からかうように言われると、良い意味には聞こえない。

「じゃあそんな吏一に大サービスだ。今から、俺のやろうと思っていることを目の前で見せよう。お前がダメだと思ったらその場で止めればいい。フェアだろ?」

 突然、気が変わったのか多聞はそんな提案をして、にんまりと口角を上げてみせる。俺なんかには止められないという自信があるのかなんなのか、とにかく何かを企んでいる顔だ。

「今からって、どうすりゃいいんだよ」

 だけど、相手が手の内を晒すというなら受けて立つしかない。

「そうだな、あの棚の後ろにでも隠れててもらおうか。もう少ししたらあきちゃんが来るから――」



 多聞があきちゃんを口説き始めた時点で止めに入っていればよかった。

 できなかったのは、あきちゃんがまんざらでもなさそうに見えたからだ。少なくとも俺がアプローチした時よりもずっと好感触に見えた。悔しいことに。

 珍しく真剣な多聞の告白に、俺自身が驚いていたせいもある。多聞は、あきちゃんを口説き落として海外に連れて行って、魔法をとってもらおうとしてるのか? そばにいたほうが効率がいいから? それとも、本当にあきちゃんのことが好きで――?

 だから、止めるタイミングを失い、棚にずっしり詰まった本のちょっとした隙間からこっそりと覗いていた俺の耳に、あきちゃんの台詞はとてもクリアに聞こえていた。到底聞き間違いようのないほど、明瞭に。


「……で、でもっ、俺が男だってこと多聞兄は知ってるだろ!?」

「もちろん。大丈夫だよ、俺はバイだから」

「え、え……!?」

「それに、あきちゃんはあきちゃんだよ。セーラー服を着ていても、学ランを着ていても。この先、背が伸びて男らしくなって、セーラー服が似合わなくなっても……俺はあきちゃんが好きだよ」

「……多聞兄は、本当に、俺を……? でも、俺は……」

「答えは今すぐじゃないほうが嬉しいな。もし、あきちゃんに今ほかに好きな人がいるとしても、俺のこともゆっくり考えてみてよ。そうじゃないと、フェアじゃない」

 多聞が、一瞬だけこちらを見た気がした。

 それに気づかず、あきちゃんはこくりと頷く。



 気がついたら、あきちゃんが店を出ていくところだった。

 静かになった店内に、扉の閉まる音が響く。振り返った多聞は勝ち誇った笑みを浮かべて、

「止めなかったお前の負けだよ、吏一」

「……ちょっと、待て。整理させてくれ」

 その1、さっきの子は本当にあきちゃんだったか?

 間違いない。私服姿のあきちゃんだった。

 その2、男と言っていたようだったが聞き間違いではないか。

 たぶん、聞き間違えてはいないと思う。

 その3、あきちゃんが自分のことを「俺」と言っていたが聞き間違いではないか。

 たぶん、何回も聞いたので間違いないと思う。

 その4、

「なぁ多聞。……あきちゃんって、男の子、なのか?」

 答えはそこにしか行きつかないのに、理解が追いつかない。どこかで公式を間違えたんじゃないかって、疑う余地はあるんじゃないかって。

「あきちゃんが、自分は女ですって一度でも言ったことがあるかい?」

 答えを知ってるはずの糸目野郎は意地悪にも回りくどい教え方をする。

「でも、綾の妹だろ!?」

「綾ちゃんには俺が頼んだ。あきちゃん以外の口から真実を聞くのは酷だろうと思って」

 声が妙に近くなったと思ったら、棚の後ろにしゃがみこんだままの俺の真上から、多聞が見下ろしていた。予想外に心配げな表情で。

 心配されるほど、俺が酷い顔をしてるんだろうか。

 多聞を無視してスマホを取り出すと、久しぶりにかける番号を探しだして、呼び出す。2コールで相手が出た。

『はい。どうしたの? 珍しいわね』

「お前、弟いる?」

『え? あ、なにもうバレたの? 男だってこと』

「……名前は?」

『黙ってて悪かったわよ。でもセーラー服着てる弟なんて気持ち悪くて言えないわよ』

「名前はッ!?」

『なんで私が怒鳴られなくちゃいけないわけ!? 騙してたのは彰彦じゃん!』

 ブチっと乱暴な音がして、通話は切れた。

「綾ちゃんだろ。ちゃんと裏はとれた? 宮司彰彦、があきちゃんの名前だよ」

 多聞が妙にやさしい声で問いかけてくる。慰められているようで腹立たしい。

「俺が気付くように、仕組んだのか?」

「そこは本題じゃない。あくまでも俺はあきちゃんを落としたかっただけ。ただ、吏一が気づいてしまう可能性を考えなかったとは言わないよ」

 あきちゃんが男だと俺が知ろうが知るまいが多聞には関係ない。そういうことなんだろう。

「で、吏一はどうするんだい? あきちゃんのこと、好きだったんだろう?」

「どうって……」

 そもそも俺はあきちゃんのことを女の子だと思って好きになっていたわけで。実は男の子でした、といきなり言われても一体何をどうしたらいいのか。

「わかんねぇ、けど……。多聞、お前は本気なのか? あきちゃんの魔法を利用したいだけで言ってんじゃねぇよな」

 それだけは確認しておかなければいけない。もしも多聞が本気じゃないなら、きっとあきちゃんを泣かせることになる。

「失礼なやつだな。俺は本気だよ」

 答えに重みはない。

 相変わらず嘘か本当か怪しい言葉を、今回ばかりは信じることにした。

「なら、いい」

 そう言って、多聞に任せて、自分の感情を保留する。

「それじゃ、あきちゃんは俺がもらうよ」

 多聞の宣言を止める権利は俺にはない。

 俺の知っているあきちゃんはセーラー服を着ていて、先生に恋をしてしまう可愛らしい女子高生だった。学ラン姿なんて知らない。本当の名前すら知らなかった俺が、「あきちゃんはあきちゃんだよ」なんて言えるはずもない。

 不思議と、騙されていた、と憤る感情はどこから沸いてこなかった。ただ、好きな子のことを何も知らなかった自分が情けない。もちろん知った事実そのものも衝撃的すぎたけど。

 だから今は、次にあきちゃんに会った時どうしようなどと考える心の余裕はまだなかった。


月並町の魔法使い「君には言えない」はここで終了です。

楽しんでいただけたのならばこれ幸い。

次は年明けか春までには更新できるといいなぁ。

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