君には言えない(5)
言えなかった。
吏一君に言わなきゃ、言わなきゃ! と思ったのに。
「俺はデートだと思ってる」は、私を女の子だと思っているから、言ってくれた台詞だ。男の子だとわかったら、気持ち悪がられるに決まっている。
でも、騙しているのもしんどくなってる。言って軽蔑されるのも、言わずに騙したままなのも、どちらも嫌なのは私のわがまま。
だけどこの先も、吏一君と一緒にいたいと思うなら、言わずにいることはたぶんできない。――言ってしまったら、一緒にはいられないかもしれないけど。
今はまだ、できるだけ、その時を先延ばしにしたいだけ。
なんて返したらいいのかわからなくて、メールの返事もしないままだ。握りしめたケータイとにらめっこして、昼休憩の半分が過ぎた。
「暗い暗い! せっかく前髪切ったのに、下向いてたら意味ないでしょ! まぁ……私のせいかもしんないけどさ」
思考に割り込んできた声の主は、流だった。声、久しぶりに聞いた。口を聞かなくなって、すでに十日が経とうとしていた。
そういえば、木崎には話したんだろうか。あのこと。
急に不安になったけど、木崎は聞いたらすぐに私に確認しに来そうなので、それがないということはたぶん話してないのだろう。
「……違う。流のことじゃない」
「あ、そう。ならいいけど。ちょっと話、イイ? どっか移動しよう」
少しだけ声を潜めて、教室の外へと促す流に私は大人しくついていく。改まって、いったい何を言われるのだろう。軽蔑は覚悟していても、何か言われて傷つかないでいられる自信はなかった。
人気の少ない階段の踊り場までやってきたところで、流がくるりと振り返る。私は後ろへ逃げそうになる足をどうにかして踏みとどまらせる。だけど、流の口から飛び出したのは思いもよらない言葉で。
「まだ、お礼言ってなかったと思って。助けてくれてありがとう」
今さらだけど、と付け足す彼女は少し罰が悪そうに見えた。予想外の言葉に私はしばし言葉を失う。
「なに黙ってんの」
怪訝そうに、唇をとがらせる流。
「……いや、びっくりして」
「何それ。……びっくりしたのはこっちよ」
その話題に触れるかどうか、迷うように流は視線を宙にさまよわせる。流に何か言われる前に、謝罪の言葉を口にする。
「ごめん」
「ほんと、びびった」
「気持ち悪がらせて、ごめん」
「どっちかっつーと似合ってたけど」
自虐的な台詞を否定されると、反応に困る。「似合ってる」とか「かわいい」とか、メイド服を着たときにも散々言われたが、嬉しいかというと微妙なところだ。
「意味わかんなかった」
「ごめん。俺も、うまく説明できない」
わかるように話せれば、一番いいのかもしれない。少なくとも流は、あんな私を見ても、こうして話を聞いてくれようとしている。
だけど、きちんと話せる気がしなかった。もし話せたとしても、受け入れてもらえなかったら、きっと傷つく。
「もう俺からは近づかないから。話しかけなくてもいいから」
だったらいっそスッパリと、断ち切ったほうがいい。潔く後ろ向きな私の台詞を聞いた流は、
「ハァ!? 何それ。なんでそうなるわけ? 別に説明できないならそれでいいわよ。無理に聞きたくないし、なんでもかんでも知ってなきゃいけないわけじゃないし、秘密の一つや二つくらい私にもあるし! そりゃ意味わかんないけど、だからってあんたと友達やめる理由にはなんないでしょ!?」
ギャルがキレると怖いと言っていたのは、木崎だったか三目だったか。
流はバカとかクソとか汚い言葉で私を罵倒する。そのくせ、今にも泣きそうに顔をゆがめていた。
「……ごめん」
「ばっかみたい」
「ごめん。泣かないで」
「泣いてないわよっ」
ずず、と鼻をすすりながら流は否定する。素直じゃない。
女の子を泣かすなんて初めてで、どう対応したらいいのかわからない。吏一君は肩を抱いて慰めてくれたけど、私が流にそれをやると殺されそうだ。
「……なんか、私がフラれてるみたい」
「え?」
「断られたくせに、友達でいてよーってすがってるみたい」
流が不本意そうに口をとがらせて言う。
「えっ……ごめん」
「断るわけないだろ、とか言いなさいよ」
「えっ!? や、なんか、そりゃ俺なんかが断るとか……おこがましい?と思う、けど。そもそも、そんなことがあり得ないわけだし……でも、あっても、困る」
「そんな真面目に答えられても私も困るんだけど」
私の答え方がおかしかったのか、流は呆れたように笑った。
「ごめん……でも、ありがと」
「え、なに? 告ってないからね?」
「わかってる! そうじゃなくて、友達やめないって、のが」
嬉しかった。さすがにそれをそのまま伝えるのは照れくさすぎて誤魔化したけれど、流には伝わったみたいだ。「や、ふつーじゃん。ふつー」と照れたように言うところが彼女らしくて、妙にかわいく見えた。
セーラー服姿を見られたのが、流で良かったのかもしれない。誰かにバレてしまったら、そこでもう終わりだと思っていた。知らなかった頃にはきっともう、戻れないと思っていた。
「彰彦、だいじょうぶかー……なんか俺、お邪魔?」
様子を見にきたのか、階段下から声をかける木崎は流と私を取り巻くどこか面映ゆい空気を察したらしい。登りかけた足を一段目に乗せた状態で、こちらを見上げている。
「あんたは何しに来たのよ」
「お前が怖い顔して彰彦つれてくから心配だったんだよ!」
「木崎には関係ないでしょー? ねー、宮司」
「ンなっ俺だけ仲間ハズレかよー! なーなー彰彦、俺めっちゃ心配してたよな?」
「木崎、うるさい」
「ひでえ!」
「私と宮司だけの秘密だもーん。ほら、休憩時間終わっちゃう。木崎なんか放っといて、行こ行こ」
流は軽快に階段を駆け下りながら私を呼ぶ。
ふてくされる木崎を尻目に顔を見合わせると、彼女はふふっと笑って言った。
「誰にも言わないよー」