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魔法使いなんていない(12)

 おジイが目覚めてから、ちょうど一週間が経った。すべてが終わった気になっていたけど、私にはもう一つだけ、決着をつけないといけないことがある。

 朝のホームルームが始まる直前に、前の席の流がくるりと後ろを振り返って教えてくれた。

 あの、チェーンメールの送り主。

 学校が終わってすぐに家で着替えてバスに乗り込む。歩いていくにはすこし遠すぎる距離。だけど電車を使うほどではない。

 川沿いの停留所でバスを降りて、ビルの谷間を見上げながら歩く。目印の看板を雑居ビルの二階に見つけて、狭い階段を上った。

 ここには、一度だけ来たことがある。それほど昔の話ではない。

 どうして、どうしてこの場所なんだろう。ただの偶然? それとも……。

 擦りガラスの扉のまえに立って、ひとつ深呼吸。

 カフェバー『ムーン&リバー』と小さく書かれた看板の下がった扉をゆっくりと押し開ける。まえに来たときは、吏一君に会いにきたのだけれど――だってここは吏一君のバイト先だから――今日は違う。あのチェンメの送り主、このカフェバーの店長に、会いにきたんだ。

 流の友達の友達のさらに友達のお兄ちゃんの友達の友達の学校の知り合いの友達の隣のクラスのクラスメートの友達の、と遡って、最終的にたどり着いたのがここだった。

 聞かなくちゃいけない。どうしてチェンメを送ったのか。どうやってあの写真を手に入れたのか。

 あの写真はおジイのパソコンにもウィルス付きで送られている。そのこととも無関係だとは思えない。魔法使いの、敵なのか。

 カランと軽いベルの音を鳴らして開いた扉の向こう側、カウンターのなかの男の人が顔をあげる。

 その顔を、私は知っていた。

「……うそ」

 思わず、声がもれた。跳ね上がった心臓を無理矢理落ち着かせようとTシャツの裾を掴む。そんなことをしても、手のひらに伝わる鼓動を自覚しただけだった。

 向こうも私の顔を見て一瞬驚いた顔をしてみせたが、すぐにいたずらっこみたいに笑って、

「やっとたどり着いたね、アキちゃん」

 コウ君は、私の名前を呼んだ。

 夏休みに出会った男の子。私の写真を撮った男の子。コウ君が全部やったんじゃないかって可能性を考えなかったわけじゃない。確かに、あの写真を撮ったのはコウ君なんだし。でも、コウ君は高校生だと思っていた。チェンメの送り主であるカフェバーの店長と、カメラを構えたコウ君がうまくつながらない。

「どういう、こと……?」

「そんなところに突っ立ってないでとりあえず座りなよ。今お客さんいないからちょうどいい。説明してあげるから。そのまえに改めて自己紹介をしておこうか。このカフェバーの店長で、川岸浩介といいます。顔のせいかなー、よく学生と間違えられるんだけど、これでも成人してんだよね。よろしく、宮司彰彦くん」

「知って……!?」

「そりゃあねぇ。だって知っててあの小学校に行ってたからねぇ。あの川べりってちょうど小学校の校舎の屋根がよく見えるんだ。――堂本美佳、だっけ? たまに屋根から箒で飛ぶ練習してんの知ってた? けっこういい画がたくさん撮れたよ」

「どうして、そんな……」

 混乱したままの頭では、次々と浮かんでくる疑問符を処理しきれない。コウ君――川岸は、追い打ちをかけるようにさらりと言った。

「堂本景一を脅す材料にするため」

 怖いことを、平気な顔で。

「アキちゃんの写真もうまく撮れてただろ。セーラー服じゃなかったのが残念だけど」

「なんで、写真っ……」

「堂本治一郎を罠にはめるため」

「このっ……!」

 セーラー服を着ていなくても、胸倉を掴むくらいのことはできた。ただ、その手はすぐに川岸に捕まれて強く握りしめられる。ぎりぎりと締め付けられて痛かったけど、絶対に痛いだなんて言うもんか。奥歯をぎりっと噛んで耐える。

「セーラー服を着てないとやっぱりダメなんだな。あのとき蹴られたとこ、靴の先がちょっと掠っただけだけど結構痛かったよ」

 川岸が顎をそらすようにして見せると、ちょうど首と顔の境あたりが、ほんの少し赤くなっているのがわかった。頭のなかに浮かんだのは、あのとき捕まえそこなった、

「狐のお面もおまえか!?」

「そう。セーラー服の写真が撮れればそれでよかったんだけど、俺は堂本景一に顔割れちゃってるからねー。仮面でごまかしたってわけ」

「堂本さんをひき殺そうとしたのも……?」

「いやさすがに殺す気はなかったよ。でもアキちゃんが怖い顔で追いかけてくるもんだからさー、俺も必死になって」

 目の前でへらへらと笑う顔が信じられなくて、捕まれていないほうの手を振りあげると、頬めがけて力のない平手を放った。たぶん川岸は止めようと思えば止められただろうに、そうしなかった。平手を受けてもちっとも痛そうじゃなかった。

「どうしてだよ! おまえも青柳紀元の部下か!?」

「部下ではないな。俺はシンパみたいなもんだよ。魔法使いのね。俺は魔法使いじゃないから、魔法を使いたくても使えない。だから、もっと魔法を見たい。ただ、それだけだよ。紀元さんとはたまたま意見が一致したから協力したんだ。吏一のやつが魔法使いだってことを伝えたのも俺。あいつは俺には魔法使いだってこと隠してたけどね。でもまぁ俺はけっこう吏一のこと好きだからさ、チャンスをあげようと思ったんだ。アキちゃんが俺を見つけることができたら、堂本治一郎の目を覚ます方法を教えてあげようってね」

「チャンス? あの、チェンメが……?」

「そうだよ。月並高校の子で知り合いがいたから、回してもらったわけ。ちょっとした賭けだよねー。残念ながらアキちゃんがここに辿りつく前に吏一が自力で解決したみたいだから、俺の負けかな。ま、しょうがない。俺は魔法使いじゃないから、結局は関係ないしね」

「関係ないわけあるか! おジイをあんな目に遭わせておいて!」

「……だけど、なんとかなっただろう? 魔法使いは魔法を使って困難を乗り越える。まるでファンタジーのように。俺は魔法使いじゃないからそんな芸当できやしない。せいぜい外からちょっとかき回すくらいだ。俺も魔法を使ってみたいよ。心底羨ましいね」

 いつの間にか、川岸の顔から笑みが引っ込んでいた。

 怖い。この人の言っていることがわからなくて、怖い。青柳紀元の企みでさえ、共感はできずとも多少わかる部分があったのに。

 魔法使いが心底羨ましいだなんて、どうやったって私には理解できない。

「不可解だ、って顔に書いてある。青柳紀元は、俺の気持ちがわかるって言ってたよ。あの人は青柳家の長男として生まれたのに長い間魔法を使うことができなかったから。生まれながらに魔法を使える君には、わからないだろうね」

「好きで魔法使いになったわけじゃない……。みんな、十分に魔法で苦しんでる。知らないからそんなこと言えるんだ」

「そうかもしれない。俺はね、べつに君らの敵じゃないし苦しめたいわけじゃない。今回はたまたまそうなってしまったけど、俺はいつも青柳紀元の指示に従ってるわけじゃないからね。吏一はうちの大事なアルバイトだし、嫌われるようなことはしたくないんだよ」

「このこと話したら、吏一君はおまえのことなんかもう信用しないよ」

「じゃあ俺も君のことを吏一に話そう。本当は男の子なんだよって」

 それが川岸の切り札だった。私は一番弱い部分を突かれて、なんて言い返したらいいのかわからなくなる。

 吏一君に、バレるのはいやだ。いつかはわかってしまうことでも、今はダメだ。何よりこの人にバラされてしまうのは、絶対にいやだ。

 たぶん泣きそうに歪んだ顔で、それでも川岸をにらみつけた。そうすることでしか抗議できなかった。

「安心しなよ。アキちゃんが黙ってくれてるかぎりは俺も何も言わない。二人だけの秘密だ」

 そう言って川岸が差し出されてくる小指は無視。

「吏一君に、何かしたら許さないから!」

「怖いなぁ」

 余裕の声で応えた川岸は、ようやく、私の手首を掴む力をゆるめる。その手を振り払うようにして踵を返した。

「ありがとうございましたー。またのお越しを――」

 腹立たしい声を背中に聞いて、階段を駆け降りる。

 熱くなった瞼に手のひらを押しあてて、早足で歩いた。

 悔しい。悔しい。何にもできなかった。あの人は魔法使いじゃないのに、敵わなかった。全然歯が立たなかった。

「ちくしょう……」

 どうすることもできなかった。今の私には、川岸をおジイに謝らせることも、説き伏せることも、黙らせることすらも、できなかった。

 おジイやみすずさんに話せば――でも、それじゃダメだ。私が自分で、あいつをこらしめないとダメだ。どうしたらいいのか、今はまだわからないけど、いつか、必ず。

 覚えてろ、川岸浩介。

 涙を拭いて顔をあげたら、私は走り出した。セーラー服を着ていなくても、今日はいつもより少しだけ、速く走れる気がした。


第三話はこれで終了です。

お付き合いありがとうございました。

第四話は夏頃を目指して準備していけたらな、と思っています。

待っていただければ嬉しいかぎり。

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