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魔法使いなんていない(8)

 吏一君の居場所が知りたい。

 連絡先を知っていても、住所はらない。通っている大学も知らない。唯一知っているバイト先に電話を入れて出勤日を聞いたら、しばらく休むって連絡があったらしい。バイト仲間っぽい人が――前に行ったときに吏一君を奥から呼んでくれた人だ――おかげで仕事が回らないと文句を言っていた。

 月並町の旧家を束ねる堂本家の当主なら、町民一人の住所を割り出すことなど簡単なことなんだろう。私のお願いを、堂本さんは二つ返事でオーケーしてくれた。ただ、

「新沼吏一に会ってどうすンだ?」

 受話器の向こう側から聞こえてくる堂本さんの声には、覚悟を問う厳しさがあった。

「何が起こってるのか聞いて、吏一君があぶない目に遭ってるなら、助ける」

「お前なんかにどうにかできると思ってンのか?」

 堂本さんは相変わらず、こっちがカチンとくる言い方で痛いところを突いてくる。

 みすずさんからある程度の事情は聞いているのだろう。私よりも、堂本さんのほうが状況はよくわかっているのかもしれない。

「なんにもしないよりマシだよ」

「やみくもに動けばいいってもんじゃねぇって言ってんだ。考えなしに動くヤツはただのバカだ」

「何も考えてないわけじゃない!」

「じゃあどうするってンだ? ただの高校生が。新沼吏一が犯罪にでも巻き込まれてたら、なんとかできンのか?」

 頭に血が上った勢いで私は言い返したが、今度は諭すような声音がゆっくりと耳朶に沁み込んでくる。だから、慎重に、言葉を探す。堂本さん一人説得できなくて、吏一君と話なんてできるはずがない。

「……俺だって魔法使いだ。何もできないわけじゃない」

 聞こえよがしなため息のあと、

「万が一何かあっても、俺は助けてやれねぇンだぞ」

「大丈夫だよ。忘れたの? 堂本さんを助けたのは“私”だよ」

 セーラー服を着れば、私は大丈夫。私は強くなる。

 いつだったかおジイは言っていた。魔法の力を過信するのは危険だ。けれども同時に、信じれば信じるほど、魔法の力は強くなる。「信じるんじゃ、自分を」

 堂本さんは電話の向こうで笑ったみたいだった。

「そうだったな。借りはきっちり返してやるからちょっと待ってろ」

 再び連絡がきたのは言葉通り、ほんの数時間後。

 夜になってから、私はセーラー服を着て二階の自室の窓からこっそり抜け出した。満月に近い形の月が、足元を照らしてくれる。

 いつも通り庭を真っ直ぐに抜けた先、道路の脇に大きな白い車が停めてあるのを見つけて駆け寄ると、運転席の窓から、不機嫌そうな堂本さんの顔が覗いた。正直なところ、黒塗りのなんだか危なげな車だったらどうしようかと思ってた。助手席に乗り込んでからそう告げたら、小さく悪態が飛んでくる。

 口は悪いけど、なんだかんだで堂本さんはやさしい。

 吏一君のいるところまで車で送ってくれると言いだしたときには、失礼だけどあまりにも意外だったので驚いた。

 だけど堂本さんは、なかなか車を発進させようとしない。焦れて隣を見ると、難しげな顔で前方を見つめたまま、口を開く。

「今から行く場所はな、アオヤギグループ系列の不動産屋が管理するマンションだ」

 唐突に紡ぎだされた言葉を理解するのにはすこし間が必要だった。

「アオヤギって……青柳家の? そこに、吏一君がいるの?」

「そう。青柳家の当主が、新沼吏一を今夜そこに呼び出してる。青柳紀元は新沼吏一を利用しようとしてンだ。ここから先は俺の独り言だが――」

 堂本さんは、私の知らなかったことを、知りたかったことを、話してくれる。フロントガラスを見つめたまま、私に聞かせるための独り言を淡々と。

 青柳紀元が魔法をビジネスに使おうと企んでいること、そのために吏一君の魔法を狙っていること。おジイや堂本家は青柳紀元にとって邪魔な存在だということ。

 堂本家と青柳家の諍いは、私だって知らないわけではない。宮司の家も堂本家の分家なのだから。私の父親は婿養子で魔法使いではないこともあって本家との関わりは薄いけど、親戚の集まりにもなれば年配の人たちはそろって青柳家の悪口を言い合うのだ。

「もしかして、夏休みに堂本さんが襲われたのって……」

 堂本さんはうんともすんとも答えてくれなかったけど、否定しないっていうのはそういうことなんだろう。乾いた唇が、しずかに動く。

美佳よしかが箒に乗って飛んでるとこを、写真で送りつけてきやがった」

 それが何を意味するのかは、私にもすぐに分かる。

 堂本さんは感情を押し殺していたけれど、怒りの宿る目は、はっきりと前方を睨みつけていた。まるで、目の前の道路に憎い敵がいるかのように。

 でも、動けないんだ。

 敵が誰だか分かっているのに。おジイを酷い目に遭わせたのが誰なのか知っているのに。美佳ちゃんを盾にとられているから、堂本さんは動けないんだ。

「大丈夫。堂本さんが動けないなら、代わりに私が動く。堂本さんの分も、青柳紀元をなぐってくる。約束するよ」

 吏一君のことも、あいつらの思い通りになんてさせない。私が助ける。

 ぐっとにぎった拳を、堂本さんの目の前に突きだして見せる。

「……貸しが増えちまうじゃねぇか」

 目が合って、不満そうな顔を見せながら、堂本さんはしずかに車を発進させた。

「惚れてンのか?」

「へ?」

「新沼吏一に。……なんだ、違うのか」

 堂本さんが変なタイミングで変なことを言うから、素っ頓狂な声を上げて隣を見たら、怖い顔がニヤリと意地悪く笑っていた。これだから堂本さんは……!

「そんなんじゃ、ないよ」

 なんだか恥ずかしくなって視線を落とす。スカートから覗く足が、少しだけ寒かった。

 車は線路を越え、ゆるやかなカーブの続く団地を上る。山を削って作られた住宅地の一番高いところに、見晴らしの良さそうな背の高いマンションがあった。エントランスの近くで車を止める。

「最上階が全部、青柳紀元の持ち部屋だ。……俺がしてやれることはここまで。本当に、向こうがどんな手を使ってくるかわかんねぇぞ」

 最後通告。心配して言ってくれているのだとわかっていても、私の心構えを試す堂本さんの目は厳しくて怖い。そんな顔すると本当に危ない人にしか見えなくて、もしも今、警察でも通りかかればセーラー服の女子高生(すくなくとも見た目は)を隣に乗せてる時点でもうアウトだという気がした。そういうくだらないことを考えていられる程度に、私には余裕がある。

 昼間はあんなに追いつめられていたのに、たった一人、頼もしい味方がいるとわかっただけで、私は大丈夫だ。

「ありがとう。行ってきます!」

 腕を持ち上げて力こぶを見せるようなポーズを決める。筋肉のない、細いだけの全く頼りにならない腕だけど、今はセーラー服を着ているから大丈夫。

「無茶すンなよ。あとパンツは見えねぇように気をつけろ」

「余計なお世話っ!」

 車から降りてドアを閉めようとしたところでそんな風に言うもんだから、思いっきり力を込めてドアを押した。バンッと大きな音が響く。それを合図にするみたいに、勢いよく駆けだした。

 もう少しだけ、待ってて吏一君。今、助けに行くよ。


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