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魔法使いなんていない(7)

 話は、三日前の夜にさかのぼる。俺がリョウさんに拉致された日のことだ。家に帰る前に立ち寄った椅子屋で、青柳多聞は相変わらず人を食ったような笑みで俺を迎えた。まわりくどいことは苦手だが、真っ向勝負で勝てる相手のようには思えなかった。なので、「聞きたいことがある」と、話の切りだし方は中途半端なものになる。

「青柳家の当主ってお前の知り合いか?」

 糸のような目が見開かれ、固まったのは一瞬。動揺を押し隠すように、多聞は笑う。

「父親だ」

 答えはあっさりとしたものだった。

「じゃあ、次の当主はお前が……?」

「それはない。俺は青柳家とはとっくに縁を切った人間なんだよ。ほかに質問が?」

 次の問いを促され、くわしい事情を聞くタイミングを失した。それにしても、多聞は最初の動揺など始めからなかったかのように、落ち着きを払った、あの掴みどころのない笑みで悠然と構えている。こちらが問い詰めてやろうと意気込んできたのに、とんだ肩すかしだ。だったら、

「堂本治一郎とお前の関係は? あきちゃんって女の子のことは?」

「近所に住んでいたから、二人とも昔からよく知ってる。小さいころのあきちゃんには遊び相手になれとよくせがまれたし、ジイさんは恩人だよ。聞きたいことはそれだけかい?」

 淀みのない多聞の返答は、まるで最初からそれを聞かれることをわかっていたようで気味が悪い。

 青柳家の人間は全員が魔法使い。

 里中さんが教えてくれたことを思い出して、妙な寒気がした。

 らしくない。こんな遠まわしな探りは性に合わない。やめだ。

「……なあ、お前も魔法使いなんだろ? なんか知ってんの? ジイさん倒れたことと青柳家がやろうとしてることとあきちゃんを盾にとってることと、お前ってなんか関係してる? だとしたら、それって俺にとっては相当ショックなんだけど」

 ぶっちゃけてしまうと、ため息が一緒にもれた。長い付き合いというわけではないし、青柳多聞という人間のことをそれほどよく知っているわけではない。それでも、悪いヤツではないと判断していたのだ。俺なりに。

 多聞はなぜだか堪え切れないというように、笑いだしていた。

「笑うとこじゃねぇだろ」

「いや…はは……ごめん、そっちの聞き方のほうが吏一らしい。……全部話すよ。長くなるから、その辺の椅子に座って。コーヒーでいい?」


 シャレたデザインのデスクチェアは座り心地も悪くなかった。小さな丸いテーブルにアイスコーヒーを二つ。多聞はわざわざ奥の部屋から愛用品らしい木の椅子を抱えて持ってくると、テーブルをはさんで向かい合わせに座る。

「掻い摘んで説明すると、俺の父親はね、俺の魔法を利用したいんだよ。実際俺はあの人のためにずっと魔法を使ってきたけどいい加減に嫌になってしまって、成人してすぐに海外に逃げた。そのときに力を貸してくれたのがジイさんだった。恩人ってのはそういうこと」

「じゃあ、ジイさんが堂本家から縁切られてんのって」

「そう、俺のせい。敵対する青柳家の人間を助けたから」

 悪びれた様子も見せず多聞は肯定する。

「まぁそれも今年の春頃に一度見つかったせいで、こんなものが出回ることになったんだけどな」

 指で示す先には、コーヒーのグラスの下に敷かれたコースターがある。青い空にオレンジのアルファベットの並ぶそれは以前にもここで見た。いや、ここだけではない。綾と一緒に入ったカフェでも、俺のバイトするカフェバーでも、そしてここ数カ月の間に町内に増えたアオヤギグループの系列店でも。

「Are you a wizard ?」

 多聞がきれいな発音でコースターに書かれた文字を読みあげた。俺は多聞の言葉の意味を測りかねて、怪訝に眉をひそめて先を促す。

「俺の魔法を使って、魔法使いを探すにはこいつが必要なのさ。町中の魔法使いをあぶりだすために、こんなものを作ったんだ。俺は二度とあの人のところで魔法を使うのはごめんだったからもちろん丁重に断った。そうしたら、どうなったか」

 クイズの問題でも出すように、多聞は一度言葉を切る。俺を真っ直ぐに見つめる細い目がどこか悲しげに歪んでいた。俺には答えが想像もつかなかったので素直に首を横に振った。

「新沼吏一に矛先が向いた」

 急に自分の名前が出てきて、息をのむ。

「君の情報をどうやって手に入れたのかはわからない。新沼家は魔法使いの系譜からも外れているし、ジイさんにも見当がつかなかった。ただ、青柳の情報網を使えばその辺はどうとでもなるだろうし大した問題じゃない。問題は、青柳家が随分と強引な手に出たことだ」

「それでジイさんは……」

「ジイさんのことだけじゃない。堂本景一も――堂本家の現当主も狙われた。事が起こるよりももっと前に、青柳家ははっきりと宣戦布告してるんだよ。邪魔をするな、と。それに従わなかったからジイさんはあんなことになったし、それに対して堂本家は沈黙を貫くしかない。だからもう、君を助けられる人はいない」

 酷い事をさらりと告げながら、多聞はにっこりと目を細めた。話し通しで喉がかわいたのか、グラスに手を伸ばす。水滴を弾くコースターが、テーブルのうえに残された。

「俺はべつに助けてほしくてここに来たわけじゃねぇよ。ただ、はっきりさせたかっただけだ」

 青柳多聞がジイさんやあきちゃんに何かしたというのなら、俺はたぶん目の前の狐面を思いっきり殴っていた。そうならなくて良かったと心の底から安堵している自分がいる。それなのに多聞は、

「本当にそう思っているのかい? 本当は、君が青柳家のところで魔法を使わなくてすむ方法が一つだけあるのに? まさか気づいてないわけじゃないだろ」

 俺が気づかないフリをしていたことをわざわざ持ち出してきやがる。確かに、俺が助かる方法が一つだけある。あきちゃんやジイさんのことを見捨てずに、青柳家と話をつける方法が、一つだけ。

「お前を売ればいいんだろう」

 青柳家の当主がほしがっている、青柳多聞を差し出せばいい。俺はこいつの代わりだ。おそらく、多聞の魔法は俺のと同じように魔法使いを探しだすことができる力なのだろう。だったら、多聞がいれば俺は必要なくなる。

 多聞は笑みを深くして頷いた。

「でも、君にはできない」

 ああそうだ。と返すのはさすがに癪だったので、コーヒーに手を伸ばした。つか、自分なら助けられるってわかってて絶対助けないって最初から決めてるくせに、俺に選択肢があるかのように聞くのって、すげぇ性格悪い。知ってたけど。

「言っとくけど、俺はお前のこと完全に信用してるわけじゃねぇからな。大体ずっと海外で大人しくしてりゃいいのにこっちにわざわざ戻ってきてんのも腑に落ちねぇし、あきちゃんやジイさんと知り合いだってこともずっと黙ってやがったじゃねぇか」

「その辺のことはジイさんも共犯だよ。俺が月並町に戻ってきたのも、いろいろと事情があってね。それに、俺と君が会ったのはまったくの偶然だし、黙っておこうと決めたのは俺じゃない。本当は、ジイさんがあんなことになる前に手を打てればよかったんだけど、そう上手くはいかなくて。――1つだけ、君に望みがあるとすれば、俺もジイさんもこのまま青柳家の好き勝手させるつもりはないってことだよ。ただ、こっちが行動を起こすためにはジイさんが目を覚まさないことには話にならないし、すぐになんとかできるとは思えない。早くて一年、もしかしたらそれ以上、君に我慢してもらうことになるかもしれない。それまでは、信じて待て、としか言えないな」

 初めて、多聞の表情に謝罪の色が垣間見えた気がした。いっそ最後までふてぶてしくしていればいいものを。この狐め。

「じゃあさ、一つだけ教えろよ。お前の魔法ってどういうものなわけ?」

 多聞ばかりがすべてを知っていて、俺が何も知らない状態では何を信じたらいいのかわからない。魔法使いは自分の魔法のことを軽々しく口にするべきではない。旧家の人間にとってはほとんど掟に近い不文律。多聞のように父親に魔法を利用されてきた者ならばなおさら、教えたくはないだろう。俺が、いつ手のひらを返すかもわからない。

 コーヒーグラスをテーブルに置いた多聞がふいに立ちあがった。俺のほうにゆっくりと近づいてくる。

「立つんだ」と妙な威圧感に俺は黙って椅子から腰を浮かせた。多聞はそのまま俺が先ほどまで座っていた椅子に座りなおし目を閉じる。

「俺の魔法は、椅子を使うんだ。椅子に座ると、まえに座っていた人の考えていたことがわかってしまう……ああ、君は俺の性格が悪いって思ってたのか。酷いな」

「なっ!?」

 大して傷ついた様子もなくさらりと言って、多聞は目を開けた。

「その気になれば、君が今朝なにを食べてきたかも、なにを思ってここに来たのかも、ここ一週間の自慰の回数だってわかるよ」

「げぇっ趣味わりい! さっさと立てよ」

 腕を掴んで椅子から立たせると、多聞はしずかに笑った。

「そう、悪趣味だろう。最悪の魔法だ」

 笑っているくせに、心底、自分の魔法が嫌いなのだとすぐにわかった。そんなのは、心を読まなくてもわかる。でも、そういう相手になんと言ったらいいのかわからなかった。

 ああ、そうか。だから多聞はあまり家から出たがらないし、俺の助手席にも乗ろうとしなかったのか。

「ある程度は力を制御できるようになったから、座った瞬間にすべてがわかるわけじゃない。ただ、あまりにも強い思いなんかはこちらが拒否する前に勝手に入ってくるから困るんだ」

 そうして多聞は自分の椅子に座りなおす。たぶんあの椅子は他人が座っていない椅子なのだろう。自分以外の誰の思いも宿らない椅子だから、安心して座ることができる。

 とんでもなく面倒くさくて、とんでもなく怖い魔法だ。そういう力と向き合わなければいけない目の前の男が、急にひどく可哀想に思えた。

 多聞はすこしばかり言い淀んだあと、眉根を寄せて俺をまっすぐに見た。言いにくいこともあっさりと口にしてしまうこの男が躊躇うのは珍しい。なんだよ、と促すと、

「うん、悪く思うなよ。恋愛感情は一番入ってきやすくて……おせっかいなことを言うようだけど、あきちゃんはやめといたほうがいい」

 やっぱり最悪だ、この魔法。


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