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魔法使いなんていない(4)

 家に帰るとすぐに私服に着替えてから病院へ向かった。おジイが目を覚ますまで、毎日お見舞いに行こうって決めたんだ。そんなことをしても意味はないのかもしれない。だけど、なにもせずにいることのほうが私にはつらかった。

 それに、もしかしたら吏一君にも会えるかもしれない。今日はおジイのパソコンを調べに行くと言っていたから、何かわかったことを教えてくれるかもしれないし。そんな期待を胸に、引き開けた病室の扉。その向こう側に、先客がいた。

 うしろ姿は一瞬、吏一君かと思った。よく見れば吏一君よりも背が低めだし、服装の雰囲気も体つきもちがう。私の目が自分の都合のいいように見せただけだ。

 おジイのベッドのすぐ脇に立ったままで、先客は扉の音に気づき振り返る。糸のように細い目が私を見つめた。あれ、このひと……。鋭い糸目は、しなりの良い弓のように笑みの形に変わって、

「もしかして、あきちゃん? 久しぶり」

 私のよく知るなつかしい声で、名前を呼ぶ。

「タモンおにいちゃん!」

 病室だというのに大きな声を出してしまって、私は慌てて手のひらで口元を押さえる。

 だってだって、本当にびっくりしたんだもん。だけど、それ以上にうれしかった。駆け寄って、小さなころにみたいに抱きつくことはさすがにできなかったけど、扉を閉めて近くまで行くとタモンおにいちゃんはやさしく頭を撫でてくれる。「大きくなったな」なんておじさんみたいなことを言う。

「だってもう高校生だよ。一体いつ戻ってきたの? あ、もしかしておジイのことを聞いて……? 今どこに住んでるの?」

 私の矢継ぎ早の質問にタモンおにいちゃんはくすりと笑ってひとつひとつ答えた。

「先月帰ってきたんだ。今は町の北側のほうに住んでる。ジイさんとはしばらく連絡とってなかったから……まさかこんなことになってるなんて知らなかったよ。あきちゃんとも、十年ぶりくらい?」

「うそ、そんなに経ってないよ!」

 怒ってみたけど、実際それくらい経っているのかもしれない。いま目の前にあるタモンおにいちゃんの顔は、記憶のなかにあるのとはやっぱりちょっと違ってる。だけど表情は変わらない。小さいころに私やお姉ちゃんとたくさん遊んでくれたやさしいお兄ちゃん。

 そして、私の初恋のひと。私がまだ小学生のころに突然引っ越していなくなっちゃったおにいちゃん。海の向こうの遠い国に行ったんだよ、っておジイが教えてくれたとき、私は泣いたっけ。

「タモンおにいちゃん、ほんといつの間にかいなくなってんだもん」

「ごめん。あきちゃんの泣き顔を見たら、後ろ髪を引かれるかなって思ったんだよ」

「うそばっかり! どうせ見つかったらめんどうくさいなーって思ってたんだ」

「そんなことないよ」

 タモンおにいちゃんはちっとも真実味のない顔で笑いながら否定する。そんなことあるんだ。しょうがないよね。あのころの私は彼のことが大好きで「おにいちゃんのお嫁さんになる!」って言って鬱陶しく付きまとってたから。

「なつかしいな。綾ちゃんは元気?」

「元気だよ。たぶん。お姉ちゃんは大学入ってから一人暮らししてるから」

 直接会って話をしたわけじゃないけど、お母さんの話を聞くかぎり元気そうだったから、うそは言ってない。タモンおにいちゃんのなかではきっと、私とお姉ちゃんは今でも仲のいい姉弟なんだ。その思い出を無理にこわしたくはなかった。

「そっか。もう、町にはいないんだね。また昔みたいにジイさんと君たち姉弟とご飯でも食べれたらって思ったんだけど、残念だな。知り合いはみんな町を出てしまってるから、一人暮らしには慣れててもけっこうさみしいもんだよ」

 そう言って、タモンおにいちゃんはほんの少し悲しそうに目を伏せる。

「おジイが目を覚ましたら、また一緒にご飯食べたいね」

 口に出してみると、それはひどく空虚な夢物語のように思えた。

 おジイが目を覚ましたら……それって一体いつ?

 自分で提案しておきながら、ベッドの上で静かに呼吸をくり返すだけのおジイを見て途方に暮れる。私やみすずさんがいくら話しかけても、タモンおにいちゃんが海外から戻ってきてもおジイの目が開かれることはない。

 一体どうすれば、おジイは目を覚ましてくれるんだろう。

「大丈夫だよ。これくらいでくたばるようなジイさんじゃないだろう?」

 私の不安顔、読みとったタモンおにいちゃんの手が、ぽんってやさしく頭を撫でる。もう小学生じゃないんだけどな。そう思ったけど、今は私も弱ってるからって理由を付けて、子供あつかいにありがたく甘えさせてもらうことにした。

 途中まで一緒に帰りながら、タモンおにいちゃんは外国で暮らしていた間の話をたくさん聞かせてくれた。私の知らない世界の話。海外どころか県外にだって修学旅行以外で行ったことのない私は、月並町とその周辺の本当にせまい世界で生きているんだなぁって。

 私はこの町が好きだからほかの場所に住みたいとはあまり思わないけど、いつかどこか遠くを旅してみたいっていう願望がないわけじゃない。旅行記やテレビの旅番組を見るたびそういう気分になるのは、何も私だけに限ったことじゃないだろう。知っている人の旅話ならばなおさら。

 タモンおにいちゃんは今、椅子屋を経営してるんだって。今度遊びにおいでって、もらったショップカードを見て、私は初めてタモンおにいちゃんの名前の書き方を知った。多くを聞くと書いて、たもん。青柳多聞。



 夜になってから、吏一君にメールをした。おジイの家に行って、何かわかったかなって思って。だけどメールは返ってこなかった。バイト中なのかもしれない。でもね、いつもなら手が空いたときに返事をくれるから、二時間もたたないうちに返ってくるんだよ。

 日付が変わるまで待ってみたけど、結局、吏一君から連絡はこなかった。



『おはよ。昨日はごめん。忙しすぎて返事できなかった。

残念ながらジイさんのパソコンからは何にも出てこなかった。

でも、俺が絶対なんとかするから、あきちゃんは安心してて。


昨日ジイさんの見舞い行った?

なにか変わったことはなかった?』



 吏一君からのメールだ! 眠っているあいだに返事がきていたらしい。ケータイのアラームを止めたそのままの指で中身を開いて確認する。送信時間は午前四時。そんな時間までお仕事だったんだ。


『おはよー&遅くまでお疲れさま!!

忙しいときにメールしちゃってこっちこそごめんね(>_<)

吏一君もムリして倒れたりしちゃダメだよ(;;


きのうも行ってきたよー。おジイのようすは特に変化なしでした↓↓』


 たたたたっと片手の親指だけで文字を打って送信を押したあとでふと思い出したのは、多聞お兄ちゃんに会ったこと。そういえばあれも変わったといえば変わったことだった。だけどすでにメールは送信されました、と告げたあとで、もう一度送りなおすようなことでもないし、吏一君は多聞お兄ちゃんのこと知らないし。

 すこしだけ待ってみたけど、吏一君からの返事はなし。きっとまだ寝てるんだろう。私は諦めて携帯電話とのにらめっこをやめた。

 いつもどおりの一日がはじまる。休み明けテストが終わって通常授業の時間割になれば、いつまでも夏休みの延長気分ではいられない。

 日本史の授業がない分、一日は余計に長く感じられた。最後のホームルームの時間は担任の佐々倉先生が教壇に立ってたけど、それもすぐに学級委員にバトンタッチして、「文化祭の出し物を決めます」って。

 私はこんなことをしている場合なんだろか。私がこうやって一日のほとんどを学校生活に費やしてる最中も、吏一君やみすずさんはおジイのために動いてる。

 今回だけの話じゃない。二人はもうずっと前から、おジイの組織するJYMの一員として、困った人を助けるために魔法使いの力を使っている。

 じゃあ、私は? 私だって魔法使いなのに。私はなんにもしていない。セーラー服を着ればできることはたくさんあるのに。なんにもできないわけじゃないのに。私だけ、のんびり学校生活を送っていていいのかな。ほかにもっとできることがあるんじゃないかな。文化祭なんてやってる場合なのかな。正直なところ、お祭り気分になんてどうやったってなれないよ。

「――どこにも手をあげないやつは余ってるところに入れるということで。まとめると、うちのクラスの出し物は執事&メイド喫茶で決定。執事係のリーダーは木崎な。メイドのほうは樋川がリーダー、と」

 ほら、文化祭の出し物決めなんて、私が考え事をしているあいだに勝手に決まっていく。学級委員長の三目善幸みつめよしゆきはいつも手際よく話を進めてくれるので、この手の話し合いで揉めることはほとんどないと言っていい。

「ねえ、女子のメイド係、ひとり少ないんだけどー」

 目の前の席の女子が勢いよく片手をあげる。樋川だ。こういうときにも三目学級委員長はそつなく対応してしまうのだ。

「大丈夫、さっきどこにも手ぇあげなかったやつが……宮司がいるから」

 そんな敏腕学級委員長に名前を呼ばれた気がして、ハッと顔をあげる。黒板前で真面目ぶって頷く三目は私と目を合わせた瞬間、不敵に笑った。

「よろしくな、メイド役」

 うちのクラスでこういう話し合いが滞りなくホームルームの時間内に終わるのは、三目がいるからだ。つまり、自分がうらまれることを恐れず、多少強引に話を前に進める役割を担っているからで。

 クラスメートから笑いと拍手が沸き起こるなか、冗談じゃない! と私が反論するまえに、ホームルームの終了を知らせるチャイムが鳴った。「空気読めよ」と三目が無言で送ってくる合図を、ギリっと奥歯でかみ砕く。

「宮司おいしーじゃん!」

「だったらお前がやれよ!!」

「やーだよー、俺には執事っていう役目があるもんね。大丈夫、何かあったらサポートするって!」

「お前のサポートなんか当てになるかっ」

 ニヤついた顔で振り返る木崎に反論してみたものの、すでにクラスメートの半分はこの話題に興味を失っている様子だ。チャイムが鳴ったんだから早く帰らせろよ、という空気が教室内に漂っているように感じるのは、決して私の気のせいではないだろう。こうなったら選択肢は「大人しく引き下がる」の一択だ。

「いーじゃん、宮司ならいけるって」

 なにがいけるんだろう。樋川にダメ押しされて逃げ場をなくした私は、せめて、木崎と樋川の示し合わせたようなグッジョブサインを思いっきり睨みつけてやった。例によって長い前髪越しなので効果があったかどうかはわからなかったけど。

 メイド役じゃなくて、そうじゃなくて、私にもなにかできることがある気がするんだ。おジイのために、なにか。眠っているおジイを起こすことはできなくても、手助けくらいはできるんじゃないかな。

 吏一君は「安心してて」と言っていたけど、やっぱり私もなにかしたい。吏一君ひとりだと心配だとか任せておけないとかじゃないよ。

 ただ、私がそばにいて、吏一君のためにできることがあるんじゃないかなって。間接的に、おジイを目覚めさせるお手伝いくらいはできるんじゃないかなって。そうだといいな。

 よし、思い立ったが吉日。

 帰り道を歩きながら、携帯電話で吏一君の電話番号を呼びだす。応答を待つあいだ、なんて切りだそうか考えて、考えて、考えて、鳴り続ける呼び出し音がいつまでもやまないので、一度受話器を置いた。

 バイト中、かな。平日の夕方ならそれほど混んではいないはずだけど。道端で信号待ちをしながら、しばらく携帯電話とにらめっこをしていたが、着信履歴を見てかけ直してくれるかな、なんて淡い期待は無駄だったようだ。せっかく盛り上がっていた気分が再び沈んでしまう。

 バイト先に行ってみようか。でも、本当にメールも電話もできないくらいに忙しくて大変なのかもしれない。

 また、夜にかけてみよう。信号が青に変わると同時に、気持ちも切り替えて歩き出す。

 だけど夜になっても、吏一君からの応答はなかった。きたのはメール一通だけ。


『ごめん。今ちょっと電話できない。

なにかあった?

メールでもいい?』


『そっか、忙しいところごめんねm(_ _)m

なにか手伝えることないかなって思ってメールしてみた!』


『ありがと。でも今は大丈夫。また連絡するよ』


『うん、わかったよ(^^)また手伝えることがあったらいつでも言ってね!

おやすみ☆』


『おやすみ』


 たったひらがな四文字のあいさつを見つめて、数十秒。うーん。どうしてだろう、この言い様のない違和感。

 仮にだよ。もし、私が吏一君の彼女だったら、浮気をうたがうレベルのそっけなさかもしれない。幸いにも私は彼女でもなんでもないんだけど、それでも変だなって思っちゃう。

 なにが変なのかはよくわからないけど。

 吏一君は、嘘がつけない人だ。なにか大変なことが起こっているなら、きちんと状況を説明してくれる人だ――と思う。

 そうしないってことは、私には言いたくないことなのかな。もしくは、言えないことなのかもしれない。

 おやすみってメールのやりとりを終わらせる言葉を一度送ってしまったけど、やっぱり気になって、もう一度だけ送信。


『いつなら電話かけても平気?

どうしても、声を聞いてたしかめておきたいの』


 もしかして――そんなことは考えたくないけど――おジイのメールがおジイの手で送られたものではない可能性があったように、吏一君も、吏一君じゃないかもしれない。なんてのは私の考えすぎかな。そうだといいんだけど。

 お願い。早くメールの返事をちょうだい。電話で声を聞かせて。吏一君がほんものだってことを、たしかめさせて。そうしたら、少しは安心して眠れるから。



「うわー宮司ひっどい顔。せっかくのカワイー顔がだいなし! 徹夜でもしたのー?」

 席に着くなり振り返った樋川がどん引きするほどに、今朝の私の顔はひどかったらしい。自覚はあったんだよ。だけどどうせ前髪で目の下のクマは隠れてるんだから大丈夫、と思ったのは甘かったようだ。

「そんなにひどい?」

「ってか、顔色悪い。保健室行ってきたら?」

「大丈夫。ただの寝不足だから」

「ほんと? だったら放課後にメイド服の採寸するからちょっと残っててよ」

「やっぱり気分悪いから早く帰りたい」

「えー?」

「宮司、やっぱりいや?」

 樋川の高くて大きな声が聞こえたのだろう。離れた席からわざわざ歩いてこちらに向かってきたのは、三目だ。私をはめた張本人。

「いやに決まってるよ」

「そうか……じゃあしょうがないか。学級委員の俺が責任をとってメイド役か……誰も見たくないだろうな、身長一八〇センチの大男のメイド姿なんて。衣裳係もサイズ調整が大変だろうなぁ。なにより俺には学級委員の仕事もあるし、給仕にあまり出られないとほかのメイドや執事に迷惑をかけてしまうかも。全体の指揮や生徒会や先生との連絡役やシフトの調整やもろもろの学級委員の仕事を宮司に任せても、いいかな? もちろんメイド係を引き受けてくれたほうが俺は大助かりなんだけどね」

 三目は真面目な顔をして懇々と説く。そう、こういう交渉をしてくるやつなんだ。メイドの仕事と学級委員の仕事。俺へ選択肢を与えたように見せて、実際のところ選択肢などないも同然。いや、そもそもホームルームで手をあげなかった私が悪いんだけど。メイド係をやりたくないとか当日は文化系クラブのほうで忙しいって人は、最初からきちんと裏方の料理係や当日までの看板係や衣装係に立候補していたのだ。話し合いに参加しなかった私が悪い。三目ばかりを責めるわけにはいかなかった。

「私も三目のメイドよりは宮司がいいなー。ぜったいかわいいと思う」

 樋川はちょっと黙ってて。

「……メイド、やるから……たのむから、人がこない時間帯にして」

「ありがとう! 恩に着るよ、宮司」

 さわやかに握手を求められた私はその手をとることしかできなかった。

 メイド役を完全に引き受けてしまったショックと、吏一君から連絡がこない寂しさと、おジイのことが心配なのと、自分のどうしようもない気持ちと、昨夜ほとんど眠れなかった分の眠気と戦いながら散々な一日の半分が終わるころ、私はみすずさんに電話をした。思い出したんだ。みすずさんも吏一君と一緒におジイの家に行くって聞いてたことを。昼休みの校舎裏の一角はそこだけひっそりと静まり返っていて、呼び出し音がやけに大きく響く。

『もしもし?』

 ほどなく、みすずさんのやわらかい声――本物のみすずさんの声――が聞こえてほっとした。みすずさんにまで連絡がとれなくなったら、私もうどうしたらいいのかわからないよ。

「今朝から吏一君と連絡がとれないの。なにか知らない?」

『本当に? 変ねぇ……』

「本当だよ。昨日までメールは返ってきてたけど様子が変だし、電話しても出ないしかけ直してもくれないし、吏一君までおジイみたいにニセモノだったらどうしようって……っ」

 口に出してしまったらそれが本当のことのように思えて、溜めこんでいた不安が一気にせり上がってくる。ぐっと堪えることができたのは、ここが学校だったからだ。

『あきちゃん、落ち着こう。新沼君は大丈夫よ。彼は彼なりに考えがあって動いてるの。今はまだあきちゃんには話せないけど……』

 いつもならばきちんと説明してくれるはずのみすずさんも、今日は妙に歯切れが悪い。

「……どういうこと?」

『メールなら返してくれるんでしょう? あの子も誤魔化し方が下手な子ね。電話なんてしたらあきちゃんの剣幕に押されて、うっかり喋ってしまいそうだもの』

「だったら! じゃあ……吏一君は無事なの? 誤魔化すってなにを? どうして私には内緒なの?」

 声が大きくなりそうな口元を手のひらで隠すようにして尋ねたけれど、みすずさんは明確な答えを教えてはくれなかった。ただ、最後の質問だけにはきっぱりと、

『決まってるでしょう。あきちゃんに心配かけたくないからよ』

 そんな風に言われたら、どうしたらいいのかわからなくなる。心配なんてとっくにしているのに、私をこれ以上不安にさせるようなことを吏一君はしてるの?

「……吏一君は、大丈夫なの?」

『大丈夫よ。信じてあげて』

 ね、とやさしく念を押されて、また、ゆらぐ。結局私は、吏一君がなんとかしてくれるのを、ただ黙って待つことしかできないんだろうか。

『ごめんね。あきちゃん……』

「みすずさん――!」

 通話が切られそうな気配がして、あわてて引き止める。このままでいいわけがない。ただの自己満足でわがままなのかもしれないけど、それでも、

「みすずさんお願い! 私に何かできることって本当にないのかな。私もう、おジイのときみたいな気持ちになるのはいやだよ……私だけ何も知らずにいるのは、いやだ。みすずさんの知ってることを教えてほしいの」

 仲間外れにされた子供が拗ねてるだけと思われてもしょうがない。だけど、聞きわけのいい子になって、なにもできずに最後に後悔するくらいなら駄々っ子の方がずっとマシだ。

 長い沈黙があった。もうすぐ昼休みが終わってしまう。

「みすずさんが何も教えてくれなくても私は一人で吏一君やおジイのためにできることを探すから一緒だよ。もし、それがみすずさんたちの迷惑になるんだったら、ちゃんと納得できるように教えてほしい」

 私も三目のこと言えない。我ながら卑怯な脅しだと思う。みすずさんのやさしさに付け込もうとしてる。

 携帯電話の向こう側で小さくため息。いつも頼もしくて、笑顔で私の不安を吹き飛ばしてくれるはずのみすずさんの声は、酷く疲れているようだった。

『あきちゃん、ごめんね。本当は私にもどうしたらいいのかわからないの……新沼君は私にも、全部は教えてくれなくて。彼はひとりで何とかしようとしてるみたい』

 そうして、みすずさんは教えてくれた。あの日、何があったのか。みすずさんの知る限りのことを。

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