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魔法使いなんていない(2)

 堂本さんとの約束を破って、セーラー服にそでを通した。日が落ちると半袖の夏服ではすこし肌寒い。ついこの間まで熱帯夜だったのがうそみたい。窓から吹き込んでくる夜風が直撃する二の腕をかばうようにして反対の手でさすっていると、助手席側の窓が音もなく勝手に動いて閉まった。ちらっと横を見たら、運転席についている開閉ボタンを、吏一君の指が押していた。

「あ、ありがとう」

「夜はちょっと寒いな」

 吏一君は私が言わなくても、こういうことにすぐ気づく。私を女の子扱いしてくれてるんだってことがよくわかる。同時に、吏一君は女の子の扱いに慣れてるんだろうなってことも。

 ハンドルをにぎる横顔を、そっとぬすみ見る。やさしくて気が利いて、とても話しやすくて、だけど馴れ馴れしいわけじゃない。顔だって、うちのクラスのなかにいたとしてもダントツでモテそうなのに、これで彼女がいないなんて本当に不思議。ううん。もしかしたら夏休みの間にできてるかもしれないけど。――そしたら、助手席になんて乗せてくれないか。

「どうかした?」

 急に吏一君が顔をこっちに向けるから、びっくりした。車は赤信号で止まっていた。

「えっ……あ、あのね……聞いてもいい?」

 ごまかしついでに、ずっと気になっていたことを口に出してみる。そう、映画館で爆破予告犯を捕まえたあと、詳しく話を聞いていたときに出てきたあの言葉。

 「JYMジェイワイエム」って、なあに?」




「それじゃあ君たちもJYMなの?」

 爆破予告犯あらため大外内おおそとうちと名乗ったサラリーマンは、吏一君もおジイの依頼で来たことを告げると、そんな風に尋ね返してきた。私にはJYMが何なのかわからなかったけど、吏一君にはすぐに頷いて、

「俺はな。この子は違う。あんた、ジイさんからどうやって連絡受けたんだ?」

 この子、と示されたのは私。吏一君はそのまま私を置いてけぼりにして、話を進めていく。

「スカイプだけど」

「いつ?」

「一週間くらい前かな」

「通話で?」

「いや、チャットだよ」

「……それ、本当にジイさんだったか? 誰かがジイさんを騙ってたって可能性は?」

 そういう可能性も一つある、と吏一君は言った。私は大外内さんと一緒にぽかーん。そんなこと、考えもしなかった。

「ジイさんと連絡とれないんだ。家も留守。俺もジイさんの依頼でここに来たって言ったけど、メールだったし、本人かどうかなんて正直わかんねぇよな。あんた、ほかに何か知らないか?」

「いや、ごめん。僕は何も……」

 頼りない大外内さんの下がり眉が、ますますたれ下がっていく。明らかに自分より年下の吏一君相手に、完全に萎縮しているようだ。この様子では嘘をついたり誤魔化したりなんてこと、できそうにない。というかこの人、こんなんでお仕事とか大丈夫なのかな。

「そっか。ま、俺らがあんまり騒いでどうにかなるもんでもないか。さすがにそろそろ身内が心配するだろ」

「あー……それはちょっと、堂本の家は難しいんじゃないかな」

 楽観的に言ってみせる吏一君に、大外内さんはあくまでひかえめに、恐る恐る異論を唱えた。

「ほ、ほら、長老は堂本家から縁を切られてるから……」

「どういうこと?」

 詳しい話を促されると、大外内さんは急に言い淀んで、視線をさまよわせる。

「お家事情だろう。僕も詳しいことは……」

 本当は知っているんだろう。挙動が不審すぎてバレバレだ。でも、人の家の事情を他人から聞き出すなんて野暮なこと、私も吏一君もしたくなかったから、それ以上は追求しなかった。おジイが私たちに話してないってことは、きっと、知ってほしくないことなんだ。

 結局、それ以上のことは何もわからなかった。映画館の火災報知器は誤作動だったってことで決着がついて、何事もなかったかのように周りのみんなが館内に引き返していくなか、おジイのことで何かわかったら知らせるから、と吏一君は大外内さんの連絡先と会社の名刺までもらってた。抜かりないなぁ。




 ここまでが映画館で起きた事件の顛末だ。吏一君が車で送る、と言ってくれた帰りの車中、私はやっとJYMの説明を求めることができた。

「JYMはジイさんが作ったなんでも屋みたいなもんだよ。口止めされてるからあまり詳しいことは話せないけど、誰かが何かに困ってるときに、ジイさんが自分の知ってる魔法使いのなかで対応できそうなやつに連絡して依頼するんだ。あきちゃんに初めて会ったときに俺がジイさんに呼び出されたのもそれ。俺の力なんて大して使い道がねぇからあんまり呼び出されることないんだけど」

「……知らなかった。そんなことしてたんだ」

 私はずっとずっと小さいころからおジイのことを知ってるのに、そんなことしてるなんておジイは一度も教えてくれなかった。のけ者にされたみたいで、少しだけ悲しくなる。それが顔にもばっちり出てたみたい。

「ジイさんは、あきちゃんにはあんまり知ってほしくなかったみたいだな」

「どうして?」

「たぶんだけど、あきちゃんが自分もやるって言い出しそうだったからじゃないか。孫みたいに可愛がってるあきちゃんを危険な目にあわせたくなかったんだろ」

 そうなのかな。おジイはやさしいから、本当にそんな風に考えてくれたのかもしれない。

 だけどおジイは、魔法の扱いに関しては実はすごく厳しい。魔法も、私のこともよく知ってるおジイのことだから、私が魔法を上手く使えないってこと、おジイはわかってるんじゃないかな。それでもおジイは私から魔法を、セーラー服を取り上げずに見守ってくれてる。やっぱりやさしいね。私はそのやさしさに甘えてばっかりで。おジイがいない今、すごくさみしくて、不安で、怖い。

「……吏一君がいてくれて、よかったな」

 思わず、そんな言葉がこぼれ落ちていた。

 吏一君がすこし驚いたような顔でこっちを見たけど、運転中だ。前方へと向け直した横顔はちょっと照れてるみたいに見える。そういえば私、まだ吏一君に言ってなかった。あのときのお礼。

「ありがとう、吏一君。……先生に、私が……たとき、そばにいてくれて、ありがとう」

 告白したときも、失恋したときも、泣いていたときのことは思い出すとちょっと恥ずかしいけど、吏一君がずっと一緒にいてくれたことはちゃんと覚えてる。

「礼言われるようなことはなにもしてないよ。あきちゃんが頑張ったんだ」

「ダメだったけどね」

 あ。

 自分で言ってから、びっくりした。いつの間に、笑って自虐ネタにできるようになったんだろう。そう、私、笑ってたんだ。夏休み中は先生のことを思い出すだけで泣きそうになってたのに。おジイのことがあったから、新学期が始まって先生の顔を見てもゆっくり感傷に浸るどころじゃなかったんだけどね。

「先生のことまだ好きだけど、ちょっとずつ諦めるんだ」

 決めたんだ。すぐには無理だから、ちょっとずつ。自分のペースで。しばらくは諦められないかもしれないけど、そのときはそのときでしょうがない。堂本さんみたいにおじさんになるまでしつこく思い続けるのかもしれないし、そんな先のことはわかんない。

「あきらめるのに一番てっとり早い方法は新しい恋ってよく言うけどな」

「吏一君までコウ君と同じこと言うんだね」

 どこかで聞いたような台詞に笑ってしまう。そういえば、コウ君のこともすっかり忘れてた。どうなったのかな、写真。私よりももっといい被写体を見つけたのかな。

「コウ君って?」

 聞かれたから、私は吏一君に話すことにした。本当は、おジイに話すはずだった夏の思い出話。堂本さんに着替えをのぞかれたりコウ君にちょっとからかわれたり車にひかれそうになったりでひどく心配されたけど、ほとんど包み隠さずに話せたからすっきり。私が川で泣いていたこととか、堂本さんにパンツを見られたことなんかは恥ずかしくて言えなかったけど。

 だって、家族や学校の友達には当たり前だけどほとんど話せないことばかり。私が魔法使いだってことも先生のことが好きだってことも知ってるのは、吏一君とおジイくらいだもん。吏一君が知らないのは、私が本当は男の子だってことくらいだ。

 家の近くで車を止めてもらうまで、私はずっと話し続けた。吏一君はときどき相づちを打ちながら、ちゃんと最後まで聞いてくれた。

「あきちゃん。大丈夫だよ」

 さよならの直前に、吏一君はやけにきっぱりと言う。何の根拠もないってわかってたけど、不思議と大丈夫な気がした。

 おジイは大丈夫。

 おジイがいないあいだの私も、大丈夫。

 吏一君がいてくれるから、大丈夫。




 翌朝、学校にいこうと家をでた直後に、吏一君からメールがきた。

『ジイさんの居場所がわかった』

 本当に、と叫びかけた口もとを押さえて、スクロールさせたメールの続きには、病院の名前と住所が記されていた。

 この日、私は初めて学校をサボった。電車で二駅となりの病院はそこそこ大きくて、古くて、足を一歩踏み入れればその独特な雰囲気にすっかりのまれてしまう。吏一君のメールには、面会時間が午後からだってこともちゃんと書いてあった。でも、居てもたってもいられなかったんだ。時間外だけど、だめでもともと。入れてもらえないか聞いてみよう。孫ですって言ったらどうかな。そんなことを考えながら病室の場所を探していたら、後ろから聞きなれた声がした。

「あきちゃん?」

 学ラン姿の自分をその名前で呼ぶ人はすくない。振り返ると、ほとんど同じ目線に怪訝そうに眉根を寄せたみすずさんの顔があった。

「どうしたの? 学校は?」

 制服姿の私を見て、みすずさんは真っ先に痛いところを突いてくる。

「そんなことよりおジイが! ……もしかしてみすずさんも、おジイのところに? 知ってたの?」

 みすずさんは申しわけなさそうに頷いてみせた。

 気づいてみればとても簡単なことだった。おジイのところに出入りしているみすずさんが、おジイの行方を知らないわけがないんだ。

「ずいぶん心配させたみたいで、ごめんね。治一郎さんが入院してることもっと早くに教えてあげればよかった。昨日の夜に新沼君から連絡があったの。あきちゃんも心配してるからって教えてくれたのは、新沼君なのよ」

 私は首を横に振る。みすずさんは全然悪くないよ。私が先に気づけばよかったんだ。おジイの行方は、みすずさんに聞いたらわかるかもしれないってこと。連絡先だって私は知ってた。なのに、ちっとも思いつかなかった。

 みすずさんは私をおジイの病室まで連れて行ってくれた。歩きながら、吏一君とみすずさんのことを教えてくれた。

「何年か前に、治一郎さんを通じて会ったことがあるの。あきちゃん、新沼君に夏休みのあいだに小学校にいたって話をしたでしょう? それを聞いて私のことを思い出したんですって」

「みすずさんもJYMなの?」

「ええ、そうよ」

 私の問いかけに、みすずさんは小さく頷いた。

 おジイの病室は個室だった。大きなベッドに横たわるおジイの体はあまりにも小さく見えて、なんだか悲しい気分になる。うでに点滴がつながれていること以外は、なにも変わらないおジイ。いつもパソコンのディスプレイを鋭く見つめる目が、今はおだやかに閉じられている。半月型の眼鏡はテーブルの脇に置かれていた。眠っているおジイには、必要ないから。

「八月終わりに、ちょうどあきちゃんが家に帰った翌日だったかしら。パソコンの前でとつぜん倒れてね、それからずっと意識がないの」

 ちょうど夕飯を作りにきていたみすずさんがすぐに気づいて、救急車を呼んだ。医者の診断では、特に異常は見つからなかったらしい。なのに、おジイは目を覚まさない。眠り続けたまま、もう一週間以上が経つ。

 おジイのベッドのそばで、私はどうしたらいいのかわからない。話しかけることも、ふれることもためらわれて、ただ一人で立ちつくしているしかできなくて。話したいことがたくさんあるのに。相談したいこともたくさんあるのに。

「あきちゃん、学校に行きない。今からでも午後の授業には間に合うから」

 みすずさんがしずかに、だけど先生みたいに強い口調で言う。ここにいても、私にできることはないんだと遠まわしに言われた気がして、泣きたくなった。

 みすずさんはわざわざ車で校門まで送ってくれた。そうしなければ、私がこのまま学校をサボってしまうと思ったのかもしれない。本当は、おジイが大変なときにのん気に授業なんて受ける気分になれなかったけど、二時間目が終わったあとの時間を狙って教室のに向かった。

「めっずらしー。宮司が遅刻?」

「違う。サボり」

「はぁ? 来てんじゃん」

 教室で真っ先に話しかけてきたクラスメートの木崎がわけがわからないという顔をしている。だけど、わけがわからないのはこちらも同じだ。

「なんで木崎が俺の席に座ってんの?」

「お前いないあいだに席替えしたんだっつの。あ、現国の教科書借りたからな。サンキュー」

 木崎は、私が机のなかに入れっぱなしだった教科書を勝手に使ったらしい。人好きのする笑みをへらりと向ける。この笑顔だけで上手く世わたりできるタイプだ。

「俺の席は?」

 そんな木崎とでさえ、今日の私はおだやかに会話できる自信がない。早く一人になりたかった。あっち、と示されたのは、同じ縦列の二つ後ろの席。最後尾だ。運がいい。

 自分の席についてようやくほっと息を吐く。考えないといけないことがたくさんある気がした。

 そうだ、まずは吏一君にメールをしよう。教えてくれてありがとう、と。携帯電話を取り出したタイミングとほぼ同時に、前に座るセーラー服のえりがひらりとひるがえって、

「ねー、サボりってマジ? 宮司って地味なやつかと思ってたけど意外とやるね」

 メイクばっちりの女子生徒がこれでもかというくらい拡張されたくっきり二重でこちらを見つめる。ながれだ。樋川流ひかわながれ。クラスメートの一人、といっても今まで話したことはない。もともと私、女子と話すタイプじゃないしね。きれいな名前だったから覚えているだけ。本人はそうでもないけど。たぶん、メイクしないほうがかわいい。

「よけいなこと言うなよ、木崎」

 樋川の向こうがわ、こちらを見てニヤニヤ笑みを浮かべている男に文句をつけてやる。

「えー? なに俺と宮司の秘密だった? まっじごめんごめん。そうならそうと早く言ってくれりゃあ」

「うわー木崎きもいよ」

 二人が話しているのを無視して今のうちに吏一君にメールを……。

「まー席前後だしよろしくー。ってか宮司って近くで見るとさー、意外とかわいい系?」

「あっれ、流ちゃん知らんかった? こいつけっこー女顔っつーの? 中学のころからぜんぜん変わらんよ」

「だって前髪長すぎなんだもん。顔見えないよ。つか、前見えてるー? 切れば? 私切ったげようか? 意外とうまいよー」

「……いや、いい」

 つか、メール送りたいんだけど。私が携帯電話とにらめっこしてることなんておかまいなしに樋川は話しかけてくる。自分の都合ばかりで、図々しくて、油断するとその勢いに飲まれてしまうから無視したかったけど、相手は女の子だし木崎の友人だからあからさまに冷たくもできなくて、中途半端。

 木崎は中学校からの友達だ。昔はただのお調子者だったのに、高校デビューだとかで突然あかぬけた。調子に乗りすぎて高校入ってすぐできた彼女を二股かけてこっぴどくフラれてからはちょっと大人しくしてるみたいだけど……って、これはどうでもいいや。

「わ、まつげながーい。きれいな二重だし、顔ちっちゃいし、てか男にしてはパーツが小さめだよね。唇も真っ赤でぽてってしてるし、ってか肌すべすべ! マジうらやましいっ」

「あの……あんまり触らないで。まわり見てるし」

 いつの間にか伸びてきたピンクのラメ入りのネイルの指が前髪を持ち上げて、勝手に観賞を始めていた。ガン見されて居心地は悪いが、女の子相手では手をはねのけるわけにもいかなくて困る。ただ、さすがにほっぺたをべたべた触られたりするのは、ちょっと勘弁してほしい。

「ごめんごめーん。髪の毛もちょーさらさらなんだもん。ね、やっぱり前髪切ろうよ。イケるって」

 名残惜しそうにゆっくり離れていく指先が、ちょっきんとハサミの形になる。

「俺はどこにもいく気ないから」

「流ちゃん、むだむだー。俺もおんなじこと何回も言ったもん」

「えー? 木崎に言われるのと女の子に言われるのとじゃ違うんだって!」

「いや違わないけど」

「ええー? 宮司って変だよーえいっデコだし!」

「遊ぶな。やめろって」

 再び前髪を持ち上げられたので、今度はゆるやかに身を引いて抵抗した。やっぱり、女の子相手だとどうやって対処したらいいのかわからない。

「いひひ。怒ったー? ごめんねー」

「怒ってないけど」

 どちらかというと、戸惑っている。

 樋川は少し茶色に染めたストレートの自分の髪の毛をいじりながら、ふと思い出したようにまた顔を上げた。

「あ、わかった! さっきから誰かに似てるなーって思ってたんだけど、あの子だ。幸せのチェンメの子」

「……何それ」

「知らない? ちょっと前に回ってきたんだー」

 携帯電話を取り出した樋川は、一通のメールを見せてくれた。


タイトル:幸せのチェーンメール

本文:いま、好きな人はいますか?

   片思いですか?

   両思いですか?

   幸せですか?

   不幸ですか?

   もしもあなたの恋がうまくいっていないのなら、この写メを一時間以内に五人に回してください。

   写真の女の子が、あなたの代わりに悲しいことをすべて引き受けて泣いてくれます。


 添付されていた写真が携帯の画面いっぱいに写った瞬間、頭の中が、真っ白になった。だって、この子は。この女の子は。

「ね、似てない?」

「どれー? 俺にも見せてー。……あ、マジで泣いてんじゃん。横顔だしよくわかんねぇな。ま、似てるっちゃ似てるかも」

 樋川と木崎は写真を見ながら好き勝手なことを言っている。そうじゃない。似てるんじゃない。これは正真正銘、私だ。あきちゃんだ。

 携帯電話の四角い画面のなかには、見たことのある風景が、見たことのある服装の私が、写っている。川に足をつけて、先生のことを思い出しながら思いっきり泣いたあの夏の日。誰もいないと思ったのに、あのときカメラのシャッター音がして、現れた一人の男の子。それが、コウ君との出会い。

 この写真は、コウ君が撮ったものだ。間違いない。

「おーい、どうした? 宮司、だいじょぶか?」

 気がつけば木崎が心配そうにとなりに立っている。樋川も不思議そうに私の顔をのぞき込んでいた。

「……な、んでもない。これ、誰から回ってきたの?」

「いろんな子からきたよ。みんな幸せになりたいんだねー。私は回してないけどさ。なに、マジでどしたの? こわい顔してるよ」

「……あ、いや……もしかしたら、それ親戚の子かも」

 とっさに嘘をついた。

「え、そうなの!? だから似てるのかなー」

「このメール、誰が最初に回したかわからない?」

 コウ君と出会ったのはお盆前だった。夏休みのあいだに一体どれほど回っているのか。「えーそんなのわかるわけないじゃん」

「わかるところまででいいから。……自分の写真が勝手にまわされてたらいやだろ?」

 心臓が妙にばくばくと鼓動している。自分がまだ冷静に会話できていることが不思議だった。怒っているとかそんなんじゃなくて、悲しいともちがう。ただ、ショックだったんだ。ほんの数回しか会ってないけど仲良くなれたと思ってたのに。裏切られた気分だった。

「んじゃあ、友達のよしみで俺からもお願い、流ちゃん! 乗りかかった船ってやつでさ」

「木崎はどうでもいいけどぉー……うーん、この子はかわいそうだもんなぁー。ちょっとみんなに聞いてみるね」

 了承してくれたあとの樋川は速かった。携帯メールを打つ、指の動きが、だ。

「あ、そんかわりぃ、もし突き止めたら前髪切ってね」

 携帯画面から一瞬顔を上げ、濃いアイライナーの目もとがニヒっといたずらっぽく笑った。どうしてそうなるの。



 メールといえば、吏一君のところにきてたおジイからのメール。あれは一体誰が送ったんだろう。おジイが倒れたのは八月の終わり。一週間以上前で、それっきり目を覚ましてない。吏一君はほんの二日前に、おジイからの依頼メールを受け取ったって言ってた。おジイが本当に目を覚ましていないなら、メールを送れるはずがない。

 誰かが、おジイを騙っているのかもしれない。

 吏一君が言ってたひとつの可能性が、急に真実味をおびてくる。

 その夜、吏一君と電話ですこしだけ話をした。やっぱり吏一君もおんなじことを考えてた。吏一君は今度おジイの家に行ってパソコンを調べてみるって。すごいなぁ。私が思いつかなかったことを、ぽんってやってのけちゃう。私も一緒に行きたかったけど、吏一君はバイトのない平日の昼間しか動けないし、私はその時間、学校がある。サボったらまたみすずさんに怒られそうだし、くやしいけど、おとなしくしてることにする。私が行っても役に立たないのも事実だしね。

 チェンメの話はしなかった。これ以上、心配ごとを増やすのもどうかなって思って。おジイのことで私にできることが何もないならせめて、自分のことくらい自分でなんとかしなくちゃ。

 代わりに、おジイのお見まいに行ったよって話をした。吏一君も昼間にバイト行く前に寄ったんだって。あとから気づいたことだけど、もしかしたら鉢合わせする可能性もあったんだよね。私あのとき学ラン着てたんだった。

「そういえばさ、あきちゃん。夏休みにジイさんと会った? ジイさんが小学校まで会いにきたとかさ」

「え……会ってないよ?」

「一度も?」

「うん、一度も」

 念押しする吏一君に向かって、受話器越しに頷く。どうしてそんなこと聞くんだろう。

「だよな。ごめんな、変なこと聞いて」

 吏一君には前に話したはずだ。私が夏休みの間ずっと月並小学校にいたことも、おジイとずっと会っていないことも。吏一君は「念のため」って言ってたけど、気にかかる言い方だった。ちゃんと面と向かって話していれば、もっと突っ込んで聞けたかもしれない。携帯電話越しの声だけじゃ、ごまかされているのかどうかも判断できなかった。

 会いたいな。

 つい、出そうになった言葉をあわてて飲みこんだ。吏一君はやさしいから、うっかり甘えてしまいそうになる。会って話をしたいな。大丈夫だよって、きっと、吏一君は言ってくれるから。

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