第15話:白銀の追憶と、新たなる盾の目覚め(前編)
黄金の光に包まれた大理石の寝台で、エレナ・オルトリンデは静かに目を覚ました。
彼女の体内を巡る魔力回路は、かつての王国式の青白い光ではなく、セトから注ぎ込まれた圧倒的な生命力と支配を象徴する黄金色へと完全に染まりきっている。心臓が脈打つたびに、子宮の奥底に強制的に刻み込まれた主の魔力紋が甘く熱を帯び、彼女の精神を絶対的な安心感と服従の陶酔で満たしていく。
彼女はゆっくりと身を起こし、透き通るような純白のシーツをその豊かな胸元に掻き寄せた。
窓の外には、致死量の瘴気を孕んだ『灰のヴェール・ガルド』の嵐が狂い吠えるように吹き荒れている。しかし、セトが創り出したこの魔導の城塞の内部には、微塵の脅威も、冷たい風の音すらも届かない。
その絶対的で暴力的なまでの安全空間が、エレナの脳裏に泥のように濁った過去の記憶を呼び起こした。
――王都の、絢爛豪華な玉座の間。あの冷たく、腐敗した空気の匂い。
『エレナ・オルトリンデ第三部隊隊長。貴様のその清廉潔白さは、もはや王国の秩序を乱す毒でしかない』
肥え太った宰相の嘲笑と、無関心に玉座から見下ろす王の冷酷な瞳。
エレナの罪は、民の飢饉を救うための国庫資金を、貴族たちが非合法な魔導兵器の開発へと横領している事実を告発したことだった。国を守る剣として、正義を信じて疑わなかった彼女の行動は、権力者たちにとって目障りな不純物でしかなかったのだ。
『我が国の誇る白銀の剣よ。死の荒野を浄化し、王国の領土を広げるという名誉ある任務を与えよう。……無論、生きて帰れるとは思っていないがな』
それは英雄としての見送りを装った、事実上の死刑宣告だった。
彼女を慕って死の荒野へと同行した部下たちは、灰の嵐の中で次々と瘴気に肺を焼かれ、狂乱の中で国を呪いながら死んでいった。
「隊長、なぜ我々がこんな目に……」
「国のために尽くしたというのに……」
彼らの血を吐くような断末魔が、エレナの高潔な精神をズタズタに引き裂いた。
正義など、力を持たない者のただの妄言だった。彼女が信じた国は、最も醜い欲望と欺瞞の塊であり、彼女の剣は虚構を守るための見栄えの良い飾りに過ぎなかったのだ。
「……過去の亡霊にでも囚われているのか、エレナ」
低く、威厳に満ちた声が寝室に響き渡る。
ハッと顔を上げると、そこには絶対的な支配者であるセトが立っていた。彼の姿を見た瞬間、エレナの体内に満ちていた過去の冷たい絶望は、一瞬にして甘く燃え上がるような熱へと上書きされた。
「セト様……」
エレナは無意識のうちに寝台から滑り降り、純白の素肌を曝け出したまま、セトの足元に深くひれ伏した。
王国の騎士として誰にも頭を下げず、誇り高く生きてきた彼女が、いまやすべての矜持を捨て去り、自らの意思で一人の雄の前に平伏している。
「いいえ……亡霊は、すでにあなた様のマナによって完全に浄化されました。私が信じていた正義がいかに脆く、愚かなものであったか……この身に刻み込まれたあなた様の絶対的な力の前では、すべてが霞んでしまいますわ」
セトは傲慢な笑みを浮かべ、足元に平伏するエレナの美しい金糸の髪を乱暴に鷲掴みにした。
「あぁっ……セト様……っ」
髪を引かれる微かな痛みにすら、エレナの魔力回路は過敏に反応し、甘い快楽のスパークを脳髄へと送り込む。
「当然だ。王国が貴様らを使い捨てる泥舟ならば、俺の築くこの国は、世界そのものを書き換える絶対の神域だ。お前の誇りも、部下を救えなかった絶望も、すべて俺がこの領地の養分として喰い破ってやったのだ」
セトの圧倒的なエゴイズム。
それは王国のような陰湿な欺瞞ではなく、すべてを自らの力でねじ伏せ、そして永遠に庇護するという強烈な真実であった。エレナの理知的な思考は完全に融解し、ただこの男の絶対的な力にすがりつき、溺れたいという雌としての本能だけが残されていた。
「立て、エレナ。お前のその浄化の力、俺の開拓にどう役立つのかを見せてもらおう」
セトに命じられるまま、エレナは真新しい漆黒の布地と皮革で仕立てられた衣服を身に纏い、城塞の中庭へと出た。
そこには、セトの『豊穣の神域』によって生み出された黄金の果樹園が広がり、フィアナとミリアが彼女を待ち受けていた。
「おはようございますわ、元・聖騎士様。すっかりセト様のマナに調教されて、従順で良い表情になりましたわね」
フィアナが、自身の魔導デバイスを調整しながら冷やかし半分に微笑む。
かつては王国の技術局で異端として追われる身だった天才研究者の彼女もまた、過去の孤独な絶望をセトの圧倒的な力によって塗り替えられ、今ではこの国の狂信的な技術者として絶対の居場所を得ている。
「えへへ、エレナちゃん、おはよー! これでもう、あたしたちみんなセトのものだね!」
ミリアが無邪気に笑いながら、エレナの腕に抱きついてくる。
獣人として人間から迫害され続けてきた彼女の底抜けの明るさも、セトという絶対の安全地帯があってこそのものだ。二人から放たれるセトと同じ波長の黄金のマナに触れ、エレナは自分の心がかつてないほどの安らぎと、連帯感に満ちていることを自覚した。
「……ええ。私はもう、二度と迷いません。セト様の剣として、そして……セト様の寵愛を受ける雌として、この命を捧げます」
「殊勝な心がけだ。ならば、その力を示せ」
セトは果樹園の中央、マナの泉の前に立ち、大地に向かって手を翳した。
「フィアナ、魔力水路の出力を最大にしろ。エレナ、お前の持つ聖なるマナの波長を、俺の『聖地創生』の防壁と完全に同調させろ」
「はいっ、セト様!」
フィアナの背中の魔導構築機が重厚な駆動音を上げ、城塞の地下に張り巡らされた魔力線が青白く発光する。
同時に、エレナは泉の前に進み出ると、自身の胸元に手を当て、セトから与えられた魔力紋を強く意識した。
「我が魂の主、セト様の御力のもとに……! 『絶対防護・白銀の聖域』……展開っ!」
エレナの体内から、純白の聖なる光と黄金色のマナが入り混じった極彩色の奔流が爆発的に噴き出した。
それはかつて彼女が王国で使っていた薄っぺらな防護魔法とは次元が違う。セトの無尽蔵の生命力を動力源とし、フィアナの異端の数式によって最適化された、完全なる神聖防壁。
光の波紋が城塞の大理石の壁を駆け上がり、巨大なドーム状の結界となって上空を覆い尽くす。
自身の魔力核から尋常ではない量のマナが引きずり出される感覚は、エレナにとって精神的な絶頂にも似た強烈な快感を伴っていた。
「あぁぁぁっ……! 私のなかの魔力が、セト様のマナと混ざり合って……っ、頭が、真っ白に……っ!」
ズガガガガガァァァァッ!!
その瞬間、外の荒野で吹き荒れていた灰の嵐が、結界に触れた途端に悲鳴のような音を立てて消滅した。
ただ物理的な風を遮るだけでなく、瘴気という『死の概念』そのものを浄化し、無害なマナへと変換して自らの養分とする究極の防衛システムが完成したのだ。
「素晴らしいですわ……! 外部の攻撃エネルギーをそのまま内側の循環マナに変換する、永久機関の防壁……! これなら、王国の正規軍が数万規模で攻めてこようとも、指一本触れることすら不可能ですの!」
フィアナが歓喜に震え、スクリーンに映し出される異常な数値を食い入るように見つめる。
「ふむ。悪くない盾だ。これで俺の果樹園も、外のゴミどもに煩わされることなく生育できるというものだ」
セトは満足げに頷くと、魔力の過剰放出によって膝をつき、荒い息を吐くエレナの元へと歩み寄り、その肩を抱き寄せた。
「あぁっ……はぁっ……セト様……。私の力が、あなた様の領地を、お守りする役に立ちましたか……?」
エレナは熱に浮かされたような蕩けた瞳で見上げ、主からの褒美をねだるように自らの頬をセトの手にすり寄せた。
「よくやった、エレナ。お前の過去の絶望は、今日からこの城を永遠に守り抜く最強の礎となった。これからは俺の庇護の下、その身が擦り切れるまで極上の快楽と繁栄を味わわせてやる」
「はいっ……! ああ、なんという幸福……っ。私は、このために生まれてきたのですね……っ」
かつての誇り高き白銀の騎士は、追放された農業魔術師の腕の中で、完全に堕ちきった雌の顔で陶酔の涙を流していた。
フィアナの異端の叡智、ミリアの野生の生命力、そしてエレナの絶対的な守護。
過去に絶望を抱えた三人の少女たちの魂を喰らい尽くし、死の荒野の中心に築き上げられたセトの『魔導の城塞』は、もはや王国すら手出しできない不可侵のハーレム王国として、その恐るべき基盤を完全に固めたのだった。




