第7話:くだらない話はごめんだわ
シュバリエ家のサロンはいくつかある。その中でもよく家族で使用しているサロンへ、エリーラは向かう。
昨夜や今朝のローラは、どう見ても彼女の知る大人しく従順なローラではなかった。父親であるラグナや、兄弟のレオンとルイに、あのように強く出たことは一度もなかった。
そんな違和感を感じてから休む暇もなく、ローラは家族全員に話があると言うではないか。
「何も起こらなければ良いのだけれど……」
そう零したエリーラは、サロンへ続く廊下を曲がる。すると、その行き先、正確にはサロンの扉の前にレオンとルイの姿があった。
「お母様!」
「二人共、早かったわね」
「ルイが心配だったので一緒に来たんです。ローラがまた何かルイに言うのではないかと思い……」
「レオン兄様……」
エリーラは、ローラが変わった事を感じているのは自分だけではないと理解する。
「とにかく今は中に入りましょう。旦那様も、もうすぐでいらっしゃるわ」
そう言って二人と一緒にサロンの中へ入るエリーラ。少し緊張してしまうのは仕方ない事だった。
「お待ちしておりましたわ」
エリーラ達を迎え入れたのは、ソファに腰掛けて優雅に紅茶を楽しんでいたローラだった。朝食の時は綺麗に整えられていた金髪が、今は一つにまとまっている。上品にまとめられた事で、同じドレスを着ていても印象がガラリと変わる。
そう、まるで別人のように……。
「お母様、お父様は?」
「あ……旦那様ならもうすぐいらっしゃるわ」
「そうですか。では、家族みんなでお父様をお待ちしましょうか」
わざとらしく“家族”を強調しながら、ローラはエリーラ達を席に促した。
サロンにはテーブルに対して向かい合うソファ二つと、一人がけのソファが一つある。
その一人がけのソファは主に公爵であるラグナの席になることが常であるが、今はローラが座っている。そのことにレオンは注意をしようとしたが、エリーラに止められてしまった。朝食の時のように、ローラに言い負かされるのが目に見えているからだ。
エリーラ達は、テーブルに面したソファに三人で腰掛ける。
(いつもなら……ここには子供達と私が向かい合って座るのに、ローラはどうして旦那様の席に……)
ラグナの事を考えると、ローラを叱るだろう。だが、今のローラは公爵である父親にすら、臆することなく言い返せる。前は従順で、会話すら少ないラグナとローラ。
この後起こりうる出来事に、エリーラは頭を悩ませるしかなく、とても用意された紅茶を楽しむ気分にはなれなかった。
レオンとルイも、時折りローラに目をやるだけで、なにか話す事もない。当のローラも、何か話すような様子もなく、紅茶を嗜むばかり。視線すら寄越さない。まるで、エリーラ達がこの場にいない者のように認識して淡々と過ごしている。
いつの間にか、控えていた使用人の姿もなくなっている。
ただただ、時間だけが過ぎて行く。
「遅くなってすまない」
そうして暫く経った頃、ラグナがサロンへ入ってきた。そして、家族達の異様な空気に眉を顰める。
「お父様、お待ちしておりましたわ」
「ローラ、そこは私の席ではないのか?」
「どこに座ろうがお父様が公爵である事は変わりませんわ。それに、この後も執務がおありでしたら、座る席で揉めている場合ではありませんから、お話はお早めになさってはいかがですか?」
「……そうだな」
ローラの言葉にラグナはため息を吐きたくなるのを堪えつつ、空いているソファに座った。エリーラは、そんな二人を見てハラハラしていたが杞憂に終わった事にホッと息をついた。
「では、お父様のお話からお願いします」
「ああ」
ローラに促されたラグナは、静かに口を開いた。
「ローラ、お前はロディアス殿下の婚約者候補として選ばれた」
ラグナの言葉に、エリーラ達は目を見開いた。
「一ヶ月後、王宮で婚約者候補に選ばれた令嬢を集めてパーティーを行う。主にロディアス殿下の婚約者に相応しい令嬢を決める催しだが、それと同時にレイファス殿下とザイラス殿下の婚約者も、その場で候補として上げられるだろう」
淡々と話すラグナ。しかし、ローラの表情は驚くどころか、どこか落ち着いている。
「旦那様、それは本当ですか?」
「ああ。昨日、王宮からこの件についての書状が届いた」
「まぁ!良かったわね、ローラ!ロディアス殿下は聡明で心優しい御方よ。そのパーティーで貴女が選ばれれば、きっと幸せになれるわ」
そうローラに微笑みかけるエリーラだが、ローラは黙ったまま紅茶を啜っている。
「ロディアス殿下は、王宮でも学園でも人脈も人徳もある御方だ。婚約者として選ばれるように、努力するんだぞローラ」
「ろ、ローラ姉様!僕は応援してます!頑張ってください!」
レオンとルイも、エリーラに続くようにそう声をかける。
この国の王子の婚約者候補に選ばれると言うことは、令嬢達にとっては夢のまた夢のような出来事なのだ。その一人に選ばれたのだから、家族達がローラへそんな言葉をかけるのは当然のことだった。
「ドレスの仕立ては早いうちにしてしまいましょう。明日にでも贔屓にしている仕立て屋を呼びます」
「婚約者候補として王宮に上がる以上、相応しいドレスを用意しなければならないのは当然だ。頼んだぞエリーラ」
「ええ、もちろんですわ旦那様!」
「お母様、俺にもできることがあれば手伝います」
「僕も、お母様とローラ姉様の為にお手伝いします!」
「ありがとう二人共」
そんなやり取りをする両親と、兄弟達。
しかし、肝心のローラは空になったティーカップを持ったまま動かない。落ち着いているにしては、何の反応もなさすぎるローラに、ラグナは怪訝な目を向ける。
エリーラ達も、婚約者候補に選ばれたというのにローラがやけに静か過ぎると気付いたようで、だんだん声のトーンが下がっていった。
そして、先程盛り上がったのが嘘かのようにサロンが静寂に包まれてしまう。
「……ローラ、ちゃんと私の話を聞いていたのか?」
「ええ、聞いていましたわ」
痺れを切らした様子のラグナがそう聞くと、ローラはようやく返事をした。
「ロディアス殿下の婚約者候補に選ばれたんだぞ?シュバリエ家の名に恥じないよう精進しろ」
「ええ、そうですわね。でもね、お父様──」
しかし次の瞬間、ローラは持っていたティーカップを勢い良く床に叩き付けた。
──ガシャンッ!!!!
「ッ!?」
急なことに驚いたのはラグナだけでなく、エリーラ達もだった。
粉々になったティーカップの破片が、床に散らばっていく。
それに対して、カップを割った張本人は、優雅な笑みを浮かべていた。
「──私、そんなくだらない話は大嫌いなの」




