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第3話:はじめまして


「もうこれ以上生きたくないのに……どうしてなの」


 眠っている自分を見つめながら、ローラは己の脚に嵌められた枷を外そうとする。しかし、枷は一向に外れる気配がなく、ローラは途方に暮れていた。

 このまま目覚めないのも良いが、あの王子達の執着を思い出すと眠っている自分に何をするか分からない。

 でも、魂が身体に戻って目覚めても、待っているのはあの地獄。王子達が首謀者だと分かっても、自分よりも身分が上である彼等なら、しらばっくれることも隠蔽することもできる。

 全てを知ってしまった以上、元に戻ることにローラは恐怖を覚えていた。

 味方だと思っていた存在の裏切り、これほどまでにローラのヒビ割れていた心を壊すのに十分なものもなかった。

 ぽたっ……ぽたっ……とローラの瞳からはずっと涙が溢れていた。


「だれか、誰かっ……私をここから解放して……ッ」


 ローラは、啜り泣きながら膝を抱えて小さくなる。このままずっと目覚めないでいたい。目覚めたくない。


 死にたい。早く死んでしまいたい。


 そう思った時だった。


「いやああああぁぁぁぁッ!?!?!?!?」


「えっ……?」


 ローラのちょうど真上から、人の叫び声……というより悲鳴のような声が響き渡った。驚いて顔を上げたローラの目の前には、人の顔が──



───ゴチンッ!!!!!



「〜〜〜〜ッ!?」

「いっ〜〜〜〜たぁッ!!!!」


 盛大に頭をぶつけたローラは声にならない悲鳴を上げ、その近くに落ちて転がった人物も額を押さえて痛みに悶えていた。

 頭と頭をぶつけるとこんなにも痛いのね……とローラは痛みから逃げるようにそう考える。そして、チラリとローラは自分の上に落ちてきた人物を見やる。

 珍しい黒髪の少女だ。痛みが引かないのか、苦悶の表情で額を押さえている。


「あの、大丈夫……?」


 心配になってそう声をかけると、少女はハッとした顔をしたかと思えばバッ!と勢い良く起き上がった。そこでやっと少女の顔が見えたローラは、あっ、私と同じような瞳……と少女の顔に釘付けになった。


「す、すみませんッ!めちゃくちゃぶつかりましたよね!?怪我はありませんか!?」

「え?あ、怪我はありません……まだ頭が痛みますけど」

「うわ〜〜〜〜!本当にすみませんッ!まさか人の上に落ちるなんて思わなくて……ッ!」


 申し訳ないとあたふたしている少女は、ローラの顔や頭を覗き込んで「腫れてないですか?え、ほんとに大丈夫ですか?」とブツブツと呟いている。頭をぶつけただけでここまで心配してくれる少女に、ローラは自分が怪我をしても「早く治しなさい」としか言わない家族の姿が過った。


「心配されなくても、私はこういうの慣れてますから……」


 痛いのも、冷たくされるのも慣れてる。だから自分なんかに気を遣わなくて良いと思って見ず知らずの少女に言うと、少女は目を見開いて言った。


「駄目ですよ!?頭ですよ頭!何かあってからじゃ遅いんですから!」

「え、でも……」

「さっき頭が痛むって言ってたじゃないですか!我慢しないで言ってください!もしかしたら腫れてしまってるかも……たんこぶになってたら可哀想ですし、それにぶつかった衝撃で他の所にも怪我とかあるかもしれないんですか、ら…………?……えぇっ!?なんで泣いてるんですか!?やっぱり痛かったですか!?」


 少女は、急に涙を流し始めたローラに驚くとオロオロと「本当にすみません……ッ!大丈夫ですか!?」と声を掛け続ける。

 しかしローラが泣いている理由は痛みではなかった。少女の純粋な言葉、自分を心配してくれていると分かるその言葉が、ローラには嬉しかったのだ。


「あ、あの……」

「は、はい!なんですか?やっぱりどこが痛みますか?」

「いえ……痛みはもう大丈夫なの。ありがとう」


 涙を拭ったローラは、少女の顔を見つめる。


「あの……自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はローラ・シュバリエと申します。貴方のお名前は?」

「名前、ですか?私は岸田(きしだ)神奈(かんな)です!」

「キシダ、カンナ……では、貴方の名前はキシダなの?」

「あ、私の故郷では岸田が苗字なので、神奈の方が名前になります!」

「そうなんですね。ではカンナさん、とお呼びしても良いですか?」

「良いですよ。私の方は……なんとお呼びしたらいいですか?」

「ローラで構いませんよ」

「ローラさん、でも良いですか?」

「もちろんです」

「ありがとうございます」


 ぶつかってそのまま座り込んで話していた2人は、並んで座り直す。


「カンナさん、ご自分が今どうしてここにいるか分かりますか?」

「色々あって……ですかね」

「ここに来る前のことは?」

「えっと、覚えてるんですけど……初対面のローラさんには非常に言いにくい内容というか……」

「構いませんよ。良かったら話してください。もちろん無理にとは言いませんから」

「……分かりました。お話します。実は私、ここに来る前は普通の学生だったんです」


 ローラの言葉を信じ、カンナは静かに話し始める。


「成績はそこそこで、あっ、そこそこってのは良くも悪くも〜みたいな感じです。友人もたくさんいました」

「なるほど」

「でも、どうやら私……その仲の良い友人達から嫌われてたみたいなんですよね」

「え?」


 その話にローラは少し驚くが、カンナは構わず続ける。

 

「最初はそれを知って、ショックでしたけど……自分に何か問題があったんだと思って、友人達の為にも縁を切ろうとしたんです」

「まぁ……」

「でも、なんでかそれが気に食わなかったみたいで、嫌がらせされるようになって」

「えぇ?どうして……カンナさんは大丈夫だったの?」

「大丈夫ですよ!そういうのって、無視してれば飽きるかなぁって思って何されても無視してたので」

「な、なるほど」


 カンナさんは強い人なのねと、ローラが感心するもカンナは苦笑いしながら「でも」と話を続けた。

 

「その無視が気に食わなかったのか、とうとう階段から突き落とされちゃって」

「えっ……」

「頭と身体を強く打ち付けて、痛いなぁ、周りが大騒ぎしてるなぁって思った時には意識が遠のいて……それで私、死んじゃったみたいなんです」

「そ、そんな……」


 そんな最期があっていいのかと、ローラはカンナの理不尽な死を悲しんだ。そんなローラの表情を見て「そんなに悲しまないで下さいよ」とカンナは笑って見せる。


「気付いたら神様とか名乗る胡散臭い人がいて、私の死に方を哀れんで転生させてあげるって言われたんです。それで気付いたら、ローラさんの上に落ちてました」

「な、なるほど」


 思ったよりも深刻な内容だが、カンナはそこまで気にしていないようだ。とりあえず、ローラはなぜカンナが自分の前に現れたのかを理解した。


「つまり、カンナさんは私に転生する予定だった……ということ?」

「恐らく……でも、ローラさんは今目の前にいるし、あの胡散臭い神様の何かの手違いじゃ……」

「いいえ。恐らくそうですよ。現に私の身体そこにありますから」

「身体?って、うわぁ!?えぇ!?」


 ローラにそう言われて初めて気付いたカンナは、ベッドに眠るもう一人のローラ、もといローラの身体を見て驚く。

 

「ゆ、幽体離脱ってやつだ……あれ?でも、ローラさんの足に付いてるそれは……?」

「取れないんです。恐らく、私の魂と身体はまだ繋がりが切れていない状態なんですよ」

「え、じゃあ、早く身体に戻った方が良いんじゃ……って、いつの間にか私の足にも付いてる!?なんで!?」

「私と同じような足枷……という事は、私の身体とカンナさんの魂が繋がった?」

「転生する身体だから?でも!ローラさんがいるならローラさんが戻った方が……」


 そこまで言って、カンナはローラの表情に影が差したのを見てしまう。その表情で何かを察したカンナは、一瞬悩んで言葉を続けた。


「ローラさん、もし良かったら、どうしてそんな状態になったのか教えてください」

「え?」

「私ばっかり話しちゃったし、ローラさんなんだか一人でたくさん抱えてるような気がして……あっ、嫌なら全然大丈夫ですから!」

「……いえ、大丈夫です。ここは私とカンナさん以外に聞く人はいませんから」


 そこまで言って、ローラは一つ息を吐くと、改めてカンナに向き直る。


「カンナさん、少し長くなってしまうのですけど……聞いてくださいますか?」

「もちろんです。いくらでも聞きますよ」

「ありがとうございます」


 そうしてローラは、自分の現状と今までになにがあったのかを全て話した。途中で言葉に詰まったり、泣きそうになったりしたが、カンナはその度に「ゆっくりでいいですよ」、「少し休憩しましょうか」と声を掛けてくれた。その優しさにまた泣きそうになりながらも、ローラはなんとか全てを話す事ができた。


「そうして……もう、全部終わらせようって思って、この屋敷から飛び降りました。そうして気が付いたら……ここにいたんです」

 

 話し終えたローラは、チラリとカンナに視線を向ける。カンナは、真っ直ぐにローラを見つめていた。


「……すみません。こんな話」

「いえ、大丈夫です。寧ろ、初対面の私にそこまで話してくれてありがとうございます」


 そう言ってカンナは、ローラの手を取る。その手の暖かさに、ローラはなぜかホッとしてしまった。そして、真剣な眼差しでカンナが口を開いた。


「……ローラさん、ローラさんはまだ、死にたいと思っていますか?」

「…………ええ」


 できることなら、早く死んでしまいたい。初めて自分に優しさを見せてくれたカンナと別れるのは少し悲しいが、もう、今まで生きてきた世界でまた生きたくはない。その意味を含めたローラの返事に、カンナは何かを決意したのか。ギュッとローラの手を強く握る。


「ローラさん、私はローラさんとして転生する為にここへ来ました。だから、この足枷でローラさんの身体と繋がった私はローラさんの身体に入る事ができるはずです」

「カンナさん……?」

「そしてローラさんは、たくさん傷付いて、たくさん苦しんで痛い思いをしてきた。それこそ、死ぬような思いを何度も抱えて、弄ばれながら生きてきた。私はそれが許せない。ローラさんのことを傷付けて愛してるなんて戯言を言った王子達も、ローラさんを助けない家族達も」


 ローラの手を、カンナは強く握りしめる。

 まるで、何かを誓うように。


「だから、私がローラさんの代わりに身体に入ります。そして──





 ──ローラさんの為に、ローラ・シュバリエとして死にます」


 

 


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