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第2話:私の存在はいったいなに?

 とある日。いつものように、ローラは人目を避けるように図書室の隅で勉強をしていた。陰からコソコソと何か言われたり、偶に絡まれることもあるが、息を殺して存在を消していれば何もされない。そう思いながら勉強し、それがひと段落したところで、そろそろ帰ろうと立ち上がった。

 しかし、その日は思っていたよりも遅い時間になってしまい、急いで馬車を手配しなければとローラは帰りを急いだ。だが、いつもの人気のないルートを行くとまた時間がかかってしまうと思い、ローラは仕方なく人通りが多いルートで帰ることにした。


(大丈夫、大丈夫よ……この時間なら人がいても、いつもいじめてくるあの人達はいないわ)


 そう心の中で祈るように歩くローラの足取りは震えていた。しかし、馬車の御者を待たせる訳にはいかない。御者に迷惑をかけたら、また家族達から何を言われるか分からない。ローラはなんとか足を動かして通路を歩き、馬車まで急いだ。



「おい、今日もやったんだろうな?」



 その時、ローラがちょうど通り過ぎようとした部屋の中から聞き慣れた声が聞こえてきた。よく見ると、そこは談話室のようで、防音のはずのそこは扉が少し開いていた。


(ザイラス様……?)


 声の主が誰だか一発で分かったローラは、ついその場で歩みを止めてしまった。なんの話をしているのだろうかと思い、ハッと我に返る。


(いけない、もしかしたら王家に関する話かもしれないわ)


 そんなの立ち聞きする訳にはいかないと、立ち去ろうとした時だった。


「今日はローラの頭に水をぶっ掛ける予定だっただろ」


「……………………え?」


 ローラは、今度こそ足が止まった。


「全然濡れてなかったぞ?ちゃんとやったのか?」

「は、はい!しかし……最近は警戒心が強いのかすぐに逃げてしまいまして……」

「チッ、しょうがねぇか。じゃあ明日は廊下で転ばせろよ。そんで転んだところを囲って笑い者にしろ」

「承知しました。ザイラス様」


 ザイラスの他にも、誰かの声がする。確かに、今日は令息達から水を掛けられそうになった。すぐに気付いて咄嗟に逃げたけど、まさか、そんな……とローラの身体から温度がなくなっていく。


「イラついてますねぇ。ザイラス」

「まぁ、ローラを助ける絶好の機会が無かったんだから仕方ないよレイファス」


(レイファス様と……ロディアス、様……?)


 ザイラスのいる部屋から、更に混乱を招く声。レイファスとロディアスの声が聞こえてきた。二人はどうやらクスクスと笑い合っているようだ。


「ああ、そういえば……今日は食堂で虫の入ったスープを食べさせたそうだね。レイブン伯爵令嬢」

「は、はい!ロディアス様の仰る通り、スープに虫を入れてローラ嬢に食べさせました。で、ですので……」

「分かっているよ。王家はレイブン伯爵家への援助を約束する」

「あ、ありがとうございます……!」


 ガツンと、ローラの頭が殴られたような衝撃を覚える。今日のお昼時、ローラは確かに虫の入ったスープを食べるようレイブン伯爵令嬢へ強要された。すぐに吐き出して必死になってその場から逃げた。その逃げた先で、ロディアスに遭遇し、事情を話したら口直しにと一緒に食事をすることになった。

 それが、まさか。

 

「あの時の、私を見つけて安心したようなローラの顔……本当に可愛かったよ」

「ロディ兄ばっかずりぃ」

「明日は教材を捨てるようにお願いしてるから、また私のところへ縋って来るかな。ふふっ」

「ロディ兄様は本当に性格が悪いですね」

「それを言うレイファスも、教師陣を脅して授業中にローラに恥をかかせるようにしてるみたいじゃないか」

「その方が彼女が私に教えを求めて来るからですよ」

「レイ兄の為に恥かかされるローラが可哀想だな」

「おや、ザイラスは令息達に呼び掛けて彼女へ暴力を振るうように命令してるじゃないですか」

「あ?だって怪我してもらった方が良いだろ。見舞いを理由に近付けるし、アイツの身体にも手当だって言えば触れるし」

「極端な考えですね。ザイラスらしいですが」

「だが、あまり追い込むなよ。ただでさえ最近は自傷しがちな彼女のことだ。いくら高等治癒魔法を使える神官がいても、治すには限度があるからね」

「はいはい。そんなの分かってるっつーの」

「ですが、そんな風に苦しむ彼女も魅力的では?」

「魅力的だとも。彼女には笑顔よりも苦しむ顔の方が似合うし、泣いて縋って依存してくれる姿は可愛らしいからね」


 淡々と歪なやり取りを交わす三人。

 ローラは、とても聞いていられなくてその場から足音を立てないように立ち去った。


 帰りの馬車の中で、ローラはボーッと窓の外を眺めていた。先程聞いた内容が、ぐるぐると頭の中に渦巻く。虚な目をしたローラは、静かに流れていく外の景色がだんだん朧げになっていくことに気付いた。

 それが己の涙だと理解するには暫く時間がかかった。頬を滑り落ちていく雫は、雨のようにローラの制服を濡らしていった。


「最初から、味方なんて…………ひとりも、いなかったのね」


 そう呟くと同時に、また大粒の涙が彼女の柔い頬を辿った。




 

 そうして、その夜、ローラは絶望を抱えながら飛び降りた。

 

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