第10話:黙って見てろ
そう吐き捨てたカンナに、この場にいる誰も反論できなかった。
ラグナは俯いて無言のまま座り込み。
エリーラはブツブツと小さく何か呟きながら泣いている。
レオンは崩れ落ちるように席に座って黙り込み。
ルイはただただ泣きながらエリーラ達を見つめていた。
その様子を見て、カンナはもう何も思わなかった。
「私はローラさんの意思を継ぎます」
座ったまま静かにそう告げると、全員の視線がやっと向いた。
「彼女は、この世界でローラ・シュバリエが生き続けることを望んでいません」
カンナがそう告げると、エリーラが慌ててカンナの足元に縋りついた。
「そ、それだけはどうかっ!ローラがいないと私達は……ッ!!!!」
「そんなの知りませんよ」
「お、お願いしますッ!娘の幸せの為に、どうか!」
カンナのドレスを掴んでまで必死に縋りついて来るエリーラ。だが、カンナはそんな彼女を冷めた目で見下す。
「幸せ?何を言い出すんだか。全ての元凶である下衆王子との結婚が、本当に幸せだと?」
「だって、ローラはそう言っていたわ……!」
「言わせていた。思い込ませていたの間違いでは?」
エリーラの言葉を、カンナはぶった斬っていく。
今のカンナからすれば、エリーラは母親として最悪だった。
表では子供達の幸せを願う、子供思いの優しい母親。だが、その裏では子供を犠牲にして甘い汁を啜っていた。
そんな人間だという事を、カンナはローラから聞いた話と目覚めてからのエリーラの言動で確信していた。
今だって、子供の幸せを願う母親のように必死に縋って来るのだから、カンナは最早呆れていた。
「お母様は凄いです。口先ではローラさんの幸せの為と言いつつ、実際は必要最低限の干渉しかしなかった。ローラさんが傷付いて血を流しても上っ面の心配だけで、それ以上の事をしない。それに、ローラさんに聞いたところ、彼女に助けを求められたのに、それを『公爵令嬢として忍耐強くありなさい』なんて適当な事を言って無碍にしたとか」
「ちが、ちがう……!本当にローラの幸せの為だったの!私はあの子の為を思って……ッ!」
「本当に?だったらどうしてローラさんの周囲の環境を改善しようとしなかったんです?第三者の私から見ても分かりますよ。あなた方を含め、ローラさんを取り巻く周りの人間の異常な醜悪さは」
カンナからの軽蔑の眼差しに、エリーラは息を呑む。
「ロディアス殿下達に命令されたとして、なぜ家族揃って協力するんですか?」
「それは……っ」
「ローラさんを孤立させる。どうしてそんな意味不明な命令の言いなりになるんです?」
「そ、れは…………」
「相手が一国の王子であったとしても、公爵家ならばなぜ影で助けるような事をしてあげないんですか?」
「…………ッ」
怒涛の質問責めに、エリーラはもう口をパクパクとさせるだけだった。その顔を見て、カンナはまたため息が出た。
「あの下衆……ロディアス殿下達にローラさんを捧げる代わりに、レオンお兄様とルイの将来を保証してもらったんじゃないんですか?」
「ちがう……ちがうの……ッ!」
「じゃあなんでさっき反論しなかったんですか?違うなら違うとそうはっきり言えばいいのに、どうしてそんなに言いにくそうなんです?」
「あ、ああ……」
ただただ縋るだけのエリーラを、カンナは「邪魔」と座ったままの足で蹴り飛ばす。「キャァッ!」と小さい悲鳴をあげて床に倒れたエリーラの顔は、この数分で随分とやつれたように見えた。
蹴った方の足をそのまま組んで座り直したカンナは、ヨロヨロと起き上がるエリーラを見つめながら口を開く。
「昨日から思ってましたよ。ローラさんの言う通り、お母様……エリーラさんは外面だけ、世間体を気にしている時だけしか優しい顔を見せないと。ローラさんを気にかけているようで、その実態はただの監視。ローラさんに何かあっては家族みんなが困るから、必要最低限の干渉をしていた……そうですよね?」
「うぅっ、うぅ……」
「私でも分かりましたよ。一見、家族の間で起こる諍い事を窘めているように見えましたけど、ただ言ってるだけだって。今日の朝食の時も、母親としての最低限の言動しかしてない。エリーラさんって、ローラさんを心配してるようで、実際は面倒だと思っていたのでは?」
「ああぁぁあ……ッ」
「そこまでにしてもらいたい」
泣き崩れるエリーラをラグナが庇った。カンナは、そのまま寝込んでしまうくらい言ってやろうと思ったのにと、残念に思いながらラグナに向き直った。
「……本当にローラを殺すつもりなのか」
「はい」
「自分も死ぬことになるのにか」
「はい。それも承知の上で殺します」
ブレることなく真っ直ぐに答えるカンナに、ラグナは顔を歪ませる。理解できないのだろう。ローラの為に代わりに生きるのではなく、ローラの為に死ぬと言い切るカンナが。
「言っておきますが、私は何を言われても死ぬ事を諦めるつもりはありません。この身体の持ち主であるローラさんの意思を無視してまで、私は生きたいと思わない」
「ローラの意思……」
ラグナは、カンナがどうしてそこまでローラとして死ぬことに拘るのかが分からなかった。ローラの意思でも、カンナは別の存在のはずだ。彼女自身の生きたいという意思もあるはず。「死んで欲しい」と言われて、「はい。分かりました」となる人間など早々いない。
なのにカンナは、その言葉に頷いたのだ。他でもないローラからの死んで欲しいという意思を、彼女は快く受け入れたのだ。
ラグナは、例え中身がローラではない別人だとしても、外見がローラならば、このままロディアス達に隠し通しておけば問題ないと思っていたのだ。中身であるカンナにローラを演じてもらえれば良いと。
だが、そんな簡単な計画は、カンナの手によって粉砕された。
「だから、あなた方には先に正体を明かしました。私がローラ・シュバリエを殺す様を、黙って見届けてもらう為にね」
カンナは、ラグナ達が何を言おうとローラ・シュバリエをこの世界から抹消するという、絶対的な覚悟があったのだ。




