第1話:死にたがり令嬢
「これで……やっと」
月がよく見える夜だった。
その日、シュバリエ家の屋敷から一人の公女が飛び降りた。
公女の名はローラ・シュバリエ。
美しい長い金髪と黄金に輝く瞳を持った、シュバリエ家の公爵令嬢。
しかし、そんな美しい彼女の身体は至る所に傷があり、その顔は生気を感じなかった。そんな彼女は、常日頃から願っていた。
早く死にたい……と。
しかし、ローラは死ねなかった。
ベッドの上で眠る己を見たローラは、今度こそやっと死ねて魂という存在になれたのかと歓喜した。しかしそれも一瞬のことで、自分の脚に光の枷が嵌められているのを見たローラは絶望した。
「ああ……そんな、私……まだ死ねてないの?」
絞り出したその声は、誰に聞こえることもない。
ベッドの周りにいる彼女の家族や使用人達。だが、その誰もが今のローラの状態を見て何も言わない。父も母も、兄も弟も。淡々と使用人に指示を出しては、早々に部屋を出て行ってしまった。
普通ならば、飛び降りて重傷のローラを心配するのが正しいのだろう。
だが、家族や使用人達の表情にそれはなかった。
なぜなら、ローラの自殺未遂はこれが初めてではないから。
「どうして……どうしてなの」
さめざめと泣くローラは、ある時からこう呼ばれていた『死にたがり令嬢』と。
その理由は、彼女が自傷と自殺未遂を繰り返すからである。手首を切ったり、湖に身を投げたり、毒を飲んだり……それはもう色々な方法で自殺しようとするのだ。
最初こそ家族も止めていたが、ある時からそれもぱたりとなくなってしまった。
ローラは、こんな自分に等々愛想が尽きたのだろうと察し、家族達と距離を取るようになった。最近では、両親も兄弟達もローラをいない者のように扱って冷遇している。使用人達はローラの奇行に何も言わないが、嫌がらせをするようになっていった。
それがシュバリエ家の日常だった。
そもそも、なぜ彼女が自殺したがるのかと言うと、彼女の周囲の人間と彼女が通う学園に問題があった。
公爵家という立場があるにも関わらず、オドオドして基本的に大人しい彼女は、幼少期から他の貴族令嬢や令息達から常に嫌がらせをされ続けていたのだ。
お茶会で正しいはずの礼儀作法を揚げ足を取るように笑われたり、振られた話題に答えても返答がつまらないと言われたり、足を掛けられて怪我をさせられたりした。両親に訴えも、対応するのは最初だけで何度も同じような事が続くと、次第に「ローラがキチンとしていないからいけない」と両親は切り捨てるような言葉を彼女に突き刺した。兄弟である兄と弟も、最初は心配したり慰めたりしていたが、いつからかローラに嫌悪の目を向けるようになった。
学園でも変わらず教材を隠されたり、ワザと足を引っ掛けられたり、頭からゴミをぶち撒けられたり……それはもう酷いものだった。更には、令嬢達に唆された令息達からも髪を引っ張られる、叩かれる、殴られる等の暴力も振るわれていた。
美しい顔や四肢には生傷が絶えず、嫌がらせのせいなのにいつの間にか始まった自殺衝動のせいで、その傷も自殺未遂の末にできたものだと囁かれるようになった。
そんな彼女にはもちろん友人などいなかった。
だが、味方はいた。
「ローラ!大丈夫かい?」
彼女が転ばされた時に、すぐに手を差し伸べてくれる第一王子ロディアス・カーディアス。
「ローラさん!ああ、また痛ましい姿に……」
頭から泥水をかけられた彼女を心配そうに見つめる第二王子レイファス・カーディアス。
「ローラ!それ、誰にやれた?教えろ!今度こそ俺が犯人共を叩きのめしてやる!」
暴力を振るわれた彼女を見て憤る第三王子ザイラス・カーディアス。
この国の王家であるカーディアス家の血筋であり、次期国王となる為に日々競い合っている王子達だった。
幼い頃に王家主催のパーティーで出会った時から、公女であるローラをなにかと気にかけてくれている3人は、学園でも彼女を助けてくれていた。
しかし、王子達も忙しい身、どうしてもローラが1人になる瞬間は訪れる。そんな時には決まって嫌がらせが絶えなかった。令嬢達は、気に入らない令嬢であるローラが、王子達と仲睦まじく過ごしていることに嫉妬しているのだ。
それでも、学園内に友人もいないローラには王子達しか縋れる存在がいなかった。
だから、嫌がらせをされ、王子達に助けを求め、嫉妬を買い、また嫌がらせを受ける……この歪な悪循環は終わることがなかった。
だが、それでもローラはよかった。王子達が助けてくれて、優しくしてくれるから。
自分の事をまるで産まれた事が間違いであるかのように接する家族や使用人達も、存在が無意味だと迫害する令嬢達や令息達も、自分を無視する学園の生徒達も、皆がローラにとっての敵だった。
味方なのは3人の王子達だけ────
だが、これが彼女にとって一番の間違いだったのだ。




