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『僕のペットは魔獣らしい。ついでに畑も作ってます』  作者: キトン


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第8話:王国最強の暗殺者、最高級の肥料(猛毒)を撒く(※そして草むしり担当へ)

死の森の魔物たちは、その夜だけは静かだった。


 王国最強の暗殺者——クロエが来ていたからだ。


 暗殺ギルドの長にして、冷酷なるダークエルフのクロエ。

 彼女は『絶対隠密』の魔法を展開し、音も匂いも完全に絶ち、魔王の拠点ログハウスへと迫っていた。


 彼女が森に足を踏み入れた瞬間、その底知れぬ殺気に当てられ、周囲の凶悪な魔物たちは一斉に逃げ出していた。彼女は間違いなく、最強の死神だった。


(フッ……どんな神話級の魔獣がいようと、私の気配は感知できない。このまま魔王の寝首を掻き、私が王国を救う——)


 クロエが冷たい笑みを浮かべた、その時だった。


 ——背後に、山のような気配が現れた。


 振り返るまでもない、圧倒的な死のプレッシャー。神話級魔獣ケルベロス。


 絶対無敵を誇るクロエの背筋に、生まれて初めて冷たい汗が流れる。


 (ば、馬鹿な、私の隠密が破られ——)


 ヌチャァ……。


 背後から、生温かい巨大な舌が彼女の全身を舐め上げた。


「……ッ!?」


 振り返ると、トラックほどの巨体を持つ三つ首の冥界の番犬ポチが、尻尾を千切れる勢いで振りながら彼女を見下ろしていた。


【右】『おっ、新しい遊び相手か!? なあなあ、遊ぼうぜ!』

【左】『ほう、この娘、恐るべき猛毒を隠し持っておるな。だが我らが主の敵ではないわ(ペロペロ)』

【中央】『こいつ、すげえ良い匂い(エルフ特有の魔力)がするぞ! 舐めろ舐めろ!』


 クロエが双剣を抜く暇すらなく、三つの頭による怒涛の「ペロペロ攻撃」が開始された。


「や、やめ……! 離せッ、この駄犬……ひぃっ!」


(な、なんという高度な拷問……! 私の誇りを、ヨダレまみれにしてへし折る気か!)


 絶対の自信を持っていた隠密魔法は、ただの「犬の嗅覚」の前に開始3秒で粉砕された。

 

「おーいポチ、あんまりいじめるなよー」


 騒ぎを聞きつけて、麦わら帽子の青年——タロウが畑からやってきた。


 タロウの足元には、全身ヨダレまみれで虫の息になったクロエが転がっている。


「うわぁ、ごめんね! うちの犬、人懐っこくてさ。近所の子? ちょっと中二病っぽい服(暗殺スーツ)着てるけど、似合ってるね。はい、タオル」


「き、貴様が魔王か……! 私は死を呼ぶ影……」


「よし、肌も服も黒いし、今日から君は『クロちゃん』ね!」


「…………ッ!?」


 気高きダークエルフは、近所の野良猫のような愛称をつけられ、無表情の裏でかつてないほどの屈辱に震えた。


(舐めるな……! 私の真骨頂は、万物を腐敗させる猛毒だ!)


 クロエはタオルを受け取るふりをしてタロウの隙を突き、袖口から『紫色の劇薬』の粉末をタロウの足元の畑へパサァッ! と撒き散らした。


 大地を腐らせ、毒の蒸気で魔王を暗殺する完璧な計画——。


 ボコッ、ボコボコボコォォォッ!!


「えっ?」


 クロエは自分の目を疑った。毒を撒いた瞬間、タロウの足元のトマトの苗が異常な生命力で急成長し、赤々と輝く極上のトマトが鈴なりに実ったのだ。


 女神の加護を受けたタロウの畑では、どんな猛毒も『ただの強力な無農薬肥料』に変換されてしまうのである。


「すっげー! クロちゃん、ただの近所の子だと思ったら肥料撒きの天才じゃん! 手伝ってくれてありがとう!」


「ば、馬鹿な……私の『腐死の毒』が、ただの栄養剤に……!?」


(ならば、物理で斬るまでッ!)


 クロエは音もなく背後に回り、神業の速度で双剣を抜き放ち、タロウの首元へ斬りかかった。シャキンッ!


 だがその瞬間、タロウは「よいしょっと」と言いながら、足元の雑草を抜くためにしゃがみ込んだ。


 クロエの双剣は空を切り——タロウの頭上にあった『伸びすぎたトマトの枝葉』だけを、ミリ単位の正確さで美しく刈り取った。


「うおっ! すっげぇ手際いい! ハサミも使わないで、一瞬で剪定せんていしちゃったよ! 君、農業特待生!?」


「…………(カチン)」


 無表情のクロエの額に、青筋が浮かんだ。


 暗殺術を褒められたのではない。「農業の才能」を褒められたのだ。プライドが高い彼女にとって、これ以上の屈辱はない。


「魔王よ、お前は……私を試しているのか……?」


「タ、タロウ! なぜそいつがここにいる!」


 騒ぎを聞きつけ、エプロン姿のセシリアがログハウスから飛び出してきた。


「なっ……闇のギルドの死神、クロエ!? まさか貴様も魔王の命を……!」


「フッ、表の騎士団のセシリアか」


 クロエは無表情のまま、土にまみれた双剣(※さっきまでトマトを切っていた)を構え、ふんと鼻を鳴らした。


「私を貴様らのような三流と一緒にしないでいただきたい。私はすでに、この魔王の懐に潜り込み、『剪定の特待生』として信頼を勝ち取っている。草むしりしか能のないエプロン騎士とは違うのだ」


「な、なんだとォォ!? 私だって昨日は大根を50本抜いたのだぞ! 貴様などに、タロウの右腕(※農作業担当)の座は譲らん!」


 いつの間にか、王国最強の騎士と王国最強の暗殺者による、「どちらがより多く雑草を抜けるか」という熾烈なマウント合戦が幕を開けていた。


 銀と黒の残像が交差し、音速で雑草が消え、数秒で畑の端に“雑草の山”が築かれていく。


 (……ハッ!? 王国最強の騎士と暗殺者が、なぜ音速で雑草を抜いているのだ私は!!)


 セシリアはふと我に返り激しい自己嫌悪に陥るが、隣でドヤ顔で雑草の山を築くクロエを見ると、やはり手が止まらなかった。

 

 夕方。


 尋常ではない速度で畑をピカピカにした二人は、丸太のベンチで肩で息をしていた。


「あはは、二人とも手伝ってくれてありがとう。はい、おやつにするよー」


 タロウが笑顔でお盆に乗せて持ってきたのは、山盛りの真っ赤なイチゴ。そして、その上にはたっぷりと『白いドロドロの液体(練乳)』がかけられていた。


「ま、魔王め。ついに私を毒殺する気か……」


 クロエは警戒しながらも、毒使いとしてのプライドから、そのイチゴを一口かじった。


 ——その瞬間。

 彼女の脳内に、雷が落ちた。


 幼い頃から暗殺者として育てられ、毒の耐性をつけるために苦く渋いものしか食べてこなかった彼女の人生に、未知なる『暴力的なまでの甘味と酸味のハーモニー』が直撃したのだ。


「…………ッ」


 クロエの無表情な顔から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「えっ、クロちゃん!? 練乳、甘すぎた!?」


 タロウが慌てる中、クロエはイチゴを握りしめたまま、静かに、しかし力強く言った。


「……私の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」


「え? じゃあ今日の夕飯は、肉じゃが(煮る)にするね」


「……この白い液体(練乳)も、肉じゃがにかけろ」


「いやそれは不味いでしょ」


 こうしてタロウの農園に、王国最強の暗殺者(※畑担当)が新たに就職を果たした。


 夕暮れ時、クロエはイチゴのヘタを握りしめたまま、タロウの袖をちょんと引いて言った。


 「……タロウ」


 「ん?」


 「その白い液体(練乳)は……常備しておけ」


 気高き暗殺者は、すっかり甘味の虜になっていた。

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