第5話:伝説の不死鳥は、ただの腕置き(兼、冬場の湯たんぽ)である
生贄の村娘・ニーナがマッハの速度で逃げ帰った日の午後。
一通り畑の雑草を抜き終えた俺たちは、丸太のベンチに座って「おやつ休憩」にすることにした。
「ふぅ……農作業の後の休憩って最高だな。前世(社畜時代)じゃ、15分休むだけでも上司の舌打ちが飛んできたのに」
「フッ、魔王よ。貴様の底知れぬ体力には驚かされるが、私もこの程度の労働で音を上げる『白銀の盾』騎士団ではないぞ!」
セシリアはエプロン姿のまま、ドヤ顔で胸を張っている。
そんな彼女の前に、俺はニーナが置いていった籠をドンと置いた。
「せっかくリンゴをもらったし、ちょっと炙って『焼きリンゴ』にしようか。熱を通すと甘みが増して美味しいからね」
「ほう、焼きリンゴか。ならば私が『着火』の魔法で……」
「あ、いいよいいよ。ピーちゃん呼ぶから」
俺が空に向かって指笛を吹いた、次の瞬間だった。
——ピィィィィィィンッ!!
突如として、空の彼方から大気を震わせる甲高い鳴き声が響き渡り、圧倒的な光と熱の塊が急降下してきて、ふわりと俺の右腕に降り立った。真っ赤な鳥のピーちゃんである。
思えば去年の冬。雪の中でブルブル震えていた(※国を滅ぼす魔法の充填中)のを「寒そう!」と懐で温めてやったら、そのまま『天然の湯たんぽ』としてすっかり俺に懐いてしまったのだ。
「なっ……!? ま、まさか……神話の霊鳥、不死鳥……!?」
セシリアが顔面蒼白になる中、俺は木の枝に刺したリンゴを見つめ、(あー、いい感じの火加減で炙りたいなぁ)と念じていた。
その瞬間。俺の腹の奥で、ドクンッと奇妙な鼓動が鳴った。
ボワッ!
「うおっ!?」
突然、俺の左手の人差し指から、ガスバーナーのような赤い炎が吹き出した。
「えっ、何これ!? 俺の指から火が出たんだけど! 全然熱くないぞ?」
指を振っても炎は消えない。そこで俺は一つの真理に辿り着いた。
「そっか! 異世界って魔法があるから、ちょっと念じるだけで誰でも火が出せるんだ! すっげー便利! ガス代浮くじゃん、ラッキー!」
俺は「異世界すげー!」と呑気に笑いながら、指先の炎でリンゴを炙り始めた。
「うん、高さもちょうどいいな」
俺は右腕のピーちゃんの背中に左手を乗せ、**『腕置き』**代わりに手首を固定した。フカフカで温かく、腕が全然疲れない。最高だ。
突然のクッション扱いに、ピーちゃんは「ピィ……?」と困惑したように小さく鳴いていた。
だが、その光景にセシリアは戦慄していた。
(ば、馬鹿な……! 自前の極大魔術で果物を炙り、わざわざ呼び出した不死鳥を**『ただの腕置き』**にしているだと!? 神話の厄災すら便利なクッション扱い……魔王タ・ロウ、恐ろしい男ッ!)
「おっ、いい匂い。完璧な焼き加減だね」
そんな絶望をよそに、俺は指先の火力を「念じるだけ」でミリ単位でコントロールし、リンゴの表面を香ばしくキャラメリゼしていくのだった。
「はい、セシリアもどうぞ。熱いから気をつけてね」
「ま、魔王め! 不死鳥を腕置きにしてまで炙った供物など、私の精神を破壊するための罠に決まって——あむっ」
セシリアは警戒しながらも、一口かじった。
瞬間、彼女の瞳孔がカッ! と見開かれる。
「……ッ!! な、なんだこれはぁぁぁ!?」
謎の炎で均等に火を通された焼きリンゴは、外はカリッと香ばしく、中はトロットロの果汁があふれ出し、もはやこの世のスイーツの頂点に達していた。
「くっ、殺せェェェッ! (モグモグ)こんな美味いものが存在していいはずがない!(モグモグ)こんな甘味を知ってしまっては、もう王都の硬いパンになど戻れんではないかぁぁ!(モグモグ)」
「あはは、そんなに泣きながら食べなくても。まだいっぱいあるからね」
俺は、涙を流しながら焼きリンゴを爆食いする姫騎士様に麦茶を注ぎ足してやった。
ガス代ゼロ、食費も自給自足。
俺のスローライフは、今日も極めて平和(※国宝級の幻獣をただの腕置き扱い)だった。




