第21話 水の精霊王をジョウロに入れてみた(※女子たちが崇拝し始めました)
王都の外れにある、タロウの自宅。
その広々としたリビングのテーブルの中央には、ホームセンターで売っていそうな「安いブリキのジョウロ」がドンと置かれていた。
そして、そのジョウロの丸い口から、手のひらサイズの美しく青い妖精――水精霊王ウンディーネが、偉そうに腕を組んで顔を出している。
「ウンディーネって名前長いから、今日から『ウーちゃん』ね」
『ふ、ふんっ! この偉大なる我を、犬猫のような名で呼ぶとは……っ! だが、タロウがどうしてもそう呼びたいと泣きつくのなら、特別に許可してやろう!』
顔を真っ赤にしてそっぽを向く精霊王。
「誰も泣きついてないよ。あ、俺ちょっとお風呂入ってくるから、セシリアとクロエ、ウーちゃんと仲良くしててね」
タロウは鼻歌を歌いながら、呑気に風呂場へと消えていった。
◆ ◆ ◆
タロウの足音が完全に消えた、次の瞬間。
リビングの空気が「ピリッ」と、文字通り氷点下まで凍りついた。
「「…………」」
さっきまで普通に椅子に座っていた姫騎士セシリアと、元・暗殺者のクロエ。
二人は無言で床に滑り降りると、テーブルの上の「ジョウロ」に向かって、流れるような美しい土下座(平伏)をキメた。
「……伝説の、水精霊王ウンディーネ様。私の暗殺術など、あなたの前ではただの水遊び以下です……どうか命だけは……」
「偉大なる精霊王様……っ! うちのタロウが、貴方様をこんな安物のジョウロに押し込め、あまつさえ『ウーちゃん』などと……! 王国に代わって深くお詫び申し上げます!!」
震える声で命乞いと謝罪をする二人。
すると、タロウがいなくなった途端、ジョウロの中のウンディーネはめちゃくちゃ威厳たっぷりに振る舞い始めた。
『面を上げるがよい、人間ども。まったく、あのタロウという男は恐れを知らん。我が「ウーちゃんがいないと畑が枯れちゃうよ〜」と懇願するから、仕方なくこのジョウロを仮の王城としてやってるのだ。光栄に思え!』
(……絶対に嘘ね。さっきスイカの種まで幸せそうにチュウチュウ吸ってたくせに。ジョウロの底にも自分からすっぽり収まりにいってたし)
クロエは心の中で冷静なツッコミを入れつつも、決して口には出さず「ははーっ! 慈悲深き精霊王様に感謝を!」と深く頭を下げる。
『それに……この器はなかなか悪くない』
ウンディーネはジョウロの内壁をペタペタと触りながら、深く頷いた。
『先端に向けて細くなることで、水の流れを完璧に制御する構造……人間にしては悪くない「神器」だ。我が魔力を注ぐにふさわしい』
(いや、雑貨屋で銀貨3枚で売ってるただのブリキのジョウロよ!?)
セシリアも心の中で絶叫したが、精霊王の機嫌を損ねないよう必死に愛想笑いを浮かべた。
『ふん。だが、タロウの周りをうろつく下僕の肌が荒れていては、我まで不愉快である。ひれ伏すお前たちに、特別な恩寵をくれてやろう!』
そう言うと、ウンディーネはジョウロのハス口(先端)から、キラキラと輝く『究極の浄化水』をプシュッと二人に吹きかけた。
「きゃっ!?」
「これは……っ!?」
ミストを浴びた瞬間、セシリアとクロエの身体に劇的な変化が訪れた。
疲れ切っていた身体が羽のように軽くなり、枯渇しかけていた魔力が一瞬で全回復する。さらに、二人の肌は赤ちゃんのように潤って弾き返し、髪の毛は天使の輪ができるほどツヤツヤに輝き始めたのだ。
「えっ!? なにこれ!? 暗殺任務を三日連続でこなした時の重い疲れが、一瞬で消えたわ!?」
「それにこの肌のツヤと髪の潤い……王国の最高級美容魔法よりずっと上よ!?」
『ふはははは! 感謝するがよい!』
国宝級、いや神話級の美容効果に、乙女である二人の目が完全に「虜」に変わる。
ウンディーネ様、一生ついていきます!! と二人が心の中で誓った、その時だった。
「お待たせー。って、あれ?」
頭にタオルを乗せたタロウが、風呂場から戻ってきた。
「なんで二人とも、ジョウロに向かって正座して拝んでるの?」
ビクゥッ!!
ウンディーネが肩を揺らし、慌てて威厳を投げ捨ててタロウの肩へ飛び乗った。
『な、なんでもないぞ、タロウ! ほら、我の頭を撫でるがよい!』
一瞬で「偉大な精霊王」から「タロウの甘えん坊なペット」に戻るウーちゃん。
その光景を見て、セシリアとクロエは改めて『絶対的なヒエラルキー(タロウ>>>>精霊王)』を思い知りながら、そっと心に誓うのだった。
((……絶対に、この家に入り浸ってやる……!!))
無自覚な農家を中心に、また一つ、常識外れの日常が賑やかに幕を開けた。
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