第19話 帝国の生物兵器、ただの「おやつ」になる
穀倉帝国グランベル。
その荘厳な謁見の間で、帝国軍の将軍は皇帝に向かって自信満々に報告を行っていた。
「陛下。我が帝国が誇る最高機密の生物兵器『暴食の魔蝗』を、隣国へ放ちました」
「ほう。魔法耐性を持ち、あらゆる農作物を一晩で食い尽くすという、あの悪魔の群れか」
皇帝の口角が邪悪に釣り上がる。
傍らに控えていた帝国お抱えの農学者が、深く頷いた。
「いかように強固な城壁があろうと、空を覆う数万の群れは防げません。王国の畑など、明日の朝には不毛の荒野となっていることでしょう」
「ふん、あの小国は食料に依存している。わざわざ我が軍の精鋭を動かすまでもないな。生意気な小国の農業革命ごと、すべて食い尽くしてしまえ」
皇帝の高笑いが、謁見の間に響き渡った。
◆ ◆ ◆
同じ頃、王都の畑。
タロウたちは、今日も今日とてのんびりと農作業に勤しんでいた。
「順調ですね、師匠」
「うん。アレンもすっかりクワの使い方がサマになってきたね」
麦わら帽子を被った勇者アレンが、爽やかな汗を拭う。
その傍らで、泥だらけの軽鎧をまとった姫騎士セシリアが、大きなため息をついていた。
「順調ってレベルじゃないわ……。昨日植えたばかりの種が、もう立派な実をつけてるじゃない。これなら騎士団の食料問題が一日で解決しちゃうわよ……!」
タロウが丹精込めて育てているのは、一口食べれば寿命が延びる『神話級のエリクサー(※本人はただの夏野菜だと思っている)』である。
その時だった。
急に太陽の光が遮られ、周囲が薄暗くなった。
「えっ……? 急に黒い雲が……?」
セシリアが鋭い視線を空へ向けると、おぞましい羽音を立てる真っ黒な大群が押し寄せていた。
「敵襲ぅぅぅ!! 空から巨大な魔虫の群れが!!」
警備をしていた王国の騎士たちが絶叫する。
数万匹の『暴食の魔蝗』が、一直線にタロウの畑へと突っ込んできたのだ。
「ダメだ、止まらない! 結界魔法も弾かれるぞ!」
「くっ……私が斬り伏せる! タロウ、下がって!!」
絶望的な光景に青ざめる騎士たちを背に、姫騎士セシリアが剣を抜こうと前に出た。
先陣を切った魔蝗の群れが畑の端に降り立ち、一瞬にして広大な麦畑の半分が黒く染め上げられ、無残に食い荒らされていく。
そして、その群れの一匹が、タロウの手元にあったキャベツの葉を「カサッ」とかじった。
それを見たタロウの目の色が、スッと変わる。
「……おい」
「えっ?」
「ああっ! 俺の自信作のキャベツが! 葉っぱを一口かじられた!!」
「怒るスケールが小さすぎるわよ!! 麦畑が半分消し飛んで国が滅びかけてるのよ!?」
国の危機よりも、自分のキャベツを優先してガチギレするタロウに、セシリアの鋭いツッコミが飛ぶ。
しかし、タロウはクワを握りしめ、静かに振り返った。
「ポチ。ピーちゃん」
その声に応え、お昼寝をしていた三つ首の犬と、真っ赤な小鳥がのっそりと立ち上がる。
「害虫駆除、お願い」
次の瞬間、生態系の頂点が動いた。
『グルルルルァァァ!!』(意訳:おやつだー!! ポップコーンだー!!)
冥界の番犬であるポチが、三つの巨大な顎をガバッと開く。
そして、嬉しそうに尻尾を振りながら、宙を舞う数万の魔蝗を「バクバクバクッ!」と物凄い勢いで丸飲みにしていく。
『ピャアアア!!』
さらに、上空を旋回する神話の不死鳥のピーちゃんが、炎の羽ばたきを放った。
空を覆っていた魔蝗の群れが、神聖な炎に包まれて「チリチリチリッ!」と音を立ててこんがり焼き上がっていく。
「え……?」
「嘘だろ……あの無敵の生物兵器を、ただのエサみたいに食ってる……!?」
絶望していた騎士たちも、剣を構えたままのセシリアも、ポカンと口を開けてその光景を見上げていた。
時間にして、わずか10秒。
空は再び快晴を取り戻し、数万匹の魔蝗は一匹残らず消滅していた。
「ふぅ、食べた食べた」という顔で、ポチが満足げにお腹をさすっている。
ピーちゃんがタロウの肩に止まり、「ゲップ」と小さな炎を吐き出した。
「よし、害虫駆除完了っと。おっ、ピーちゃんえらいぞ! ちゃんと火を通してくれたんだな。これならすぐ食べられる!」
「いや、剣を振るう暇もなかったわ……って、あれを食べる気!?」
ドン引きするセシリアをよそに、タロウは地面に落ちていたこんがり焼きバッタをつまみ上げた。
「バッタって、実はタンパク質がめちゃくちゃ豊富らしいよ。昆虫食って、未来の食料って言われてるんだよね」
「未来すぎるわよ!!」
「なるほど。では、残りは干して騎士団の優秀な保存食にしましょうか、師匠」
「勇者まで何言ってんの!? あなたすっかり農家に毒されてるじゃない!」
平和な畑に、剣をだらんと下げた姫騎士の悲鳴のようなツッコミだけが響き渡った。
◆ ◆ ◆
その様子を、遠くの森から望遠鏡で監視していた帝国の工作員がいた。
彼はガタガタと震える手で、本国への報告書を書き殴っていた。
『報告……。帝国の誇る最高機密生物兵器は、全滅しました』
そして、望遠鏡の先を見る。
レンズ越しに見えたのは、数万匹の魔蝗を平らげて山のように巨大化した三つ首の魔犬と、空を赤く染め上げるほどの炎を纏った不死鳥の姿だった。
底知れぬ圧倒的な『捕食者』の気配に、工作員の全身から冷や汗が噴き出し、ガチガチと歯の根が合わなくなる。
『訂正します。全滅ではなく……ただの「高級ドッグフード(おやつ)」として美味しく処理されました。帝国はわざわざ、あの魔獣たちに極上のエサをデリバリーしてしまったようです……』
ポキッ、と工作員の持っていたペンが折れた。
「勝てるわけがない……この農家……完全に、生態系の頂点だ……」
工作員は報告書を握りしめたまま、白目を剥いて泡を吹き、その場にバタリと倒れ込んだのだった。
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